114 / 275
失われた村【4】
しおりを挟む
翌日の朝早くから澪は忙しなく支度をしていた。全力で馬を走らせても小菅村までは半日近くかかるため、日を改めることにしたのだ。
荷物を持って歩澄の元へ行った澪は、その姿を見て絶句した。
「早いな。もう支度を終えたのか?」
そう言って振り向いた笑顔は眩しい程輝いていた。いつも以上に艶やかな象牙色の髪。高級な糸を使用した羽織ものに爪先の出ない革の靴。
「歩澄様……どこへ行くおつもりですか?」
「何を言っている。小菅村だが?」
歩澄は目を丸くして二度瞬きをした。
「そのような格好をしてどこが身分を偽っているのですか!」
大声を上げた澪の声に反応しては、バタバタと重臣達が駆けつけた。
「何事だ!?」
一番最初に声をかけた秀虎に、澪は「秀虎様からも言って下さい! このようなお姿では潤銘郷統主ですと言って歩くようなものです!」と歩澄を指差しながら言った。
それを聞いた歩澄は、肩を落として顔を伏せた。
「澪……気持ちはわかるが許してやってくれ……。歩澄様も、澪の家族に逢いに行くようなものなのだ。恋仲の家族にいい格好を見せたい気持ちもわかる……」
澪の腕を引き、耳元でこそこそと囁いた秀虎に澪は顔を上げる。
「そういうものですか?」
「そういうものだ。落ち込み始めている故、一言似合っていると声をかけてやってくれ」
流石長年共にいるだけあって、歩澄の扱い方に慣れている秀虎。澪は軽く息を付き、「歩澄様。とてもお似合いですが、小菅村は田舎ですのでそのように高尚なお姿では目立ってしまいます。お召し物を変えていただけますか?」と歩澄の腕に手をかけて声をかけた。
「……似合っているか?」
「はい。いつも素敵ですが、一段とお似合いです。しかし、それでは目的が果たせません」
「……そうか。すぐに着替えよう」
歩澄は数回頷き機嫌よく着替え始めた。
ただでさえ歩澄の異国の血が混合した風貌は目立つのだ。そこへきて決して平民では手が出せないような高級な布など纏っていれば、入郷すらできぬやもしれぬ。
「……あの歩澄様を一言で黙らせたぞ」
瑛梓は梓月の耳元で呟く。
「澪の方が上手か……。最近、澪に甘いからな」
眉間に皺を寄せて言う梓月に、瑛梓は「お前も大概だぞ」と顔をしかめた。
ようやく支度を済ませた歩澄と共に、澪は城前に立っていた。重臣の三人は二人の見送りのため、馬を待つ。
「歩澄様、本当に護衛はいらないのですか?」
瑛梓が再度確認する。
「ああ。匠閃郷は本来奥までは入れぬ。統主を名乗れば今でこそ入郷可能だが、それでは意味がない」
今や匠閃郷の統主は実質上歩澄となっている。他郷からの入郷を許していない匠閃郷だが、統主を入れないわけにはいかない。それ故、歩澄の名を語れば容易に入郷できるが、民を怯えさせることにも繋がる。
「ええ。わかっております」
「それに……護衛が必要なように見えるか?」
そう言って視線を澪に移した。
(……いらないな)
颯の一件を目の当たりにしている瑛梓と梓月は、苦笑を浮かべた。また、噂を聞いていた秀虎も歩澄の意図はよくわかっていた。
「そういうことだ。二、三日空ける。城を頼む」
「はい、歩澄様」
「昨日言った匠閃郷への支給はどうだ?」
「既に昨日より始めております。私達の下の者達も総出で動いています故、今頃民達も食にありつけているのではないかと思います」
梓月がそう答えると、歩澄は大きく頷いた。
「そうか。ご苦労。引き続き、支援を頼む。その後の経過もな」
「承知致しました」
三人が頭を下げたところで「大変です! う、馬が!」と遠くから大声が聞こえた。それと同時に怒濤のように轟く馬の足音。均された地面を力強く蹴り上げ、荒々しく駆けてくる巨大な馬であった。その毛並みの美しさは、澪が初めて歩澄と出会った日に見たものと同じである。
