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第六章 亀と兎
鬼のいる山へ。
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ーー…ロックガーデン国を囲む山々の中で一際高く存在する山。ヒトはその剣のように尖った山頂を見てツルガミ山と名づけた。
その山は古くから魔獣の住み処とされよほどの腕のある冒険者か物好き以外は近寄らない山とされてきた。
特にツルガミ山の麓にはオーガ族が住まい近くを通りかかる者を襲うと言われている、らしい。
けど実際は違うんだよなこれが。
この世界にオガコと共に連れてきたオーガ族の拠点を設けようと手頃な場所はないかなぁと思って我がこのツルガミ山を選んだのだ。
ここは林もあって川もあるので隠れるのにはもってこいだし動物や植物もいるので実は雑食のオーガ族にはちょうど良い拠点になると判断し山の中を掘って居住スペースを作ってあげた。
以降ツルガミ山の中はオーガ族の里としてオガコに管理を任せたというのが本当の話である。
「…ここにお前の眷属がいるのか?」
現在ツルガミ山上空にて我の隣に浮かせた大盾に乗るエルフェンが尋ねてくる。
「うむ、だが何故か封印された状態でいるのだ。」
「封印か、それが聖職者によるものか呪術師によるものかで対応が分かれるな。」
エルフェンから出た意見に我も同意する。
前にも話した通り封印は二種類に分かれる。
聖職者が光属性の魔法を用いて行う光封印魔法と呪術師が危険を省みず闇魔法を使って行う血封印魔法だ。
当然ながらどちらの封印魔法かで解除するにもパターンが違ってくる。
我的には呪術師の血封印魔法ならばありがたい。あれは根が闇魔法なので我なら解除が容易だからだ。
逆に光封印魔法だった場合には難航してしまうのは間違いない。上位の封印となれば我でも最低半月は掛かってしまった経験がある。
(どうせならメディアがいてくれれば短縮できただろうが、それは高望みだな。)
メディアはそういった封じられた対象の解析とか得意だから封印の綻びを見抜いてくれてよく助けられたものだ。
しかし残念ながら彼女も石化して行動不能に陥っているし場所も場所なだけに今回は自力でやってみせるとしよう。
「さてさて、まずはオーガ族の里に向かうぞ。」
盾に乗るエルフェンと肩にいる猫状態ミケラに告げてからツルガミ山の麓へと降下した。
半世紀前ならば里の出入口である我とオガコが共同で開発した鋼鉄の門と木製の見張り台があったのだが今はどうなっていることやら。
降下していく中で最初に見えてきたのは開けたところにあった朽ちた見張り台にところどころ錆びと攻撃された跡が付いた鋼鉄の門であった。
見た限り長らく動いていないようで門の前は雑草で溢れていた。
「人間に攻められたのかもしれない。中は大丈夫だろうか?」
「うむ、開けてみればすぐわかることだ。」
というわけで我は【漆黒の火炎】で門まで一直線に雑草を焼き払ってから進む。
門前にまで接近すると早速開けようと両手を着けてぐっと前に押す。
「むむむ?」
半世紀前ならこれくらいの力で動き出したと思ったのだが全く動かない。
なのでもう少し力を入れて押してみたがびくともしない。
「錆びてるのではないか?しばらく開けてないならその可能性もある。」
「ううむ、致し方ない。叩いて開けるか。」
それに叩く音で向こうにいるはずのオーガ族が気づいてくれるかもしれない。
我はエルフェンとミケラに離れるよう伝えてから右手足を後ろに引いてからふんっ!と門を殴った。
まるで鐘突きみたいな音が鳴り響いたものの鋼鉄の門はやはり動かない。
(ううむ、ならば五厘ほどの力で殴るか。)
右手に魔力をちょっと充填させれば振りかぶってぶん殴る。さながらトラックの衝突事故くらいの衝撃音を発するほどの威力になったはずだから錆びていたとしても変化はあっただろうと視線を下に向けた。
「…何?」
しかし門は数センチも動いていなかった。
まるで門と地面がくっついているのではないかと思えてしまうほどだ。
ええい全く、早くオガコに会いたいというのに我ながら頑丈な門を建設してしまったものだ。
それにしてもさっきから感じる妙な不快感はなんなのだろうか?
(こうなったらもう面倒だ。後で修復してやるから破壊してやる…!)
