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強者の郷【1】
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自室で澪は、二振りの刀を並べて眺めていた。万浬と葉月白澪である。華月白澪は未だに歩澄が持っている。
畳の上にそっと置き、今となってはようやく己の元に戻ってきた安心感を得ることができていた。
伊吹が初めて城を訪れてから十五日が経った。約束通りもう一度伊吹がやって来て、歩澄同席のもと、大広間で茶会が行われた。
伊吹は実に楽しそうに翠穣郷や匠閃郷の話をし、歩澄は終始面白くなさそうにしていた。
そんな中、伊吹から煌明に話をつけたと歩澄に言った。正室の朱々を含めた訪問についてである。以前伊吹が言ったように、全員の顔合わせの前に済ませておけとのことであった。
伊吹と煌明は幼少時代からの交流があり、仲が良い。と言っても、煌明の暴走を止められるかどうかは謎である。
恐らく先代の憲明と歩澄に似た間柄ではないかと歩澄は思っていた。
話はまとまり、本日はその煌明と正室の朱々に会うため、洸烈城へ向かうこととなっていた。
既に支度を済ませた澪は、二振りの刀を見ながら、残りの玄浬を思い出していたのだ。返してもらうことが叶わなかった玄浬。勧玄の形見の一振りは未だに空穏が持っている。
一緒に洸烈郷へ行くと言い、共に馬にも乗ったが、迎えに来た歩澄を選んだ。勝手なことをし、空穏を悲しませたことに心を痛めた。気まずいまま時は過ぎ、あれ以来空穏とは顔を合わせていない。
煌明が潤銘城に出向くとなれば、重臣である空穏が必ずお供する。澪に慕情を抱いている男を安易に近付けるわけにはいかない。そう考える歩澄は、自ら洸烈郷に行くことで澪との接触を避けていたのだ。
それが伊吹の計らいによって絶たれた。空穏と澪の仲をどこまで知っているのか歩澄にも澪にも知らぬところであるが、そんなことよりも伊吹は煌明の正室に会わせたいようだった。
「準備はできたのか」
じっと下を向いていた澪は、聞き慣れた歩澄の声に顔を上げた。振り返れば、豪華な召し物に身を包んだ歩澄が立っている。よそ行きの格好をした歩澄は、どう見ても潤銘郷統主の出で立ちだ。
城内にいる時とは雰囲気が変わる。その様子に、澪は鼓動を速めた。
(凛としてて格好いいなぁ……。甲斐煌明には会ったことないけど、絶対王には歩澄様が相応しいはず)
ちらりと視線を上げれば、歩澄は顔をしかめ「またそのような格好をしているのか」と言った。
皇成の時同様、煌明の正室はさぞ美しく着飾っていることだろうと、歩澄は澪のために新しく反物と髪飾りを用意していた。しかし澪はそれらを身に付けず、普段の着物より少しだけ高価な着物を着ていた。髪も普段同様、高い位置で一つに結っただけである。
「だ、だって歩澄様……あのように高価なものは……。とても動きにくいですし」
「ならば洋服の方がよかったか?」
「洋服は足が出るので好みません」
歩澄ははあっと大きなため息をついた。澪は、体の一部を出すのを極端に嫌がる。それは、右腕の大きな傷を気にしてのことだが、適度な筋肉のついた、美しい足さえも出すことを嫌がるものだから、着せるものが限られると歩澄も頭を悩ませていた。
顔立ちは整っているにも関わらず、凛とした表情と男勝りな振るまいが、どうにも麗しさに欠けた。勿体ないと思う歩澄は、美しい姿を一度くらい見てみたいと思う反面、その姿を己以外の誰にも見せたくないという欲を持っていた。そうはいってもあちらは統主とその正室。
身分をもってしても正装でいく他ない。歩澄は嫌がる澪に、せめてもう一段上質な格好をするよう急かした。
畳の上にそっと置き、今となってはようやく己の元に戻ってきた安心感を得ることができていた。
伊吹が初めて城を訪れてから十五日が経った。約束通りもう一度伊吹がやって来て、歩澄同席のもと、大広間で茶会が行われた。
伊吹は実に楽しそうに翠穣郷や匠閃郷の話をし、歩澄は終始面白くなさそうにしていた。
そんな中、伊吹から煌明に話をつけたと歩澄に言った。正室の朱々を含めた訪問についてである。以前伊吹が言ったように、全員の顔合わせの前に済ませておけとのことであった。
伊吹と煌明は幼少時代からの交流があり、仲が良い。と言っても、煌明の暴走を止められるかどうかは謎である。
恐らく先代の憲明と歩澄に似た間柄ではないかと歩澄は思っていた。
話はまとまり、本日はその煌明と正室の朱々に会うため、洸烈城へ向かうこととなっていた。
既に支度を済ませた澪は、二振りの刀を見ながら、残りの玄浬を思い出していたのだ。返してもらうことが叶わなかった玄浬。勧玄の形見の一振りは未だに空穏が持っている。
一緒に洸烈郷へ行くと言い、共に馬にも乗ったが、迎えに来た歩澄を選んだ。勝手なことをし、空穏を悲しませたことに心を痛めた。気まずいまま時は過ぎ、あれ以来空穏とは顔を合わせていない。
煌明が潤銘城に出向くとなれば、重臣である空穏が必ずお供する。澪に慕情を抱いている男を安易に近付けるわけにはいかない。そう考える歩澄は、自ら洸烈郷に行くことで澪との接触を避けていたのだ。
それが伊吹の計らいによって絶たれた。空穏と澪の仲をどこまで知っているのか歩澄にも澪にも知らぬところであるが、そんなことよりも伊吹は煌明の正室に会わせたいようだった。
「準備はできたのか」
じっと下を向いていた澪は、聞き慣れた歩澄の声に顔を上げた。振り返れば、豪華な召し物に身を包んだ歩澄が立っている。よそ行きの格好をした歩澄は、どう見ても潤銘郷統主の出で立ちだ。
城内にいる時とは雰囲気が変わる。その様子に、澪は鼓動を速めた。
(凛としてて格好いいなぁ……。甲斐煌明には会ったことないけど、絶対王には歩澄様が相応しいはず)
ちらりと視線を上げれば、歩澄は顔をしかめ「またそのような格好をしているのか」と言った。
皇成の時同様、煌明の正室はさぞ美しく着飾っていることだろうと、歩澄は澪のために新しく反物と髪飾りを用意していた。しかし澪はそれらを身に付けず、普段の着物より少しだけ高価な着物を着ていた。髪も普段同様、高い位置で一つに結っただけである。
「だ、だって歩澄様……あのように高価なものは……。とても動きにくいですし」
「ならば洋服の方がよかったか?」
「洋服は足が出るので好みません」
歩澄ははあっと大きなため息をついた。澪は、体の一部を出すのを極端に嫌がる。それは、右腕の大きな傷を気にしてのことだが、適度な筋肉のついた、美しい足さえも出すことを嫌がるものだから、着せるものが限られると歩澄も頭を悩ませていた。
顔立ちは整っているにも関わらず、凛とした表情と男勝りな振るまいが、どうにも麗しさに欠けた。勿体ないと思う歩澄は、美しい姿を一度くらい見てみたいと思う反面、その姿を己以外の誰にも見せたくないという欲を持っていた。そうはいってもあちらは統主とその正室。
身分をもってしても正装でいく他ない。歩澄は嫌がる澪に、せめてもう一段上質な格好をするよう急かした。
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