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豊潤な郷【26】
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歩澄は暫く考えた後、澪に視線を落とし「お前はどうしたい?」と尋ねた。澪ははっと上を向き、歩澄の視線を捕らえた。
「私が統主として伊吹に詫びを求めるのは容易い。しかし、どうにも私情を挟みそうだ」
眉を下げて笑う歩澄は、未だに冷静さを取り戻せずにいる。統主としていかなる処分を考えようとも、澪を失う恐怖と姑息な真似をした翠穣郷への憤りが先立ってしまい冷静な判断ができそうになかったのだ。
「歩澄様……。何もしなくていいのです。私は、こうして歩澄様が来て下さっただけで十分です」
澪は歩澄のまめだらけの手をぎゅっと握った。その手は長いこと手綱を握っていたからか、赤く腫れ上がっていた。その手にすら愛しさが込み上げ、澪は己が思う以上に歩澄を求めていたことを痛感した。
「しかし……それでは私の気が収まらぬ」
「でしたら、歩澄様は立派な王様になって下さいまし。私は、それで大満足です」
「?」
歩澄は小首を傾げるが、澪は伊吹へと振り返り「落様、王には歩澄様がなります。歩澄様は私の力添えなどなくても王となる器のある方です。ですから、私はここへは残れません」そうはっきりと告げた。
歩澄に告げ口をする女だとは思っていなかった伊吹は、息を飲んだ。澪を拐った挙げ句、数々の条件を突き付け、澪を留まらせようとした。この事実を知れば歩澄がより憤慨するのは明白である。そんな事などわかりきっていた事だが、形振り構わず澪を引き留めたいと思った伊吹には後悔などなかった。
「どういうことだ……」
察しの良い歩澄は、何かを感じ取り澪同様伊吹に視線を移した。
「どうもこうもない。……澪の言うように、ここに残れと私が言った」
伊吹は真っ直ぐに歩澄の目を見つめる。どちらにせよ、澪を翠穣郷に留まらせるのであれば歩澄の許可を取る他ないのだ。無理に引き離せば、暴動が起こる。伊吹はいい機会だとばかりに「民達が澪を気に入ってな。農作業をよくやってくれ、気立ても良い。無論、俺も歓迎している。匠閃城はもうない。それならばここに残って欲しいと言ったのだ」と加えた。
歩澄は、ぎりっと音がするほど奥歯を噛み、射るような目を向けた。
「勘違いしているようだが、澪の帰る場所は潤銘郷だ。気に入ってもらえたのは結構だが、私の女だということを忘れてもらっては困る」
「ああ、すっかり忘れていた。あまりにも魅力的だったものでな」
その言葉に、歩澄の憤りは頂点に達した。伊吹が澪に対し慕情にも似た感情を抱いている事に気付いたのだ。
「……貴様」
「貴公を王位に付けるよう協力しようと思ったのだ」
「何だと……」
「皇成と煌明を説得してやる。煌明は独裁主義だが私との付き合いは長い。幼い頃からの仲だ。貴公が争うよりも話を聞くであろう」
「はっ……その代わりに澪を残せとでも言ったのか」
「ああ、言った。悪いようにはしない」
「話しにならないな。澪を手放す気など毛頭ない」
「ならば王位を諦めるか」
「まさか。何故諦めねばならぬ。王には私がなる。澪を連れてな」
歩澄は凛とした口調でそう放った。梓月と澪の仲を疑い、それが晴れたばかりだというのに新たな脅威に気を休める暇などない。歩澄は早々に潤銘郷へ戻りたかった。
「私が統主として伊吹に詫びを求めるのは容易い。しかし、どうにも私情を挟みそうだ」
眉を下げて笑う歩澄は、未だに冷静さを取り戻せずにいる。統主としていかなる処分を考えようとも、澪を失う恐怖と姑息な真似をした翠穣郷への憤りが先立ってしまい冷静な判断ができそうになかったのだ。
「歩澄様……。何もしなくていいのです。私は、こうして歩澄様が来て下さっただけで十分です」
澪は歩澄のまめだらけの手をぎゅっと握った。その手は長いこと手綱を握っていたからか、赤く腫れ上がっていた。その手にすら愛しさが込み上げ、澪は己が思う以上に歩澄を求めていたことを痛感した。
「しかし……それでは私の気が収まらぬ」
「でしたら、歩澄様は立派な王様になって下さいまし。私は、それで大満足です」
「?」
歩澄は小首を傾げるが、澪は伊吹へと振り返り「落様、王には歩澄様がなります。歩澄様は私の力添えなどなくても王となる器のある方です。ですから、私はここへは残れません」そうはっきりと告げた。
歩澄に告げ口をする女だとは思っていなかった伊吹は、息を飲んだ。澪を拐った挙げ句、数々の条件を突き付け、澪を留まらせようとした。この事実を知れば歩澄がより憤慨するのは明白である。そんな事などわかりきっていた事だが、形振り構わず澪を引き留めたいと思った伊吹には後悔などなかった。
「どういうことだ……」
察しの良い歩澄は、何かを感じ取り澪同様伊吹に視線を移した。
「どうもこうもない。……澪の言うように、ここに残れと私が言った」
伊吹は真っ直ぐに歩澄の目を見つめる。どちらにせよ、澪を翠穣郷に留まらせるのであれば歩澄の許可を取る他ないのだ。無理に引き離せば、暴動が起こる。伊吹はいい機会だとばかりに「民達が澪を気に入ってな。農作業をよくやってくれ、気立ても良い。無論、俺も歓迎している。匠閃城はもうない。それならばここに残って欲しいと言ったのだ」と加えた。
歩澄は、ぎりっと音がするほど奥歯を噛み、射るような目を向けた。
「勘違いしているようだが、澪の帰る場所は潤銘郷だ。気に入ってもらえたのは結構だが、私の女だということを忘れてもらっては困る」
「ああ、すっかり忘れていた。あまりにも魅力的だったものでな」
その言葉に、歩澄の憤りは頂点に達した。伊吹が澪に対し慕情にも似た感情を抱いている事に気付いたのだ。
「……貴様」
「貴公を王位に付けるよう協力しようと思ったのだ」
「何だと……」
「皇成と煌明を説得してやる。煌明は独裁主義だが私との付き合いは長い。幼い頃からの仲だ。貴公が争うよりも話を聞くであろう」
「はっ……その代わりに澪を残せとでも言ったのか」
「ああ、言った。悪いようにはしない」
「話しにならないな。澪を手放す気など毛頭ない」
「ならば王位を諦めるか」
「まさか。何故諦めねばならぬ。王には私がなる。澪を連れてな」
歩澄は凛とした口調でそう放った。梓月と澪の仲を疑い、それが晴れたばかりだというのに新たな脅威に気を休める暇などない。歩澄は早々に潤銘郷へ戻りたかった。
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