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失われた村【32】
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不思議な体験をしたことを歩澄や秀虎に伝えるべきか澪は悩んだ。しかし澪から歩澄に伝えるにはあまりにも不十分な言葉であり、それを歩澄や秀虎があっさりと信じるとは到底思えなかった。
それにあの言葉は澪に向けられたもの。澪自身が己を信じて向かう他ない。そう思うと、このまま黙っている方が賢明だと思えた。
「……猫がいました」
「猫?」
澪は咄嗟に誤魔化した。不思議そうな表情を浮かべる歩澄に「今度ははぐれないでくださいね」と言うと、「はぐれたのはお前だろう」と歩澄と秀虎は顔をしかめた。
その後、更にいくつか店を回り、澪はその都度皇成について尋ねた。玩具屋の店主が言ったように皆皇成のことを良いふうにしか言わなかった。そしてどこも同じなのは子沢山であり、裕福ではないこと。
だだそれでも店はどこも賑わっており、活気に満ちている。
「不思議ですね……そんなに豊かな暮らしができているわけでもないのに皆幸せそうです」
澪がぽつりと言うと「お前もそうだったのではないのか? 九重と勧玄と共に過ごした日々は」と歩澄は優しい笑みを浮かべた。
「ええ……そうでしたね。たったそれだけでいいことが確かにありました」
「潤銘郷とは違うが、ここの民にとってはこの生活が通常であり、些細な幸せなのだろう。それで、知りたかったことは知れたのか?」
腕を組んでずいっと顔を寄せた歩澄。澪はドキリと鼓動を跳ね上げ、おずおずと歩澄を見上げた。
「あれだけ皇成のことを聞いて回っていれば馬鹿でもわかる」
歩澄は目を細めて言った。
「はは……」
澪は気まずそうに引き笑いを浮かべ、ゆっくりと息を吐いた。
「栄泰郷が民にとってどんな郷か知っておきたかっただけなのです。貧富の差が少ないということは、どこの村もこのような状況なのでしょうね」
「おそらくな。私も栄泰郷全てを回ったことがあるわけではないが、栄泰郷内で暴動が起きたという話しもあまり聞かない。穏やかな郷であることには変わりない。しかし……お前が匠閃郷以外の郷に興味を持つとはな」
歩澄は澪の言葉に驚きはしたが、すぐに顔を綻ばせ、郷の生活に目を向けている澪の姿を嬉しく思った。
「八雲皇成は未だに好きにはなれません。あの正室も」
「ああ……」
「ですが、少なくとも民にとってはいい統主なのですね」
「それを実感したかったのか?」
「そう言われるとわかりません。ですが、ここまで民に慕われる努力をしていることは認めなければなりませんね」
「ああ、それ故私も皇成は殺さずにいる。皇成を殺せば、栄泰郷の民は皆、私を敵とみなすであろうな。匠閃郷のようにはいかない」
澪はそう言われ、深く頷いた。
匠閃郷と栄泰郷で大きく違うのは統主に対する信頼と尊敬。両方を既に手に入れている皇成は、いくら馬鹿だと言われていようとも今後手強い壁となることは事実であった。
「では、そろそろ戻りますか」
「満足したのか?」
「はい!」
「それより、その手に持っているものはなんだ」
「これですか? 風車です。知らないのですか? 風が吹くと回るのですよ」
商店街を歩きながら澪は風車を回して見せた。歩澄は珍しいものでもみるかのようにその動きをじっと目で追っていた。
「ほう……それで、何をするためのものだ?」
「見て楽しむものです」
「ん? ……そうか」
歩澄もようやく玩具であると理解したのか、それ以上風車に干渉することはなかった。
それにあの言葉は澪に向けられたもの。澪自身が己を信じて向かう他ない。そう思うと、このまま黙っている方が賢明だと思えた。
「……猫がいました」
「猫?」
澪は咄嗟に誤魔化した。不思議そうな表情を浮かべる歩澄に「今度ははぐれないでくださいね」と言うと、「はぐれたのはお前だろう」と歩澄と秀虎は顔をしかめた。
その後、更にいくつか店を回り、澪はその都度皇成について尋ねた。玩具屋の店主が言ったように皆皇成のことを良いふうにしか言わなかった。そしてどこも同じなのは子沢山であり、裕福ではないこと。
だだそれでも店はどこも賑わっており、活気に満ちている。
「不思議ですね……そんなに豊かな暮らしができているわけでもないのに皆幸せそうです」
澪がぽつりと言うと「お前もそうだったのではないのか? 九重と勧玄と共に過ごした日々は」と歩澄は優しい笑みを浮かべた。
「ええ……そうでしたね。たったそれだけでいいことが確かにありました」
「潤銘郷とは違うが、ここの民にとってはこの生活が通常であり、些細な幸せなのだろう。それで、知りたかったことは知れたのか?」
腕を組んでずいっと顔を寄せた歩澄。澪はドキリと鼓動を跳ね上げ、おずおずと歩澄を見上げた。
「あれだけ皇成のことを聞いて回っていれば馬鹿でもわかる」
歩澄は目を細めて言った。
「はは……」
澪は気まずそうに引き笑いを浮かべ、ゆっくりと息を吐いた。
「栄泰郷が民にとってどんな郷か知っておきたかっただけなのです。貧富の差が少ないということは、どこの村もこのような状況なのでしょうね」
「おそらくな。私も栄泰郷全てを回ったことがあるわけではないが、栄泰郷内で暴動が起きたという話しもあまり聞かない。穏やかな郷であることには変わりない。しかし……お前が匠閃郷以外の郷に興味を持つとはな」
歩澄は澪の言葉に驚きはしたが、すぐに顔を綻ばせ、郷の生活に目を向けている澪の姿を嬉しく思った。
「八雲皇成は未だに好きにはなれません。あの正室も」
「ああ……」
「ですが、少なくとも民にとってはいい統主なのですね」
「それを実感したかったのか?」
「そう言われるとわかりません。ですが、ここまで民に慕われる努力をしていることは認めなければなりませんね」
「ああ、それ故私も皇成は殺さずにいる。皇成を殺せば、栄泰郷の民は皆、私を敵とみなすであろうな。匠閃郷のようにはいかない」
澪はそう言われ、深く頷いた。
匠閃郷と栄泰郷で大きく違うのは統主に対する信頼と尊敬。両方を既に手に入れている皇成は、いくら馬鹿だと言われていようとも今後手強い壁となることは事実であった。
「では、そろそろ戻りますか」
「満足したのか?」
「はい!」
「それより、その手に持っているものはなんだ」
「これですか? 風車です。知らないのですか? 風が吹くと回るのですよ」
商店街を歩きながら澪は風車を回して見せた。歩澄は珍しいものでもみるかのようにその動きをじっと目で追っていた。
「ほう……それで、何をするためのものだ?」
「見て楽しむものです」
「ん? ……そうか」
歩澄もようやく玩具であると理解したのか、それ以上風車に干渉することはなかった。
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