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第四章 予想外の使者。

この世界ではえげつない処置。

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(ーー…大魔将軍が去ってから、もう三日ですか。)

 自宅でレキュラはそう思いながら昼食の後片付けをしていた。
 彼らが去ってから後で千里の巫女リヴユールに聞けば七日以内に戻ってくる公言したらしいので残り四日ということになる。場所がわかっているのでかの大魔将軍ならば余裕で済ませることだろう。
 国崩しを成したとされる大魔将軍にはあの時初めて会ったがその印象は想像していたものとは異なっていたのを覚えている。
 無骨さや傲慢、冷酷や残虐という雰囲気は薄く話し方にも多少の固さはあれど圧力は感じられなかった。
 帰ってきた同郷のフィールから向こうでどのような生活をしていたか尋ねれば驚かされた。
 労働は時間を決めしかも休憩ありでなんと表を作って休日まで大魔将軍が定めていたという。何よりその労働が彼の為ではなくエルフやドワーフの為にだと言うことにだ。
 自分の知る魔族というのは占領した街にいるヒト族は死ぬまで強制労働か食糧扱い、女性なら陵辱というのがよく聞いてきた話であったがそれらを覆すようなやり方にレキュラは彼が魔族の大幹部だったのが不思議に思えて仕方がなかった。

(さて、また巫女様にお会いに参りましょう。)

 後片付けを済ませ身なりを整えたレキュラは役目としてリヴユールへご挨拶に向かおうと玄関の扉を開け一歩外に出る。
 その瞬間、目の前で地面が光り出したと思った途端に突風がレキュラに襲いかかり彼女は尻餅を着いた。
 舞い上がった土煙の中に黒いドームが見えたような気がするがすぐに消えてしまいその後で複数の咳き込む声が聞こえてきた。

「…ちょっとマスター。一度に大勢を【次元転移ジャンプ】すると飛んだ先で反動が起きるから気をつけた方がいいですよってメディアに言われてたことあったよね?」
「あっ、あーそんなこともあったな。まあ仕方ないだろうエイムよ。我は滅多に軍勢を【次元転移】させることはしなかったからな。それに半世紀も眠っていたからすっかり忘れていたのだ。ハッハッハ。」

 土煙の中で最近聞いたはずの声がして最後に笑い声がしたことにまさかとレキュラは慌てて立ち上がって乱れた容姿を再び整える。
 突然起きた事象に里の大人達が何事かと集まり出す中で今度は土煙が渦を巻いて上へと竜巻になって消え去る。そして土煙が晴れると子ども達に囲まれて立つ来た時と同じ格好の大魔将軍一行が姿を見せた。


 エイムの忠告に笑って誤魔化していれば子どもを見た数人の大人が名前を呼び聞こえた本人は両親の元へと駆け出していく。そうして拉致された子ども達は次々と我の前から去っていくのがほんの少し寂しく感じた。
 あれからギュラーサの処分を済ませた我らは子ども達を検診し、空腹だったらしいのでエイムとミケラに狩猟を命令して得た食糧を与えるとすっかり打ち解けてくれた。
 お腹が満たされたことと助かった安心感から眠りたくなった子を見てまだ夕方だが野宿することにし、翌日に朝食を済ませまた検診して全員が健康的になったことを確認すれば集めて【次元転移】し今に至る。

「おっほん、お帰りなさいませガレオ様。お早かっですね。」
「つまらない相手と兵力だったのでな。思った以上に早く済んだだけの話だ。というわけで、また案内を頼めるかなレキュラよ。」

 紳士的に手を差し出しながらレキュラに言ってみると面食らったような顔をしてからすぐに平静を装おうかのように足早に横を通りすぎてご案内致しますと返してきた。
 ちょっと失礼じゃない?と不満を漏らすエイムを宥めてあげてから我々はレキュラの後を追った。
 再び大木の家に着けば今度は全員で行くことにしてエイムには機嫌を取らせようと肩車してあげ、ミケラには【空走エアダッシュ】で追いかけてくるよう指示してテラスまで移動した。
 ミケラが追いついてきてから我は声をかけながら自ら扉を開けてやった。
 その先に見えたのは白装束のエルフ女性二人の間で艶やかな背中と腰を晒しているリヴユールの後ろ姿であった。

