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失われた村【38】
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暫し朝の微睡みを堪能した後、歩澄と澪は秀虎と合流し、匠閃郷へと向かった。
昨日散々馬を走らせたのにもかかわらず、一行は速度を落とすことなく匠閃郷を目指した。
以前歩澄が匠閃郷へ行った時、身分を偽り簡素な装いで小菅村の民と会った。村長の銀次に次は潤銘郷統主として来いと言われていた。
あれからまだ一月も経っていないと言うのに、栄泰城へ招かれた統主としての装いのまま匠閃郷へと向かっている歩澄の姿。そんな己の姿を思い、歩澄はうっすらと笑みを溢した。
銀次以外の民はさぞ驚くことだろうと思ったら、その反応を想像して笑えたのだ。
潤銘郷内を暫く走り、赤い正門をくぐり、長い草原を抜けた。二つの川に架かった橋を越え、匠閃郷へ続く道をひたすら行く。
ようやく匠閃郷が見えた頃には、昨日の疲れもあり、さすがの澪でもくたびれてしまっていた。それは歩澄も秀虎も同じ事で、栄泰郷から匠閃郷へ行くには距離がありすぎると感じていた。
門番の姿を見つけ、善知鳥の姿もあった。
「こんにちは、善知鳥さん」
澪が声をかけると、善知鳥は目を輝かせた。わあっと口を大きく開け「澪ちゃんじゃないかい! なんだい! もう暫くこないかと思ってたけど、こんなに早く会えるなんて思ってなかったよ!」と弾むような声で言った。
「うん。今日は刀を研ぎにきたの」
「ほうほう、そうかい。九重の形見は皆とってあるからね、砥石もあると思うよ」
すぐに澪の言いたい事に気付いた善知鳥がそう言う。そのまま視線は歩澄と秀虎に移った。
「これはこれは蒼殿、よくぞいらっしゃってくれました。先日は大変楽しませていただきました。本日は一段と気品溢れる佇まいでございますな。まるで潤銘郷統主のようですな」
すっかり歩澄の事も気に入っている善知鳥は、にんまり笑って歩澄に話しかけた。その言葉を聞いた歩澄一行は、声を揃えてクスクスと笑う。
何を笑われているのか見当もつかない善知鳥は、きょろきょろと三人の顔を見ながら首を傾げた。
歩澄は馬から降りると、姿勢を正し「騙すつもりはなかったのだが、このように歓迎されてはそれに近いな。嘘をついて悪かった。私は潤銘郷統主、神室歩澄だ」と口角を上げて言った。
善知鳥は目を点にした後、数回瞬きをし声高らかに笑った。
「何をおっしゃいますか。確かに高貴なお方だが、そのようなことをおっしゃられては本物の歩澄様がお怒りに……」
善知鳥はそこまで言ってはっと息を飲む。尚もおかしそうに笑うその姿が、以前見たことのある亡き先代歩澄に似ていたのだ。
「そんな……まさか……そんなことが」
善知鳥は唇をわなわなと震わせた。
「善知鳥さん、本当だよ。蒼様は歩澄様なんだ」
澪も馬を降り、優しく微笑む。もともと身分を偽って入郷している事情を知っている秀虎はやれやれと言ったように目を閉じて首を横に振った。
その様子に善知鳥はようやく事態を把握したのか、急いでその場で膝を付き頭を下げた。
「ご無礼を申し訳ございません!」
怯えるかのように体を震わせ、額を地面に擦り付けた。
歩澄は慌ててその場にしゃがみ、善知鳥の肩を掴む。
「よせ。騙して入郷したのは私だ。以前来た時に、銀次に次は統主として来いと言われてな……。今日はただ砥石を目的に来ただけだ。そのように驚かすつもりはなかった。こちらこそ、前回のことを詫びよう」
歩澄が善知鳥の腕を引っ張り上げ立たせると、善知鳥はみるみる内に目に涙を溜めて首を振った。
