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失われた村【28】
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商店街はびっしりと店が並んでいる。扇子・団扇屋に煙管屋、呉服屋、下駄屋……。店同士はほとんどが間隔なく並んでおり、人が賑わっていた。
「わあ……潤銘郷の城下よりも人がたくさんいます!」
澪が歓喜の声を上げると、歩澄は柔らかい笑みを浮かべ、「当然だ。潤銘郷は他郷から平民の客人が来ることがないからな。匠閃郷の職人くらいだ。だが、ここは年中全ての郷から催し物を観覧しにくる客で賑わう」と言った。
「催し物とは何をされるのですか?」
「主には子宝の恵みを祈る祭りだ。他にも色んな村で祭りが行われている。屋台も多くあるだろう?」
歩澄が指を差した先には、茶屋とは別に様々な食べ物屋が並んでいた。
「すごいです! 行きましょう!」
澪は、目を輝かせて歩澄の手を引いて走り出した。
「お、おいっ!」
勢いよく走り出した澪に急いでついていく歩澄。その後ろを秀虎も追う。
馬は商店街の出入口にあたる場所に馬番がおり、銀一匁で預けてきた。
身軽になった三人は、足早に店を見て回る。ほとんどが素早い澪の自由行動であることは言うまでもない。
「次はあれです!」
澪が指差した先には焼きたての煎餅。
「食べたいのか?」
「はい!」
「先程栄泰城でたらふく食っただろうに」
歩澄はくすくすと笑っているが、容易に澪を甘やかす。煎餅を買ってやれば、澪は芳ばしい匂いにそそられて、嬉しそうに頬張った。
その様子を商店街にいる客人達が横目でみる。歩澄の珍しい風貌と身に付けている上質な物。すぐに他郷の貴族であると見抜くが、まさか潤銘郷統主であるとは誰も思わない。
澪はまたうろちょろと動き回る。玩具屋を見つけて興味本位で飛び込んだ。
「いらっしゃい!」
元気な店主の声に澪の気持ちも明るくなった。色んな大きさの風車があり、ふと小菅村のことを思い出した。
小菅村にも風車が売っている場所があった。既に十二であった澪は、それを欲しいとは言えなかったが、幼い子供達が持っているのが羨ましくて仕方がなかった。
風が吹くと煌めく程の色を振り撒いて回る様が不思議だった。匠閃城にはそのようなものはなく、十二にして初めて風車を見たのだ。
「なんだい、お嬢ちゃん熱心に見て。風車が好きかい?」
「……これは子供の玩具だって聞いた」
「ああ、そうだよ。赤子なんかは喜ぶ。ああ、お腹の子にやるのかい?」
澪は、予想もしていなかった言葉に赤面し「ち、違います!」と慌てて否定した。子供などいるわけがない。なぜそのように見えたのか……。
「ああ、違ったのか。すまないね。早く授かるといいね」
そう言って店主は優しく微笑んだ。
(ああ、そうか……栄泰郷は子孫繁栄を願う郷だから客人は皆子宝が授かるのを願っているのか……)
その客人達と同じ目的でやってきたのだと思われていることに澪はようやく気付いた。
「……一つ、貰えますか?」
「はい! 毎度あり!」
歩澄から少し持たされていた銭で支払いをした。匠閃城にあった金銭であるため遠慮をするなと渡されていたのだ。
軽くふうっと息を吹き掛けると、軽快にかさかさと音を立てて回り始めた。澪は、ようやく手に入れた風車を目の前にし、頬を緩めた。
「おじさん、ここにも皇成様はくるの?」
「皇成様? ああ、来るよ。たまに売上はどうかと心配してくれる」
「おじさんは皇成様、好き?」
「ああ、もちろんだとも。俺だけじゃない。どの村も皆皇成様を慕っているよ」