盾を変形させ大槌にすればフルスイングの態勢を取って魔力を充填させる。
破壊する気なのでもう三割の力まで充填させ一気に叩こうとした時だった。
「…ま、待って下さい大魔将軍様!」
「みゃっ!?誰かいますみゃ!」
若い、というより男の子っぽい声が左からしたこととミケラの声に動きを止めて顔を向ける。
そこには雑草の中から上半身を出している少年がいた。
青い髪に浅黒の肌ながら額の上あたりから一本の角が生えていたのでオーガ族で間違いない。
「可愛い……おほんっ!あれはオーガ族の子どもか?」
「ああ、だが子どもと言ってもこの世界の基準なら二十歳前後だろうがな。」
オーガ族はエルフには負けるだろうが長命なので見た目では実際の年齢はわからない。
だから角の大きさで見分けるのだと昔オガコに教わった。
我を止めた若年オーガはまるで生えるように膝上まで姿をみせると駆け寄ってから改めて平伏する。
「どうか門を壊さないで下さい大魔将軍様!女王様の命に関わります!」
「なんだと?」
若年オーガの発言に我は構えを解いた。
確かにオガコの位置は門を隔てた先と表示されてはいた。
だが我はてっきり山の中に作った地下にオガコがいるのだろうと考えていたのだ。
それがまさか門のすぐ向こうにいようとは危うく平面マップによる勘違いをしてしまうところだった。
「この門の先にオガコがいるのか?だったら話は早い。我は眷属を救う為にきたのだ。」
「ほ、本当ですか!?女王様を助けられるのですか!」
我の言葉に若年オーガは驚いて聞き返してきたので責任をもって頷いてからふとした疑問を尋ねてみた。
「ところで君、何故一目見て我を大魔将軍だと思った?」
「それは、女王様が残された壁画そっくりだったのと遺言があるからです。」
若年オーガの返事にオガコはそんなものを残して封印されたのかと思う。そういえばオガコは絵が上手くてメディアに教えてあげていたことがあったな。
「そうか、ならばまずは里に赴こう。我々を案内してくれ。」
「はい!こちらです。」
若年オーガは来た道を戻るように我々を里に続く別の出入口に誘導してくれたのだが……
「…これ、ガレオでちょうどじゃないか?」
どうやら若年オーガはここから出てきたのであろう。
木と毛皮で偽装した蓋と地下に向かって梯子で続く穴があった。
少年オーガの話では門が動かせなくなってから大小の穴が点在しているらしくここはその一つだ。
エルフェンの言う通り今の姿ではとても入らないのでガレオの姿となって我々は穴に入ることにした。
梯子を伝って着いたのは三つある地下の一つだった。
ここは食糧庫みたいな場所で狩った獲物はここに集められる。
他は武器庫と……まあ、オーガ族だけでなく全ての種族に必要な場所とだけ言っておこう。
そういえばオガコに万が一の非常口も作ったらと提案したことがあったけれどどうやらここがそれっぽいようだ。
地下に到着すれば若年オーガは里へと先導してくれるのでまた追いかける。
「そうだ君、何故オガコが封印されたのか知っているか?」
「いえ、自分は知りませんがフクチョウ様ならご存知のはずです。」
若年オーガの口から懐かしい名前が出てくれた。
オガコの右腕的存在だったオーガチャンピオンのフクチョウ。
彼が生き残っているのならば詳細も聞けることだろう。
若年オーガが言うには今日急にフクチョウから外を見てくるのだと里一番の脚を持つ彼に命令したのだとか。多分我の魔力を感じたからかもしれないがどこで感知したのかは不明だ。
地下から上がってオーガ族の里に入ったところ目の前の光景にエルフェンとミケラが驚く。
大通りにあたるところで大小様々なオーガ族が整列して平伏を維持していた。
まるで我が必ずここにくることをわかっていたかのような応対に我は元の姿に戻ってから言う。
「面を上げよ、我は大魔将軍である。フクチョウはいるか?」
「はい、族長は女王様の前で待っておられます。」
問いかけに先頭にいたオーガ族が答えればその道に続く方を開けて並んでみせる。
その佇まいに野蛮なのしか知らないエルフェンは完全に意表をつかれた顔になっていた。
何故ここまでのものになったのかはきっとオガコの指導の賜物であろう。
彼女は我のやり方を真似ようと教えを求めてきたことがありそれが統治に繋がっていたのだと我は理解した。
そして彼女がどんな遺言を残して封印されたのかは幼いオーガ族の期待の眼差しから聞かずとも察した。
「オーガ族よ。まずは今日まで無事にこの里を保たせこと、実に大義であった。」
故にオガコ無しでも支店を守ってきたこの者達にまずは労いの言葉を捧げた。
これには大人のオーガ族も顔を我に向けてきた中で我はエルフェンを後ろに開かれた道を歩く。
「そして、今日まで堪え忍ばせたことに我自ら謝罪しよう。すまなかった。」
列を抜けてから振り返って我は言うと軽く頭を下げてちゃんと謝罪する。
まさか謝罪までくるとは思ってなかったオーガ族は何かを思い出したのか涙を見せる者がちらほら現れる。
そして下げた頭を上げれば鼓舞の意味で右拳を高く挙げ少し気合いを入れて言った。
「だが!これからはまたお前達の力を我は求める!その為にこれが記念日となろう!お前達の敬愛する強者の復活を以て!」
声高らかに伝えた我の宣言にまるでシャンパンの蓋を開けるようにオーガ族は喜びの声を上げた。
オーガ族からの大魔将軍コールを聞きながら我はいよいよ門の内側、オガコが封印された場所へ進んだ。
「あんな豪語して大丈夫なのか?もし光封印だったら厳しいのでしょう?」
「だとしても必ずオガコを解き放ってみせる。我は決して生き残った眷属を見捨てはしない。」
エルフェンの心配をよそに我は進んでいく。あんなにも期待してくれるオーガ族の為にもどっちの封印であろうとも必ず解いてみせよう。
そう思って進めば軽いカーブの先で光が見えてしまった。
通路を照らす松明ではなく門のあるところから光が見えたことに我はより気を引き締めた。
まず間違いなくあれは光封印の輝きだからだ。
となればここで大きな疑問が出来てしまう。
何故オガコは[門の内側で光封印をされてしまったのか]だ。
これが外側ならばヒトとの戦いによってという理由が高いのだが、内側ではそうはならない。
仮に不意を突かれて門ごと聖職者に光封印されたとしても非常口を知らないからオーガ族に惨殺される決死のリスクを背負うことになるのを覚悟でやれる者がいたのだろうか?
ともかくフクチョウに話を聞けばわかることだと考えながらさらに進むと全貌がはっきりしてきた。
「なっ!?こんな大きいオーガは初めてみたぞ!」
見上げる形で驚くエルフェン。
その先にあるあの大きな門を背に両手を左右の壁に当てて塞ぐかのように踏ん張っている態勢で光封印の為に全体が白くなったオガコであった。
ちなみに言うと本当のオガコはこんなに大きくなく普段の身長は約二メートルである。門のサイズ並に大きいのはオガコのスキルの一つ【巨体】である。
これは魔力で身体を大きくさせるだけでなく筋力も増して物理的性能も数倍上昇させるのだ。
ただ消費が大きいので時間制限があるのだがこれ程大きいと多分我と力比べで良い勝負が出来る。
そして彼女の足元で座り込んでいる二本の太い角を生やした一体のオーガ族を見つけた。
見覚えのある背中ながら半世紀前と比べて一回り大きくなったような気がする。
「……姉御の最後の言葉に従い、いつぞいつぞと首を長くして早五十年。それらしき魔力を感じて使いを飛ばさせたら現実になろうとは。」
一定の距離に接近すると彼は急に語りながらゆっくり立ち上がった。
次の瞬間、我は漆黒の大盾を斜め上に出す。振り返ったと同時にフクチョウは声と魔力を出して我に殴りかかったからだ。
激しい衝突音を洞窟に響かせるも後ろのエルフェンには影響はない。
生憎この程度の物理攻撃では我の大盾によって無効となってしまうからな。
「ふんっ!チェストぉ!!」
そのまま腕を動かし大盾で受け流し態勢を崩したフクチョウの腹部に我は右アッパーを打ち込む。
受けたフクチョウは身体をくの字にさせてから縦回転して吹き飛び、弧を描いて元の位置に戻るようにうつ伏せに落ちた。
突然のことにエルフェンはどう反応していいか困惑しているの背後に我は盾を下ろして言った。
「半世紀、よくぞ堪え忍びながらも成長してみせたなフクチョウよ。大義である。」
我からの称賛の言葉にうつ伏せのままフクチョウは一度ピクリと反応してから身体を起こすと
「…お、親方ぁ!お帰りを!おお待ちしておりましたあぁ!」
直ぐ様土下座の態勢になって挨拶をしてみせるフクチョウ。
相変わらず前世のヤクザ映画みたいな奴だな。
とりあえず半世紀ぶりの挨拶は済んだので早速本題に入ろう。
「フクチョウよ。何故オガコは我々にとって厄介な光封印をされてしまったのか詳しく話せ。」
「へい!今から軽く四十年とちょっと前になります。親方が勇者に討たれたという話が舞い込んできた時、我々は仇討ちをしようと決起することにしやした。」
正座の姿勢でフクチョウはそこから語り出した。
仇討ちをしようと里のオーガは女王のオガコに進言した。
だがオガコは進言を断った。
何故なら事前に我がオガコに勇者との最後の戦いの前に指示を出していたからだ。
我のことよりオーガ族の未来を守れ。
オガコはその命令に従って与えられた山と森の防備に舵を切ったのである。
当初は受け入れられない者も何人かいたらしいがオガコの説得が徐々に浸透し小国に匹敵するほどに縄張りを広げていた。
しかしその頃からだった。
やたらと人間族のみが縄張りに入ってきてオーガ族と戦いを繰り返し始めたのだ。
当然オガコも先頭に立って人間族を追い返していった。
全ては大魔将軍の最後の約束を守る為にだった。
ところが攻める人間族の数は徐々に増えていき、装備も変わっていった。
力のオーガ族に対して人間族は絶えない数で攻めてこられると多勢に無勢であった。
縄張りに点在する拠点は次々と落とされ山の本拠地付近にまでオーガ族は追い込まれていった。
「あん時はさすがに決死の反撃も考えていたんですが、そんな中でとんでもねぇヒトがやってきたんです。」
「誰だ?まさか勇者が現れたのか?」
「いいえその時に俺は初めて見たんですが、姉御はすぐにセイジョと驚きながら呼んだんです。」
フクチョウから出てきた人物に我とエルフェンが驚く中で彼は続けた。
突然門の前に現れた聖女に最初フクチョウらは追い返そうとしたのだが彼女の出す障壁に全く歯が立たなかった。
そこにオガコが現れ聖女を見て呼ぶと他の者を下がらせて一対一で戦わずに何か話し合ったのだとか。
話し合いが終わるとオガコはなんと聖女を保護することを里の者に指示してきたという。
フクチョウらが理由を尋ねたが聖女が保護する条件として負傷しているオーガ族の治療を承諾してくれたからだとだけオガコは言ったらしい。
聖女の方も約束通りに全ての負傷者の治療に尽力してくれたことで警戒心は解かれ暫くの間はオガコの家で厄介になっていた。
ところが聖女が里から出なくてはいけない出来事が起きる。
それがオガコの封印にも繋がっていた。
「突然のことでした。それまでに経験したことがない規模の人間族の軍勢が攻めてきやがったんです。向こうは勇者の国とか名乗っておりました。」
圧倒的な敵の数から放たれる攻撃にオガコは徹底抗戦を指示した。