荷物を持って歩澄の元へ行った澪は、その姿を見て絶句した。
「早いな。もう支度を終えたのか?」
そう言って振り向いた笑顔は眩しい程輝いていた。いつも以上に艶やかな象牙色の髪。高級な糸を使用した羽織ものに爪先の出ない革の靴。
「歩澄様……どこへ行くおつもりですか?」
「何を言っている。小菅村だが?」
歩澄は目を丸くして二度瞬きをした。
「そのような格好をしてどこが身分を偽っているのですか!」
大声を上げた澪の声に反応しては、バタバタと重臣達が駆けつけた。
「何事だ!?」
一番最初に声をかけた秀虎に、澪は「秀虎様からも言って下さい! このようなお姿では潤銘郷統主ですと言って歩くようなものです!」と歩澄を指差しながら言った。
それを聞いた歩澄は、肩を落として顔を伏せた。
「澪……気持ちはわかるが許してやってくれ……。歩澄様も、澪の家族に逢いに行くようなものなのだ。恋仲の家族にいい格好を見せたい気持ちもわかる……」
澪の腕を引き、耳元でこそこそと囁いた秀虎に澪は顔を上げる。
「そういうものですか?」
「そういうものだ。落ち込み始めている故、一言似合っていると声をかけてやってくれ」
流石長年共にいるだけあって、歩澄の扱い方に慣れている秀虎。澪は軽く息を付き、「歩澄様。とてもお似合いですが、小菅村は田舎ですのでそのように高尚なお姿では目立ってしまいます。お召し物を変えていただけますか?」と歩澄の腕に手をかけて声をかけた。
「……似合っているか?」
「はい。いつも素敵ですが、一段とお似合いです。しかし、それでは目的が果たせません」
「……そうか。すぐに着替えよう」
歩澄は数回頷き機嫌よく着替え始めた。
ただでさえ歩澄の異国の血が混合した風貌は目立つのだ。そこへきて決して平民では手が出せないような高級な布など纏っていれば、入郷すらできぬやもしれぬ。
「……あの歩澄様を一言で黙らせたぞ」
瑛梓は梓月の耳元で呟く。
「澪の方が上手か……。最近、澪に甘いからな」
眉間に皺を寄せて言う梓月に、瑛梓は「お前も大概だぞ」と顔をしかめた。
ようやく支度を済ませた歩澄と共に、澪は城前に立っていた。重臣の三人は二人の見送りのため、馬を待つ。
「歩澄様、本当に護衛はいらないのですか?」
瑛梓が再度確認する。
「ああ。匠閃郷は本来奥までは入れぬ。統主を名乗れば今でこそ入郷可能だが、それでは意味がない」
今や匠閃郷の統主は実質上歩澄となっている。他郷からの入郷を許していない匠閃郷だが、統主を入れないわけにはいかない。それ故、歩澄の名を語れば容易に入郷できるが、民を怯えさせることにも繋がる。
「ええ。わかっております」
「それに……護衛が必要なように見えるか?」
そう言って視線を澪に移した。
(……いらないな)
颯の一件を目の当たりにしている瑛梓と梓月は、苦笑を浮かべた。また、噂を聞いていた秀虎も歩澄の意図はよくわかっていた。
「そういうことだ。二、三日空ける。城を頼む」
「はい、歩澄様」
「昨日言った匠閃郷への支給はどうだ?」
「既に昨日より始めております。私達の下の者達も総出で動いています故、今頃民達も食にありつけているのではないかと思います」
梓月がそう答えると、歩澄は大きく頷いた。
「そうか。ご苦労。引き続き、支援を頼む。その後の経過もな」
「承知致しました」
三人が頭を下げたところで「大変です! う、馬が!」と遠くから大声が聞こえた。それと同時に怒濤のように轟く馬の足音。均された地面を力強く蹴り上げ、荒々しく駆けてくる巨大な馬であった。その毛並みの美しさは、澪が初めて歩澄と出会った日に見たものと同じである。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる