ガラスの靴をもらわなかった方は

櫻 左近

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25.夏の舞踏会 夢と現(うつつ)と

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 王妃から放たれた紫の光が来賓へと降り注ぐと、彼らはうっとりとした表情で王妃を褒めたたえ始めた。
「流石『妖精の愛し子』様。妖精だけでなく、人々からも愛されていらっしゃる」
「愛されて、選ばれるとは……なんと素晴らしいことか」
「まことに」
「愛ゆえの尊さとは――かくも崇高なものか」
 あまりにも非常識な美辞麗句だが、リアンテ我が王国からしたら渡りに船というところ。
(婚約者を捨てて、他の女を選ぶって単なる『浮気』を褒めたたえるなんて、正気……じゃなかったわ。王妃の失言とこの来賓の失態で、なんとか相殺ってことにできるでしょうね。今回ばかりはアレのおかげね)
 この世界、浮気は罪悪である。一夫多妻や一妻多夫などごくごく限られた特殊な環境でしかありえない。
 会場の端では失態を犯した若い護衛の親である侯爵夫妻が、恐ろしいほど完璧な笑顔でサンドレットを見つめていた。
(あの護衛の将来は潰れてしまったようなものね。サンドレットのナニかによるものだと証明できれば……あー……いやいや、アレ護衛は元からあの感じだったっけ。術の影響がなかったとしても、いずれ失態を犯していたでしょうね)
「そうだな。その失態は人生を掛けて償わなくてはなるまい」
 ぽつり、と国王が呟いた。
 自分の思考に返事をされたのかと思ったイオリティは心臓を跳ねさせたが、国王の視線は王妃を捕らえていた。
「失態?」
 王妃は国王を見つめ返す。夫の視線に甘さがなくなったのはいつだったかしら、と思うも大したことではないかと考えを追いやる。
 いつの間にか曲が止み、会場中の視線が国王夫妻へと集まった。
「其方を愛していると思ってしまい、その気持ちを優先させてしまったことだ」
 ぽつり、と国王の口から小さく言葉が滑り落ちた。深く悔いるような呟きだった。
「――え?」
 聞き取れなかったのか、王妃が怪訝な顔で国王を見た。
 一瞬だけ視線を受けた国王は深々とため息を吐くと、ぐっと背筋を伸ばす。
「王妃とコンタスト伯爵令嬢を控室へ」
 国王の言葉に動き出した近衛が、王妃へ近づいた。
「下がらないわよ」
 エスコートのために差し出された手を、王妃が弾く。
「こんなの、愛されるべきものにとっては、許されないわ」
「王妃、下がりなさい」
「いやよ」
 王妃はぎろりと会場中を睨みつけた。
「地位や家柄とかでちやほやされる愛されないものより、純粋に可愛らしく愛されるものが選ばれるのは当然のことだわ」
 王妃の目線の先にいるのは、コンタスト伯爵夫人――国王の元婚約者だ。
 学生時代、何もかもが完璧と謳われたのは王妃ではなく、現コンタスト伯爵夫人だった。婚約者である彼女現伯爵夫人が寄りそう、物語からでできたようなまだ若い麗しの王太子に一目惚れをし、愛されたいと願ったのは男爵家でしかない自分王妃