無論聖女も参戦して対抗したのだが遂にはこの大門まで追い詰めらてしまう。
大門に使っている素材には物理だけでなくしっかり魔法防御力も兼ね備えていたのだが敵の猛攻に破壊されるのは時間の問題であった。
「俺たちも門がぶっ壊される覚悟を持っていた時です…っ……くぅっ!…あ、姉御が聖女にとんでもねぇお願いをしたんでさぁ!」
思い出したのか片手で目のあたりを覆いながらフクチョウは結末まで続ける。
大門が猛攻によっていつ破壊されるかどうかの最中にオガコは聖女を呼ぶとお願いした。
聖女の使える最上位の封印を門ごと自分に掛けて欲しい。
そのお願いに聖女もフクチョウらも驚き反対したのだが門から響く音と衝撃波にオガコは【巨体】で大きくなり背中で塞ぐようにしながら大声で皆に伝えた。
「ここで、自分が《ヒトバシラ》になっても心配いらない。必ず親方が自分を助けに現れるからと!それまでは聖女に手は出さず打って出ず生き延びよと……!」
その言葉と気迫にフクチョウ達が押される中で聖女は一歩前に出て最後の確認をオガコと交わせば門を土台として封印したのだと涙ながらに語ってくれた。
人柱とは、オガコくらいしか出なかった言葉であろう。
でも、そんな彼女だからこそこまでしてでもオーガ族の未来を守ってみせたのだ。
「それで聖女は?ここにずっといたのか?」
まさかの人物が登場したことでエルフェンは聖女の居所をフクチョウに尋ねる。
しかしフクチョウからは聖女は敵の猛攻が止むのを見計らって去ったらしい。
なんでも自分がここにいては里が危険に晒され続けてしまうからだと門から反対側にある非常口から出て行ったのだとか。
何故その時にオガコの封印を解かなかっただろうかと我から聞けばフクチョウから気になることが出た。
「俺も同じことを強く言ったんですが、セイジョは親方ならば問題なく解けますと言い残して去ったんです。」
「我ならば?」
そう言い残して聖女が去った二日後には攻撃がピタリと止んだのだとか。
聖女の言葉、まるで我がここにくる未来を予見していたようなセリフだな。
年月が経って成長する中で聖女はそういうスキルでも会得していたのだろうか?
…いや、この件に関して今は置いといてにしておこう。今はオガコの封印を解くことがここでの最優先事項だ。
「親方!どうか姉御を…!」
「皆まで言うなフクチョウ。その為に我は参ったのだ。」
フクチョウの肩に片手を置いて言えば横を通りすぎてオガコの前に立つ。
さて、解除に何ヵ月掛かるかな。
聖女が施した光封印となればフクチョウの聞いた通り最上位のものだと判断するべきだ。
通常なら最上位は高位の聖職者が五人以上で行う術式だと聞いたがそれを一人でやってみせるのはやはり神の力を分け与えられたとされる聖女だからこそか。
しかし聖女は何故あんなことを言ったのだろう?
自分たちが倒した相手がここにやってきてオガコを光封印から解き放ってみせるなんて本当に未来予知でも会得しなければ言えないはずだ。
また、確かに時間を掛けてだが解除することは出来るのだが、問題なく解けますという聖女の残した言葉が妙に引っ掛かりを感じる。
「彼女が施した封印ならばやはり難しいのか大魔将軍?」
「うむ、慎重に解除していかねばならない。失敗すれば相属性反応が起きてしまいどのような被害が出るか。」
何せこちらは闇属性を駆使して封印を一つ一つ解いていかねばならないのだから。
解いて過程を間違えれば相属性反応の反動が起きてしまい洞窟にどれほどの影響があるか予測できない。
まずは【情報開示】で調査を入れる。
どうやら門に魔方陣を設置しそこから伸びた六つの輝く鎖でオガコを縫いつける形になっていることが判明した。
どうりで外側から触れた時に不快感を覚えたわけだ。
となれば解除方法はシンプルにこの鎖を全て消滅させること。それによりオガコの身体を自由にしてからあげられるが精細さを求められる作業だ。
「さすが聖女の施した封印。一朝一夕では無理だ。だがどれだけ掛かろうとも必ず解いてみせると里の者達に伝えておけ。」
万が一も考慮してフクチョウに伝達を与えて行かせると我は鎖の一つに接近した。
なかなかに太めの鎖から感じる光属性の強さに我は解除方法を選択する。
時間は掛かるだろうが相属性反応を最小にさせる方法を決めれば倉庫に手を入れて二つの道具を取り出した。
「それは!金槌と、ノミ…?」
「うむ、これで鎖を一本ずつ断っていく。」
右手に柄まで真っ黒な金槌を、左手に同じ素材のノミを手に我は返す。
この金槌とノミは魔界にある金属を鍛造したもので闇属性を纏っている。これで削るようにして光の鎖を切断するのが今回の最良の解除方法だ。
予想だが一本を切断するのに早くて一週間、遅くて半月以上になろう。それが六本となれば最長で三ヶ月超はかかるかもしれない。
(だが、たかが三ヶ月だ!必ずここから出してやるぞオガコよ!)