善知鳥もまた銀次同様、亡き先代歩澄の息子に会えて嬉しく思ったのであった。
昨日散々馬を走らせたのにもかかわらず、一行は速度を落とすことなく匠閃郷を目指した。
以前歩澄が匠閃郷へ行った時、身分を偽り簡素な装いで小菅村の民と会った。村長の銀次に次は潤銘郷統主として来いと言われていた。
あれからまだ一月も経っていないと言うのに、栄泰城へ招かれた統主としての装いのまま匠閃郷へと向かっている歩澄の姿。そんな己の姿を思い、歩澄はうっすらと笑みを溢した。
銀次以外の民はさぞ驚くことだろうと思ったら、その反応を想像して笑えたのだ。
潤銘郷内を暫く走り、赤い正門をくぐり、長い草原を抜けた。二つの川に架かった橋を越え、匠閃郷へ続く道をひたすら行く。
ようやく匠閃郷が見えた頃には、昨日の疲れもあり、さすがの澪でもくたびれてしまっていた。それは歩澄も秀虎も同じ事で、栄泰郷から匠閃郷へ行くには距離がありすぎると感じていた。
門番の姿を見つけ、善知鳥の姿もあった。
「こんにちは、善知鳥さん」
澪が声をかけると、善知鳥は目を輝かせた。わあっと口を大きく開け「澪ちゃんじゃないかい! なんだい! もう暫くこないかと思ってたけど、こんなに早く会えるなんて思ってなかったよ!」と弾むような声で言った。
「うん。今日は刀を研ぎにきたの」
「ほうほう、そうかい。九重の形見は皆とってあるからね、砥石もあると思うよ」
すぐに澪の言いたい事に気付いた善知鳥がそう言う。そのまま視線は歩澄と秀虎に移った。
「これはこれは蒼殿、よくぞいらっしゃってくれました。先日は大変楽しませていただきました。本日は一段と気品溢れる佇まいでございますな。まるで潤銘郷統主のようですな」
すっかり歩澄の事も気に入っている善知鳥は、にんまり笑って歩澄に話しかけた。その言葉を聞いた歩澄一行は、声を揃えてクスクスと笑う。
何を笑われているのか見当もつかない善知鳥は、きょろきょろと三人の顔を見ながら首を傾げた。
歩澄は馬から降りると、姿勢を正し「騙すつもりはなかったのだが、このように歓迎されてはそれに近いな。嘘をついて悪かった。私は潤銘郷統主、神室歩澄だ」と口角を上げて言った。
善知鳥は目を点にした後、数回瞬きをし声高らかに笑った。
「何をおっしゃいますか。確かに高貴なお方だが、そのようなことをおっしゃられては本物の歩澄様がお怒りに……」
善知鳥はそこまで言ってはっと息を飲む。尚もおかしそうに笑うその姿が、以前見たことのある亡き先代歩澄に似ていたのだ。
「そんな……まさか……そんなことが」
善知鳥は唇をわなわなと震わせた。
「善知鳥さん、本当だよ。蒼様は歩澄様なんだ」
澪も馬を降り、優しく微笑む。もともと身分を偽って入郷している事情を知っている秀虎はやれやれと言ったように目を閉じて首を横に振った。
その様子に善知鳥はようやく事態を把握したのか、急いでその場で膝を付き頭を下げた。
「ご無礼を申し訳ございません!」
怯えるかのように体を震わせ、額を地面に擦り付けた。
歩澄は慌ててその場にしゃがみ、善知鳥の肩を掴む。
「よせ。騙して入郷したのは私だ。以前来た時に、銀次に次は統主として来いと言われてな……。今日はただ砥石を目的に来ただけだ。そのように驚かすつもりはなかった。こちらこそ、前回のことを詫びよう」
歩澄が善知鳥の腕を引っ張り上げ立たせると、善知鳥はみるみる内に目に涙を溜めて首を振った。
善知鳥もまた銀次同様、亡き先代歩澄の息子に会えて嬉しく思ったのであった。
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