ガラスの靴をもらわなかった方は

櫻 左近

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18.コンタスト伯爵家②

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 ドレスメーカーは最終確認を終え、明後日に届けると告げ帰って行った。
 悲壮な顔つきをしていたのは、あのドレスが薄いとはいえ王族の紫でできており、ひどいデザインが夏の舞踏会でお披露目されてしまうと思っているからだろう。
 届けに来た時にこっそりと事情を伝えるべきかを母と相談した方がよさそうだ。
 イオリティが協力を申し出てくれたが、もし失敗した場合は罪になったとしてもアレをどうにかしなくてはならないだろう。伯爵家だけでなく、王家の恥だ。
 覚悟を決めたその夜、イオリティからの高価な長文仕様の魔石便が届いた。
 アレクサンドラが自室でそれに魔力を注ぐと、リンゴ程の大きさをした赤い魔石の鳥がメッセージを再生する。
『明後日の午後、そちらに宝石商を向かわせます。費用はこちらで出しますので、うちの者がおすすめしたイヤリングとペンダントを買わせてください。その際、一着目のドレスをご本人にしてもらいます。すべてこちらで行いますので、皆様はなるべく側にいないようにお願いいたします。もう一着は、舞踏会直前に。――残念ですけれど、あの方には私の予備ドレスをお召しになっていただきます。もっとも、王妃殿下なら元のドレスをお気に召すかもしれませんが、そこは諦めていただきましょう』
 宝石商と聞いてアレクサンドラは昨日の出来事を思い出した。
 サンドレッドがドレスの色に会うアクセサリーが無いと言い出したのだ。だが、伯爵の海難事故で新たに宝石を誂えることができないため、母が貸そうと前夫から贈られた大切なアクセサリーを出してきた。
『そんな、お義母様のお古だなんて……やはり、私には新しいものをつける価値が……』
 サンドレッドが目に涙をためてそう言うと、次女のマルゴットがバンっとテーブルを叩いた。
『ひっ!』
 怯えたように身をすくめるサンドレッド。
 普段から愛想はないが決して粗野ではない穏やかな義理の姉が、殺気のこもった眼差しで義妹を睨んでいた。
『これは、亡くなった実の父――公爵家の当主から母へ贈られた高価な宝石だ。この伯爵家が全財産を出しても買えない程の値打ちがある』
『えっ?』
 サンドレッドが目を輝かせた。
 ごくり、と喉を鳴らして義母のもつ宝石箱を覗き込む。
『そんなに、素敵なものを……?』
 あまりの現金さに眉をひそめたのは、アレクサンドラだけではなかった。
『だが、其方はお古が嫌なのだろう。これは、私が当日お借りすることにする。其方は自分の持つ新しい安いものを着けていけば良い』
 淡々と言い捨てて母から宝石を預かったマルゴットは部屋を出て行った。
『そ、そんな、お義姉様……』
 アレクサンドラも母も何も言わなかった。
(マルゴットは王女殿下の護衛として騎士服で出席するから、アクセサリーは必要ないのよね。毎回そうなんだから、サンドレッドも知っているはずでは?)
 そもそも貸すのであって譲るのではないというのに『お古』という表現はどうなのか。
 王太子妃として、宝石の価値くらいわからなくていいのか。
 海難事故の賠償等でお金がないことを理解していないのか。
 王太子妃候補として上品なアクセサリーくらい持っていないのか。
 言いたいことがありすぎて、逆に何も言えなかった。
(本当に、どうしようもなさすぎる)
 昨日を思い出しながら、イオリティのタイミングの良さには少々怖さを感じた。
 サンドレッドの思考や行動をきっちり把握しているとしか思えない。あるいは、伯爵家の内情を探られているのかも知れない。
(それでも、我が家としては本当にありがたい)
 母が押し付けられた結婚とはいえ、サンドレッドがひどい目に合えばいいとは思っていない。むしろ、もっとどうにかしてやれなかったのかと後悔するばかりだ。
 夢見がちな義理の父と義理の妹だが、家族として大切に思う。サンドレッドが妃候補に選ばれるまでは、ちょっと天然な妹をアレクサンドラもマルゴットも可愛がっていた。
(王妃に可愛がられ王宮の価値観に染まってから、サンドレッドはおかしくなってきた――いや、違うわね。王妃にお茶会に呼ばれるようになってから……)
 妃候補として王妃に指名されたばかりのころは、サンドレッドも必死に学んでいた。アレクサンドラの様に勉強は得意でないから、と涙ぐみながら頑張っていた。義姉二人で必死に勉強やマナーを教えていたのはいい思い出だ。
 ちょっと天然なだけだった妹が、いつの間に悲劇の主人公として振る舞うようになったのか……。
『わたくしのように可愛いと、愛されて当然なんですって。だから大丈夫だって王妃様が仰っていてよ、お義姉様』
 サンドレッドがそう言ったのは、いつだった……?
 どうにもはっきりと思い出せない。
 とりあえず、このメッセージを母とマルゴットに伝えるべくアレクサンドラは動き出した。