我は意気込みを心の中で呟き、気を引き締めて作業を開始した。
しかしその作業は二本目を切断したところで中断することになる。
何故ならそこで漸く聖女が残した言葉の本当の意味を知ってしまったからであった。
その山は古くから魔獣の住み処とされよほどの腕のある冒険者か物好き以外は近寄らない山とされてきた。
特にツルガミ山の麓にはオーガ族が住まい近くを通りかかる者を襲うと言われている、らしい。
けど実際は違うんだよなこれが。
この世界にオガコと共に連れてきたオーガ族の拠点を設けようと手頃な場所はないかなぁと思って我がこのツルガミ山を選んだのだ。
ここは林もあって川もあるので隠れるのにはもってこいだし動物や植物もいるので実は雑食のオーガ族にはちょうど良い拠点になると判断し山の中を掘って居住スペースを作ってあげた。
以降ツルガミ山の中はオーガ族の里としてオガコに管理を任せたというのが本当の話である。
「…ここにお前の眷属がいるのか?」
現在ツルガミ山上空にて我の隣に浮かせた大盾に乗るエルフェンが尋ねてくる。
「うむ、だが何故か封印された状態でいるのだ。」
「封印か、それが聖職者によるものか呪術師によるものかで対応が分かれるな。」
エルフェンから出た意見に我も同意する。
前にも話した通り封印は二種類に分かれる。
聖職者が光属性の魔法を用いて行う光封印魔法と呪術師が危険を省みず闇魔法を使って行う血封印魔法だ。
当然ながらどちらの封印魔法かで解除するにもパターンが違ってくる。
我的には呪術師の血封印魔法ならばありがたい。あれは根が闇魔法なので我なら解除が容易だからだ。
逆に光封印魔法だった場合には難航してしまうのは間違いない。上位の封印となれば我でも最低半月は掛かってしまった経験がある。
(どうせならメディアがいてくれれば短縮できただろうが、それは高望みだな。)
メディアはそういった封じられた対象の解析とか得意だから封印の綻びを見抜いてくれてよく助けられたものだ。
しかし残念ながら彼女も石化して行動不能に陥っているし場所も場所なだけに今回は自力でやってみせるとしよう。
「さてさて、まずはオーガ族の里に向かうぞ。」
盾に乗るエルフェンと肩にいる猫状態ミケラに告げてからツルガミ山の麓へと降下した。
半世紀前ならば里の出入口である我とオガコが共同で開発した鋼鉄の門と木製の見張り台があったのだが今はどうなっていることやら。
降下していく中で最初に見えてきたのは開けたところにあった朽ちた見張り台にところどころ錆びと攻撃された跡が付いた鋼鉄の門であった。
見た限り長らく動いていないようで門の前は雑草で溢れていた。
「人間に攻められたのかもしれない。中は大丈夫だろうか?」
「うむ、開けてみればすぐわかることだ。」
というわけで我は【漆黒の火炎】で門まで一直線に雑草を焼き払ってから進む。
門前にまで接近すると早速開けようと両手を着けてぐっと前に押す。
「むむむ?」
半世紀前ならこれくらいの力で動き出したと思ったのだが全く動かない。
なのでもう少し力を入れて押してみたがびくともしない。
「錆びてるのではないか?しばらく開けてないならその可能性もある。」
「ううむ、致し方ない。叩いて開けるか。」
それに叩く音で向こうにいるはずのオーガ族が気づいてくれるかもしれない。
我はエルフェンとミケラに離れるよう伝えてから右手足を後ろに引いてからふんっ!と門を殴った。
まるで鐘突きみたいな音が鳴り響いたものの鋼鉄の門はやはり動かない。
(ううむ、ならば五厘ほどの力で殴るか。)
右手に魔力をちょっと充填させれば振りかぶってぶん殴る。さながらトラックの衝突事故くらいの衝撃音を発するほどの威力になったはずだから錆びていたとしても変化はあっただろうと視線を下に向けた。
「…何?」
しかし門は数センチも動いていなかった。
まるで門と地面がくっついているのではないかと思えてしまうほどだ。
ええい全く、早くオガコに会いたいというのに我ながら頑丈な門を建設してしまったものだ。
それにしてもさっきから感じる妙な不快感はなんなのだろうか?
(こうなったらもう面倒だ。後で修復してやるから破壊してやる…!)
