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豊潤な郷【35】
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一刻が経った頃、澪は大広間にいた。そこには歩澄と重臣三人の姿もある。
落ち着かないままそわそわとしていると、現れたのは銀次と小菅村の職人達だった。
「銀さん!?」
澪は目を真ん丸くさせ、身を乗り出した。銀次は嬉しそうに顔を綻ばせたが、場を弁えてか澪に近付きはしなかった。あくまでも客人として、大広間に通された。
それから更に良質な布に身を包んだ人々がやってきた。皆、男であり中には若い男もいた。澪は初めて見る顔ばかりだが、その男達は、銀次の顔を見ては懐かしそうに瞳を揺らし、すぐにでも側にいってその存在を確かめたいといったようにも見えた。
どうやらお互いに顔見知りのようだが、どこか様子がおかしい。
「揃ったようだな」
歩澄がそう発した事で、そこにいた全員の背筋が伸びた。歩澄は上段から真正面に銀次率いる匠閃郷の者、左側に銀次の知り合いと思われる者達、右側に重臣三人を見据えた。
澪は梓月の隣に腰を降ろしていた。
「本日はよく集まってくれた。懐かしい顔触れであろう」
歩澄がそう言うと、銀次はちらりと右側に目を向けた。
「そのように固くならずとも良い。此度はおぬし等に頼みがあって呼んだ」
統主に似合わぬ頼みとの言葉に、村人達ははっと顔を上げた。
「顔触れを見れば察しはつくであろうが、おぬし等の故郷である匠閃郷を立て直すべく力を借りたい」
村人達は息を飲み、歩澄の言葉に耳を傾けた。澪もさすがに目の前にいる人々が何者なのかを察した。
歩澄により集められたのは、現在匠閃郷で暮らす銀次達と、匠閃郷を故郷にもち、今は潤銘郷で暮らす職人達である。
以前瑛梓が澪に話したように、潤銘郷には匠閃郷出身の職人が多く存在する。高値で技術を買われ、家も仕事も保証されている。それ故、男達は銀次達と比較して良質な衣装を身に纏い、幾分も贅沢な暮らしをしていた。
銀次もその昔、潤銘郷から声がかかったが、故郷を捨てる事などできないと断っていた。そんな銀次を裏切るようにして匠閃郷を後にした男達。裕福な暮らしを手に入れ生活は潤ったが、故郷を捨てた事への後ろめたさはずっと忘れられずにいた。
仲間も友人も血縁者も幾人も置き去りにしてきた。今頃どうしているかと気が気でなくても容易に潤銘郷から出ることはできない。故郷を恋しく思おうとも、匠閃郷に戻る事を許されぬ身であった男達は、銀次達の顔を見て今にも泣き出しそうだった。
「噂は耳にしていると思うが、私が贔屓にしている姫は匠閃郷の姫でな……私が憲明から奪ったようなものだ」
歩澄は目を閉じ、ゆっくりと語った。事情を知っている銀次達はぐっと下唇を噛み、潤銘郷に住む男達はごくりと唾を飲んだ。
「私は今や匠閃郷の統主でもあり、守っていく義務がある。それに姫は未だに匠閃郷が大切なようでな……飢えに苦しむ村を救いたいと考えている」
いつか澪が話した言葉を汲み取り、人々に伝えた。銀次達も、匠閃郷を故郷にもつ男達も胸が張り裂けそうな程感極まった。
「おぬし等の職人としての技術は申し分ない。潤銘郷に招いたのとて、その腕を買っての事だ。本日より一月の間で最も貧しい村から順に村の情勢を見直し、立て直す。二十の村が対象だ。多くの人手が必要となる。現在潤銘郷で手掛けている仕事を一旦中止し、そちらを優先させて欲しい」
その言葉に、ついに男達の目から涙が溢れ落ちた。二度と匠閃郷に戻る事は叶わないやもしれぬ、それも覚悟で潤銘郷に身を置いた。そんな男達にとって、故郷の為に力を貸してくれという歩澄の言葉は、願ってもない頼みであった。
落ち着かないままそわそわとしていると、現れたのは銀次と小菅村の職人達だった。
「銀さん!?」
澪は目を真ん丸くさせ、身を乗り出した。銀次は嬉しそうに顔を綻ばせたが、場を弁えてか澪に近付きはしなかった。あくまでも客人として、大広間に通された。
それから更に良質な布に身を包んだ人々がやってきた。皆、男であり中には若い男もいた。澪は初めて見る顔ばかりだが、その男達は、銀次の顔を見ては懐かしそうに瞳を揺らし、すぐにでも側にいってその存在を確かめたいといったようにも見えた。
どうやらお互いに顔見知りのようだが、どこか様子がおかしい。
「揃ったようだな」
歩澄がそう発した事で、そこにいた全員の背筋が伸びた。歩澄は上段から真正面に銀次率いる匠閃郷の者、左側に銀次の知り合いと思われる者達、右側に重臣三人を見据えた。
澪は梓月の隣に腰を降ろしていた。
「本日はよく集まってくれた。懐かしい顔触れであろう」
歩澄がそう言うと、銀次はちらりと右側に目を向けた。
「そのように固くならずとも良い。此度はおぬし等に頼みがあって呼んだ」
統主に似合わぬ頼みとの言葉に、村人達ははっと顔を上げた。
「顔触れを見れば察しはつくであろうが、おぬし等の故郷である匠閃郷を立て直すべく力を借りたい」
村人達は息を飲み、歩澄の言葉に耳を傾けた。澪もさすがに目の前にいる人々が何者なのかを察した。
歩澄により集められたのは、現在匠閃郷で暮らす銀次達と、匠閃郷を故郷にもち、今は潤銘郷で暮らす職人達である。
以前瑛梓が澪に話したように、潤銘郷には匠閃郷出身の職人が多く存在する。高値で技術を買われ、家も仕事も保証されている。それ故、男達は銀次達と比較して良質な衣装を身に纏い、幾分も贅沢な暮らしをしていた。
銀次もその昔、潤銘郷から声がかかったが、故郷を捨てる事などできないと断っていた。そんな銀次を裏切るようにして匠閃郷を後にした男達。裕福な暮らしを手に入れ生活は潤ったが、故郷を捨てた事への後ろめたさはずっと忘れられずにいた。
仲間も友人も血縁者も幾人も置き去りにしてきた。今頃どうしているかと気が気でなくても容易に潤銘郷から出ることはできない。故郷を恋しく思おうとも、匠閃郷に戻る事を許されぬ身であった男達は、銀次達の顔を見て今にも泣き出しそうだった。
「噂は耳にしていると思うが、私が贔屓にしている姫は匠閃郷の姫でな……私が憲明から奪ったようなものだ」
歩澄は目を閉じ、ゆっくりと語った。事情を知っている銀次達はぐっと下唇を噛み、潤銘郷に住む男達はごくりと唾を飲んだ。
「私は今や匠閃郷の統主でもあり、守っていく義務がある。それに姫は未だに匠閃郷が大切なようでな……飢えに苦しむ村を救いたいと考えている」
いつか澪が話した言葉を汲み取り、人々に伝えた。銀次達も、匠閃郷を故郷にもつ男達も胸が張り裂けそうな程感極まった。
「おぬし等の職人としての技術は申し分ない。潤銘郷に招いたのとて、その腕を買っての事だ。本日より一月の間で最も貧しい村から順に村の情勢を見直し、立て直す。二十の村が対象だ。多くの人手が必要となる。現在潤銘郷で手掛けている仕事を一旦中止し、そちらを優先させて欲しい」
その言葉に、ついに男達の目から涙が溢れ落ちた。二度と匠閃郷に戻る事は叶わないやもしれぬ、それも覚悟で潤銘郷に身を置いた。そんな男達にとって、故郷の為に力を貸してくれという歩澄の言葉は、願ってもない頼みであった。
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