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失われた村【2】
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「悪かった。今までの期間を取り戻せるよう、私も精進していく所存だ。して……歩澄様、この度はおめでとうございます」
秀虎はそう言って満面の笑みを向けた。千依のことがあり、心を痛めているであろう歩澄のことが気がかりであった。監禁中、外の様子を気にしようとも、何一つ知らされないまま長い一日が過ぎていくのをじっと待つことしかできない。
もどかしさと申し訳なさとで心が張り裂けそうだった。歩澄様は今、どのような顔をしているだろうか、一人で泣いてはいないだろうか。瑛梓と梓月は二人分の仕事を抱え、体調を崩してはいないだろうか。長すぎる十五日間、そんなことを考えていた。
しかし表に出てみれば、独房に入った時とは打って変わって、皆祝福の雰囲気であった。まるで千依のことなど最初からなかったかのように歩澄と澪の話題で持ちきりだったのだ。
秀虎の姿を目にした家臣達も、気まずそうに目を伏せるでもなく、統主の見初めた女は敵郷の姫だと面白がって話かけた。
その様子に、秀虎の心は救われた。己のせいで城内は険悪な状態にあるのではないかと危惧していた。傷付いた歩澄の心を癒し、傍にいてくれた澪に感謝すらするのだった。
「ああ。驚いたであろう。このような運びとなった」
そう言う歩澄は嬉しそうで、秀虎の目の前にいる澪は照れた様子で顔を赤らめた。その様子に、秀虎は安堵の表情を浮かべた。
「さあ、雑談もそこそこに評定へ移るぞ。此度は匠閃郷の内情についてもっと詳しく調べたい」
歩澄は凛と背筋を伸ばし、場の雰囲気を変えた。穏やかだった全員の顔が、一気に引き締まる。
「澪、一つ教えて欲しい。噂では、一日にしてその存在を消した村があったと聞いた。以前、お前はそれを事実だと言ったな。……どういうことか説明できるか?」
歩澄の言葉に澪は瞳を大きく揺らした。できることなら、思い出したくもない過去であった。一瞬で蘇る無惨な光景。いくつも転がる亡骸。大人も子供も悲痛の表情を浮かべて死んでいた。
その光景を目にした時、澪は嗚咽を止められなかった。もっとできることがあった筈だった。もっと注意を促すべきであった。悔やんでも悔やみきれない過去である。
「澪……? 大丈夫か?」
突如顔色を悪くした澪に、四人は顔をしかめた。澪は胸を両手で押さえ、大きく息をつく。
「大丈夫です。……その村は、私が住んでいた小菅村と近いところにありました。稽古のため、毎日余所の村まで走りに行っていたのです。その時見つけた村です」
澪はゆっくりと話し始めた。澪の様子に何が起こったのかと、四人は真剣に耳を傾けた。
「その村は、間抜村と呼ばれていました。間抜けと書いて間抜村です。それを当の村人達に悟られぬよう、他の村人達は馬鹿にしたように間抜村と呼んでいました。本当の村の名前は私も知りません」
「それはそれで間抜けな話だな……」
瑛梓が顔をしかめると、澪は「ここからです」と話を続けた。
「私が何度か訪れた時、大きな木を見つけました。辺り一面甘い匂いが漂っていて、木を見上げれば熟れた大きな木の実がなっていたのです。
桃に似た果実はとても美味しそうだったので、喉が渇いていたこともあり、私はすぐにかぶりつきました。ですが、それには猛毒が含まれていたのです」
そこまで聞いて何かを察したのか、四人の顔が強ばった。
「綺麗な花や美味しそうな果実には、毒を含んでいるものも多く存在します。食べたところにはわかりませんが、独特の刺激があります。とても甘く美味しいのですが、緩徐に効く毒で、以前徳昂様が使った水抄菊に似ています」
水抄菊で琥太郎が死の危険に曝された。それを思い出したのか、梓月はぴくりと頬をひくつかせた。
秀虎はそう言って満面の笑みを向けた。千依のことがあり、心を痛めているであろう歩澄のことが気がかりであった。監禁中、外の様子を気にしようとも、何一つ知らされないまま長い一日が過ぎていくのをじっと待つことしかできない。
もどかしさと申し訳なさとで心が張り裂けそうだった。歩澄様は今、どのような顔をしているだろうか、一人で泣いてはいないだろうか。瑛梓と梓月は二人分の仕事を抱え、体調を崩してはいないだろうか。長すぎる十五日間、そんなことを考えていた。
しかし表に出てみれば、独房に入った時とは打って変わって、皆祝福の雰囲気であった。まるで千依のことなど最初からなかったかのように歩澄と澪の話題で持ちきりだったのだ。
秀虎の姿を目にした家臣達も、気まずそうに目を伏せるでもなく、統主の見初めた女は敵郷の姫だと面白がって話かけた。
その様子に、秀虎の心は救われた。己のせいで城内は険悪な状態にあるのではないかと危惧していた。傷付いた歩澄の心を癒し、傍にいてくれた澪に感謝すらするのだった。
「ああ。驚いたであろう。このような運びとなった」
そう言う歩澄は嬉しそうで、秀虎の目の前にいる澪は照れた様子で顔を赤らめた。その様子に、秀虎は安堵の表情を浮かべた。
「さあ、雑談もそこそこに評定へ移るぞ。此度は匠閃郷の内情についてもっと詳しく調べたい」
歩澄は凛と背筋を伸ばし、場の雰囲気を変えた。穏やかだった全員の顔が、一気に引き締まる。
「澪、一つ教えて欲しい。噂では、一日にしてその存在を消した村があったと聞いた。以前、お前はそれを事実だと言ったな。……どういうことか説明できるか?」
歩澄の言葉に澪は瞳を大きく揺らした。できることなら、思い出したくもない過去であった。一瞬で蘇る無惨な光景。いくつも転がる亡骸。大人も子供も悲痛の表情を浮かべて死んでいた。
その光景を目にした時、澪は嗚咽を止められなかった。もっとできることがあった筈だった。もっと注意を促すべきであった。悔やんでも悔やみきれない過去である。
「澪……? 大丈夫か?」
突如顔色を悪くした澪に、四人は顔をしかめた。澪は胸を両手で押さえ、大きく息をつく。
「大丈夫です。……その村は、私が住んでいた小菅村と近いところにありました。稽古のため、毎日余所の村まで走りに行っていたのです。その時見つけた村です」
澪はゆっくりと話し始めた。澪の様子に何が起こったのかと、四人は真剣に耳を傾けた。
「その村は、間抜村と呼ばれていました。間抜けと書いて間抜村です。それを当の村人達に悟られぬよう、他の村人達は馬鹿にしたように間抜村と呼んでいました。本当の村の名前は私も知りません」
「それはそれで間抜けな話だな……」
瑛梓が顔をしかめると、澪は「ここからです」と話を続けた。
「私が何度か訪れた時、大きな木を見つけました。辺り一面甘い匂いが漂っていて、木を見上げれば熟れた大きな木の実がなっていたのです。
桃に似た果実はとても美味しそうだったので、喉が渇いていたこともあり、私はすぐにかぶりつきました。ですが、それには猛毒が含まれていたのです」
そこまで聞いて何かを察したのか、四人の顔が強ばった。
「綺麗な花や美味しそうな果実には、毒を含んでいるものも多く存在します。食べたところにはわかりませんが、独特の刺激があります。とても甘く美味しいのですが、緩徐に効く毒で、以前徳昂様が使った水抄菊に似ています」
水抄菊で琥太郎が死の危険に曝された。それを思い出したのか、梓月はぴくりと頬をひくつかせた。
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