盾を変形させ大槌にすればフルスイングの態勢を取って魔力を充填させる。
破壊する気なのでもう三割の力まで充填させ一気に叩こうとした時だった。
「…ま、待って下さい大魔将軍様!」
「みゃっ!?誰かいますみゃ!」
若い、というより男の子っぽい声が左からしたこととミケラの声に動きを止めて顔を向ける。
そこには雑草の中から上半身を出している少年がいた。
青い髪に浅黒の肌ながら額の上あたりから一本の角が生えていたのでオーガ族で間違いない。
「可愛い……おほんっ!あれはオーガ族の子どもか?」
「ああ、だが子どもと言ってもこの世界の基準なら二十歳前後だろうがな。」
オーガ族はエルフには負けるだろうが長命なので見た目では実際の年齢はわからない。
だから角の大きさで見分けるのだと昔オガコに教わった。
我を止めた若年オーガはまるで生えるように膝上まで姿をみせると駆け寄ってから改めて平伏する。
「どうか門を壊さないで下さい大魔将軍様!女王様の命に関わります!」
「なんだと?」
若年オーガの発言に我は構えを解いた。
確かにオガコの位置は門を隔てた先と表示されてはいた。
だが我はてっきり山の中に作った地下にオガコがいるのだろうと考えていたのだ。
それがまさか門のすぐ向こうにいようとは危うく平面マップによる勘違いをしてしまうところだった。
「この門の先にオガコがいるのか?だったら話は早い。我は眷属を救う為にきたのだ。」
「ほ、本当ですか!?女王様を助けられるのですか!」
我の言葉に若年オーガは驚いて聞き返してきたので責任をもって頷いてからふとした疑問を尋ねてみた。
「ところで君、何故一目見て我を大魔将軍だと思った?」
「それは、女王様が残された壁画そっくりだったのと遺言があるからです。」
若年オーガの返事にオガコはそんなものを残して封印されたのかと思う。そういえばオガコは絵が上手くてメディアに教えてあげていたことがあったな。
「そうか、ならばまずは里に赴こう。我々を案内してくれ。」
「はい!こちらです。」
若年オーガは来た道を戻るように我々を里に続く別の出入口に誘導してくれたのだが……
「…これ、ガレオでちょうどじゃないか?」
どうやら若年オーガはここから出てきたのであろう。
木と毛皮で偽装した蓋と地下に向かって梯子で続く穴があった。
少年オーガの話では門が動かせなくなってから大小の穴が点在しているらしくここはその一つだ。
エルフェンの言う通り今の姿ではとても入らないのでガレオの姿となって我々は穴に入ることにした。
梯子を伝って着いたのは三つある地下の一つだった。
ここは食糧庫みたいな場所で狩った獲物はここに集められる。
他は武器庫と……まあ、オーガ族だけでなく全ての種族に必要な場所とだけ言っておこう。
そういえばオガコに万が一の非常口も作ったらと提案したことがあったけれどどうやらここがそれっぽいようだ。
地下に到着すれば若年オーガは里へと先導してくれるのでまた追いかける。
「そうだ君、何故オガコが封印されたのか知っているか?」
「いえ、自分は知りませんがフクチョウ様ならご存知のはずです。」
若年オーガの口から懐かしい名前が出てくれた。
オガコの右腕的存在だったオーガチャンピオンのフクチョウ。
彼が生き残っているのならば詳細も聞けることだろう。
若年オーガが言うには今日急にフクチョウから外を見てくるのだと里一番の脚を持つ彼に命令したのだとか。多分我の魔力を感じたからかもしれないがどこで感知したのかは不明だ。
地下から上がってオーガ族の里に入ったところ目の前の光景にエルフェンとミケラが驚く。
大通りにあたるところで大小様々なオーガ族が整列して平伏を維持していた。
まるで我が必ずここにくることをわかっていたかのような応対に我は元の姿に戻ってから言う。
「面を上げよ、我は大魔将軍である。フクチョウはいるか?」
「はい、族長は女王様の前で待っておられます。」
問いかけに先頭にいたオーガ族が答えればその道に続く方を開けて並んでみせる。
その佇まいに野蛮なのしか知らないエルフェンは完全に意表をつかれた顔になっていた。
何故ここまでのものになったのかはきっとオガコの指導の賜物であろう。
彼女は我のやり方を真似ようと教えを求めてきたことがありそれが統治に繋がっていたのだと我は理解した。
そして彼女がどんな遺言を残して封印されたのかは幼いオーガ族の期待の眼差しから聞かずとも察した。
「オーガ族よ。まずは今日まで無事にこの里を保たせこと、実に大義であった。」
故にオガコ無しでも支店を守ってきたこの者達にまずは労いの言葉を捧げた。
これには大人のオーガ族も顔を我に向けてきた中で我はエルフェンを後ろに開かれた道を歩く。
「そして、今日まで堪え忍ばせたことに我自ら謝罪しよう。すまなかった。」
列を抜けてから振り返って我は言うと軽く頭を下げてちゃんと謝罪する。
まさか謝罪までくるとは思ってなかったオーガ族は何かを思い出したのか涙を見せる者がちらほら現れる。
そして下げた頭を上げれば鼓舞の意味で右拳を高く挙げ少し気合いを入れて言った。
「だが!これからはまたお前達の力を我は求める!その為にこれが記念日となろう!お前達の敬愛する強者の復活を以て!」
声高らかに伝えた我の宣言にまるでシャンパンの蓋を開けるようにオーガ族は喜びの声を上げた。
オーガ族からの大魔将軍コールを聞きながら我はいよいよ門の内側、オガコが封印された場所へ進んだ。
「あんな豪語して大丈夫なのか?もし光封印だったら厳しいのでしょう?」
「だとしても必ずオガコを解き放ってみせる。我は決して生き残った眷属を見捨てはしない。」
エルフェンの心配をよそに我は進んでいく。あんなにも期待してくれるオーガ族の為にもどっちの封印であろうとも必ず解いてみせよう。
そう思って進めば軽いカーブの先で光が見えてしまった。
通路を照らす松明ではなく門のあるところから光が見えたことに我はより気を引き締めた。
まず間違いなくあれは光封印の輝きだからだ。
となればここで大きな疑問が出来てしまう。
何故オガコは[門の内側で光封印をされてしまったのか]だ。
これが外側ならばヒトとの戦いによってという理由が高いのだが、内側ではそうはならない。
仮に不意を突かれて門ごと聖職者に光封印されたとしても非常口を知らないからオーガ族に惨殺される決死のリスクを背負うことになるのを覚悟でやれる者がいたのだろうか?
