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2日目 動物園デートは山あり谷あり!?
2ー1
しおりを挟むピピピピーッ──
爽やかな鳥の囀りが聞こえると、僅かに睫毛を揺らし颯は目を覚ました。
ベッドの下には、そんな颯を観察するように眺める悠人がニコニコと笑っている。
「……何してんの?」
「昨日の起こし方は少し強引だったかなと思って、今日は鳥の囀りにしてみたんだけど、どう?」
手に持つスマホをゆらゆらと揺らし、今朝は随分ご機嫌なようだ。
「爽やかな目覚めをありがとうございます」
颯は起き上がって正座をすると、三つ指をついて床に頭を擦りつけた。
「よろしい!朝ご飯できてるよ」
「すぐ行くよ」
颯はベッドメイキングをしてから寝室を出て顔を洗う。
リビングからは、香ばしいパンの匂いとほろ苦いコーヒーの良い香りがした。
ダイニングテーブルに向かい合って座り、二人揃って両手を合わせる。
「「いただきます!」」
朝が苦手な颯は、いつもギリギリまで寝ている。
そんな颯がうっかり朝食を抜かないように、悠人は出来るだけ手軽に食べられるものを用意してくれるのだ。
「あそこって確か、動物園の前にあれがあったよな?うどん屋の……丸刈りうどん!」
今日は近場じゃない為、車移動になる。
久々の動物園、スマホで場所を確認しながら問いかけた。
会話の中に『あれ、それ』が増えたのはいつからだったかとふと考えつつ、颯はアイスコーヒーを飲み干した。
「丸コメうどんね。颯ちゃん、運転大変なら電車にする?」
「いや、いいよ。車の方が帰り楽だし」
朝食を済ませ、出掛ける前にそれぞれやる事を終わらせる。
颯は全ての部屋の掃除機かけと風呂掃除、悠人は洗い物だ。
帰ってきたらゆっくり休みたいのは二人とも同じで、声を掛け合わなくてもテキパキと自分の役割分担をこなす。
身支度が整い、いよいよ出発だ。
浮かれる悠人は鼻歌交じりで玄関に行き靴を履いている。
「悠人、忘れ物ない?」
車の鍵を片手に悠人の後ろに立ち、出掛ける前にいつもこの台詞を言ってしまう。
意外と慎重で心配性だと笑われるが、癖みたいなものだから仕方がない。
「うん。財布もあるし、スマホも持った!」
「うし、行くか」
部屋を出てカチャッと音を立て鍵をかけると突然腹部に痛みが走り、そのまま固まった颯はピクリとも動かない。
「颯ちゃん?」
悠人が不思議そうに、颯の顔を覗き込んだ。
颯は手元に視線を落とし瞬き一つしない。
「あ、これはまずいやつだ」と、零した悠人は後退りをする。
「ヤバい。産めそう。……ちょっとお産してきていい?」
これはトイレに行きたい時の合図だ。
当然、颯限定である。
「どうぞ」
颯は急いで鍵を開け、部屋の中に飛び込んでトイレに直行した。
毎日しっかり催すまだまだ健康な体に感謝して巣ごもりする事10分、無事に産み落としすっきりとした顔をして外に出た。
スマホを弄って待っていた悠人の横顔は、あまり機嫌がよくなさそうだと察して、颯は後頭部を搔いた。
「ごめん、悠人。ちょっと聞いて」
「聞きたくない」
「じゃあ、勝手に言うわ。めっちゃデカい大木が出た!」
「本当にバカなの?」
トキメキを探している二人の会話とは思えない色気のない話題に、悠人は颯の肩に力強く拳を入れた。
さっさと車に向かう悠人の後を追いかけ、予定時間より少し遅れて漸く出発となったのだった。
自宅を出て、車は順調に走り出した。
颯は元々車の運転が好きで、悠人を乗せて色んな所に連れて行った。
しかし、一緒に暮らすようになってからは出掛ける機会もどんどん減り、今では買い物に行く時くらいになってしまった。
車内は悠人が好きな男性歌手の歌が流れている。
音楽に関心がない颯には、誰が歌っている曲なのかすら分からない。
「あ、思い出した。そういえば、今だから言えるけど初めて颯ちゃんの車に乗った時、マジで有り得ないと思った」
「そうなん?外車だったから?」
「若いのにラジオ流してる車に初めて乗ったから」
悠人はおかしそうにケラケラと肩を揺らして笑った。
無音は寂しい。だけど、音楽に興味がない颯にとっては、ラジオだろうが流行の曲だろうが変わらないのだ。
何を聞いても同じなら、わざわざ用意する必要のないラジオにした、理由はそれだけだった。
「何聞いても分かんねぇし……」
「颯ちゃん、歌めちゃくちゃ下手だもんね」
「まず一曲まともに歌える曲がない!」
「それ自慢にならないから」
カンカンカン──
車は踏切の前で止まり、ゆっくりと遮断機がおりる。
窓の外を眺める悠人を見て、颯はふと自分のどこを好きになったのだろうと考えた。
悠人は元から恋愛対象が男だったわけではない。
颯と付き合う前は彼女がいた時もあり、恋をしたのも女性だけだと聞いた。
♢ ♢ ♢
出会ったのは、悠人が高校二年の時だった。
大学に通いながらバイトをしていた時、颯が初めて指導係となったのが悠人だった。
二つ下と聞いていた悠人はもっと幼く見えて、緊張しているのかひどく顔は強張っていた。
話してみると中学・高校と同じ学校の出身で、共通の知り合いがいた事もありすぐに打ち解けた。
慣れてくると悠人は活発で、バイト仲間ともすぐに仲良くなっていた。
バイトが終わるとよく皆で遊びに出掛けた。
そのうち悠人と二人でも遊ぶようになった。
大学を卒業と共に、颯はバイトを辞めた。
それからも悠人とは連絡を取り合っていた。
何となく、悠人は放っておけない存在だったのだ。
それが恋心だと知るまでに、随分と時間が掛かった。
それから色々あり、周りのサポートもあって晴れて交際を始めた二人。
悠人が同じ気持ちでいてくれたのだと思っていなかった颯は驚きと喜びでいっぱいだったが、素直じゃない性格が邪魔をして、愛の告白というものは出来ないままだった。
♢ ♢ ♢
愛情表現が苦手な颯は、甘い言葉を囁いたり出来ない不器用な性格だ。
長年一緒にいるから言わなくても分かっているだろう、付き合いの年数が証明していると考えていた颯だが、悠人は違ったのかもしれないと真っ直ぐ流れる景色を眺めながら思った。
「到着だな」
ライオンやウサギが笑顔で手を振っているゲートが見えると、颯は指を差して言った。
山の上にある動物園の周りは、どこを見ても木で囲まれている。
車を降りて強い日差しの下、綺麗な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
ここ何年も休日は家でダラダラ過ごすのが日課になっていたが、一度外に出てしまえばやはり楽しいと思った。
「颯ちゃん、今日も楽しもうね!」
久々の動物園、隣を歩く悠人の笑顔は太陽に照らされて目を開けていられないほど眩しかった。
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