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強者の郷【17】
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「かまわぬ!」
「だそうだ。澪、私が許す。朱々殿には気の毒だが、新しい正室を娶れば良いだけの話。痛みを伴わないよう、一瞬で楽にしてやれ」
歩澄が穏やかな顔で続けた刹那、煌明の顔色が変わった。
朱々の妖艶な笑みが脳裏に浮かんだのだ。朱々は傲慢だが、良家の出身であり戦闘力など持たぬ姫。大会を観戦するのは好きだが、自ら体を動かすのも、体に傷が付くのも極端に嫌う。
その朱々が城ごと吹き飛ばされれば、確実に巻き込まれ、命を失う。あの美しい顔も肌も、柱や床の破片に打ち抜かれ、ぼろぼろになるであろう。
その無惨な光景を想像したら、体が先に動いていた。光のような速さで澪に近付き、万浬を素手で掴んだ。
速さと重さがなければ紙も切れぬ刀だが、煌明の瞬発力によりその刃は不運にも本来の力を発揮した。煌明の手の中で鋭く食い込み、鮮やかな血液が滴る。ボタボタと勢い良く流れ落ち、畳を汚した。
澪は息を飲み、血走った煌明の眼を見つめた。薪の火が燃え盛るように、めらめらと殺気が伝わる。このまま勢い良く万浬を引き抜けば、煌明の手を切り落とす事ができる。
されど、その刀は引き抜けぬ程強い力で押さえ込まれていた。
煌明の眼は、止めろと訴えていた。澪の技を楽しむかのようにも見えたが、朱々の名を聞いた途端、自らの血を差し出す程。
澪は、これで確証を得る。歩澄にとって澪が命をかけて守りたいと思う程に、煌明にとっても朱々がかけがえのない存在であるということを。
歩澄は、外弁慶の名ばかりの統主だと言っていたが、朱々を側におくのは郷を統治させるためだけではない。内心、余程惚れているのだろうと澪は、柄を掴む手に力を入れた。
歩澄は、このことにも気付いていた。朱々のためにどこまでするか見ておきたい。そう思った賭けでもあった。澪がすぐに機転を利かせたことで、煌明は面白い程すぐに行動に出た。
煌明の剣術は、幼い頃より有名であった。子供ながらに先代の統主と共に戦に出ることもあった。思い通りにいかなければ、いつも力で捩じ伏せ、怪我人も多く輩出させた。
そんな煌明に手を焼いていたのは、先代の統主である。腕を磨くことには長けているが、学問はさっぱりで机に向かうことなど一切しない煌明。
幼い頃から何かを学ぶことが嫌いだった。師の目を盗んでは抜け出し、英雄勧玄の姿を盗み見に行くこともあった。煌明は、統主ではなく勧玄のような自由な英雄になりたかったのだ。
賞金を民に配り、己の強さに憧れる男児達の頭を撫でて回る。いつも周りには美しい女人達を何人も連れて、腕を引っ張られる度に困ったように笑う。そんな男になりたかった。然れど甲斐家の長男として産まれた煌明に待ち受けるのは、統主となる道だけ。他に選択肢などなかった。
次男は病弱であり、未だに床に臥せっている。他の兄弟は女ばかりで、皆十代で早々に婿養子をとった。
いつかは勧玄のように強さが民の憧れとなる日を願い、ひたすら剣術を磨いた。しかし、己に向けられるのはいつも怯えた顔であった。男児が目を輝かすことも、女人が媚びてすり寄ってくることもない。
獅子のようなその見た目と低い声。全てが猛獣のようで存在自体が脅威の象徴であるかのような煌明には、好意で近付くものなどいなかった。
「だそうだ。澪、私が許す。朱々殿には気の毒だが、新しい正室を娶れば良いだけの話。痛みを伴わないよう、一瞬で楽にしてやれ」
歩澄が穏やかな顔で続けた刹那、煌明の顔色が変わった。
朱々の妖艶な笑みが脳裏に浮かんだのだ。朱々は傲慢だが、良家の出身であり戦闘力など持たぬ姫。大会を観戦するのは好きだが、自ら体を動かすのも、体に傷が付くのも極端に嫌う。
その朱々が城ごと吹き飛ばされれば、確実に巻き込まれ、命を失う。あの美しい顔も肌も、柱や床の破片に打ち抜かれ、ぼろぼろになるであろう。
その無惨な光景を想像したら、体が先に動いていた。光のような速さで澪に近付き、万浬を素手で掴んだ。
速さと重さがなければ紙も切れぬ刀だが、煌明の瞬発力によりその刃は不運にも本来の力を発揮した。煌明の手の中で鋭く食い込み、鮮やかな血液が滴る。ボタボタと勢い良く流れ落ち、畳を汚した。
澪は息を飲み、血走った煌明の眼を見つめた。薪の火が燃え盛るように、めらめらと殺気が伝わる。このまま勢い良く万浬を引き抜けば、煌明の手を切り落とす事ができる。
されど、その刀は引き抜けぬ程強い力で押さえ込まれていた。
煌明の眼は、止めろと訴えていた。澪の技を楽しむかのようにも見えたが、朱々の名を聞いた途端、自らの血を差し出す程。
澪は、これで確証を得る。歩澄にとって澪が命をかけて守りたいと思う程に、煌明にとっても朱々がかけがえのない存在であるということを。
歩澄は、外弁慶の名ばかりの統主だと言っていたが、朱々を側におくのは郷を統治させるためだけではない。内心、余程惚れているのだろうと澪は、柄を掴む手に力を入れた。
歩澄は、このことにも気付いていた。朱々のためにどこまでするか見ておきたい。そう思った賭けでもあった。澪がすぐに機転を利かせたことで、煌明は面白い程すぐに行動に出た。
煌明の剣術は、幼い頃より有名であった。子供ながらに先代の統主と共に戦に出ることもあった。思い通りにいかなければ、いつも力で捩じ伏せ、怪我人も多く輩出させた。
そんな煌明に手を焼いていたのは、先代の統主である。腕を磨くことには長けているが、学問はさっぱりで机に向かうことなど一切しない煌明。
幼い頃から何かを学ぶことが嫌いだった。師の目を盗んでは抜け出し、英雄勧玄の姿を盗み見に行くこともあった。煌明は、統主ではなく勧玄のような自由な英雄になりたかったのだ。
賞金を民に配り、己の強さに憧れる男児達の頭を撫でて回る。いつも周りには美しい女人達を何人も連れて、腕を引っ張られる度に困ったように笑う。そんな男になりたかった。然れど甲斐家の長男として産まれた煌明に待ち受けるのは、統主となる道だけ。他に選択肢などなかった。
次男は病弱であり、未だに床に臥せっている。他の兄弟は女ばかりで、皆十代で早々に婿養子をとった。
いつかは勧玄のように強さが民の憧れとなる日を願い、ひたすら剣術を磨いた。しかし、己に向けられるのはいつも怯えた顔であった。男児が目を輝かすことも、女人が媚びてすり寄ってくることもない。
獅子のようなその見た目と低い声。全てが猛獣のようで存在自体が脅威の象徴であるかのような煌明には、好意で近付くものなどいなかった。
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