ともかくフクチョウに話を聞けばわかることだと考えながらさらに進むと全貌がはっきりしてきた。
「なっ!?こんな大きいオーガは初めてみたぞ!」
見上げる形で驚くエルフェン。
その先にあるあの大きな門を背に両手を左右の壁に当てて塞ぐかのように踏ん張っている態勢で光封印の為に全体が白くなったオガコであった。
ちなみに言うと本当のオガコはこんなに大きくなく普段の身長は約二メートルである。門のサイズ並に大きいのはオガコのスキルの一つ【巨体】である。
これは魔力で身体を大きくさせるだけでなく筋力も増して物理的性能も数倍上昇させるのだ。
ただ消費が大きいので時間制限があるのだがこれ程大きいと多分我と力比べで良い勝負が出来る。
そして彼女の足元で座り込んでいる二本の太い角を生やした一体のオーガ族を見つけた。
見覚えのある背中ながら半世紀前と比べて一回り大きくなったような気がする。
「……姉御の最後の言葉に従い、いつぞいつぞと首を長くして早五十年。それらしき魔力を感じて使いを飛ばさせたら現実になろうとは。」
一定の距離に接近すると彼は急に語りながらゆっくり立ち上がった。
次の瞬間、我は漆黒の大盾を斜め上に出す。振り返ったと同時にフクチョウは声と魔力を出して我に殴りかかったからだ。
激しい衝突音を洞窟に響かせるも後ろのエルフェンには影響はない。
生憎この程度の物理攻撃では我の大盾によって無効となってしまうからな。
「ふんっ!チェストぉ!!」
そのまま腕を動かし大盾で受け流し態勢を崩したフクチョウの腹部に我は右アッパーを打ち込む。
受けたフクチョウは身体をくの字にさせてから縦回転して吹き飛び、弧を描いて元の位置に戻るようにうつ伏せに落ちた。
突然のことにエルフェンはどう反応していいか困惑しているの背後に我は盾を下ろして言った。
「半世紀、よくぞ堪え忍びながらも成長してみせたなフクチョウよ。大義である。」
我からの称賛の言葉にうつ伏せのままフクチョウは一度ピクリと反応してから身体を起こすと
「…お、親方ぁ!お帰りを!おお待ちしておりましたあぁ!」
直ぐ様土下座の態勢になって挨拶をしてみせるフクチョウ。
相変わらず前世のヤクザ映画みたいな奴だな。
とりあえず半世紀ぶりの挨拶は済んだので早速本題に入ろう。
「フクチョウよ。何故オガコは我々にとって厄介な光封印をされてしまったのか詳しく話せ。」
「へい!今から軽く四十年とちょっと前になります。親方が勇者に討たれたという話が舞い込んできた時、我々は仇討ちをしようと決起することにしやした。」
正座の姿勢でフクチョウはそこから語り出した。
仇討ちをしようと里のオーガは女王のオガコに進言した。
だがオガコは進言を断った。
何故なら事前に我がオガコに勇者との最後の戦いの前に指示を出していたからだ。
我のことよりオーガ族の未来を守れ。
オガコはその命令に従って与えられた山と森の防備に舵を切ったのである。
当初は受け入れられない者も何人かいたらしいがオガコの説得が徐々に浸透し小国に匹敵するほどに縄張りを広げていた。
しかしその頃からだった。
やたらと人間族のみが縄張りに入ってきてオーガ族と戦いを繰り返し始めたのだ。
当然オガコも先頭に立って人間族を追い返していった。
全ては大魔将軍の最後の約束を守る為にだった。
ところが攻める人間族の数は徐々に増えていき、装備も変わっていった。
力のオーガ族に対して人間族は絶えない数で攻めてこられると多勢に無勢であった。
縄張りに点在する拠点は次々と落とされ山の本拠地付近にまでオーガ族は追い込まれていった。
「あん時はさすがに決死の反撃も考えていたんですが、そんな中でとんでもねぇヒトがやってきたんです。」
「誰だ?まさか勇者が現れたのか?」
「いいえその時に俺は初めて見たんですが、姉御はすぐにセイジョと驚きながら呼んだんです。」
フクチョウから出てきた人物に我とエルフェンが驚く中で彼は続けた。
突然門の前に現れた聖女に最初フクチョウらは追い返そうとしたのだが彼女の出す障壁に全く歯が立たなかった。
そこにオガコが現れ聖女を見て呼ぶと他の者を下がらせて一対一で戦わずに何か話し合ったのだとか。
話し合いが終わるとオガコはなんと聖女を保護することを里の者に指示してきたという。
フクチョウらが理由を尋ねたが聖女が保護する条件として負傷しているオーガ族の治療を承諾してくれたからだとだけオガコは言ったらしい。
聖女の方も約束通りに全ての負傷者の治療に尽力してくれたことで警戒心は解かれ暫くの間はオガコの家で厄介になっていた。
ところが聖女が里から出なくてはいけない出来事が起きる。
それがオガコの封印にも繋がっていた。
「突然のことでした。それまでに経験したことがない規模の人間族の軍勢が攻めてきやがったんです。向こうは勇者の国とか名乗っておりました。」
圧倒的な敵の数から放たれる攻撃にオガコは徹底抗戦を指示した。
無論聖女も参戦して対抗したのだが遂にはこの大門まで追い詰めらてしまう。
大門に使っている素材には物理だけでなくしっかり魔法防御力も兼ね備えていたのだが敵の猛攻に破壊されるのは時間の問題であった。
「俺たちも門がぶっ壊される覚悟を持っていた時です…っ……くぅっ!…あ、姉御が聖女にとんでもねぇお願いをしたんでさぁ!」
思い出したのか片手で目のあたりを覆いながらフクチョウは結末まで続ける。
大門が猛攻によっていつ破壊されるかどうかの最中にオガコは聖女を呼ぶとお願いした。
聖女の使える最上位の封印を門ごと自分に掛けて欲しい。
そのお願いに聖女もフクチョウらも驚き反対したのだが門から響く音と衝撃波にオガコは【巨体】で大きくなり背中で塞ぐようにしながら大声で皆に伝えた。
「ここで、自分が《ヒトバシラ》になっても心配いらない。必ず親方が自分を助けに現れるからと!それまでは聖女に手は出さず打って出ず生き延びよと……!」
その言葉と気迫にフクチョウ達が押される中で聖女は一歩前に出て最後の確認をオガコと交わせば門を土台として封印したのだと涙ながらに語ってくれた。
人柱とは、オガコくらいしか出なかった言葉であろう。
でも、そんな彼女だからこそこまでしてでもオーガ族の未来を守ってみせたのだ。
「それで聖女は?ここにずっといたのか?」
まさかの人物が登場したことでエルフェンは聖女の居所をフクチョウに尋ねる。
しかしフクチョウからは聖女は敵の猛攻が止むのを見計らって去ったらしい。
なんでも自分がここにいては里が危険に晒され続けてしまうからだと門から反対側にある非常口から出て行ったのだとか。
何故その時にオガコの封印を解かなかっただろうかと我から聞けばフクチョウから気になることが出た。
「俺も同じことを強く言ったんですが、セイジョは親方ならば問題なく解けますと言い残して去ったんです。」
「我ならば?」
そう言い残して聖女が去った二日後には攻撃がピタリと止んだのだとか。
聖女の言葉、まるで我がここにくる未来を予見していたようなセリフだな。
年月が経って成長する中で聖女はそういうスキルでも会得していたのだろうか?
…いや、この件に関して今は置いといてにしておこう。今はオガコの封印を解くことがここでの最優先事項だ。
「親方!どうか姉御を…!」
「皆まで言うなフクチョウ。その為に我は参ったのだ。」
フクチョウの肩に片手を置いて言えば横を通りすぎてオガコの前に立つ。
さて、解除に何ヵ月掛かるかな。
聖女が施した光封印となればフクチョウの聞いた通り最上位のものだと判断するべきだ。
通常なら最上位は高位の聖職者が五人以上で行う術式だと聞いたがそれを一人でやってみせるのはやはり神の力を分け与えられたとされる聖女だからこそか。
しかし聖女は何故あんなことを言ったのだろう?
自分たちが倒した相手がここにやってきてオガコを光封印から解き放ってみせるなんて本当に未来予知でも会得しなければ言えないはずだ。
また、確かに時間を掛けてだが解除することは出来るのだが、問題なく解けますという聖女の残した言葉が妙に引っ掛かりを感じる。
「彼女が施した封印ならばやはり難しいのか大魔将軍?」
「うむ、慎重に解除していかねばならない。失敗すれば相属性反応が起きてしまいどのような被害が出るか。」
何せこちらは闇属性を駆使して封印を一つ一つ解いていかねばならないのだから。
解いて過程を間違えれば相属性反応の反動が起きてしまい洞窟にどれほどの影響があるか予測できない。
まずは【情報開示】で調査を入れる。
どうやら門に魔方陣を設置しそこから伸びた六つの輝く鎖でオガコを縫いつける形になっていることが判明した。
どうりで外側から触れた時に不快感を覚えたわけだ。
となれば解除方法はシンプルにこの鎖を全て消滅させること。それによりオガコの身体を自由にしてからあげられるが精細さを求められる作業だ。
「さすが聖女の施した封印。一朝一夕では無理だ。だがどれだけ掛かろうとも必ず解いてみせると里の者達に伝えておけ。」
万が一も考慮してフクチョウに伝達を与えて行かせると我は鎖の一つに接近した。
なかなかに太めの鎖から感じる光属性の強さに我は解除方法を選択する。
時間は掛かるだろうが相属性反応を最小にさせる方法を決めれば倉庫に手を入れて二つの道具を取り出した。
「それは!金槌と、ノミ…?」
「うむ、これで鎖を一本ずつ断っていく。」
右手に柄まで真っ黒な金槌を、左手に同じ素材のノミを手に我は返す。
この金槌とノミは魔界にある金属を鍛造したもので闇属性を纏っている。これで削るようにして光の鎖を切断するのが今回の最良の解除方法だ。
予想だが一本を切断するのに早くて一週間、遅くて半月以上になろう。それが六本となれば最長で三ヶ月超はかかるかもしれない。
(だが、たかが三ヶ月だ!必ずここから出してやるぞオガコよ!)
我は意気込みを心の中で呟き、気を引き締めて作業を開始した。
しかしその作業は二本目を切断したところで中断することになる。
何故ならそこで漸く聖女が残した言葉の本当の意味を知ってしまったからであった。
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