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失われた村【39】
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善知鳥は銀次とは違い、ぼろぼろと涙を流して喜んだ。潤銘郷の統主が冷徹非道であるという噂は信じていないにしろ、先代歩澄が亡くなって以降、一度も顔を見せぬ歩澄がどのように育っているのか想像することしかできないでいた。
それが、匠閃郷を案じて物資を支給し現匠閃郷統主として立派に育ったことを知った。更に澪が連れてきた潤銘郷出身の青年は、好感の持てる人柄でありすっかり気に入っていたのだ。そこへきて、その青年が歩澄だと知った時の嬉しかったことと言ったらない。
身分を隠していたとはいえ、澪と共に挨拶をしに来てくれた。統主でありながら、質素な村で過ごし、先代歩澄と同様に銀次の家に泊まり、笑顔を見せてくれた。
善知鳥はそれだけで胸がいっぱいだった。
泣きじゃくる善知鳥を宥めながら、銀次の元へ向かう。澪と歩澄の姿を見つけては、村人達が嬉しそうに集まってきた。
その様子に歩澄は笑みを溢すが、秀虎はぎょっとして身を引いた。
わらわらと集まっては澪達を囲む村人達。しかし、いつまでも泣いている善知鳥を見て村人達は首を傾げた。
泣きながら説明する善知鳥の言葉に、村人達は血相を変えて先程の善知鳥同様、慌ててその場に跪いた。
澪と歩澄が顔を合わせ、眉を下げて微笑を浮かべる。歩澄が顔を上げるよう村人達へ言ったところへ、「これはこれは、いらっしゃいまし。歩澄様」と銀次が顔を出した。
村人達はバッと勢いよく振り返り、知っていたのか!? と訴えるかのように目を爛々とさせた。
「ほっほっほっ。お前達、そのように恐ろしい顔をするでない。このように高貴な佇まいを見て歩澄様と見抜けぬとは、まだまだだよ」
高らかに笑う銀次はそう言いながら歩澄に近付き「長旅だったでしょう。さあさ、中でおくつろぎくださいな」と言った。
「銀次、突然来てすまないな」
「何をおっしゃいますか。歩澄様のご訪問とあれば私らはいつでも大歓迎ですで。と、そちらの方は初めましてですな……」
ふと顔を見上げた銀次は、秀虎へと顔を移した。
「ああ、こっちは……」
「もしや、秀虎殿かの?」
歩澄が言う前に、銀次が秀虎の名を口にした事で、歩澄も秀虎も目を丸くさせた。これには澪も驚いた。こんなにも長く匠閃郷にいたのに、澪は銀次が歩澄や秀虎を知っていたことも知らなかったのだ。澪は未だに状況を理解できずにいた。
「ほっほっほっ。当たりでしたかな。秀虎殿は、確か歩澄様の世話役でしたな」
「……そんなことまで知っているのか」
「何を言いますか。歩澄様がこの小菅村に来た時、秀虎殿も一緒だったではないですか」
銀次の言葉に歩澄は首を傾げ「そうだったか?」と秀虎に尋ねた。
「え、ええ……。この村であったかどうかは記憶が曖昧ですが、歩澄様のおっしゃった十五年前であれば、私は既に歩澄様の世話役としてお側にいたはずです」
当時の秀虎は十六であった。幼い歩澄に比べれば記憶も新しいはずだが、先代歩澄が歩澄を連れてどこかへ行くということは珍しくもなかった。その度に同行し、先代歩澄が用を済ますまで歩澄の遊び相手として側にいたのだ。
しかし、秀虎が記憶を辿ろうとも河原へ行った記憶も、赤髪の少女に出会った記憶もない。どういうわけだか、その日ばかりは歩澄と同行していなかったようだと秀虎は思う。
そんな中、「待って、銀さんは歩澄様のことを知ってるの……?」と不思議そうに澪が尋ねた。
驚いたのは銀次の方だった。銀次は蒼が歩澄であると見破ったことを、澪には話していると思っていたのだ。澪とて、善知鳥の反応が普通であり、銀次も同じように驚くに違いないと思っていた。