 ――愛して欲しい。大切にしてほしい。構って欲しい。自分だけのために……。

 あまりに混じりっ気のない純粋なその想いに答えたのは、愛から生まれた妖精だった。
『愛を捧げて、愛を見せて』
 妖精が求め、妖精によって与えられた祝福が人生を変えた。
 そして、いつの間にか王妃の周りには国王を始めとする多くの者が侍り、国王に選ばれたいという願いは叶えられた。
 王妃としての仕事が出来なくとも、愛を捧げてくれているのだから、と許されてきた。
「そのように……其方が思うようになったのは、私のせいか……」
 ぽつりとこぼれた国王の呟きに、王妃は目元を歪める。
「どういうこと?」
「其方は、愛を求める。――だが、それは其方へ捧げられた純粋なものではない」
「何を言っているの?あなたが、……あなたたちが、私を愛してくれたんでしょう?進んで愛を捧げてくれたんじゃない」
 困ったものを見るような慈愛に満ちた眼差しで微笑む王妃に、国王は大きく首を振った。直に王妃と合わせることなく、やや伏せられた目に映るのは嘗ての己の姿。
「……?」
 勿論だと叫んで己に縋ってくることを想像していた王妃は、どことなく拒絶の気配を滲ませてこちらを見ない国王を訝しげに見つめた。
「進んで、捧げたのではない。其方の妖精に捧げさせられたのだ」
 国王は視線を上げて王妃を見つめた。
「我々が胸に抱いていた愛情は、其方の妖精によって本来愛していたものから其方へと対象を歪められ、其方へ集まった想いを以ってして妖精は力をつけ続けた」
「対象を歪められ……どういうこと?私が愛されて何が悪いの?」
 怪訝な表情の王妃に会場の視線が集まる。
「本当に其方が愛されているならば、なにも悪くはない」
「愛されているわよ」
 当然、と言わんばかりに頷いた王妃にゆっくりと首を振る国王。
「連れて行きなさい」
 国王の言葉に国王の背後にいた近衛が数人、素早く王妃を取り囲んだ。
「ちょっ……」
 何か叫びかけた王妃の肩に近衛の手が触れると、途端に王妃は静かになって素直に歩き始めた。
(あれって、魔法?近衛にも特殊属性の魔法が使える者がいるのね……って、当たり前か。別に魔法科に進まなくとも魔法を使えるようになるのだし、己の才能を隠し玉とするのは当然よね)
 イオリティは詰めていた息をそっと吐きだした。
「妖精の愛し子になんということを」
 来賓のぽつりとした呟きがイオリティの耳に届いた。
 会場に響くほどではないにしても、それなりの人数が耳にしただろう。
「申し訳ないが、これは我が国の事情です」
 口出しをするな、と言外に伝えたの宰相のカスリットーレ公爵だ。
「なんだと……」
 来賓は不機嫌をあらわに宰相を睨みつける。
(これは、隣国側の失態ね。内政干渉だと非難を浴びても仕方がないわ)
「後程、ゆっくりとお話をいたしましょうか。皆様をお迎えしている今宵は、我が国の誇るべき行事なのです」
 そう言って含みのある笑顔で近づいた宰相に顔を向けた来賓たちが、一斉に顔色を悪くした。何かに気付いてしまったというように慌てて目線を交わし合い、社交的な笑みを浮かべ鷹揚に頷いてみせる。
「そうですね。せっかくご招待に預かったこの夜会をとても楽しみにしておりました。是非お続けください」
 文句を述べていた来賓の隣に座っていた青年が、さっと立ち上がって国王に告げた。
(隣国の第二皇子?)
 金髪碧眼のやや日焼けしたような肌をした色っぽい青年だった。
(目立た無いようにしていたのね。全く気付かなかった。……今になって存在を主張したってことは、事態を収拾するためなのか、なにか狙っているのか……)
 第二皇子は艶やか微笑みを浮かべて会場を見回し、女性たちの視線を殊更集めたうえで悠々とサンドレットへと近付いて行った。
(狙いは、サンドレットってこと?)
 止めるわけにはいかないが、まずい事態だとは判る。サンドレットが王妃と同じような力を持っていたり、特殊な才能を持っている場合、隣国に取り込まれるのは危険だ。





 がちゃり、と扉に鍵がかけられた途端王妃の意識が戻ったらしい。
「どういうこと?!なんで、わたくしがここにいるの?ちょっと、ここを開けなさい!」
 扉の向こうの叫びを耳にしながら、近衛が三人崩れ落ちる様に床へ膝をついた。
「大丈夫か?」
 唯一立っている近衛の顔色も悪い。
「あ、あ……。ここまで消耗するとはな……」
 この近衛が持つ魔法属性は幻惑。
 夢のような幻を見せることで抵抗させずに王妃を監禁するための王族牢へ連れて来られたが、魔力譲渡や補助の出来る三人が力を貸してぎりぎりであった。
「だが、これで妖精が今、王妃殿下への加護を与えていないことは確かだ」
 少しだけ回復した一人が立ち上がる。
「そうだな、今までであればほんの数秒がやっとだったからな」
 扉がガチャガチャと揺さぶられる音と王妃の叫ぶ声が響く。
 後程国王が封を施せば、音は聞こえなくなるだろう。
「陛下がいらっしゃるまで、我らはここで護衛を続けるが、お前達は少し休んでおくか?」
 立っていた二人が座り込んでいた二人に声を掛ける。
「いや、大丈夫だ」
「このまま任務を続ける」

 
 
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