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序章 1 エルツ視点
しおりを挟む扉の外から足音が聞こえた。
もうそんな時間か。
私は、医学書を閉じて机の上を片付けた。
鍵を開ける音がした後、ロッソという名前の高齢の男性の使用人が、食事を乗せたトレーを持って部屋に入ってきた。
いつもは持ってきたトレーを、扉の近くの台の上に置いてある食べ終わった食器が乗ったトレーと交換すると何も言わずに部屋から出ていくが、今日は違った。
「奥様から伝言を預かりました。明日の仮面舞踏会はベリル様の代わりにエルツ様が行くようにとの事です」
そう言うと、ロッソは私の返事を待つ事なく部屋を出ていった。
ベリルというのは私の双子の姉で、根暗で無愛想な私とは違い、いつも笑顔で愛嬌がある人だ。
両親は姉を完璧な娘に育てて良家に嫁がせようとしたが、姉は昔から勉強が苦手だった。
私たちと同世代には自分が好きになった相手なら、短所があっても構わないという考えの人もいるが、親世代は教養がある事を重要視している人が多く、いくら本人同士が好き合っていても、親の了承がないと結婚をする事は難しい。
この国には、一度結婚をするとその後何があってもその人と添い遂げなければならないという決まりがあり、両親は良家の人を騙して結婚さえしてしまえば、その後に嘘が発覚しても問題ないと考え、私を姉の短所を隠すための身代わりとして育てる事にした。
両親は身代わりの存在を知られないように、私を地下室に閉じ込めると、姉の身代わりとして相応しくなるように勉強や花嫁修行をさせた。
私は姉の身代わりとして人前に出る時以外は、地下室から出る事はできなかった。
仮面舞踏会か……
以前、姉の身代わりとしてパーティーに参加した時に、姉の知人に『いつもと雰囲気が違う』と言われ、その事をお母様に伝えると、ひどく叱られた。
お母様は、仮面をつければ雰囲気を誤魔化す事ができると思ったのだろうか。
私はロッソが持ってきた食事を机の上に置いた。いつも通り、普通の一食分にしては多い量の食事だったが、私はすぐに食べ終わった。食事が運ばれてくるのは一日一回なので、この量でも足りないくらいだった。
明日に備えて今日は早めに寝よう。
私は食べ終わった食器を台の上に戻すと寝る用意をしてベッドに入った。
「こんばんは、お嬢様」
背後から聞き覚えがある男性の声がして振り向いたが、男性は顔がほとんど見えない仮面をつけていて、誰なのかわからなかった。
「こんばんは。素敵な仮面ですね」
私の返事を聞いた男性はフフッと笑うと私の耳元に顔を寄せた。
「今日はお元気そうで安心しました。以前お会いした時は浮かない顔をされていたので気になっていたんです」
その言葉を聞いて、以前パーティーで私にいつもと雰囲気が違うと言った姉の知人の男性だと気がついた。
仮面舞踏会では、相手が誰かわかったとしても知らないふりをするのがマナーなので、男性は私の事を名前で呼ばずにお嬢様と言って、その後の言葉は周りに聞こえないようにしたのだろう。
「あの時は悩み事があったので、いつもより元気がなかったんです。ご心配をおかけしました」
私は他の人に聞こえないように小さな声で言った。
「そうでしたか。悩み事は解決しましたか?」
「ええ」
「それはよかった」
男性はそう言うと私に手を差し出す。
私は、姉の真似をして口角を上げてその手を取った。
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