「前に来た時にな。その日の内に私が歩澄であることを見破られてしまった。秀虎や瑛梓達には言ってあったのだが、お前には黙ったままであったな。すまない」
そう言って歩澄は仄かに微笑んだ。
それが、匠閃郷を案じて物資を支給し現匠閃郷統主として立派に育ったことを知った。更に澪が連れてきた潤銘郷出身の青年は、好感の持てる人柄でありすっかり気に入っていたのだ。そこへきて、その青年が歩澄だと知った時の嬉しかったことと言ったらない。
身分を隠していたとはいえ、澪と共に挨拶をしに来てくれた。統主でありながら、質素な村で過ごし、先代歩澄と同様に銀次の家に泊まり、笑顔を見せてくれた。
善知鳥はそれだけで胸がいっぱいだった。
泣きじゃくる善知鳥を宥めながら、銀次の元へ向かう。澪と歩澄の姿を見つけては、村人達が嬉しそうに集まってきた。
その様子に歩澄は笑みを溢すが、秀虎はぎょっとして身を引いた。
わらわらと集まっては澪達を囲む村人達。しかし、いつまでも泣いている善知鳥を見て村人達は首を傾げた。
泣きながら説明する善知鳥の言葉に、村人達は血相を変えて先程の善知鳥同様、慌ててその場に跪いた。
澪と歩澄が顔を合わせ、眉を下げて微笑を浮かべる。歩澄が顔を上げるよう村人達へ言ったところへ、「これはこれは、いらっしゃいまし。歩澄様」と銀次が顔を出した。
村人達はバッと勢いよく振り返り、知っていたのか!? と訴えるかのように目を爛々とさせた。
「ほっほっほっ。お前達、そのように恐ろしい顔をするでない。このように高貴な佇まいを見て歩澄様と見抜けぬとは、まだまだだよ」
高らかに笑う銀次はそう言いながら歩澄に近付き「長旅だったでしょう。さあさ、中でおくつろぎくださいな」と言った。
「銀次、突然来てすまないな」
「何をおっしゃいますか。歩澄様のご訪問とあれば私らはいつでも大歓迎ですで。と、そちらの方は初めましてですな……」
ふと顔を見上げた銀次は、秀虎へと顔を移した。
「ああ、こっちは……」
「もしや、秀虎殿かの?」
歩澄が言う前に、銀次が秀虎の名を口にした事で、歩澄も秀虎も目を丸くさせた。これには澪も驚いた。こんなにも長く匠閃郷にいたのに、澪は銀次が歩澄や秀虎を知っていたことも知らなかったのだ。澪は未だに状況を理解できずにいた。
「ほっほっほっ。当たりでしたかな。秀虎殿は、確か歩澄様の世話役でしたな」
「……そんなことまで知っているのか」
「何を言いますか。歩澄様がこの小菅村に来た時、秀虎殿も一緒だったではないですか」
銀次の言葉に歩澄は首を傾げ「そうだったか?」と秀虎に尋ねた。
「え、ええ……。この村であったかどうかは記憶が曖昧ですが、歩澄様のおっしゃった十五年前であれば、私は既に歩澄様の世話役としてお側にいたはずです」
当時の秀虎は十六であった。幼い歩澄に比べれば記憶も新しいはずだが、先代歩澄が歩澄を連れてどこかへ行くということは珍しくもなかった。その度に同行し、先代歩澄が用を済ますまで歩澄の遊び相手として側にいたのだ。
しかし、秀虎が記憶を辿ろうとも河原へ行った記憶も、赤髪の少女に出会った記憶もない。どういうわけだか、その日ばかりは歩澄と同行していなかったようだと秀虎は思う。
そんな中、「待って、銀さんは歩澄様のことを知ってるの……?」と不思議そうに澪が尋ねた。
驚いたのは銀次の方だった。銀次は蒼が歩澄であると見破ったことを、澪には話していると思っていたのだ。澪とて、善知鳥の反応が普通であり、銀次も同じように驚くに違いないと思っていた。
「前に来た時にな。その日の内に私が歩澄であることを見破られてしまった。秀虎や瑛梓達には言ってあったのだが、お前には黙ったままであったな。すまない」
そう言って歩澄は仄かに微笑んだ。
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