「……私は匠閃郷から来たんだけど……」
「おおっ……そりゃ、大変だったな……」
神室歩澄が宗方憲明の首をとったことなど周知の事実なのだろう。歩澄が匠閃郷を潤すために物資を給付していることまでは知らぬのか、不憫な者を見る目で店主は言った。
「うん……だから詳しいことはわからないのだけれど、皇成様はとても女人好きで、町娘にだって平気で手を出すお方だと聞いている」
「はっはっは! 本当だよ。ここいらでも一人皇成様に見初められて側室になった娘さんがいる。今じゃ立派な第六夫人だ。聞こえが悪いが、言い方を変えりゃどんなに貧しい家の出だって皇成様に見初められりゃ、たちまち大富豪さ。娘の実家にはそれはりっぱな家や金品が贈られる。わかるかね? 夢のある話さ。だからおなごは皆着飾って皇成様のお眼鏡にかなおうとしてるのさ」
「それは喜ばしいことなの?」
「当然だよ! 栄泰郷はさ、こんなにも多くの客人で賑わっているし、うちだっておかげで商売繁盛さ。けれどもね、栄泰郷は子宝を何よりも大切にする。故にどこの家も子沢山でね。うちだって奥にゃまだ赤子だっている。全部で十一人子供がいるんだ」
「じゅ、十一人!?」
澪は仰天して口をあんぐりとさせた。
店主はけらけらと笑いながら「栄泰郷じゃそれが普通さ。だからいくら稼いだって子供に金がかかる。裕福な家なんかないのさ」と言った。
「で、でも栄泰郷は貧富の差が少ないって……」
「ああ、そうだよ。皇成様が平等に村の生活を考えてくれるからね。だから食うに困るほどの貧困はあまりない。ただ、決して裕福なんかじゃない。それでも俺たちゃ、この細々とした生活が気に入ってんだ。そこに来て娘の誰かが皇成様に見初められりゃ一攫千金ってわけだ」
店主は豪快に笑い、澪は町娘が統主の元に嫁ぐことを喜ばしいことだと思う意味を知った。おそらく、澪の実母である伽代もこのように喜ばれて憲明に嫁いだのだろうと喜ぶ九重の顔を想像したら涙が出そうだった。
「わあ……潤銘郷の城下よりも人がたくさんいます!」
澪が歓喜の声を上げると、歩澄は柔らかい笑みを浮かべ、「当然だ。潤銘郷は他郷から平民の客人が来ることがないからな。匠閃郷の職人くらいだ。だが、ここは年中全ての郷から催し物を観覧しにくる客で賑わう」と言った。
「催し物とは何をされるのですか?」
「主には子宝の恵みを祈る祭りだ。他にも色んな村で祭りが行われている。屋台も多くあるだろう?」
歩澄が指を差した先には、茶屋とは別に様々な食べ物屋が並んでいた。
「すごいです! 行きましょう!」
澪は、目を輝かせて歩澄の手を引いて走り出した。
「お、おいっ!」
勢いよく走り出した澪に急いでついていく歩澄。その後ろを秀虎も追う。
馬は商店街の出入口にあたる場所に馬番がおり、銀一匁で預けてきた。
身軽になった三人は、足早に店を見て回る。ほとんどが素早い澪の自由行動であることは言うまでもない。
「次はあれです!」
澪が指差した先には焼きたての煎餅。
「食べたいのか?」
「はい!」
「先程栄泰城でたらふく食っただろうに」
歩澄はくすくすと笑っているが、容易に澪を甘やかす。煎餅を買ってやれば、澪は芳ばしい匂いにそそられて、嬉しそうに頬張った。
その様子を商店街にいる客人達が横目でみる。歩澄の珍しい風貌と身に付けている上質な物。すぐに他郷の貴族であると見抜くが、まさか潤銘郷統主であるとは誰も思わない。
澪はまたうろちょろと動き回る。玩具屋を見つけて興味本位で飛び込んだ。
「いらっしゃい!」
元気な店主の声に澪の気持ちも明るくなった。色んな大きさの風車があり、ふと小菅村のことを思い出した。
