【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

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豊潤な郷【47】

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「美しいであろう。然れどそれを千両で買う者などそうはいない」

 歩澄は肘置きに頬杖をついたまま、困ったように笑った。それをどうするべきか悩むところだが、潤銘郷で売れなければそれ以上に貧しい他郷で売れるわけがなかった。

「美しいです……ですが、やはりこのように高価な物はとても身に付けられませんね」

「そう言うと思っていた。お前が気に入って欲しいと言うのであれば私が買い取ってもいいのだがな」

 さらりとそんな事を言うものだから、澪は勢いよく顔を上げ、血相を変えて「いりません!」と声を張った。その様子に重臣三人は肩を震わせて笑いを堪えた。
 実に澪らしい。そう思ったのだ。久しぶりに会ったと言うのに、まるで今から稽古を始めるのかというほど動きやすそうな格好をしている澪。歩澄達が帰ってくる前には楊と剣舞の稽古をしていたため、無理もないのだが、一切の飾り気もなく歩澄を出迎えた澪に少なからず驚いた三人。
 他の女人であれば、歩澄の心を離さぬようとびきり着飾って出迎えるであろうが、そうできないのが澪である。故に、澪がこの首飾りを欲しがる事はないだろうと、全員が思っていた事であった。

「だろうな。そうなると、全く売れぬ二つをどうしたものかというところだ」

「売れるとしたらどこですか?」

「潤銘郷で売れぬのだ。もはや、どこでも売れぬ。金のあるところと言ったら各統主のところくらいだ」

「他の御統主でも、これ程の財産はあるのですか?」

「さあな。潤銘郷が他の郷よりも潤っているのは確か。しかし、統主だけで言えば、溜め込んでいる財産もあるやもしれぬ」

「そうですか……」

「だが考えてもみろ。皇成や煌明が買い取ると思うか? 伊吹などもっての他だ」

 歩澄は暫く目を閉じ、うんざりとした表情を浮かべる。
 皇成も煌明も美しい姫を正室にもっている。しかし、千両もの大金をはたいてまで正室にくれてやることなどしない。それだけの金銭があれば村や郷を変えられるのだ。統主として私利私欲のために郷の財産を使い込むことはない。また、正室どころか恋仲となる女人の存在すらない伊吹には、無関係と言っていいほどの事案である。

「それは……そうですね……」

 澪は暫く考えていたが、やがて諦めたかのように箱から顔を離した。
 美しく、価値のあるものでも身に付けていく場がなければ購入しても意味がない。普段から着飾る習慣のある貴婦人ならともかく、縁のない澪には策も見当たらなかった。

 結局首飾りの件は保留となり、一行は伊吹からの返答を待つこととなった。
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