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想いの矛先

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 独身となった亜純は変な気分だった。幸い保育園では「あずみせんせい」と呼ばれるため、面向きには目立った支障はない。
 けれど、保護者向けに亜純の名前を記載して渡すものに関しては苗字が旧姓の久保になっているものだから、どうしたって隠せるものではない。
 中には遠慮なしに離婚について尋ねてくるママさんもいて、亜純はその度にチクチクと胸が痛んだ。

 自分が望んでも手に入らなかった子供を授かっているというだけでも羨望の眼差しで見てしまうのに、「うちの旦那なんか~」という愚痴に繋がった時には「じゃあ、私みたいに離婚したらどうですか?」なんて思わず口が滑ってしまいそうになった。
 そんな時はまた酷く落ち込んだりする。他人を羨ましがっても妬んでも欲しいものが手にはいるわけじゃない。

 そうわかっていても、自分よりも幸せそうな人を見ると羨ましくて仕方がなかった。数ヶ月前まで自分だって幸せだと信じて疑わなかったのに。
 夫が子供を望んでいないことも、夫が親友と過去に肉体関係を持っていたことも知らずに毎日にこにこしていたのだ。その上に成り立った幸せを噛み締めて生活していたのだ。

「バカみたい……」

 たまにそう呟いてみる。自分はなんて間抜けなんだ。滑稽なんだ。
 亜純はどす黒く渦巻く感情に飲み込まれていくような気分だった。

 昔はこんなに他人に対してイライラしたりしなかったのに。他人は他人、自分は自分って思えていたのに。
 段々と自分が自分でなくなっていくような感覚が怖かった。

 時々は千景とも話をしながら独身生活へと慣れていった。ただ、真白のことは少しだけ気がかりだった。
 千景が真白と連絡が取れないと言ったからだ。いつからだったか、電話も繋がらないしメッセージも送れない。そう言っていた。
 真白から距離をおいたのだろう。亜純はそう思ったが、それを聞いてもまだ真白と話し合う覚悟は持てなかった。
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