小菅村にも風車が売っている場所があった。既に十二であった澪は、それを欲しいとは言えなかったが、幼い子供達が持っているのが羨ましくて仕方がなかった。
風が吹くと煌めく程の色を振り撒いて回る様が不思議だった。匠閃城にはそのようなものはなく、十二にして初めて風車を見たのだ。
「なんだい、お嬢ちゃん熱心に見て。風車が好きかい?」
「……これは子供の玩具だって聞いた」
「ああ、そうだよ。赤子なんかは喜ぶ。ああ、お腹の子にやるのかい?」
澪は、予想もしていなかった言葉に赤面し「ち、違います!」と慌てて否定した。子供などいるわけがない。なぜそのように見えたのか……。
「ああ、違ったのか。すまないね。早く授かるといいね」
そう言って店主は優しく微笑んだ。
(ああ、そうか……栄泰郷は子孫繁栄を願う郷だから客人は皆子宝が授かるのを願っているのか……)
その客人達と同じ目的でやってきたのだと思われていることに澪はようやく気付いた。
「……一つ、貰えますか?」
「はい! 毎度あり!」
歩澄から少し持たされていた銭で支払いをした。匠閃城にあった金銭であるため遠慮をするなと渡されていたのだ。
軽くふうっと息を吹き掛けると、軽快にかさかさと音を立てて回り始めた。澪は、ようやく手に入れた風車を目の前にし、頬を緩めた。
「おじさん、ここにも皇成様はくるの?」
「皇成様? ああ、来るよ。たまに売上はどうかと心配してくれる」
「おじさんは皇成様、好き?」
「ああ、もちろんだとも。俺だけじゃない。どの村も皆皇成様を慕っているよ」
「……私は匠閃郷から来たんだけど……」
「おおっ……そりゃ、大変だったな……」
神室歩澄が宗方憲明の首をとったことなど周知の事実なのだろう。歩澄が匠閃郷を潤すために物資を給付していることまでは知らぬのか、不憫な者を見る目で店主は言った。
「うん……だから詳しいことはわからないのだけれど、皇成様はとても女人好きで、町娘にだって平気で手を出すお方だと聞いている」
「はっはっは! 本当だよ。ここいらでも一人皇成様に見初められて側室になった娘さんがいる。今じゃ立派な第六夫人だ。聞こえが悪いが、言い方を変えりゃどんなに貧しい家の出だって皇成様に見初められりゃ、たちまち大富豪さ。娘の実家にはそれはりっぱな家や金品が贈られる。わかるかね? 夢のある話さ。だからおなごは皆着飾って皇成様のお眼鏡にかなおうとしてるのさ」
「それは喜ばしいことなの?」
「当然だよ! 栄泰郷はさ、こんなにも多くの客人で賑わっているし、うちだっておかげで商売繁盛さ。けれどもね、栄泰郷は子宝を何よりも大切にする。故にどこの家も子沢山でね。うちだって奥にゃまだ赤子だっている。全部で十一人子供がいるんだ」
「じゅ、十一人!?」
澪は仰天して口をあんぐりとさせた。
店主はけらけらと笑いながら「栄泰郷じゃそれが普通さ。だからいくら稼いだって子供に金がかかる。裕福な家なんかないのさ」と言った。
「で、でも栄泰郷は貧富の差が少ないって……」
「ああ、そうだよ。皇成様が平等に村の生活を考えてくれるからね。だから食うに困るほどの貧困はあまりない。ただ、決して裕福なんかじゃない。それでも俺たちゃ、この細々とした生活が気に入ってんだ。そこに来て娘の誰かが皇成様に見初められりゃ一攫千金ってわけだ」
店主は豪快に笑い、澪は町娘が統主の元に嫁ぐことを喜ばしいことだと思う意味を知った。おそらく、澪の実母である伽代もこのように喜ばれて憲明に嫁いだのだろうと喜ぶ九重の顔を想像したら涙が出そうだった。
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