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豊潤な郷【27】
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伊吹は、もう少しの間だけでも澪を留まらせておきたかった。そのための由など何でもよかったのだ。
「この機会を逃せば、俺は二度と貴公の味方にはならぬかもしれないのだぞ」
「味方も何も、皇成も煌明も敵同然だ。澪を危険に曝してまで貴様の協力を得ようとは思わぬ」
「……この刀を以てしてもか」
伊吹は、澪から受け取った刀を目の前にかざした。華月によく似た刀に、歩澄は息を飲んだ。
「澪……あれは」
「葉月です。華月の対の刀です……」
「本物なのか?」
「はい。間違いなく……」
「貴様……その刀が澪にとってどのような意味を持つか知っていてのことか」
人質として捕られていたのは、澪だけではなかった。澪があれほどまでに取り返したいと訴えかけていた刀が目の前にあるのだ。
「思い入れのある大切な刀だと聞いている」
「それをわかっていて尚、条件に使うか」
「何も命を寄越せと言っているわけではない。ここへ留まるのであれば刀はくれてやると言ったのだ」
「潤銘郷に帰るのであれば二千両だそうです」
伊吹の言葉に澪が続くと、歩澄は心底驚いたように目を見開いた。
「二千両だと!? 貴様……それだけの金があればどれだけの村が潤うか」
「ああ。しかし、潤銘郷であれば容易いであろう? 碧空石での儲けに比べれば米粒程ではないか」
「馬鹿を言うな……それは潤銘郷を発展させるための財産だ。民を守るためのな」
「そうか……澪の心を救うためには使えないとな」
伊吹ははっと鼻で笑った。歩澄は更に鋭い眼光を向ける。
「歩澄様! 挑発に乗ってはいけません! 今後のためにも不用意に財産は使ってはなりませんよ!」
澪は歩澄の着物の袖を掴み、必死に訴えかけた。潤銘郷は富の郷であり、どの郷よりも財はある。澪のために二千両を支払ったとしても、郷の情勢が傾くことはない。しかし、澪の言ったように何かあった時のために財を残しておかなければ、いざという時に成す術なく終わりを迎えることに成りかねない。
歩澄は統主として私情で郷の財産に手をつけるなどあってはならないのだ。
「わかっている……。潤銘郷の財産は、お前の故郷を救うためのものでもある」
澪の声に、大きく息を付き何とか自我を保とうと爪が食い込む程きつく拳を握った。
「故郷を? まさか、匠閃郷を救うつもりか?」
見下すように目を細めた伊吹。その態度に歩澄はおかしそうに口元を緩めた。
「当然だ。今や私は匠閃郷の統主でもあるからな。匠閃郷の民を守り、澪を守るのはこの私だ。貴様に何ができる? 刀を質に取り、澪を悲しませ不安に貶めることしかできない貴様にどうやって澪を喜ばせてやれる?」
「な……んだと」
「匠閃郷もその刀も澪にとっては命がけで守ってきたものだ。家族の形見であり、生きる原動力である大切なものを金と並べるなどとても惚れた女にする処遇ではないな」
「形見……?」
伊吹は目を大きくさせ、息を飲んだ。同時に澪は瞳を揺らし「惚れた……?」と首を傾げた。
「何だ、気付いていなかったのか? この男はお前を翠穣郷へ留まらせ妾として自分の手元に置いておきたいようだ」
「なっ、黙れ!」
「違うのか? 違わないだろう。民が気に入った? 笑わせるな。貴様の私情で澪を側に置きたいだけだろう。そんな方法で澪が貴様に傾くとでも思うか? それとも情などいらぬから無理にでも縛り付けておくつもりか?」
今度は歩澄の方が伊吹を卑下するように頬を緩めた。
「この機会を逃せば、俺は二度と貴公の味方にはならぬかもしれないのだぞ」
「味方も何も、皇成も煌明も敵同然だ。澪を危険に曝してまで貴様の協力を得ようとは思わぬ」
「……この刀を以てしてもか」
伊吹は、澪から受け取った刀を目の前にかざした。華月によく似た刀に、歩澄は息を飲んだ。
「澪……あれは」
「葉月です。華月の対の刀です……」
「本物なのか?」
「はい。間違いなく……」
「貴様……その刀が澪にとってどのような意味を持つか知っていてのことか」
人質として捕られていたのは、澪だけではなかった。澪があれほどまでに取り返したいと訴えかけていた刀が目の前にあるのだ。
「思い入れのある大切な刀だと聞いている」
「それをわかっていて尚、条件に使うか」
「何も命を寄越せと言っているわけではない。ここへ留まるのであれば刀はくれてやると言ったのだ」
「潤銘郷に帰るのであれば二千両だそうです」
伊吹の言葉に澪が続くと、歩澄は心底驚いたように目を見開いた。
「二千両だと!? 貴様……それだけの金があればどれだけの村が潤うか」
「ああ。しかし、潤銘郷であれば容易いであろう? 碧空石での儲けに比べれば米粒程ではないか」
「馬鹿を言うな……それは潤銘郷を発展させるための財産だ。民を守るためのな」
「そうか……澪の心を救うためには使えないとな」
伊吹ははっと鼻で笑った。歩澄は更に鋭い眼光を向ける。
「歩澄様! 挑発に乗ってはいけません! 今後のためにも不用意に財産は使ってはなりませんよ!」
澪は歩澄の着物の袖を掴み、必死に訴えかけた。潤銘郷は富の郷であり、どの郷よりも財はある。澪のために二千両を支払ったとしても、郷の情勢が傾くことはない。しかし、澪の言ったように何かあった時のために財を残しておかなければ、いざという時に成す術なく終わりを迎えることに成りかねない。
歩澄は統主として私情で郷の財産に手をつけるなどあってはならないのだ。
「わかっている……。潤銘郷の財産は、お前の故郷を救うためのものでもある」
澪の声に、大きく息を付き何とか自我を保とうと爪が食い込む程きつく拳を握った。
「故郷を? まさか、匠閃郷を救うつもりか?」
見下すように目を細めた伊吹。その態度に歩澄はおかしそうに口元を緩めた。
「当然だ。今や私は匠閃郷の統主でもあるからな。匠閃郷の民を守り、澪を守るのはこの私だ。貴様に何ができる? 刀を質に取り、澪を悲しませ不安に貶めることしかできない貴様にどうやって澪を喜ばせてやれる?」
「な……んだと」
「匠閃郷もその刀も澪にとっては命がけで守ってきたものだ。家族の形見であり、生きる原動力である大切なものを金と並べるなどとても惚れた女にする処遇ではないな」
「形見……?」
伊吹は目を大きくさせ、息を飲んだ。同時に澪は瞳を揺らし「惚れた……?」と首を傾げた。
「何だ、気付いていなかったのか? この男はお前を翠穣郷へ留まらせ妾として自分の手元に置いておきたいようだ」
「なっ、黙れ!」
「違うのか? 違わないだろう。民が気に入った? 笑わせるな。貴様の私情で澪を側に置きたいだけだろう。そんな方法で澪が貴様に傾くとでも思うか? それとも情などいらぬから無理にでも縛り付けておくつもりか?」
今度は歩澄の方が伊吹を卑下するように頬を緩めた。
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