 慌ただしく落ち着かない様子の伯爵家に、公爵家御用達の宝石商が訪れた。
 ドレスが届けられたすぐ後だったため、サンドレッドはそのままドレスを脱がずに宝石商の挨拶を受ける。
「トローニティーと申します、お嬢様」
 見目麗しい三十代になりたての店主がサンドレットの手を取り微笑んだ。
「まあ」
 頬を染めてサンドレットは微笑む。
「ご機嫌よう、トローニティー子爵。わざわざお越しいただいて、恐縮ですわ」
 伯爵夫人が挨拶をすると、サンドレッドはわずかに驚いたようだった。
(もしかして、宝石商が子爵だと知らなかった?)
 宝石デザインの才だけでなくその美貌でも知られるトローニティー子爵は顧客を選ぶと言われ、王妃の再三の要請を悉く撥ね退けていると言われている。
(カスリットーレ公爵家御用達、というより……カスリットーレ公爵家が本当の雇用主だと言われているはず)
 商才を振るうのは子爵夫人――つまり、カスリットーレ公爵の末の妹だ。大恋愛の末の結婚で、デザインの才しかなかった彼は、高位の貴族夫人からの愛人の誘いを断り続けて没落しかけていた。
その子爵家を、公爵家から嫁いだ夫人があっという間に立て直したとか。
 愛人など醜聞以外の何物でもなく社会的につぶされてもおかしくないその誘いは、子爵に惚れ込んだご婦人が修道院に送り込まれるまで続いたらしい。魔性の美貌と言われる所以である。
(……あれは、ナナさん?)
 アレクサンドラは子爵の後ろに控える茶髪に眼鏡をかけたそばかすの多い少女を見つけた。
 こちらをちらりと見て、にやっと笑ったその顔は先日から何度も一緒に過ごした友人の変装した姿だった。
 横では子爵がサンドレットを上手に褒めたたえている。
「このドレスにあわせるとなると……難しいですね。ドレスの華やかさと愛らしさを損なわないもの……となると」
 本当に思っているのか疑いたくなるセリフを口にしながら、トローニティー子爵は絶妙に似合わないアクセサリーをサンドレットに着けては変え、を繰り返す。
 上滑りの賛辞を満足げに聞き入れ、サンドレットも次々とアクセサリーを変えていく。そのたびにナナはアクセサリーを付け替え、ドレスを整え、とてきぱきと働いていた。
 だが、ずいぶんとたくさんのアクセサリーを試したにも関わらず、全く決まる様子はなかった。
「困りました……。こんなにも愛らしい方だとは……こちらの予想以上ですね」
「まぁ、そんな」
 うっとりと頬を染めるサンドレッド。
 伯爵夫人は早々にこの場から離れ、マルゴットは元々いなかった。残ったアレクサンドラは、取りあえず様子を見ているところだ。
「旦那様、こちらはどういたしましょう?」
 店員に扮したナナが可愛らしいデザインのペンダントとイヤリングの入った箱を見せる。
「まぁ、なんて可愛いのかしら」
 ピンクゴールドのバラが連なり、リボンの形を模したトップ部分には金色に輝く石のはまっている。それはまさしく、サンドレッドの趣味そのものだった。
(最初にそれを出さなかったのは……意図的ね、きっと)
 アレクサンドラはそのやり取りを見守っていた。
「おや、こちらがお気に召しましたでしょうか」
「ええ、気にいったわ」
「そうですか。それでは、つけてみましょう」
 子爵が合図すると、ナナがサンドレットの後ろに立ってペンダントとイヤリングを着ける。
「できました」
 そう言ってナナが離れた途端、かちりと小さな音がしてほんの微かに魔力が動いた気配があった。
