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失われた村【3】
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「とても危険なため、私はそこに注意書きをした板を立てました。“この果実猛毒にて食うべからず”そう書いて木の周りを縄で囲みました。そうしておけば大丈夫だと思ったのです。ですが、三日後心配になりその村を訪れると村人達は一人残らず亡くなっていました」
「その果実を食したのか?」
瑛梓は目を丸くしてそう呟いた。
「しかし、何故……。注意書きはしてあったのだろう?」
秀虎は難しい顔をして腕を組んだ。
「後からわかったことなのですが、その村人達は全員文字の読み書きができなかったのです」
「なんだと!?」
澪以外の四人は腰を上げ、体を前のめりにして声を上げた。
「文字の読み書きができないだなんて……一体何百年前の話だ……」
梓月は信じられないと言ったように大きく動揺した。
「五、六年程前でしたかね……。私は十二までは城で育ったので当然読み書きは幼少期からしていましたし、私の住む村人達も刀の依頼は文にてやり取りしていました。故に、そんな村があることも知りませんでした。しかし、他の村人達は、その者達が読み書きできないのを知っていて間抜村と馬鹿にしていたのです」
「……酷いな。まったく、どんな郷だ……」
歩澄はそう言って頭を抱えた。目を閉じ、ぐっと何かを考えるかのように黙り込んだ。
「亡骸はどれも酷い形相でした。毒により呼吸ができなくなり、そのまま息絶えたのでしょう。その村はとても貧しく、一日一食食うに困る程だったそうです。
これは憶測ですが、恐らく飢えた子供達が果実を食らい、あまりの美味しさから他の村人も呼んだのでしょう。字の読めない村人達は夢中で果実を食し、腹が満たされた頃に毒が回り始めます。
体が小さい分、子供の方が毒の回りが早い。親は毒に苦しみ死にゆく我が子に何もできないまま絶望し、その果てに自らも毒によって命を絶ったのでしょう」
澪の声は細く震え、その情景を写し出すかのようだった。四人は、そんな澪の様子を見て、奥歯を噛み締めた。
「私は村へ戻り、村長へ報告しました。近くの村人達が集まり、皆で埋葬し弔いました。この話は匠閃郷統主、父上のもとにいきましたがその後貧しい村に措置がとられることはありませんでした」
「……その経費を全て側室が使い込んでいたからな」
歩澄は大きく溜め息をついた。
「きっと匠閃郷にはまだ同じように餓えに苦しむ村がたくさんあります。せめて読み書きだけでもできれば、救える命もあったのです。あの時とて、私が村人に言って回ればあのような悲劇は起こりませんでした……」
「お前のせいではない。私達とて、まだ文字の読み書きができない村が存在するなどとは思ってもみなかった」
「匠閃郷の民からすれば、潤銘郷が発展し過ぎているのです。私から見てもここの城下は異世界のようですから」
そう言って微笑む澪。歩澄、瑛梓、梓月は城下の店を子供のようにはしゃぎながら見て回る澪の姿を思い出し、胸を痛めた。
「まずは食物から支給しよう。貧しい村から順に備蓄庫のあるったけの食料を配って回れ。秀虎と梓月、手分けして頼む」
歩澄がそう言うと、二人は「承知致しました」と強く頷いた。
「瑛梓、お前は翠穣郷より水と穀物を入荷してくれ。恐らく匠閃郷の水は汚く、飲めたものではないだろう……」
澪の話を聞いて、歩澄は予想以上の貧困状況に最悪のことまで考えた。
「歩澄様……ありがとうございます」
瑛梓が頭を下げる中、澪は目を潤ませて歩澄を見上げた。家臣の前でなければすぐにでも抱き締めてしまいたかったが、歩澄はそれをぐっと我慢し「お前の村は私が守ると約束した」と言って微笑んだ。
「一度村に戻りたいか?」
歩澄はふと思い付いたかのようにそう澪に尋ねた。
「……よろしいのですか?」
「ああ。私もこの目であの村が今どのような状況にあるのか確かめておきたいからな」
「歩澄様も行くのですか?」
「ああ。匠閃城にあった金品は全て回収してある故、それを金と食料に変える。さすれば、もう少し救える村もあるであろう」
