五八三七G3の酒の肴

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鯖缶トマト煮と電気プラン

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「じーさん、今日は、何か目先の変わったものが飲みたいな。ほんと、ビール飲み過ぎだから」
「そうだなぁ。電氣ブランなんかどうだ。ストレートでもいいんだが、酒豪自慢でもないだろうし、手軽にソーダ割で浅草ハイボール」
「あ、それいいな。でも、確かに酒強くないけど、ストレートでおちょこ半分くらい味見してみたい。飲んだことないからね、伝説の電氣ブラン」
「サービスしとこう。ほい」
「サンキュ。…ん、甘いね。不思議な香りだなぁ。ちょっと薬っぽいような。変なような美味しいような、でも、うん、なんかいい」
「面白い味だよね。俺も昔、唐十郎の芝居で『ビニールの城』ってのを観た時に、この電氣ブランって酒を知って、すぐに飛びついたんだけど、ストレートで飲んではビールでチェイサーってのを試したら、酷い悪酔いをしたよ」
「何です、その無茶な飲み方」
「いや、神谷バーお勧めの正統な飲み方らしいんだけどね。ほい、電氣ブランのハイボール。それから、鯖缶のトマト煮」
「あぁ、ずいぶん飲みやすくなる。面白いけど、ストレートでずっとは僕にはきついね」
「だろう。ま、破滅型に飲みたいときは、いいかもしれんが、別の店でやっとくれ。俺は無茶飲みした客を介抱するのは遠慮したい」
「酷いことを平気で言う店だよね。あぁ、この鯖缶もなんとなく合う感じだ」
「玉ネギとキャベツ、シメジを炒めて、鯖缶にトマト水煮、ケチャップと中濃ソースで味を調える。ちょっと煮込んだら、熱いのもいいけど、冷蔵庫で冷やす。最後にレモン汁と一味パラリ」
「これは覚えておいて家でやろう。安いし、簡単だし、材料も買い置きしとけるし」
「一人暮らしだと魚を食うことが少なくなるからな。鯖缶を使うと背の青い魚が補給できていいぞ。もっとも鯖缶も昔ほど安くはないけどな」
「魚は中国で食べる量が増えて、日本に回ってこないって言うよね」
「いや、鯖は近海物がメインだし、例の処理水の問題で、中国は日本近海のものはストップしてるから、あまり影響はないだろうな」
「あぁ、処理水か。僕はまぁ、安全だっていうのを信用してもいいかなって思ってるけど、じーさんはどうなの。反対派?」
「処理水に関しては、まぁ、概ね信用してるぞ。ただ、また風評被害が福島に集中するのが嫌だな。放出のメインはそれしかないだろうけど、処理水の一部をタンクで運んで、東京都内の中水として利用したり、東京湾に放出したりする必要はあったと思うね。例え、その処理量は僅かで費用的には無駄であっても、東京電力の消費者、それから行政関係者の目に触れる身近な場所に流すことが大事だったと思うね」
「じゃ、じーさんは基本的には原発に反対の人なの、賛成の人なの?」
「反対だな。少なくとも、安全な廃棄物の最終処分方法が確立できるまでは。それに安全保障から考えても、どうかと思うね」
「じーさんが安全保障なんて考えるんだ」
「考えるまでもないさ。もし何処かの国なりテロ組織が、本気で日本を落とそうと思ったら、原発を狙うのは当たり前だ。それで世界の非難を浴びるとかを一切気にしない勢力しか、本気で日本を落としに来ないから、国際条約での規制なんて1ミリの壁にもならんだろう。原発は、すでにあるものとして、放射能被害は一定避けがたいかもしれんが、そこで電力を原発に依存していたら、やられた時には目も当てられん。沿岸地域一帯は汚染、電力は不足。原発は一基あたりの発電量が多いから、逆に1基やられた時のロスも大きいだろう。爆破やメルトダウンまでいかずとも、安全な使用が困難になれば被害は甚大」
「まぁ、そうだよね。でも自然エネルギーは効率が悪くて高くつくし、太陽光発電パネルとかも環境破壊や放置の問題が出てて、当面は仕方ないんじゃないかな」
「そりゃ、国がその気がないからだろう。太陽光発電の環境整備や設置条件の調査に、原発の立地調査並みの金、いや一基当たりの発電量で振り分けて半額程度でもかけたらどうなる。一基当たりの発電量で振り分けて同額でも、あんな杜撰なトラブルは起きなかったろう。同じく、原発で払ってる交付金の、発電量当たり半額程度の金でも、自治体に協力金として支援してりゃ、自治体が間に入って調整するから、地元のトラブルもぐっと減っただろうね。ついでに広域連携で共有型の揚水発電とか、開発研究費の補助で改善されたバッテリー設備とかもあっただろうな。」
「そういう金も、税金から出てるんだから、発電にかかる費用ってことか」
「そもそも、福島の事故で原発が使いづらいからって急に、太陽光発電の促進を、急場しのぎ用に、民間資金でやらせただけだ。事故前から核サイクルのつまずきも、廃棄物処理の行き詰まりも見えていたのにね」
「どうして、そこまで原発にこだわるんだろう」
「原爆込みで、原子力を手放したくないって強迫観念だろうな。実際には原子力そのものの研究は原発と切り離しても国が保護して進める価値はあるし、原爆の方は、仮に核弾頭を作ってミサイルに搭載するってこと考えたら、プルトニウムの確保より、日米、日中、始めの賛成が何処からも見込めない外交問題とか、公表した途端に臨戦態勢になる北朝鮮への対応とか、クリアすべき障壁ははるかに大きい。それが何とかなるなら、プルトニウムぐらいきっといくらでも入手できるぐらいね。で、そんなことの為にいつまでも原発を続ける意味はない。原子力政策とエネルギー政策は別物にすべきだよ」
「はぁ、でもそういう気もする。核兵器、材料と技術があっても、持てないですよね。北朝鮮みたいな独裁国家で国民に我慢を強いれる国じゃないと」
「そう。後は、今まで原発を推進してきた過去を否定したくないっていう。これ、ヤめて欲しいね、右左すべての人に。先人の歩みや業績は否定できないって悪癖。先人は未来の人間を縛るために努力してきたわけじゃないだろう。先人は尊重しても、歩みはその時その時の知見と判断で修正するのは、当たり前だろうに」
「あぁ、そういう日本人の情緒的な癖って、治りにくいですよね」
「ま、それは置いても、これからは気象災害も多そうだし、地震もいずれ避けがたい。国際情勢も安定は見込めない。となりゃ、出力の大きな大施設に頼って、そこからツリー状に配電するんじゃなく、発電も配電も蓄電システムも分散共有のネットワーク型にして、発電所一つ、動脈一本が動かなくなっても、広域には影響が最小限で、別ルート復旧ができるようなのが、本当に安全保障にも国益にも、多分価格的にも、正しいと思うんだけどね。と、これが飲み屋のじーさんの電気プランだ」
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