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失われた村【40】
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澪は口をぽかんと開けたまま、銀次の顔を見つめた。
「銀さん、見ただけで歩澄様だってわかったの?」
「そりゃわかるよ、澪ちゃん。先代の歩澄様にそっくりだからね。いや、奥方様に似てるね。先代の歩澄様はよくこの小菅村にも来ていたんだよ。憲明様と仲が良くてね」
「っ……」
澪は言葉を失った。実父が歩澄の父と友人であったとこの時初めて知ったのだ。それと同時に、己が計画したことで歩澄が父親の友人を殺めてしまったことに気付いた。
澪は眉を下げ、歩澄を見上げた。申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだ。
「何故そのような顔をする。この郷の者には悪いが、私は後悔などしていない。私が自らの意思でしたことだ」
歩澄は直接憲明を殺めた事とは言わなかったが、澪が言わんとしていることをしかと理解していた。
「ほっほっほっ。澪ちゃんが望むなら、昔話もしてあげよう」
銀次は何でもないように振る舞うが、澪が宗方の姫であると知っている村人達は、澪同様気まずい雰囲気を纏った。
その態度に違和感を覚えた澪は、村人達を見渡しもしや……と勘を働かせた。
しかし、その事実は澪にとっては知られたくない過去であった。散々世話になっておきながらおこがましいとは思うが、村人達が貧しい暮らしを強いられてきたのも、全て実父である憲明の力が及ばなかったため。
己はその憲明の娘であり、奇しくも村人達は誰一人として文句を言わず澪を匿っていたことになる。
村人達が全てを知った上で澪を慕ってくれていたとしたら、それは嬉しい反面、あまりにも悲しいことであった。
何かを察し始めている。そう気付いた歩澄は、澪の肩を抱き、引き寄せるようにして銀次に招かれるまま後に続いた。
まずは銀次の家に通され、恒例の宴が始まる。酒を出され、食事を出され、賑やかな空気が流れた。
銀次の酔いが回ってくると、先代歩澄と九重のやり取り、時に憲明が降りて来た時の話を聞かせた。
銀次が嬉しそうに話す憲明は、澪が知っている父親の姿とは違った。今の歩澄のように民を想い、対等に他郷統主と討論を繰り広げる立派な統主であった。
それが何故、あのように落ちぶれてしまったのだろうか……。澪の顔はどんどん暗くなり、村人達は遠慮して澪から目を逸らした。
「銀さん……銀さんは、私が誰の娘か知ってるの?」
澪は、とうとう消え入るような声で銀次へ尋ねた。
村人達はぎょっとして身を乗り出した。まさか澪の方からその話題を振ってくるとは思ってもいなかったのだ。
しかし、銀次は冷静だった。歩澄の恋仲となり、匠閃郷を出ていった娘。孫のように大切に守ってきた澪は、自立し自らの意思で歩澄と共に匠閃郷を守ろうと体を張っている。いつまでも真実を隠したまま澪に接していくのは、澪に失礼だと思い始めていたのだ。
澪がこれからも潤銘郷統主の側に居続けるのであれば、澪が憲明の娘であることをいつまでも隠しておくわけにはいかない。その告白を澪の口からさせるには胸が痛んだのだった。
「ああ、知ってるよ。だってお前は九重の孫だからね。九重の娘が憲明様の元に嫁いだのはこの村の者全員が知っていることだ」
澪は、喉の奥がヒュッと鳴る程息を吸い込んだ。村人達は、慌てて「銀さん!」と銀次の言葉を止めようと腰を浮かした。
「いいんだよ、お前達。澪ちゃんは……いや、澪はもう子供じゃない」
銀次が優しく微笑んでそう言うと、澪は瞳を揺らし、その刹那ぽろりと涙が一筋頬を伝わった。
「お前がここに初めて降りて来た時は驚いたよ。どこもかしこも傷だらけでね……。澪ちゃんは、九重のもう一人の娘、一葉の娘としてここで請け負った。でもね、一葉はとうに亡くなっているんだ。病でね」
そんな事など聞かされていなかった澪は、思考がついていかない。涙を拭うことなく銀次の言葉に耳を傾けた。
「それも皆知っている。私が九重と共に決めたんだ。澪がのびのびと暮らせるよう、城のことは忘れられるよう、憲明様の娘としてではなく、あくまでも九重の孫として育てようとね……」
「そんな……だったら、私は皆を騙して……」
「それを言ったら私達とて同じだ。皆、澪ちゃんが宗方のお姫様だと知っていて黙ってたんだ。だけどね、それでも皆ちゃんとお澪ちゃんのことが大好きなんだよ。九重の孫であることには変わりないんだから」
銀次は終始綿毛のように優しい声色で言った。その言葉に、村人達も涙した。死んだ魚のような目をしたぼろ雑巾のような十二の澪を思い出したのだ。
化け物のように醜い姿にさせられ、姫らしさは微塵もなく、伽代に連れられて遊びにきていた幼い頃の面影などまるでなかった。
澪の姿を見るだけで城内の壮絶な様子が伝わってくるようだった。実の娘がこんなにも酷い目に遭わされているというのに、誰が飢えくらいでこれ以上澪を責める事が出来ようか。
村人達は、ただただ澪を大切に温かく見守り、優しく接することしかできなかった。それは同情に過ぎなかったが、今となっては違う。村の一員として、一人の人間としてその人格が好かれているのだ。
