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失われた村【30】

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 澪は老婆のすぐ目の前まで行くと「私に声をかけたのは貴女?」と尋ねた。
 老婆は路地裏を入って直ぐのところに座っており、体の前には木の台が置いてあった。その上には縦長の陶器があり、中には均等な長さの木の棒のようなものがいくつも刺さっていた。

「たしかに……お呼びした」

「貴女は?」

「私は紫滂しほう。おぬしからは禍々しい気が漂っておる……。人を殺めておるの」

 紫滂と名乗った老婆が表情を変えずにそう言うと、澪は眉間に皺を寄せ「……何故そう思う?」と聞いた。

「臭いがする……死人の臭い。多く殺しておる……」

「……そうだよ、殺した。殺されそうになったから」

 澪はそっと目を閉じ、その光景を思い出すかのようにそう言った。伽代が懸賞金を懸けたことで貧しい民達は澪の命を狙った。
 小菅村の民は皆、九重から事情を聞かされており、澪に親切に接したが他の村は違った。
 澪が統主の娘であるなどとは露知らず、町に張り出された似顔絵の澪を見つけては命を狙われた。
 金銭目的の平民であれば澪は難なく攻撃を交わし、仕返しすることなくその場をやり過ごしていた。しかし、中にはごろつきも忍もいた。
 人を殺めることを何とも思わない、若しくは楽しんでさえいる者は躊躇なく斬った。忍に関しては、暗殺を目的としており本気で戦わなくては己の身が危険であった。

「ああ……憑いておる……うじゃうじゃな」

「っ……」

 妖しく笑った紫滂の顔を見て、澪は全身に寒気を感じ身震いした。嫌な汗がじっとりと滲んでいた。

「女がいる……おぬしが死ぬことを望んでおる」

「……そう」

「これからも危険じゃ……」

 澪の脳裏には伽代の顔が浮かんでいた。

(死して尚私の死を望むか……)

 実母でありながら、悲哀の感情はもはやなかった。それどころか、伽代は九重と勧玄の仇。忌々しく、憎悪さえも抱いていた。

「こちらへおいで。そこへ座れ」

 足もとの木箱を指差され、座るよう促された。澪は素直にそれに応じた。
 紫滂との間が縮むと、不意にとんっと額を人差し指でつつかれた。衝撃で首が後窟するのを筋肉で留まらせた。

「そのまま……祓ってくれる」

 紫滂は何やらぶつぶつと小声で唱え始めた。黙ってそれを聞く澪。澪には何をしているのか理解できなかったが、おとなしくされるがままにしていた。
 その内、紫滂がカッと目を見開き「破ッ!」と大声を上げるとその刹那、ぶわっと風が正面から後方に向かって吹き抜けた。

 心なしか体が軽くなったような気がした。
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