「まぁ、素敵!」
 それらは、ますます幼子のドレスを思い起こさせる完成度であったが、サンドレッドは非常に満足していた。自分の理想通りのものを得たと鏡の前であちこちの向きを確かめている。
 ナナが満足げに口元をにやつかせていたの見て、アレクサンドラはこれが買わせたいアクセサリーだったのだと気づいた。
「良く似合っていてよ、サンドレッド」
「まあ、ありがとうございます。お義姉様」
 満更でもなさそうに、サンドレットはお礼を口にする。
「そうですね。それほどお似合いとは……。こちらは、身に着ける者を選ぶ普通は選ばない特殊なデザインのアクセサリーですので」
 麗しい笑顔でトローニティー子爵が告げた。
(特殊……。誉め言葉じゃないわ、それ)
 アレクサンドラの笑顔が引き攣りそうになった。
「こちらをお願いするわ、是非。こんなに素敵なんだもの」
「畏まりました」
 子爵はサンドレットに向かって礼をする。
 ナナともう一人が荷物を持ち、アレクサンドラに目配せをした。
「では、わたくしがお見送りを」
「ありがとうございます」
 アレクサンドラが子爵に声を掛け、四人で部屋から出る。
「お母様に終わったとお伝えして」
「はい」
 部屋に唯一控えていた侍女にそう言いつけ、サンドレッドを一人にする。
 自分たちの役目はここまでだ。
「本日はありがとうございました」
「いえ、イオ様からのお願いですから。それに、光の魔石をアクセサリーにするなんて職人冥利に尽きます」
「――っ。そうでしたか」
 光の魔石、と聞いて心臓が止まるかと思った。
 滅多に存在しない貴重な魔石だ。発掘されることは稀で、光魔法の使い手に魔力を込めてもらおうにもその存在自体が……。
 そこまで考えて、イオリティが光魔法の使い手ではないかとの噂を思い出す。他人の魔法属性を詮索するのは貴族のマナーとしては許されない。魔法はあくまで手段の一つ、というのが貴族女性だ。
『きゃああああああっ』
 甲高い悲壮な叫び声が聞こえた。
「サンドレッド?」
 アレクサンドラが振り返った時、にやりと笑ったナナと目が合った。
(成功したのね?)
「我々は、ここで失礼いたします」
 子爵がそう言って再び頭を下げた。
「ええ、本日はまことにありがとうございます。イオリティ様にも、よろしくお伝えください」
 アレクサンドラは礼を伝え、元居た部屋へと引き返した。
「サンドレッド、大丈夫?」
 部屋の中には床にうずくまる義妹の姿が見えた。
「何があったの?――まぁ」
 母も丁度やってきたようだった。
 部屋の隅のテーブルの傍で、ドレスのスカート部分が破れて盛大に紅茶を被ったサンドレッドが居た。
「誰か来て頂戴」
 アレクサンドラは義妹を助け起こしながら、人を呼ぶ。
「ああ、これはもう駄目ね……」
 伯爵夫人は彼女のドレスを見て言った。
 紅茶の染みが広範囲に広がり、裾もひどく破れたり引き攣れたりしている。
(縫い目が、焼けたようになっている……?)
 本来は見えない様に隠されたフリルの縫い目が、細かく焼け焦げたようになって千切れていた。そうでなければ、簡単に破れるようなものではない。
「大丈夫よ、サンドレッド」
 アレクサンドラは優しく慰めた。
「そのために、予備があるじゃない」
 ……そう、まだ予備がある。
 
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