113 / 275
失われた村【3】
しおりを挟む
「とても危険なため、私はそこに注意書きをした板を立てました。“この果実猛毒にて食うべからず”そう書いて木の周りを縄で囲みました。そうしておけば大丈夫だと思ったのです。ですが、三日後心配になりその村を訪れると村人達は一人残らず亡くなっていました」
「その果実を食したのか?」
瑛梓は目を丸くしてそう呟いた。
「しかし、何故……。注意書きはしてあったのだろう?」
秀虎は難しい顔をして腕を組んだ。
「後からわかったことなのですが、その村人達は全員文字の読み書きができなかったのです」
「なんだと!?」
澪以外の四人は腰を上げ、体を前のめりにして声を上げた。
「文字の読み書きができないだなんて……一体何百年前の話だ……」
梓月は信じられないと言ったように大きく動揺した。
「五、六年程前でしたかね……。私は十二までは城で育ったので当然読み書きは幼少期からしていましたし、私の住む村人達も刀の依頼は文にてやり取りしていました。故に、そんな村があることも知りませんでした。しかし、他の村人達は、その者達が読み書きできないのを知っていて間抜村と馬鹿にしていたのです」
「……酷いな。まったく、どんな郷だ……」
歩澄はそう言って頭を抱えた。目を閉じ、ぐっと何かを考えるかのように黙り込んだ。
「亡骸はどれも酷い形相でした。毒により呼吸ができなくなり、そのまま息絶えたのでしょう。その村はとても貧しく、一日一食食うに困る程だったそうです。
これは憶測ですが、恐らく飢えた子供達が果実を食らい、あまりの美味しさから他の村人も呼んだのでしょう。字の読めない村人達は夢中で果実を食し、腹が満たされた頃に毒が回り始めます。
体が小さい分、子供の方が毒の回りが早い。親は毒に苦しみ死にゆく我が子に何もできないまま絶望し、その果てに自らも毒によって命を絶ったのでしょう」
澪の声は細く震え、その情景を写し出すかのようだった。四人は、そんな澪の様子を見て、奥歯を噛み締めた。
「私は村へ戻り、村長へ報告しました。近くの村人達が集まり、皆で埋葬し弔いました。この話は匠閃郷統主、父上のもとにいきましたがその後貧しい村に措置がとられることはありませんでした」
「……その経費を全て側室が使い込んでいたからな」
歩澄は大きく溜め息をついた。
「きっと匠閃郷にはまだ同じように餓えに苦しむ村がたくさんあります。せめて読み書きだけでもできれば、救える命もあったのです。あの時とて、私が村人に言って回ればあのような悲劇は起こりませんでした……」
「お前のせいではない。私達とて、まだ文字の読み書きができない村が存在するなどとは思ってもみなかった」
「匠閃郷の民からすれば、潤銘郷が発展し過ぎているのです。私から見てもここの城下は異世界のようですから」
そう言って微笑む澪。歩澄、瑛梓、梓月は城下の店を子供のようにはしゃぎながら見て回る澪の姿を思い出し、胸を痛めた。
「まずは食物から支給しよう。貧しい村から順に備蓄庫のあるったけの食料を配って回れ。秀虎と梓月、手分けして頼む」
歩澄がそう言うと、二人は「承知致しました」と強く頷いた。
「瑛梓、お前は翠穣郷より水と穀物を入荷してくれ。恐らく匠閃郷の水は汚く、飲めたものではないだろう……」
澪の話を聞いて、歩澄は予想以上の貧困状況に最悪のことまで考えた。
「歩澄様……ありがとうございます」
瑛梓が頭を下げる中、澪は目を潤ませて歩澄を見上げた。家臣の前でなければすぐにでも抱き締めてしまいたかったが、歩澄はそれをぐっと我慢し「お前の村は私が守ると約束した」と言って微笑んだ。
「一度村に戻りたいか?」
歩澄はふと思い付いたかのようにそう澪に尋ねた。
「……よろしいのですか?」
「ああ。私もこの目であの村が今どのような状況にあるのか確かめておきたいからな」
「歩澄様も行くのですか?」
「ああ。匠閃城にあった金品は全て回収してある故、それを金と食料に変える。さすれば、もう少し救える村もあるであろう」
「で、ですが……身分を気付かれたら……。匠閃郷では、冷酷非道な統主として恐れられているのですよ?」
本人に直接言ってのける澪に、歩澄以外の三人は笑いを堪えた。歩澄は、目頭を押さえながら「心配ない。身分を偽っていく」と言った。
「その果実を食したのか?」
瑛梓は目を丸くしてそう呟いた。