「銀さん、見ただけで歩澄様だってわかったの?」
「そりゃわかるよ、澪ちゃん。先代の歩澄様にそっくりだからね。いや、奥方様に似てるね。先代の歩澄様はよくこの小菅村にも来ていたんだよ。憲明様と仲が良くてね」
「っ……」
澪は言葉を失った。実父が歩澄の父と友人であったとこの時初めて知ったのだ。それと同時に、己が計画したことで歩澄が父親の友人を殺めてしまったことに気付いた。
澪は眉を下げ、歩澄を見上げた。申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだ。
「何故そのような顔をする。この郷の者には悪いが、私は後悔などしていない。私が自らの意思でしたことだ」
歩澄は直接憲明を殺めた事とは言わなかったが、澪が言わんとしていることをしかと理解していた。
「ほっほっほっ。澪ちゃんが望むなら、昔話もしてあげよう」
銀次は何でもないように振る舞うが、澪が宗方の姫であると知っている村人達は、澪同様気まずい雰囲気を纏った。
その態度に違和感を覚えた澪は、村人達を見渡しもしや……と勘を働かせた。
しかし、その事実は澪にとっては知られたくない過去であった。散々世話になっておきながらおこがましいとは思うが、村人達が貧しい暮らしを強いられてきたのも、全て実父である憲明の力が及ばなかったため。
己はその憲明の娘であり、奇しくも村人達は誰一人として文句を言わず澪を匿っていたことになる。
村人達が全てを知った上で澪を慕ってくれていたとしたら、それは嬉しい反面、あまりにも悲しいことであった。
何かを察し始めている。そう気付いた歩澄は、澪の肩を抱き、引き寄せるようにして銀次に招かれるまま後に続いた。
まずは銀次の家に通され、恒例の宴が始まる。酒を出され、食事を出され、賑やかな空気が流れた。
銀次の酔いが回ってくると、先代歩澄と九重のやり取り、時に憲明が降りて来た時の話を聞かせた。
銀次が嬉しそうに話す憲明は、澪が知っている父親の姿とは違った。今の歩澄のように民を想い、対等に他郷統主と討論を繰り広げる立派な統主であった。
それが何故、あのように落ちぶれてしまったのだろうか……。澪の顔はどんどん暗くなり、村人達は遠慮して澪から目を逸らした。
「銀さん……銀さんは、私が誰の娘か知ってるの?」
澪は、とうとう消え入るような声で銀次へ尋ねた。
村人達はぎょっとして身を乗り出した。まさか澪の方からその話題を振ってくるとは思ってもいなかったのだ。
しかし、銀次は冷静だった。歩澄の恋仲となり、匠閃郷を出ていった娘。孫のように大切に守ってきた澪は、自立し自らの意思で歩澄と共に匠閃郷を守ろうと体を張っている。いつまでも真実を隠したまま澪に接していくのは、澪に失礼だと思い始めていたのだ。
澪がこれからも潤銘郷統主の側に居続けるのであれば、澪が憲明の娘であることをいつまでも隠しておくわけにはいかない。その告白を澪の口からさせるには胸が痛んだのだった。
「ああ、知ってるよ。だってお前は九重の孫だからね。九重の娘が憲明様の元に嫁いだのはこの村の者全員が知っていることだ」
澪は、喉の奥がヒュッと鳴る程息を吸い込んだ。村人達は、慌てて「銀さん!」と銀次の言葉を止めようと腰を浮かした。
「いいんだよ、お前達。澪ちゃんは……いや、澪はもう子供じゃない」
銀次が優しく微笑んでそう言うと、澪は瞳を揺らし、その刹那ぽろりと涙が一筋頬を伝わった。
「お前がここに初めて降りて来た時は驚いたよ。どこもかしこも傷だらけでね……。澪ちゃんは、九重のもう一人の娘、一葉の娘としてここで請け負った。でもね、一葉はとうに亡くなっているんだ。病でね」
そんな事など聞かされていなかった澪は、思考がついていかない。涙を拭うことなく銀次の言葉に耳を傾けた。
「それも皆知っている。私が九重と共に決めたんだ。澪がのびのびと暮らせるよう、城のことは忘れられるよう、憲明様の娘としてではなく、あくまでも九重の孫として育てようとね……」
「そんな……だったら、私は皆を騙して……」
「それを言ったら私達とて同じだ。皆、澪ちゃんが宗方のお姫様だと知っていて黙ってたんだ。だけどね、それでも皆ちゃんとお澪ちゃんのことが大好きなんだよ。九重の孫であることには変わりないんだから」
銀次は終始綿毛のように優しい声色で言った。その言葉に、村人達も涙した。死んだ魚のような目をしたぼろ雑巾のような十二の澪を思い出したのだ。
化け物のように醜い姿にさせられ、姫らしさは微塵もなく、伽代に連れられて遊びにきていた幼い頃の面影などまるでなかった。
澪の姿を見るだけで城内の壮絶な様子が伝わってくるようだった。実の娘がこんなにも酷い目に遭わされているというのに、誰が飢えくらいでこれ以上澪を責める事が出来ようか。
村人達は、ただただ澪を大切に温かく見守り、優しく接することしかできなかった。それは同情に過ぎなかったが、今となっては違う。村の一員として、一人の人間としてその人格が好かれているのだ。
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