「あ、水浴び中ですね。」
「えっ…?」

 ミケラの一言でリヴユールが振り返るとこちらを見て挨拶しようとした矢先に自分の状況に気づく。足元とこちらを交互に見てから顔を赤らめた彼女は悲鳴を出しながらしゃがみ込んだ。
 まあ当然の反応だなぁと思っていればリヴユールの傍にいたエルフ女性二人が無礼者!と言いながら風魔法と水魔法を放ってきた。

「ふむ、どうやら少し間が悪かったようだな。テラスで待っているぞ。」

 【漆黒の障壁】でこちらには全く届いていない中で我は言ってやるとエイムとミケラを連れてテラスの端まで移動して待つことにした。

「うにゃあ、そういえばパーサーさん達も水浴びは雄雌分かれてしてましたね?見られるのが恥ずかしいものなのでしょうか?」

 元ケット・シーであるミケラがそんな疑問を溢すので我はこの世界のヒト族の初歩的な常識を教えてやることで待ち時間を潰してやることにした。
 するとテラスの扉が開き不機嫌な表情をしたレキュラが現れる。どうやら先の悲鳴で駆けつけたようだ。

「あなたには羞恥心というものが少し欠けてらっしゃるようですね。」
「あいにくだが我の種族にそういう概念がないものでな。」

 本当は疎くなっているからというのが理由だがダークアーマー族故にと返してやればレキュラはため息をついてからどうぞと中に招いてくれたので改めて入る。そこにはこの前見たのと同じ服装で鎮座しているリヴユールがいた。
 ただ頬が赤い顔を少し下に向けていた。
 ちなみに左右で先ほどのエルフ女性二人は険しい顔に武装して立っていた。

「よ、ようこそ大魔将軍様。本当に七日以内、でしたね……」
「ふ、我は女性と交わす約束は必ず果たす主義なのだ。」

 腕を組んで堂々と言ってやればリヴユールはさすがですと返してから尋ねてきた。

「無事に里の子ども達が帰ってきたということは、ギュラーサの始末も完了したと見ていいのですね?」
「いや、奴はまだ生きてる。今。」

 返事に首を傾げるリヴユールの前で我は倉庫に手を入れて引き抜くと彼女らから悲鳴が聞こえてくる中でそれを隣に置いた。
 業務用のゴミバケツくらいの大きさの鉢の中にある土にギュラーサは埋まっていた。その後ろで目と口のような線が動く青色の蕾を頂点に付けた植物が生えていた。
 そしてリヴユール達が悲鳴を上げたのは植物とギュラーサが半分していたからだ。

「あが…こ、ころ……くれ…ゆるし、て……」

 半開きの口から呟くように何か言っているのを聞き流しながら恐怖で尋ねたくても尋ねられないであろうリヴユール達へ先に説明してやった。
 この植物は魔界に生息する植物系魔獣の一種であり獲物に寄生し魔力を養分として生きる。頭の蕾は寄生した相手の命が尽きる時に初めて開花し次の種を残してから枯れて散るのだ。
 魔界では裏切り者や反逆者は見つけ次第即刻処刑が主流であったが植物系魔族の間では見せしめとしてこのような寄生型魔族を使って城門前や洞窟前でことがあると聞いた。
 だからエルフの裏切り者であるギュラーサでやりたくなったのである。それとこの魔獣の特殊性も面白く思ったからだ。

「それにな、こいつには楽しめるところもあるのだ。」

 一言伝えてからエイムに声を掛けると意図を理解したエイムは素早く身体を細く鋭く伸ばしてギュラーサの太ももを突き刺してみせる。激痛にギュラーサが声を上げる中でエイムが引き抜くと魔獣は触手を伸ばして傷口に当てるとゴルフボールくらい空いていた穴がみるみる塞がって治療してみせた。

