176 / 228
豊潤な郷【24】
しおりを挟む
伊吹は顔を伏せたまま「その刀は思い出の詰まった大切なものなのであろう? 歩澄と出会う前から思い入れのあるものならば迷う事などないではないか」と言った。
「どうして……そのような事をおっしゃるのですか? 私は、歩澄様の事もとても大切なのです。この刀と同じくらい大切な方なのです」
「両方はやれない。この刀を持って歩澄の元に帰るのであれば二千両だ」
「……ですから、今回は諦めます。私は歩澄様の元へ帰ります。落様は……もっと優しい方だと思っておりました」
悔しそうに顔を歪める澪に、伊吹は胸が痛んだ。使わぬ刀などくれてやればいい。万浬の模造品と言われ飛び付いて買ってはみたものの、澪には悪いがその刀は使い物にならぬ刀であった。
お世辞にも良質な刀とは呼べず、伊吹もどう処分しようかと迷っていた。澪が喜ぶのならば、金銭など支払わずともくれてやりたい気持ちだった。しかし、これを最後に二度と澪には会えない気がしたのだ。
刀さえ手元に置いておけば、いつかはまた澪が取りにくる。時折刀の様子を見に訪れてくれたらどんなに嬉しいことかと思っていた。
「……先程も言ったが、決して意地悪で言っているのではない」
「では、何だと言うのですか……」
「俺は……澪にはここに残って欲しいと思っている」
「……え?」
思いがけない伊吹の言葉に澪は目を見開いた。伊吹の手中にある葉月を見つめ、伊吹の言葉の意図を考えた。
「刀を持って潤銘郷に帰れば、そなたはもうここへはやってこないだろう。俺の家来も民達も、そなたの事を気に入ったようなのだ。俺も……その……澪がここにいてくれればと思っている」
「落様……それはできぬと言ったではありませんか……。歩澄様を裏切るような事など、私にはできません」
「なら……王位を譲ってもいい」
伊吹は歯を食い縛りそう告げた。歩澄に王位を譲るつもりなど毛頭なかった。然れど、澪の話を聞き、少しは歩澄の腕を買ってもいいかもしれぬとも考え始めていた。澪の言ったように、歩澄が他郷の民の事まで考え、全ての民が平穏に暮らせるよう計らってくれる王となるのならば、己よりも王に相応しいのかもしれないとも。
澪が翠穣郷に留まってくれるのであれば、歩澄が王になったとしても翠穣郷に害が及ぶことはないであろう。人質としてではなく、当然特別な待遇で澪を迎える。さすれば、歩澄を王にしたいという澪の願いも叶えられるのだ。
「何を……」
「そなたは言っていたであろう。歩澄に王になってもらいたいと。そなたがここに留まってくれるのであれば、私は王座争いから手を引く。皇成と煌明を説得するにも協力してもいい。戦をするのであれば、翠穣郷が手を貸そう」
「落様……?」
考えても伊吹の意図などわからなかった。何故澪が翠穣郷に残ることで歩澄を王にするために協力をするのか。何故王位を諦めてまで澪を留まらせようとするのか。
「それならどうだ? 刀も手に入り、歩澄は王となれる。澪が望んでいたものが二つも手に入るではないか」
「いいえ……それでは意味がありません。私は、歩澄様の側で歩澄様が王となるのを見届けたいのです」
「では、刀はいらぬのか……? 俺が敵となれば、刀は二度と返ってはこないかもしれぬのだぞ」
「それは……あんまりです。そのようなこと……言ってほしくはありませんでした」
澪は、辛そうに顔を歪めた。その刹那、廊下でバタバタと騒々しい音がした。それに反応した伊吹が障子の方に顔を向ける。
ーーパアアアアン
けたたましい音と共に勢いよく障子が開け放たれ、息を切らした歩澄が顔を出した。
「どうして……そのような事をおっしゃるのですか? 私は、歩澄様の事もとても大切なのです。この刀と同じくらい大切な方なのです」
「両方はやれない。この刀を持って歩澄の元に帰るのであれば二千両だ」
「……ですから、今回は諦めます。私は歩澄様の元へ帰ります。落様は……もっと優しい方だと思っておりました」
悔しそうに顔を歪める澪に、伊吹は胸が痛んだ。使わぬ刀などくれてやればいい。万浬の模造品と言われ飛び付いて買ってはみたものの、澪には悪いがその刀は使い物にならぬ刀であった。
お世辞にも良質な刀とは呼べず、伊吹もどう処分しようかと迷っていた。澪が喜ぶのならば、金銭など支払わずともくれてやりたい気持ちだった。しかし、これを最後に二度と澪には会えない気がしたのだ。
刀さえ手元に置いておけば、いつかはまた澪が取りにくる。時折刀の様子を見に訪れてくれたらどんなに嬉しいことかと思っていた。
「……先程も言ったが、決して意地悪で言っているのではない」
「では、何だと言うのですか……」
「俺は……澪にはここに残って欲しいと思っている」
「……え?」
思いがけない伊吹の言葉に澪は目を見開いた。伊吹の手中にある葉月を見つめ、伊吹の言葉の意図を考えた。
「刀を持って潤銘郷に帰れば、そなたはもうここへはやってこないだろう。俺の家来も民達も、そなたの事を気に入ったようなのだ。俺も……その……澪がここにいてくれればと思っている」
「落様……それはできぬと言ったではありませんか……。歩澄様を裏切るような事など、私にはできません」
「なら……王位を譲ってもいい」
伊吹は歯を食い縛りそう告げた。歩澄に王位を譲るつもりなど毛頭なかった。然れど、澪の話を聞き、少しは歩澄の腕を買ってもいいかもしれぬとも考え始めていた。澪の言ったように、歩澄が他郷の民の事まで考え、全ての民が平穏に暮らせるよう計らってくれる王となるのならば、己よりも王に相応しいのかもしれないとも。
澪が翠穣郷に留まってくれるのであれば、歩澄が王になったとしても翠穣郷に害が及ぶことはないであろう。人質としてではなく、当然特別な待遇で澪を迎える。さすれば、歩澄を王にしたいという澪の願いも叶えられるのだ。
「何を……」
「そなたは言っていたであろう。歩澄に王になってもらいたいと。そなたがここに留まってくれるのであれば、私は王座争いから手を引く。皇成と煌明を説得するにも協力してもいい。戦をするのであれば、翠穣郷が手を貸そう」
「落様……?」
考えても伊吹の意図などわからなかった。何故澪が翠穣郷に残ることで歩澄を王にするために協力をするのか。何故王位を諦めてまで澪を留まらせようとするのか。
「それならどうだ? 刀も手に入り、歩澄は王となれる。澪が望んでいたものが二つも手に入るではないか」
「いいえ……それでは意味がありません。私は、歩澄様の側で歩澄様が王となるのを見届けたいのです」
「では、刀はいらぬのか……? 俺が敵となれば、刀は二度と返ってはこないかもしれぬのだぞ」
「それは……あんまりです。そのようなこと……言ってほしくはありませんでした」
澪は、辛そうに顔を歪めた。その刹那、廊下でバタバタと騒々しい音がした。それに反応した伊吹が障子の方に顔を向ける。
ーーパアアアアン
けたたましい音と共に勢いよく障子が開け放たれ、息を切らした歩澄が顔を出した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
197
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる