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第六章 亀と兎

本社へ参ります。

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 シャッテンを配下にしたところで我は早速聖女の居場所を尋ねてみた。
 するとシャッテンから貴重な情報が得られた。

「聖女?あやつなら今は勇王国と名乗る国から出ていったあたりから見失ったでありんす。もう五十年近くも前の話になるわ。」

 この世界が平和を取り戻したと世間が騒いでいる中でもシャッテン率いるシャドウ族は厄介な聖属性が使える聖女の動向を注視していた。
 しかしとある日の夜に聖女は国を出て西に向かったのを最後に消息が途絶え以降どれだけ探しても見つけることも聖属性を感知することもなかった為に三十年目を過ぎたあたりで捜索を打ち切ったということらしい。

「おそらくですが我々の感知スキルを阻害する魔法かそれに類するアイテムを用いたのかもしれません。」
「だけどもう五十年経ったのだ。この世界の人間族の寿命を考えれば女子おなごでも生きているかどうか微妙な歳であろう。」

 シャッテンとドウの意見を聞いて我は考える。
 確かトワダ森林の話では聖女が行方不明になってから勇者が人間至上主義を唱えたことになっているのでその時は生死については憶測しか立てられなかった。
 シャッテンらの話を聞くとどうやら聖女は勇王国トチョウから出ていったあたりまでは生存していたことになると言えよう。
 しかも夜中に出たということは逃げ出したと考えるべきかもしれない。半世紀前にあの国で勇者と聖女に何かあって決別し彼女は逃げ出し感知できないよう工作して西へ去った。
 その理由はわからないが結婚の約束までした聖女に決別を決意させるほど嫌われることをしたのであれば尚更勇者のことが許せなく思った。
 これは今後の活動方針をよく検討した方がよいかもしれない。
 するとそう考えていた矢先にゾドラからの通知が入る。
 【念間話術トランシーバー】で用件を聞こうとしたら開口一番無事でしたか!?とゾドラに心配された。
 多分邪魔しないようにと今日まで我慢してくれたゾドラにとりあえずシャッテンを屈服させたことを伝えれば称賛の言葉をもらう。
 でもそれだけではないだろうと思って本題は何か尋ねればどうやら〔大地の守り人〕に送った手紙の返事がきたらしい。
 別にそれぐらい帰ってから報告すればいい話では?と思ったのだが返事を書いた者が問題であった。

『手紙の最後にこう書かれていました。[私の七矢を受ける覚悟があるなら参られよ大魔将軍。エルフェンより]と。』

 出てきた言葉と名前にハッとさせられた。
 まさか向こうで彼女が待っているのかと。
 だが返事の限りでは少々厳しい出迎えを受けそうだ。
 それでも我は向こうの本社に乗り込むことに迷いはない。
 大事なのはいかに誠意を見せられるかにあるからだ。
 それに今の情勢でならそう強く邪険にはされないだろうしな。

『ハッハッハッハ、それは嬉しい誤算だな。半世紀ぶりの再会としよう。』

 故にこちらは強気に返事してゾドラに安心感を与えてから通信を切る。
 〔大地の守り人〕の本拠地が何処にあるのかは帰ってから知ればいいがさすがに向かうとなればセプトやイランダとかが同行してくれることになる。
 そうなるとオサカの戦力が減って防衛に影響が出るかも知れないのでここは人員を確保するとしよう。

「シャッテンよ。これから我が占拠しているヒト族がいる街に帰還するのだが君かドウを連れていきたい。言うなれば向こうに挨拶してあげたいのだ。」

 建前を付けてオサカの街へ同行してもらえるよう提案してみた。
 すると即答でシャッテンが挙手してきた。
 なんでもヒトの街に行けば必ず色とりどりのモノに出会えるはずだろうし占拠してあるなら抵抗してこないから楽に得られるだろうという意見であった。

「というわけで島の管理は一時任せたでありんすよドウ。」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ姫様。」

 ドウの了承も得たシャッテンは早く行こうとばかりに我の手を取ってきた。
 まだ女子の姿でそれをやってこられると年相応に見えてつい笑みが溢れてしまった。
 黒影島へは飛んできたがオサカの街には既に【次元転移ジャンプ】の魔方陣が設置してあるので改めてドウに別れの言葉を伝えてから街に帰還した。
 三秒くらいの暗転から次に見えたのは魔方陣を設置した城のバルコニーから見えるオサカの街並み。発展途上の状態であったが見えた景色にシャッテンは嬉しそうな声を出して走る。

「おおー!いるいる!たくさんのヒトに!たくさんの色が!」

 見える景色に小さく跳ねてみせながらウキウキしているシャッテンに子どもらしさ全開ではないかと我はほくそ笑んでしまった。
 そこへ気配を感じて迎えに来てくれたであろうゾドラが現れる。

「お帰りなさいませ旦那様。黒影島の占領お疲れ様でした。それとお久しぶりシャッテン様。」
「む、誰どす?」

 再会を伝えたゾドラであったが巨体からヒト型になっている彼女にシャッテンは首を傾げて返す。なので我も加わって解説してあげるとシャッテンは感嘆の声を出してからゾドラの周囲を一周して言った。

「なんとなんと!あのにおって見た目もあれだったのがこんなに変わろうとは良い進化をしたなゾドラよ!」

 シャッテンにとっては称賛の言葉を送ったつもりだったのかもしれないが前半の言葉はゾドラに衝撃を与えてしまったようだ。
 もしかしてみたいな感じで引きつった顔を向けてきたゾドラが少々いたたまれない。

「ああー出迎えご苦労ゾドラ。早速だが手紙についてセプト達と話し合いたい。」

 なので話題を変えるべく手短に聞いた手紙の返事について詳細を知るべくお願いしてみれば時間が昼前なので主要人物は中庭に戻ろうとしていることだろうとゾドラが返す。
 それなら集まってから声を掛ければいいかと思っていればシャッテンが言った。

「なんじゃ大魔将軍?ヒトを呼んで欲しいなら任せんしゃい。」
「え?…」

 シャッテンの言葉に首を傾げていれば彼女は勝手に我と影を繋いでから目を閉じてうんうんと頷くと左の手の平を中庭へと向けた。
 するとシャッテンの影が放物線を描いて数本飛び出し途中から手の形を取れば多方向に伸びていった。
 少しして左手で掴む動作をしてみせると伸びた影が戻ってくる。その影の手には鷲掴みされたセプトやイランダ、クーナにメビ等の〔大地の守り人〕のメンバーが見えた。
 シャッテンめ、どうやら影魔法でこちらが求める人物の記憶を見て強制連行してきたようだ。
 そのまま掴まえたセプト達をバルコニーまで引っ張ってから降ろしてみせるとシャッテンはどうじゃ!とばかりに小さめの胸を張って自慢してきた。
 降ろされたセプト達は何事かと多少動揺したが我を見てすぐに落ち着いてみせる。
 無理矢理呼び出す形になってごめんね皆。

「オッホン!シャッテンよ、君はもう我の配下なのだ。だからまだ頼んでもいないのに行動に起こすのは配下として良くない行動だと覚えなさい。」
「うえ!?そうなのでありんすか!?」

 上司としてシャッテンに注意してあげてからセプト達の方を見れば律儀に片膝を着いて待ってくれていた。

「お帰りなさいませ大魔将軍様。火急のご用件でしょうか?」
「う、うむ。セプトよ、お前はかのエルフェンが本拠地にいるのを知っていたのか?」

 本当は昼食後に会議室でゆっくり聞くつもりだったけどここまできたら上に立つ者として七矢のエルフェンについて問いただすことにした。
 こちらの問いに隠し事の扱いになっていると察したのかクーナから話が出た。

「それは違います大魔将軍様。エルフェン様は〔大地の守り人〕には加入しておりません。あの方は各地のエルフの里を転々としながら今も尚聖女を探しておられるのです。」
「今もじゃと?聖女はまだ生きてるということかえ?」

 クーナから出た話にシャッテンが尋ねればそこからセプトも加わって解説してくれた。
    この世界の聖女は亡くなると神が新たな聖女をもたらすとされており後に生まれた〔大地の守り人〕も行方不明になった聖女の万が一を考慮して身分を隠し時に潜みながらも世界で聖女の新生を探っていた。
 それはエルフェンも同じではあったが彼女は聖女の生存を信じて思い当たる各地を巡っているのだとか。
 現に人間の女性の平均寿命に達していながらも見つからないというのに未だに新たな聖女が現れたという話はデマ以外で出てはいないそうだ。
 それにエルフェンが〔大地の守り人〕に加入しない理由は別にあった。

「あの方は勇者の非道を止められなかった自分を悔いておられるのです。時にはまるで自分を罪人のような言動を取られるほどに。」

 悲しげな表情で語ってくれた同族のセプトとクーナを見てそういうことかと納得させられた。
 勇者と聖女の仲間として冒険したエルフェン。森とエルフ族の平和、そして友好の為に魔族と立ち向かった彼女であったがまさかその勇者が人間族と一緒に牙を向けてきたことは衝撃の一言に限ることだっただろう。
 それこそ自分はエルフの裏切り者であると誇り高いエルフェンなら心の隅にであろうと考えてしまったかもしれない。
 ならば一時でもガレオ仲間だった我が出来ることはある。

「なるほど、お前達の気持ちは理解したしわだかまりも解消できた。これで問題なく本拠地に向かえる。」

 我がそう言ってあげると二人から感謝の言葉をもらったので改めて彼らを無理矢理連行してくれたシャッテンを紹介してあげた。
 もはや誰も近づかないとまで言われた黒影島の主を配下にしたことは彼らにとって尊敬と畏怖に捉えてもらったところで昼食の手伝いに行くよう指示してあげ見送ってあげた。
 しかしまさか半世紀ぶりにエルフェンと再会する時がこようとは。
 もっと先になるかなと思っていた我には予想外の出来事だ。エルフだから半世紀経っても容姿に変化はあまりないだろうがあの少々お堅い性格は変わっていないだろうから行くなら気を引き締めておかねばならないな。
 だから下の者達の昼食の後に主要人物を集めて遠征と防衛についてしっかり会議するとしよう。


***


 ーー…五日後、いよいよ〔大地の守り人〕の本拠地へ出発することとなった。
 メンバーは我とゾドラ、同行者としてセプトとクーナにメビ。残った者と防衛には慣れっこだと豪語するシャッテンに街を任せてもらうことにした。
 ちなみに森の中を進むことになるだろうからと我はガレオの姿になっている。
 本拠地があるのは大陸のほぼ真ん中に位置するマヤト樹海。そこは広大な樹林地帯であり強力な植物系モンスターも生息しており奥に進むほどに難易度が上がる危険地帯だ。
 しかし半世紀経った今は人間族が伐採や焼き畑による自然破壊をしてきたせいで一回りほど縮小されているのだとか。
 いつの世も、いやどこの世界でも欲の為に自然を戻らないほど壊す代表は人間族ということなのだろうかと思えば元がつく者として心の中でため息をついた。
 それと一つ問題が起きた。
 当然広大なマヤト樹海にも【次元転移ジャンプ】の魔方陣を複数設置していたはずなのだが、ボードに名前が一つしか表示されなかった。
 あれはスキルかアイテムを使わなければ人目には絶対に見えないし消すには光の中級魔法が必要だ。
 ということはそれだけの人材がいるということになり実に興味深い。過去に戦ったことがある者が何人いるだろうかと考えて無い胸が高鳴ってしまいそうだ。

「大魔将軍様。こちらの準備は整いました。」
「うむ、では転移するぞ。場所はマヤト樹海の中層だ。今どうなってるかは保証しないがな。」

 我の周囲にセプト達を集合させるとマヤト樹海へと【次元転移ジャンプ】した。
 暗転からすぐに見えたのは半世紀経っても変わらないうっそうとした木々達。転移の反動で起きた小さな衝撃波に草木が揺れる音を聞きながら周囲を確認すると今のところ小動物の気配しか感じられず安全だと判断した。

「さすがというべきか、ありがとうございます大魔将軍様。ここからは我々が本拠地までご案内いたします。」

 遠い距離をあっという間に移動したことにセプト達は唖然としてからお礼を言ってくれた。
 ここからは彼らの案内に従って本拠地に向かうのだがふと疑問が浮かんだ。
 この広大な樹海の中を本拠地まで迷わず案内することが出来るのだろうかと。
 そう考えているとメビが装備していたリュックからアイテムを出す。見た目は方位磁石なのだが中は白い二等辺三角形の矢印だった。
 しかしこの樹海はモンスターだけでなく樹海全体に磁場が点在し方角を狂わされることからも迷いやすいので何故それをと思ってしまう。

「白よ。我が帰る家を指し示したまえ。」

 するとメビが呪文を唱えて方位磁石に魔力を注ぐと矢印が淡く光りピンと一方向を指してみせた。
 なるほど、ただの方位磁石ではなく魔法の方位磁石というわけか。半世紀前にはこの道具は無かったと記憶している。しかしあの魔科学者の設計リストには存在していたからきっとそれだろう。
 指示された方角に向かってメビが先導しながら我々は森の中を歩いた。
 時折森の魔獣と出くわすも我を見るとすぐに萎縮して逃げ去っていく。さながら獣避けの気分を味わいつつしばらく歩いていくと木々の間から明峰マヤトを背にした建物が遠くに見えてきた。