「どうだ?こいつは開花するまで宿主が死なないように治療してくれるのだ。まあ頭や心臓を吹き飛ばされたり、火属性魔法を使われたら終わるがな。」

 ここまで言うと聞いていたリヴユールはハッとしてから表情を少し青くさせて尋ねてきた。

「それはつまり、彼をここに置いていくということですか?」
「ふっ、子どもを怖い目に会わせたこの悪人に仕返ししたい者がいると思ってな。嫌なら獣の餌にしてやればよいし好きにするがよい。」

 こちらが出した趣向なる提案にリヴユールはどうするか迷う様子を見せる。そういうところはまだ里長としての若さを感じていた矢先に背後から今度は十発もの魔法矢が【漆黒の障壁】に当たって消える。おそらく拡散型を使ったようだが威力と速度が落ちるタイプではこの障壁を破ることは出来ない。
 エイムを肩車したまま後ろを振り返れば怒りを顔全体に出したグランディス君が次の魔法矢を用意しながら立っていた。

「巫女様に何をした魔族!返答次第では容赦しない!」

 と言ってきたグランディスに我は返事する余裕はくれるのかと思っていればレキュラが攻撃を止めるように言ってきた。
 それは室内で魔法矢を使う危険性を訴えるというよりグランディス本人の身の安全を考えての言動だと理解した。
 年長者の説得が効いたのかグランディスは悔しげにではあるが弓を下ろしてくれた。
 というかリヴユールの悲鳴をどこから聞いて馳せ参じてきたのかちょっと気になった。

「さて、では我らはこれで去るとしよう。」
「ええ~?報酬を貰わなくていいのマスター?」

 帰ろうと言えば上から覗くようにしてエイムが報酬を口に出してしまったことでリヴユールからも止められてしまう。里の子どもという未来の宝を取り戻してくれたこちらに何も与えないことを失礼だと考えているリヴユールの眼差しは先の時と全く同じで本当に我が身を差し出す気持ちがあるのも伺えた。

「ふう、ならば二つ、二つ我の質問に嘘偽り無く答えよ。それと……」

 仕方ないのでそう言えば我は倉庫に手を入れてから黒い成人女性の片手くらいの大きさほどの長方形の板を出してみせる。それの表面に指先から魔力を出して触れ魔方陣を生み出せば一度ポワンと光ったのを確認してレキュラへと投げ渡してやる。

「これは…?」
「我との連絡手段だ。」

 渡したものについて我は軽く説明する。レキュラに渡したのは我の装甲の欠片を使ったものでこれを持つ者が魔力を流してから呼びかけると【念間話術】みたいに我とだけ会話することが出来るのだ。
 もちろんこれはスマホを魔界式で作れないかと思った我のアイデアだ。
 しかし残念ながら周りからは受け入れられず試作品を数個作ったところで中止することにしたのでレキュラに渡したのはその一つである。

「そなたには家を貸してくれた。その礼に信頼の初歩として何かあれば連絡したまえ。」
「つまり、私にあなたの連絡役になれと?」

 レキュラの問いかけにそういうことだと返してやれば半ば諦めた感じで引き受けましたと了承してくれた。

「では、二つの質問とは…?」
「一つは勇者が王になっている国はどんなところだ?」

 まずこの質問は大事なので絶対聞こうと思っていた。
 あの勇者が何処の王になったかさえわかればこちらはそこの動きに注視していれば大体の予測を立てて策を練りやすくなるというものだ。

「勇者は大帝国トチョウの王となっており、今では〈勇王〉として世間では通っています。あらゆる魔科学や技術が集まり、周辺諸国は支配下にあります。」
「ふむ、勇者が王だから〈勇王〉というわけか。」

 一体誰がそんな呼び名を付けたのかはいいとしてあのトチョウが大帝国を名乗っているとはな。あそこは半世紀前ならば肥えた王と王子達がまともな政治もせず保身にばかり勇者一行に求めてきた残念な国だった。
 …いや、だからこそ勇者が力を奮って王に成り上がり安い国だったかもしれない。ダメな政治家より有能な革命家をトチョウの国民は選んだと思うしな。
 場所がわかった以上、今度はトチョウの視察に向かうことも検討しておくとして次の質問に入った。

「二つ目の質問は、聖女は今どこで何をしている?勇者の横暴を聖女が許したとは到底考えられないのだが。」
「それは……」

 二つ目の質問に対してレキュラは口ごもる。何やらこちらの方は言い出しにくいように見受けられたがリヴユールが答えてくれた。

「実は、聖女様は半世紀前から行方不明なんです。」
「……はあっ!?」

 あまりにも予想外過ぎて素の驚きをしてしまった。
 勇者は王様になったのに聖女は行方不明、しかも半世紀前からとは一体どうしてそうなったのかと思えばリヴユールは続けて勇者がトチョウで王となって人間至上主義を唱える一年前あたりから聖女の行方がわからなくなったのだと話してくれた。
 もちろん先代の千里の巫女はスキルで聖女を探してみたが見つけられなかったのだとか。

「だからこのことをエルフェン様とテルナト様にも伝えと聞いております。」

 リヴユールの口から出た名前にあの二人も知らないのかと我は思った。
 〈七矢のエルフェン〉と〈魔双のテルナト〉。
 勇者と共に苦難を乗り越えて我に勝った仲間のエルフの弓使いとハーフエルフの魔剣士の二人である。

「ふむ、ではその様子を見る限り二人から聖女が見つかったという報告は半世紀経っても来ていないと?」

 我の問いにリヴユールは頷いてみせる。半世紀も聖女が行方不明になっているというのに勇者の奴は何をやっていたのかと我は思ってしまう。
 しかし万が一も考えられる。
 もし何かが原因で勇者と聖女が仲違いして別れてしまったとしたら?
 勇者が王となって人間至上主義を唱えたのに聖女が関わっているとしたら?
 一番最悪なのは、勇者が何かの拍子に聖女を殺害してしまって心が壊れたから人間至上主義を唱えたというルートだが……

(こうなったら我がまた聖女を探すか…?)

 そうするとしてもそれは今ではない。我の予測だが世界では騎士ガレオの名前が出回っていて知る者は各々動いている頃合いのはずだ。
 さらに今回の件をあの場から逃げ出した者が話すことによって我がここまできたとわかり当初の目的である勇者か誰かが大きく行動するはずだ。
 ならば向こうが無駄に奔走している間に大黒林をもっと発展させて衣食住を充実させておきたい。そして何より後回しにしてしまった我が眷属ゾドラの蘇生をしてやりたい。
 というわけで今後の目標も決めたところで我はこの場から去る為に言った。

「ではそろそろ帰るとしよう。向こうでまだまだやらねばならないことがあるのでな。」

 得られることは得たのでギュラーサのことはもう彼女らに丸投げしてさっさと大黒林に帰ろうと背を向けて【次元転移】を唱えようとした。
 その直後、テラスから矢の如く光の玉が突っ込んできた。
 しかもこちらへの敵意や攻撃ではない為に【漆黒の障壁】が自動で反応せずエイムの額に一度当たってからくるくると螺旋を描いてリヴユールの前に移動すると光が弾けて黄緑色の髪と服に半透明の四つの羽を背中から生やした一人のフェアリー族が姿を見せた。

「大変大変たいへんタイヘンよー!リヴユール大変よー!」
「あら久しぶりねヒアリン。そんなに慌ててどうしたの?」

 手足を振り回しながら言うフェアリー族にリヴユールは慣れてるかのように普通に接してみせる。どうやらこのヒアリンというフェアリー族とリヴユールは長い付き合いのようだ。
 半世紀の間にフェアリー族は姿を消したと聞いていたがエルフとの交友は続けているのだろうか?

