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豊潤な郷【28】
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歩澄は更に「澪は他の女とは違う。わかるであろう? 金や物で動く程愚かではない。刀を質にとったところでここへ留まるはずがないのだ。それどころか、貴様の行為は澪を酷くがっかりさせただろうな」と続けた。
伊吹は下唇を噛みしめた。愚かであると己でもわかっているのだ。既に恋仲である歩澄よりも己を選んで貰うには正当な方法では勝ち目がない。その事が余計に伊吹を卑怯にさせる。
「貴様も統主であり、男であるならば姑息な真似は止めるのだな。澪はこのまま連れて帰る」
真っ当な意見に、伊吹はぐっと押し黙った。このままでは、澪の気持ちはこちらに傾くどころか離れていく一方であると自己嫌悪すらした。
澪を留まらせて置きたい気持ちはあるが、澪の話を聞いて己が王の器ではないこと、一時でも歩澄であれば己が目指す王となる可能性があると考えたことは嘘ではない。
必死で澪を守ろうとする歩澄の姿に、伊吹の心は少しずつ揺れた。
「……刀はどうするつもりだ」
「私が王となったあかつきには、返してもらう」
「その前に王位につけると思うのか」
「思わぬのなら、何故貴様は私に協力すると言ったのだ」
「……澪が言った。貴公が王の器であり、翠穣郷をも守れる王となると。俺は、少しくらいそれを信じていいのやもしれないと思ってな」
その言葉に歩澄は瞳を揺らした。澪の言葉だけで、歩澄を信用しようとしていることに驚いたのだ。冷酷非道な統主として定着していたはず。それを、澪を残す条件としてではなく、翠穣郷を守る王として支持しようとする意志が垣間見れた。
「……私は、翠穣郷だけでなく、栄泰郷も洸烈郷も今の状態のまま統主に任せていきたいと思っている。しかし、それぞれの郷が協力できるような関係性を作りたいのは事実だ」
「それが可能であれば国としてもっと発展するであろうな」
「ああ。あの難しき邑の国との貿易を結ぶことも可能になるやもしれぬ」
「あの国には面白い文化が多くある。上手く交流ができればもっと物価が安く他の郷ととも流通ができるであろう」
「私はそれを目指す」
「ふ……なるほどな。澪が慕情を抱いた男か……。しかし、澪の言葉だけでは信用するわけにはいかぬ」
歩澄は澪に一度目線を移してからふっと微笑み「当然だ。貴様を納得させるように動くさ。それが証明できれば、澪が翠穣郷に残らぬとも私に力を貸すのであろう?」と言った。
澪は不安そうに顔を上げた。歩澄と伊吹でやり取りを続けているが、双方だけで動いている会話の内容が読めずにいたのだ。
伊吹は、澪が残る残らないに関わらず、歩澄が王として相応しい器であれば支持していく旨を示唆していた。歩澄もそれを汲み取り、澪を渡さずしてそれを証明してみせると言うのだ。
「……いいだろう。貴公と澪を無事に潤銘郷に返すと約束した。その約束は守る。……貴公が俺を納得させるだけの証明を見せるというのであればそれがどんな形であれ見届けよう。納得できれば貴公が王位につけるよう支持する。その時、刀も渡そう」
伊吹はふっと頬を緩めた。王となる器があると証明されれば、統主としても男としても認めざるを得ない。己よりも優れていると見せつけられれば澪を諦める他ない。その時は潔く諦めようと思ったのだった。
一度潤銘郷に戻れど、刀を持っている以上澪はまたやってくる。それだけでも十分な気がした。それよりもこれ以上澪に嫌われ、幻滅されたくはなかった。本名を呼ばれ、素敵な名前だと褒められ、優しい人だと言って見せられた笑顔が忘れられないのだ。
二度と己に笑顔を見せてくれなくなるのを一番恐れていたのだ。
伊吹は下唇を噛みしめた。愚かであると己でもわかっているのだ。既に恋仲である歩澄よりも己を選んで貰うには正当な方法では勝ち目がない。その事が余計に伊吹を卑怯にさせる。
「貴様も統主であり、男であるならば姑息な真似は止めるのだな。澪はこのまま連れて帰る」
真っ当な意見に、伊吹はぐっと押し黙った。このままでは、澪の気持ちはこちらに傾くどころか離れていく一方であると自己嫌悪すらした。
澪を留まらせて置きたい気持ちはあるが、澪の話を聞いて己が王の器ではないこと、一時でも歩澄であれば己が目指す王となる可能性があると考えたことは嘘ではない。
必死で澪を守ろうとする歩澄の姿に、伊吹の心は少しずつ揺れた。
「……刀はどうするつもりだ」
「私が王となったあかつきには、返してもらう」
「その前に王位につけると思うのか」
「思わぬのなら、何故貴様は私に協力すると言ったのだ」
「……澪が言った。貴公が王の器であり、翠穣郷をも守れる王となると。俺は、少しくらいそれを信じていいのやもしれないと思ってな」
その言葉に歩澄は瞳を揺らした。澪の言葉だけで、歩澄を信用しようとしていることに驚いたのだ。冷酷非道な統主として定着していたはず。それを、澪を残す条件としてではなく、翠穣郷を守る王として支持しようとする意志が垣間見れた。
「……私は、翠穣郷だけでなく、栄泰郷も洸烈郷も今の状態のまま統主に任せていきたいと思っている。しかし、それぞれの郷が協力できるような関係性を作りたいのは事実だ」
「それが可能であれば国としてもっと発展するであろうな」
「ああ。あの難しき邑の国との貿易を結ぶことも可能になるやもしれぬ」
「あの国には面白い文化が多くある。上手く交流ができればもっと物価が安く他の郷ととも流通ができるであろう」
「私はそれを目指す」
「ふ……なるほどな。澪が慕情を抱いた男か……。しかし、澪の言葉だけでは信用するわけにはいかぬ」
歩澄は澪に一度目線を移してからふっと微笑み「当然だ。貴様を納得させるように動くさ。それが証明できれば、澪が翠穣郷に残らぬとも私に力を貸すのであろう?」と言った。
澪は不安そうに顔を上げた。歩澄と伊吹でやり取りを続けているが、双方だけで動いている会話の内容が読めずにいたのだ。
伊吹は、澪が残る残らないに関わらず、歩澄が王として相応しい器であれば支持していく旨を示唆していた。歩澄もそれを汲み取り、澪を渡さずしてそれを証明してみせると言うのだ。
「……いいだろう。貴公と澪を無事に潤銘郷に返すと約束した。その約束は守る。……貴公が俺を納得させるだけの証明を見せるというのであればそれがどんな形であれ見届けよう。納得できれば貴公が王位につけるよう支持する。その時、刀も渡そう」
伊吹はふっと頬を緩めた。王となる器があると証明されれば、統主としても男としても認めざるを得ない。己よりも優れていると見せつけられれば澪を諦める他ない。その時は潔く諦めようと思ったのだった。
一度潤銘郷に戻れど、刀を持っている以上澪はまたやってくる。それだけでも十分な気がした。それよりもこれ以上澪に嫌われ、幻滅されたくはなかった。本名を呼ばれ、素敵な名前だと褒められ、優しい人だと言って見せられた笑顔が忘れられないのだ。
二度と己に笑顔を見せてくれなくなるのを一番恐れていたのだ。
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