「しかし、何故……。注意書きはしてあったのだろう?」
秀虎は難しい顔をして腕を組んだ。
「後からわかったことなのですが、その村人達は全員文字の読み書きができなかったのです」
「なんだと!?」
澪以外の四人は腰を上げ、体を前のめりにして声を上げた。
「文字の読み書きができないだなんて……一体何百年前の話だ……」
梓月は信じられないと言ったように大きく動揺した。
「五、六年程前でしたかね……。私は十二までは城で育ったので当然読み書きは幼少期からしていましたし、私の住む村人達も刀の依頼は文にてやり取りしていました。故に、そんな村があることも知りませんでした。しかし、他の村人達は、その者達が読み書きできないのを知っていて間抜村と馬鹿にしていたのです」
「……酷いな。まったく、どんな郷だ……」
歩澄はそう言って頭を抱えた。目を閉じ、ぐっと何かを考えるかのように黙り込んだ。
「亡骸はどれも酷い形相でした。毒により呼吸ができなくなり、そのまま息絶えたのでしょう。その村はとても貧しく、一日一食食うに困る程だったそうです。
これは憶測ですが、恐らく飢えた子供達が果実を食らい、あまりの美味しさから他の村人も呼んだのでしょう。字の読めない村人達は夢中で果実を食し、腹が満たされた頃に毒が回り始めます。
体が小さい分、子供の方が毒の回りが早い。親は毒に苦しみ死にゆく我が子に何もできないまま絶望し、その果てに自らも毒によって命を絶ったのでしょう」
澪の声は細く震え、その情景を写し出すかのようだった。四人は、そんな澪の様子を見て、奥歯を噛み締めた。
「私は村へ戻り、村長へ報告しました。近くの村人達が集まり、皆で埋葬し弔いました。この話は匠閃郷統主、父上のもとにいきましたがその後貧しい村に措置がとられることはありませんでした」
「……その経費を全て側室が使い込んでいたからな」
歩澄は大きく溜め息をついた。
「きっと匠閃郷にはまだ同じように餓えに苦しむ村がたくさんあります。せめて読み書きだけでもできれば、救える命もあったのです。あの時とて、私が村人に言って回ればあのような悲劇は起こりませんでした……」
「お前のせいではない。私達とて、まだ文字の読み書きができない村が存在するなどとは思ってもみなかった」
「匠閃郷の民からすれば、潤銘郷が発展し過ぎているのです。私から見てもここの城下は異世界のようですから」
そう言って微笑む澪。歩澄、瑛梓、梓月は城下の店を子供のようにはしゃぎながら見て回る澪の姿を思い出し、胸を痛めた。
「まずは食物から支給しよう。貧しい村から順に備蓄庫のあるったけの食料を配って回れ。秀虎と梓月、手分けして頼む」
歩澄がそう言うと、二人は「承知致しました」と強く頷いた。
「瑛梓、お前は翠穣郷より水と穀物を入荷してくれ。恐らく匠閃郷の水は汚く、飲めたものではないだろう……」
澪の話を聞いて、歩澄は予想以上の貧困状況に最悪のことまで考えた。
「歩澄様……ありがとうございます」
瑛梓が頭を下げる中、澪は目を潤ませて歩澄を見上げた。家臣の前でなければすぐにでも抱き締めてしまいたかったが、歩澄はそれをぐっと我慢し「お前の村は私が守ると約束した」と言って微笑んだ。
「一度村に戻りたいか?」
歩澄はふと思い付いたかのようにそう澪に尋ねた。
「……よろしいのですか?」
「ああ。私もこの目であの村が今どのような状況にあるのか確かめておきたいからな」
「歩澄様も行くのですか?」
「ああ。匠閃城にあった金品は全て回収してある故、それを金と食料に変える。さすれば、もう少し救える村もあるであろう」
「で、ですが……身分を気付かれたら……。匠閃郷では、冷酷非道な統主として恐れられているのですよ?」
本人に直接言ってのける澪に、歩澄以外の三人は笑いを堪えた。歩澄は、目頭を押さえながら「心配ない。身分を偽っていく」と言った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜
O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。
しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。
…無いんだったら私が作る!
そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる