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豊潤な郷【38】

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「凄い筋肉だ。それ程までのものを身につけるには、相当な修行が必要だっただろう。お前さんも女だね。そんな顔をして。ただ、どんなに恥ずかしがったところで歩澄は何とも思わないよ」

「え?」

「この城にいる者達がどれ程稽古を積んでいると思っている。お前さんの腕力を見れば、大体どのくらいの筋肉があるかくらい想像がつく。歩澄は決してお前さんの見た目だけに惚れたわけじゃない。その証に潤銘郷には美しい姫がたくさんいるのに、誰にも興味を示さないだろう?」

 腕を組んでふっと笑う楊。その言葉に、澪は城下で女人に囲まれる歩澄の姿を思い出した。美しい髪に白い肌。華奢な体に形のいい目。花弁のような唇。どれをとっても美しい女人ばかりだった。然れど、誰にも目を向けず、側には置かない。
 歩澄であれば、好きなだけ選べる立場にあるというのに、澪にだけ甘い言葉を囁く。

 その事実に、澪は頬を染めた。

「思い当たる節があるだろう? お前さんがどんな体をしていようと、嫌いになれるはずなどないのだよ。寧ろ、新しい一面を知る度に嬉しく思うだろうね」

「……そうでしょうか」

「もちろんだ。さあ、じゃあ早速始めようか。稽古はこれから毎日行うよ。歩澄が帰ってくるまでの間だ」
 
 楊がそう言ったことで早速稽古が始まった。澪は重い剣を握り、見様見真似で腕を使った。体を捻り、膝を曲げて腰を下げ、体の重心が下がると更に剣が重たく感じた。

 それでも澪は息を乱しながら、楊に続いた。舞を覚えるだけでも一苦労だ。そこに剣の重さも加わるのだ。最初は涼しい顔をしていた澪も、一刻過ぎる頃には大粒の汗を大量に額から流していた。

 その日を境に、澪の稽古は毎日続く。楊は容赦なく澪に剣舞を教え込んだ。
 澪は、努力して覚えていくその感覚が勧玄との稽古を思い出し、懐かしく、嬉しくもあり、苦しくもあった。
 単なる暇潰しで始めた剣舞だったが、こんなにも難しいのかと思えるほど、思ったように体が動かなかった。
 一方楊は、時折ふぅっと息を溢すが、澪よりも余程涼しい顔をしていた。
 澪も、己よりも体力のある楊の姿に、心底驚いていた。

「まだだ。早い。もう少し待つんだよ」

 腕を上げる時期がどうしても合わず、何度も同じところで注意された。しかし、それ以外のところでは、ぐんぐん成長を遂げ、体に叩き込んでいった。
 澪は、楊が薬草を触っている間も、薬を調合している間も黙って一人稽古を続けた。
 必死で覚えようと、筋肉痛で上がらなくなった腕を無心で振ろうとする健気な澪の姿に、楊は感心すると同時に思わず笑みが溢れた。
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