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失われた村【4】
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翌日の朝早くから澪は忙しなく支度をしていた。全力で馬を走らせても小菅村までは半日近くかかるため、日を改めることにしたのだ。
荷物を持って歩澄の元へ行った澪は、その姿を見て絶句した。
「早いな。もう支度を終えたのか?」
そう言って振り向いた笑顔は眩しい程輝いていた。いつも以上に艶やかな象牙色の髪。高級な糸を使用した羽織ものに爪先の出ない革の靴。
「歩澄様……どこへ行くおつもりですか?」
「何を言っている。小菅村だが?」
歩澄は目を丸くして二度瞬きをした。
「そのような格好をしてどこが身分を偽っているのですか!」
大声を上げた澪の声に反応しては、バタバタと重臣達が駆けつけた。
「何事だ!?」
一番最初に声をかけた秀虎に、澪は「秀虎様からも言って下さい! このようなお姿では潤銘郷統主ですと言って歩くようなものです!」と歩澄を指差しながら言った。
それを聞いた歩澄は、肩を落として顔を伏せた。
「澪……気持ちはわかるが許してやってくれ……。歩澄様も、澪の家族に逢いに行くようなものなのだ。恋仲の家族にいい格好を見せたい気持ちもわかる……」
澪の腕を引き、耳元でこそこそと囁いた秀虎に澪は顔を上げる。
「そういうものですか?」
「そういうものだ。落ち込み始めている故、一言似合っていると声をかけてやってくれ」
流石長年共にいるだけあって、歩澄の扱い方に慣れている秀虎。澪は軽く息を付き、「歩澄様。とてもお似合いですが、小菅村は田舎ですのでそのように高尚なお姿では目立ってしまいます。お召し物を変えていただけますか?」と歩澄の腕に手をかけて声をかけた。
「……似合っているか?」
「はい。いつも素敵ですが、一段とお似合いです。しかし、それでは目的が果たせません」
「……そうか。すぐに着替えよう」
歩澄は数回頷き機嫌よく着替え始めた。
ただでさえ歩澄の異国の血が混合した風貌は目立つのだ。そこへきて決して平民では手が出せないような高級な布など纏っていれば、入郷すらできぬやもしれぬ。
「……あの歩澄様を一言で黙らせたぞ」
瑛梓は梓月の耳元で呟く。
「澪の方が上手か……。最近、澪に甘いからな」
眉間に皺を寄せて言う梓月に、瑛梓は「お前も大概だぞ」と顔をしかめた。
ようやく支度を済ませた歩澄と共に、澪は城前に立っていた。重臣の三人は二人の見送りのため、馬を待つ。
「歩澄様、本当に護衛はいらないのですか?」
瑛梓が再度確認する。
「ああ。匠閃郷は本来奥までは入れぬ。統主を名乗れば今でこそ入郷可能だが、それでは意味がない」
今や匠閃郷の統主は実質上歩澄となっている。他郷からの入郷を許していない匠閃郷だが、統主を入れないわけにはいかない。それ故、歩澄の名を語れば容易に入郷できるが、民を怯えさせることにも繋がる。
「ええ。わかっております」
「それに……護衛が必要なように見えるか?」
そう言って視線を澪に移した。
(……いらないな)
颯の一件を目の当たりにしている瑛梓と梓月は、苦笑を浮かべた。また、噂を聞いていた秀虎も歩澄の意図はよくわかっていた。
「そういうことだ。二、三日空ける。城を頼む」
「はい、歩澄様」
「昨日言った匠閃郷への支給はどうだ?」
「既に昨日より始めております。私達の下の者達も総出で動いています故、今頃民達も食にありつけているのではないかと思います」
梓月がそう答えると、歩澄は大きく頷いた。
「そうか。ご苦労。引き続き、支援を頼む。その後の経過もな」
「承知致しました」
三人が頭を下げたところで「大変です! う、馬が!」と遠くから大声が聞こえた。それと同時に怒濤のように轟く馬の足音。均された地面を力強く蹴り上げ、荒々しく駆けてくる巨大な馬であった。その毛並みの美しさは、澪が初めて歩澄と出会った日に見たものと同じである。