「それがねそれがね!世界の危機が迫ってくるのよ!」
「世界の危機ですって!?どういうことなの!?」

 驚くリヴユールの言葉に聞いておいた方がいいかと去らずに次のヒアリンの言葉を待った。

「いいリヴユール?あなたは騎士ガレオって知ってる?」
「…え?」
「そうね知らないのも無理ないわ。なんせ半世紀前にあの勇者大馬鹿者に倒されたからね。騎士ガレオとは仮の姿。その正体はこの世界で幾多もの悪逆非道な行いをした漆黒の大魔将軍なの!」

 身振り手振りでヒアリンが出してきたのはまさかの我であった。
 話題の中身を知ったリヴユールとレキュラは何故か心配の眼差しでこちらを見てきた。
 フェアリー族にはおしゃべりな者が多く見聞きしたことをよく知り合いに話回るとは知っていたが話題の本人の前でするとはこのヒアリンは少々うっかり者のようだ。
 それからヒアリンは我が騎士ガレオの姿で北の大陸から海を渡って南下しているところまで語ってみせた。

「いつ妖精の国を攻めてきてもおかしくない話でしょう!だからリヴユール!あなたの力で大魔将軍を探せないかしら?今何処にいるかでもわかれば大妖精様もきっと動いてくれるはずよ!お願~い!」

 最後に手を合わせてお願いしてきたヒアリンを前にレキュラはため息をつき、リヴユールは顔を引きつらせた。
 そりゃあ話の間に文句を混ぜて言っている彼女の後ろでご本人が立っていれば当然の反応であろう。
 というわけでちょっと失礼なこのフェアリーに悪役として意地悪してやろうと思ってエイムに指示する。

「…え?ひょえぇえぇぇぇぇぇ!?」

 ピュンッ、パシッという音がしてからヒアリンの身体が一気に後ろへと引っ張られる。彼女の背中にはオレンジ色のスライムが粘着しておりそこから細く伸びている先はエイムの髪であった。

「わあい!久しぶりのフェアリー族だ!消化する時甘い味を出してくれるから好きなんだ♪」

 自分の前まで引っ張ってからエイムも意地悪に付き合って言ってくれた。
 捕まってすぐに食べられてしまうかもしれない状況にヒアリンはわなわなと震えながらこちらを見てきたのでここでだめ押しとばかりにガレオの姿から元の大魔将軍に戻して言ってやった。

「ほお、フェアリー族にも我のことが伝わっているとは少々嬉しく思うことだな。」

 兜の奥からキラリと光を出して睨み付けているかのようにして言えばヒアリンは耐えきれずにカクッと項垂れて気を失ってしまった。

「だ、大魔将軍様!非礼は私がお詫び致しますのでどうか彼女の命だけは!」

 このままでは友が捕食されてしまうと思ったリヴユールが謝罪してきた。
 元々そのつもりがないのでエイムに指示して気絶したヒアリンをリヴユールの手に渡してあげてから言ってやる。

「ふふふ、冗談だ。こう見えて我は一度たりともフェアリー族の森に手を出したことはないのだ。」
「そうだよ。だってマスターは口とかないから捕食しないしね。」

 …あとで余計な一言を入れたエイムにはデコピンという罰を与えるとして我が言ったことはこの世界ではおそらくヒアリンが言っていた大妖精くらいしか知らない事実である。
 こうして予想外のところからも情報を得られた我はまた一つの縁を得ながら大黒林へと帰還したのであった。


***


 大陸のほぼ真ん中に位置する場所に高度な外壁が三重に建設され建物も大きいものから小さいものまで全て立派である。かつてはここまで立派ではなく小国であった。
 だが一人の男が王となったことで生まれ変わったかのように発展が進み人々は、いやはその国に集まっては進歩させていった。
 その国の名は大帝国トチョウ。大陸にある三つの強国でありかの勇者が今は勇王の呼び名で治めている国だ。
 そして今、魔科学によって堅固となった城内でとある話題が浮上していた。

「ーー…何!?騎士ガレオだと!?」
「はい、宰相様。あなたならばこの名前に聞き覚えがありましょう。」

 質素ながらも質の良い服装を纏う年配の男性が若い騎士の女性から出た名前に驚く。

「バカな!あり得ない!名前が同じなだけであろう!」
「私の父も同じ言葉を返してきました。ですがこれを読んでください。」

 女性騎士は手にある手紙を宰相に渡して読ませる。手紙の内容を見た宰相は顔を近づけ読み返してからどっと冷や汗が出た。
 宰相が手紙の出所を尋ねれば女性騎士は海都ミネトンで冒険者をしている友人からだと返す。さらにその友人から似顔絵も受け取っており宰相に見せれば彼は驚愕してみせた。
 黒い兜の形や刻まれた模様、それに手紙にあったバックラー形の盾から放たれた黒い竜巻。そのどれもが宰相の若き時代の記憶を甦らせた。

