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豊潤な郷【44】
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「何も一つずつ復興させてから次の村に移行するわけではないからな。無論同時に復興に向けて作業を始めるのだが、指揮を執る者も優秀な者が多かった。匠閃郷に留まらせておくのが惜しい程にな」
歩澄は現場を思い出すかのように笑みを溢した。
「またそのような事を……優秀な者ばかり潤銘郷におかれては困ります」
「そうだな。村が廃れていったのも、腕利きの職人達が皆他郷に流れたのが一つの原因やもしれぬ」
「……せめて匠閃郷出身の者だけでも自由に行き来させることはできないのでしょうか。今となっては、匠閃郷も歩澄様が統治なさっているのですし……」
澪は、実に懐かしそうにお互いの顔を見つめていた銀次と佐吉を思い出し、友人や血縁者に自由に会いに行くことができたらどんなにいいことかと思った。
「それはできぬ。私が統治しているが故に余計にな。前にも言ったと思うが匠閃郷を潤銘郷のように開拓していくつもりはない。匠閃郷は匠閃郷として現状のまま残す。それは、今の匠閃郷にはそれなりの魅力があり、村人達は住み慣れた環境で生活を続けることを望んでいるからだ。
ただ、不便なものをそのままにしておくのではなく、より生活しやすいよう工夫していくことは必要だと思っている。それが此度の行いだ」
真っ直ぐに澪の視線を捉える歩澄の眼を、澪もしっかりと受け止める。碧空石のように美しく煌めく瞳は、何度見ても澪を惹き付ける。
「だが、匠閃郷が潤銘郷のように発展を遂げ、富の郷に並ぶまでになったらどうなる? 数十年も前から好条件で雇われた匠閃郷出身の民達は、匠閃郷に留まる方がいいと思うであろう。行き来が自由になれば、匠閃郷に住まいを移し、そこから潤銘郷への仕事に向かう者も出てくるであろう。
しかし、そうなれば私達が高い金銭を支払って雇う意味がどこにある? 私達は、あくまでもあの技術を買っているのだ。反対に、潤銘郷が潤っているのは、こちらに利益が出るよう条件を出しているからに他ならない。潤銘郷は他郷から見て裕福であり、憧れでなければならぬ。誰でもが入れる郷など最早特別でもなにもない」
諭すように歩澄に言われ、澪はしゅんと顔を伏せた。其々の郷の特徴を残すのであれば、潤銘郷がどの郷よりも豊かであり最先端の文化を取り入れているのは最低条件である。
統主の出身である潤銘郷が、匠閃郷に並ぶことがあってはならぬということ。それは匠閃郷だけではなく、他三つの郷にも言える事であった。
「匠閃郷の民にも澪にも悪いが、私達は潤銘郷の質を落とす気はない。匠閃郷が己達の技術と知識に誇りを持っているように、潤銘郷には潤銘郷なりの気高さがある。潤銘郷の民の為にもその自尊心に傷をつけるわけにはいかない」
「そう……ですよね。せめて、潤銘郷出身の方が持つ手形のような物があればと思ったのですが……」
「澪の言いたいことはわかる。此度の件では佐吉達にも助けられた。いつでもというわけにはいかぬが、申請があれば期限付きで匠閃郷へ帰郷できるようにはしたいと思っている」
「本当ですか!?」
一粒の希望もないと考えていた澪は、瞳を大きくさせ、太陽の光を浴びた湖のように輝かせた。
「ああ。それくらいはな。約束しよう。さて、復興は成功したが、私達の問題はまだ解決してはいない」
「……落様の事ですね」
「そうだ。向こうにいる間に既に書状を出してある。二、三日もすれば翠穣郷の遣いの者が直接匠閃郷を下見に行くであろう。私達が作業をしている間にも何人か見かけている。伊吹が直接来ることはなかったが、今回ばかりは出向くやもしれぬ」
最後に見た落伊吹の顔を思い出しているのか、しかめ面をした歩澄に澪はごくりと喉を鳴らした。
歩澄は現場を思い出すかのように笑みを溢した。
「またそのような事を……優秀な者ばかり潤銘郷におかれては困ります」
「そうだな。村が廃れていったのも、腕利きの職人達が皆他郷に流れたのが一つの原因やもしれぬ」
「……せめて匠閃郷出身の者だけでも自由に行き来させることはできないのでしょうか。今となっては、匠閃郷も歩澄様が統治なさっているのですし……」
澪は、実に懐かしそうにお互いの顔を見つめていた銀次と佐吉を思い出し、友人や血縁者に自由に会いに行くことができたらどんなにいいことかと思った。
「それはできぬ。私が統治しているが故に余計にな。前にも言ったと思うが匠閃郷を潤銘郷のように開拓していくつもりはない。匠閃郷は匠閃郷として現状のまま残す。それは、今の匠閃郷にはそれなりの魅力があり、村人達は住み慣れた環境で生活を続けることを望んでいるからだ。
ただ、不便なものをそのままにしておくのではなく、より生活しやすいよう工夫していくことは必要だと思っている。それが此度の行いだ」
真っ直ぐに澪の視線を捉える歩澄の眼を、澪もしっかりと受け止める。碧空石のように美しく煌めく瞳は、何度見ても澪を惹き付ける。
「だが、匠閃郷が潤銘郷のように発展を遂げ、富の郷に並ぶまでになったらどうなる? 数十年も前から好条件で雇われた匠閃郷出身の民達は、匠閃郷に留まる方がいいと思うであろう。行き来が自由になれば、匠閃郷に住まいを移し、そこから潤銘郷への仕事に向かう者も出てくるであろう。
しかし、そうなれば私達が高い金銭を支払って雇う意味がどこにある? 私達は、あくまでもあの技術を買っているのだ。反対に、潤銘郷が潤っているのは、こちらに利益が出るよう条件を出しているからに他ならない。潤銘郷は他郷から見て裕福であり、憧れでなければならぬ。誰でもが入れる郷など最早特別でもなにもない」
諭すように歩澄に言われ、澪はしゅんと顔を伏せた。其々の郷の特徴を残すのであれば、潤銘郷がどの郷よりも豊かであり最先端の文化を取り入れているのは最低条件である。
統主の出身である潤銘郷が、匠閃郷に並ぶことがあってはならぬということ。それは匠閃郷だけではなく、他三つの郷にも言える事であった。
「匠閃郷の民にも澪にも悪いが、私達は潤銘郷の質を落とす気はない。匠閃郷が己達の技術と知識に誇りを持っているように、潤銘郷には潤銘郷なりの気高さがある。潤銘郷の民の為にもその自尊心に傷をつけるわけにはいかない」
「そう……ですよね。せめて、潤銘郷出身の方が持つ手形のような物があればと思ったのですが……」
「澪の言いたいことはわかる。此度の件では佐吉達にも助けられた。いつでもというわけにはいかぬが、申請があれば期限付きで匠閃郷へ帰郷できるようにはしたいと思っている」
「本当ですか!?」
一粒の希望もないと考えていた澪は、瞳を大きくさせ、太陽の光を浴びた湖のように輝かせた。
「ああ。それくらいはな。約束しよう。さて、復興は成功したが、私達の問題はまだ解決してはいない」
「……落様の事ですね」
「そうだ。向こうにいる間に既に書状を出してある。二、三日もすれば翠穣郷の遣いの者が直接匠閃郷を下見に行くであろう。私達が作業をしている間にも何人か見かけている。伊吹が直接来ることはなかったが、今回ばかりは出向くやもしれぬ」
最後に見た落伊吹の顔を思い出しているのか、しかめ面をした歩澄に澪はごくりと喉を鳴らした。
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