「で、ですが……身分を気付かれたら……。匠閃郷では、冷酷非道な統主として恐れられているのですよ?」
本人に直接言ってのける澪に、歩澄以外の三人は笑いを堪えた。歩澄は、目頭を押さえながら「心配ない。身分を偽っていく」と言った。
「その果実を食したのか?」
瑛梓は目を丸くしてそう呟いた。
「しかし、何故……。注意書きはしてあったのだろう?」
秀虎は難しい顔をして腕を組んだ。
「後からわかったことなのですが、その村人達は全員文字の読み書きができなかったのです」
「なんだと!?」
澪以外の四人は腰を上げ、体を前のめりにして声を上げた。
「文字の読み書きができないだなんて……一体何百年前の話だ……」
梓月は信じられないと言ったように大きく動揺した。
「五、六年程前でしたかね……。私は十二までは城で育ったので当然読み書きは幼少期からしていましたし、私の住む村人達も刀の依頼は文にてやり取りしていました。故に、そんな村があることも知りませんでした。しかし、他の村人達は、その者達が読み書きできないのを知っていて間抜村と馬鹿にしていたのです」
「……酷いな。まったく、どんな郷だ……」
歩澄はそう言って頭を抱えた。目を閉じ、ぐっと何かを考えるかのように黙り込んだ。
「亡骸はどれも酷い形相でした。毒により呼吸ができなくなり、そのまま息絶えたのでしょう。その村はとても貧しく、一日一食食うに困る程だったそうです。
これは憶測ですが、恐らく飢えた子供達が果実を食らい、あまりの美味しさから他の村人も呼んだのでしょう。字の読めない村人達は夢中で果実を食し、腹が満たされた頃に毒が回り始めます。
体が小さい分、子供の方が毒の回りが早い。親は毒に苦しみ死にゆく我が子に何もできないまま絶望し、その果てに自らも毒によって命を絶ったのでしょう」
澪の声は細く震え、その情景を写し出すかのようだった。四人は、そんな澪の様子を見て、奥歯を噛み締めた。
「私は村へ戻り、村長へ報告しました。近くの村人達が集まり、皆で埋葬し弔いました。この話は匠閃郷統主、父上のもとにいきましたがその後貧しい村に措置がとられることはありませんでした」
「……その経費を全て側室が使い込んでいたからな」
歩澄は大きく溜め息をついた。
「きっと匠閃郷にはまだ同じように餓えに苦しむ村がたくさんあります。せめて読み書きだけでもできれば、救える命もあったのです。あの時とて、私が村人に言って回ればあのような悲劇は起こりませんでした……」
「お前のせいではない。私達とて、まだ文字の読み書きができない村が存在するなどとは思ってもみなかった」
「匠閃郷の民からすれば、潤銘郷が発展し過ぎているのです。私から見てもここの城下は異世界のようですから」
そう言って微笑む澪。歩澄、瑛梓、梓月は城下の店を子供のようにはしゃぎながら見て回る澪の姿を思い出し、胸を痛めた。
「まずは食物から支給しよう。貧しい村から順に備蓄庫のあるったけの食料を配って回れ。秀虎と梓月、手分けして頼む」
歩澄がそう言うと、二人は「承知致しました」と強く頷いた。
「瑛梓、お前は翠穣郷より水と穀物を入荷してくれ。恐らく匠閃郷の水は汚く、飲めたものではないだろう……」
澪の話を聞いて、歩澄は予想以上の貧困状況に最悪のことまで考えた。
「歩澄様……ありがとうございます」
瑛梓が頭を下げる中、澪は目を潤ませて歩澄を見上げた。家臣の前でなければすぐにでも抱き締めてしまいたかったが、歩澄はそれをぐっと我慢し「お前の村は私が守ると約束した」と言って微笑んだ。
「一度村に戻りたいか?」
歩澄はふと思い付いたかのようにそう澪に尋ねた。
「……よろしいのですか?」
「ああ。私もこの目であの村が今どのような状況にあるのか確かめておきたいからな」
「歩澄様も行くのですか?」
「ああ。匠閃城にあった金品は全て回収してある故、それを金と食料に変える。さすれば、もう少し救える村もあるであろう」
「で、ですが……身分を気付かれたら……。匠閃郷では、冷酷非道な統主として恐れられているのですよ?」
本人に直接言ってのける澪に、歩澄以外の三人は笑いを堪えた。歩澄は、目頭を押さえながら「心配ない。身分を偽っていく」と言った。
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