「見えてきました。あれが〔大地の守り人〕の本拠地です。」

 メビが指差して伝えてきたのに我がそうかと返した時であった。
 木々の間を出る手前で感じたものに我は足を止めるとバックラー型にしていた盾を変形させリボルバータイプの拳銃にすると素早く斜め上に三発撃った。
 突然の発砲に周りが驚いて各々反応する中で我は放った弾丸の軌跡を追う。
 次の瞬間、建物の上の方で閃光が見えると放った弾丸が空中で弾けた。
 弾が炸裂した…否、されたのだ。
 ボウガンの矢よりも速い弾丸を正確に正面衝突させて相殺してみせる遠距離を使えるのは我が知る中で二人しかいない。そして内一人は半世紀前に我が討ち取ったので一人だけだ。

(ふん、わかってて気を飛ばしてきたか。)

 そちらがそのつもりならば仕方あるまい。呼び掛けてきたセプト達にその場で待機するよう伝えてから一番に森を抜けて姿をみせる。
 まだ遠くにある石と木を合わせた建造物に向かって声高らかにしっかり彼女へ届くように言ってやった。

「エルフェンよ!久しぶりに見せてくれるのだろうな!【七彩百穿レインボーハンドレッド】を!」

 樹海が木霊するほどの声量で挑発的に言ってやってから拳銃を盾に戻して我は駆け出す。それが勝負の合図となるからだ。
 現に建物の屋根で大きな魔力の高まりを検知している。彼女が大技を準備している証拠だ。
 そして勝敗の条件はいたって単純。
 我がエルフェンのところに着くか、エルフェンの矢が我を止めるかだ。
 そして屋根から再び閃光が見えると一本の光線が上に放たれる。まるで花火のように光線は途中で炸裂するとまさに七色の魔方陣が展開されシャッテンが見たら興奮するかもしれない色とりどりの魔法矢マジックアローが降り注いできた。
 これぞエルフェンの使う大技【七彩百穿レインボーハンドレッド】。
 大量の魔力を消費して火、水、風、土、雷、氷、無の属性を持った魔法矢を降り注いでみせる広範囲直線攻撃だ。
 この大技を生み出す為にかつてエルフェンはそれこそ弓に血が滲むほどの努力と魔力消費による気絶を繰り返したものだ。
 そして今、自分に向けて放たれた魔法矢の雨を我は範囲外に逃げるのではなく堂々と立ち向かうことが彼女への礼儀となろう。

(盾よ二つとなれ!)

 バックラー型の盾に伝達させると盾は真ん中から割れるようにして分かれ片方が空中を移動して右腕に装着されると断面からカタカタという機械的な音とともに両方元の円形になってみせる。
 その左右にある盾で我は自分へと当たりそうな魔法矢を弾いていきながら決して速度を緩めず走り続ける。
 何故【漆黒の障壁】を使わないのかと思うかもしれないがあれほどの魔法矢の雨を防ごうとすれば相当の魔力を消費してしまう。だからここは面ではなく両手の盾という点で対抗することにしたのだ。
 すると三度みたび屋根上から閃光が見えると我は咄嗟に左前に跳んだ。直後に右側で地面が小さく爆発する。
 魔法矢の雨の中を更にエルフェンの狙撃も含めて通り抜けてみせろということか!
 実に面白いだ。
 しかしここで反撃するつもりはない。
 改めて言おう。我はあくまでも本社に挨拶する為に来ているのだ。
 だから大人として誠意を見せる為に最後まで奮闘してみせる!

「おおおおお!【漆黒の俊足】!」

 ズンッ!と足を地面にめり込まさ魔力を充填させれば一気に加速する。軽装状態なのも合わさって視界に見える景色が魚眼レンズみたいになりながら魔法矢が落ちるより先を、狙撃されないように高速に蛇行しながら走り抜ける。
 このまま行けばあと三十秒以内には建物前に着けると思った時だった。
 屋根上でまた大きな輝きが見えるとはっきり見えるほどまでの巨大な魔力の輝きとなってみせる。
 いやいやエルフェンよ、貴様それをここで使ったら樹海の一部が無くなってしまうぞ。
 それに【七彩百穿レインボーハンドレッド】を使った後にそんなことしたら魔力が枯渇してしまうんじゃないか?

(全く、熱くなると自分を省みないところは半世紀経っても修正されなかったとは困ったお転婆さんだ。)

 だが、いいだろう!
 既に【七彩百穿レインボーハンドレッド】は通り抜けたし、最後まで付き合ってやろうではないか!
 我と貴様で生み出したその究極技とっておき
 しかと対処してみせようぞエルフェン!
 
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