荷物を持って歩澄の元へ行った澪は、その姿を見て絶句した。
「早いな。もう支度を終えたのか?」
そう言って振り向いた笑顔は眩しい程輝いていた。いつも以上に艶やかな象牙色の髪。高級な糸を使用した羽織ものに爪先の出ない革の靴。
「歩澄様……どこへ行くおつもりですか?」
「何を言っている。小菅村だが?」
歩澄は目を丸くして二度瞬きをした。
「そのような格好をしてどこが身分を偽っているのですか!」
大声を上げた澪の声に反応しては、バタバタと重臣達が駆けつけた。
「何事だ!?」
一番最初に声をかけた秀虎に、澪は「秀虎様からも言って下さい! このようなお姿では潤銘郷統主ですと言って歩くようなものです!」と歩澄を指差しながら言った。
それを聞いた歩澄は、肩を落として顔を伏せた。
「澪……気持ちはわかるが許してやってくれ……。歩澄様も、澪の家族に逢いに行くようなものなのだ。恋仲の家族にいい格好を見せたい気持ちもわかる……」
澪の腕を引き、耳元でこそこそと囁いた秀虎に澪は顔を上げる。
「そういうものですか?」
「そういうものだ。落ち込み始めている故、一言似合っていると声をかけてやってくれ」
流石長年共にいるだけあって、歩澄の扱い方に慣れている秀虎。澪は軽く息を付き、「歩澄様。とてもお似合いですが、小菅村は田舎ですのでそのように高尚なお姿では目立ってしまいます。お召し物を変えていただけますか?」と歩澄の腕に手をかけて声をかけた。
「……似合っているか?」
「はい。いつも素敵ですが、一段とお似合いです。しかし、それでは目的が果たせません」
「……そうか。すぐに着替えよう」
歩澄は数回頷き機嫌よく着替え始めた。
ただでさえ歩澄の異国の血が混合した風貌は目立つのだ。そこへきて決して平民では手が出せないような高級な布など纏っていれば、入郷すらできぬやもしれぬ。
「……あの歩澄様を一言で黙らせたぞ」
瑛梓は梓月の耳元で呟く。
「澪の方が上手か……。最近、澪に甘いからな」
眉間に皺を寄せて言う梓月に、瑛梓は「お前も大概だぞ」と顔をしかめた。
ようやく支度を済ませた歩澄と共に、澪は城前に立っていた。重臣の三人は二人の見送りのため、馬を待つ。
「歩澄様、本当に護衛はいらないのですか?」
瑛梓が再度確認する。
「ああ。匠閃郷は本来奥までは入れぬ。統主を名乗れば今でこそ入郷可能だが、それでは意味がない」
今や匠閃郷の統主は実質上歩澄となっている。他郷からの入郷を許していない匠閃郷だが、統主を入れないわけにはいかない。それ故、歩澄の名を語れば容易に入郷できるが、民を怯えさせることにも繋がる。
「ええ。わかっております」
「それに……護衛が必要なように見えるか?」
そう言って視線を澪に移した。
(……いらないな)
颯の一件を目の当たりにしている瑛梓と梓月は、苦笑を浮かべた。また、噂を聞いていた秀虎も歩澄の意図はよくわかっていた。
「そういうことだ。二、三日空ける。城を頼む」
「はい、歩澄様」
「昨日言った匠閃郷への支給はどうだ?」
「既に昨日より始めております。私達の下の者達も総出で動いています故、今頃民達も食にありつけているのではないかと思います」
梓月がそう答えると、歩澄は大きく頷いた。
「そうか。ご苦労。引き続き、支援を頼む。その後の経過もな」
「承知致しました」
三人が頭を下げたところで「大変です! う、馬が!」と遠くから大声が聞こえた。それと同時に怒濤のように轟く馬の足音。均された地面を力強く蹴り上げ、荒々しく駆けてくる巨大な馬であった。その毛並みの美しさは、澪が初めて歩澄と出会った日に見たものと同じである。
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