「やはりこれは事実なのですね宰相様?」
「…本当に騎士ガレオは南に向かっているということか。」

 ならばと宰相は女性騎士に軍上層部に緊急会議を開くことを通達するよう指示をして見送れば足早に歩き出す。
 向かったのは豪華な両開きの扉がある部屋。
 その前に立つ見張りの兵士に一旦離れるよう指示してから宰相はノックしようとした時に手を止める。まだ時間は昼過ぎだと言うのに扉越しに艶のある女性のしかも複数の声が聞こえてきたことに宰相はまたかとため息を漏らす。
 それでもいち早く伝えなければならないので宰相は意を決してノックした。

「…何用だ?」
「私です。お伝えしたいことがあります。」
「また教王国が侵攻してきたのか?ならばすぐに押し返せ。俺は今忙しい。」

 扉越しに会話する相手の声色には若さを感じるが歳は自分と大差はない。何故なら彼こそ半世紀ほど前にこの国を平定し君臨し続ける帝王なのだ。
 そして何よりこの世界を魔王の手から退けた伝説の男でもある。

「火急の用件です。たった今騎士ガレオが現れたと報告がきました。」
「ガレオ?…誰だそいつは?」

 王の返事に宰相は予想外だったが半世紀も経てばそうなるかもしれないと考え思いきって正直に言うことにした。

「では、大魔将軍が復活しました。と言えばおわかりになりますか?」

 宰相がそう告げると急に扉の向こうで物音がしてから扉が開くと乱れたままの服装でメイドが三人出てきて宰相に一礼してから足早に立ち去る。それを見送ってから宰相は部屋に入れば漂う香に眉を寄せながら薄暗い部屋の奥にあるベッドの上に脚を伸ばして鎮座する王に深く頭を下げる。

「先ほどの言葉、本当なのか?俺は嘘つきは即刻処罰すると言ったはずだ。誰であろうともな。」
「冒険者ギルドからの報告なので信憑性は高いと思われます。」

 薄暗い為に顔が見えない王に宰相は近づいて手紙と似顔絵を渡す。受け取ったものを見た王の表情は伺えないがしばらくして宰相に返す。

「いかがいたしますか王様?これはおそらく世界的危機かと。」
「案ずるでない。大魔将軍と言えどもはや一体の魔族。こういう時の為に我々は半世紀の間に進歩したのではないか。今こその出番であろう。」

 王から出た部隊名に宰相はそうかと表情を明るくさせる。我が国が作り上げた最高戦力の部隊ならば大魔将軍に勝てるはずだ。
 さらに王は似顔絵を利用して作った指名手配書を国中に配布することを命令する。

「有益な情報には銀貨五十枚。万が一だが、見事討ち取った者には金貨百、いや千枚を出せ。」

 出された金額に宰相は目を見開く。金貨千枚なんて貴族平民関係なく一生遊んで暮らせる金額だ。
 だというのに宰相はその金額が妥当だとも思えてしまう。幾多の都市を占領し、一国を滅ぼした魔王の次に強いとも言われた魔族だからこそかもしれない。

「わかりました。すぐに手配いたします。」

 命令に宰相は一礼してから部屋を出ていく。足音が聞こえなくなってから一人になった王は項垂れ頭を抱えた。
 何故今になって現れてしまったのかと。
 半世紀経ってどうやって復活したのかと。
 いろいろと考えたところで良い答えは見つからないので王は頭を振って切り替える。
 後は宰相や大臣、将軍達に任せればよい。
 そう考えれば王は手を叩いて人を呼びまた若いメイドを自分の部屋へと呼ぶことにした。
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