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失われた村【31】

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 紫滂はふうっと大きく息をつくと「これでいい。だがまた直ぐにやってくるだろう」と言った。

「私には不吉なものばかりが寄ってくるの?」

「ああ、しかし良いものもある。強い男じゃ……藍色の髪……」

 紫滂がそう言った事で、澪は全身に先程とは違った鳥肌が立った。

(勧玄様っ……)

 すぐに思い付いたのは勧玄の顔だった。

「だが、おぬしは悪いものを引き寄せる……この者だけではおぬしは守れまい。おぬしは何を目指しておる?」

「目指す……?」

「復讐か?」

 そう言われ、ドックンと大きく鼓動が跳ねた。汗が更に滲み、首もとに溜まるようだった。

「……違う。それはもう終わった……」

「そうかの。これからも災いはやってくるぞ」

「……どんな?」

「……腕を失う」

「腕!?」

「右腕」

 そっと右腕を指差され、紫滂は目を細めた。長い爪の先は尖っており、凶器にも見えた。

「私は殺されるの?」

「いや、いつかは死ぬ」

「……そうでなくて」

「時期がくれば自ずとわかる。その時、己の信じる道を進め。さすれば道は拓かれる」

「どういうこと……?」

「己が良いと思えば躊躇なく右腕を捨てろ」

 澪はその言葉に目を見開いた。出会ったばかりの老婆に腕を捨てろと言われたのだ。驚かない筈などなかった。

「それは……何に繋がる?」

「さあね。己のためか、青碧の瞳をした男のためか……」

 澪は息をのみ、今度は歩澄の事かと口を震わせた。

(何故こんなにも私の身の回りにいる者がわかる……何者だろうか……)

「私は紫滂。こんなところにいるが、昔はれっきとした陰陽師だった女だ……」

 まるで心の中を読まれたかのように紫滂は言った。

「私はそのひとと一緒にいていいのだろうか……」

「いてはいけないと思ったことがあるか?」

「わからない……けれど……」

「おぬしは進むしかない。それしか道はない。諦めたら皆死ぬ」

「……死ぬ?」

「大きな大きな災いが訪れる。五つの力が合わさらんば、皆死ぬのじゃ」

「皆って言うのは……」

「皆じゃ……遡雅ノ國は滅びる」

「は? ……そんな」

「一度解れたら脆いぞ。みるみる内に郷は焼け、火の海と化し、皆死ぬ」

「それは困る!」

 澪は腰を上げ、声を張った。
(この国が滅んだら、私は何のためにここまで踏ん張ってきたのだ……)

「故に進め」

「……刀は、取り返せるか?」

「さあね。信念があれば向こうから帰りたがる。故に二つは手に入った」

 紫滂はにたぁと笑って見せた。気味悪さを感じる程に、何もかもが筒抜けで澪は気がおかしくなりそうだった。

(五つの力ってなんだ……統主はもう四人しかいない……四つの力であれば納得もいくが……)

「ともかく己の直感を信じよ。恐怖と憎悪を抱え、養われたその眼を信じよ。とにかく立ち止まるな。振り返れば呑まれるぞ……」

 じっとその言葉を聞いていると「こんなところにいたのか」と後ろから聞き覚えのある声がした。
 はっとして後ろを振り返れば、息を切らした歩澄と秀虎がいた。

「……歩澄様」

「こんなところで何をしていた」

「今、陰陽師の方と話を……」

 そう言って、紫滂の方を向くとそこは何もない路地裏が続いているだけであった。澪は大きく瞳を揺らした。何の気配も感じなかったのだ。
 今まで敵意も殺気も全て気配と感覚だけで捕らえてきた。しかし、その類いのものも何も感じなかった。

 澪はただただ不思議な光景に、その場に立ち尽くしていることしかできなかった。
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