26 / 55
7日目 オネェ様は痛いのがお好き!?
13ー1
しおりを挟む晴哉から預かった紙袋を腕に抱えて薄暗い店内に戻った貴史は、翔が戻って来たらすぐに渡そうとガラステーブルの上に置いた。
事前に会う約束をしていたわけではない。
それでもこうして通ってくれているのは、翔なりの誠意なのだろう。
根は真面目な翔が可愛らしく見えて、思わず笑みが零れる。
BL漫画の事などあっさり忘れていた。
しかし、明日の予約を確認して軽く掃除を済ませても、翔は戻って来なかった。
「エアコンが効いてても夏はキツいな……」
首回りを刺激する銀髪が煩わしく、前髪から指を入れてウィッグを外すと、押されて潰れた茶髪を撫でた。
やはり連絡先は交換しておくべきだったと後悔してソファに腰掛けた時、ふと目の前にある紙袋に目を留めた。
中には一体何が入っているのかと気になったが、他人様のものを勝手にみるわけにはいかない。
胸に手を当て見てはいけないと自分に言い聞かせた。
しかし、封もしていない紙袋は覗けば中身は見えてしまう。
触れなくても見えるなら仕方ないんじゃないかと、貴史の中の悪魔が囁いた。
それでもダメだと主張する天使。
貴史は悩みに悩んだが、翔が戻ってくる様子はない。
テーブルに手をついて立ち上がり、顔は正面を向いたまま目線だけ落とした。
堂々と見られないのは僅かに残った良心が痛むから。
しかし、貴史の目に飛び込んできたものは予想もしていないものだった。
一番上には先程発見した本があり、中を覗き込むと表紙とご対面だ。
これ以上見てはいけないと、貴史の勘が訴える。
だけど、一度火が付いた好奇心は止められない。
再び紙袋の中に手を入れて中身を取り出した。
「こ、これは……!本当にそっちの趣味なのか……?」
それは真っ黒い短めのムチだった。
他にも紙袋に入っていたものは、全て卑猥な想像をさせるものばかりだ。
そして貴史は予想した。
実は翔には人には言えない特殊性癖があり、こっそりと誰かに打ち明けようとしているのだと。
これは早急に話し合う必要があると覚悟を決めて、取り出したものを紙袋に戻した。
もしかしたら打ち明ける勇気がなくて、こうして人づてに頼んで自分だけにカミングアウトをしているのかもしれないと勝手な想像はどんどん違う方向に膨らみ、紙袋は目につかないレジの後ろに隠す事にした。
今までそんな男に出会った事がない貴史は、そこまで真剣に自分との事を考えてくれていたのかと胸はキュンと痛み愛しさを募らせる。
大急ぎで鏡の前でウィッグを付け直し、化粧直しもした。
背の高い花瓶に挿した向日葵を指先でつついて翔を待っている時間はとても長く、そして気持ちは高揚していた。
カランカラン──
ドアベルが鳴って反射的に貴史は立ち上がった。
そこには、暗い顔をした翔がばつの悪そうな顔をして立っていた。
「いらっしゃい」
優しく声をかけると、翔は小さく頷いて片手にぶら下げていた袋を差し出した。
受け取った貴史が袋を覗き込み、中に入っていたのは二つの塩大福だった。
「あらぁ~!買ってきてくれたの?ありがと。これ、商店街で有名な和菓子屋さんの大福よね?嬉しいわぁ~!」
貴史の笑顔を見て安心したのか、翔の硬かった表情が和らいだ。
「一緒に食べようと思って買ってきたんだぜ!」
まるで子供のように無邪気に笑う翔は可愛く思えたが、さっき見た紙袋の中身が頭から離れない。
貴史は胸に手を置いて、自分を落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をした。
「どうしたのかな?調子悪い?」
心顔そうに覗き込む翔に何でもないと首を振ると、座り心地のいい理容椅子をクルリと回して背もたれを叩いた。
「座って。お休みだけど、お礼にサービスしちゃう~!」
「いや、でも……」
「いいからいいからぁ~。早く早く~!」
言われるがままに翔は深く椅子に腰掛けて、貴史は回転する椅子を鏡がある正面に向けた。
セットしてない髪は無造作で、前髪は目にかかり邪魔そうだ。
ふわりとカットクロスをかけると、貴史は腰にシザーケースを巻きつけてコームとハサミを取り出した。
チョキチョキチョキ──
切れ味のいいハサミは小気味良い音を立てて、カットした髪はパラパラと床に落ちていく。
貴史の気持ちも落ち着いてきた。
そして、いよいよ本題を切り出す。
「ね~え?ジョニーって、その……ムチが好きなの?」
いざ言葉にすると心臓はまたバクバクと高鳴って、いつものように大きな声が出ない。
「え?」
よく聞こえなかったのか翔は聞き返したが、一呼吸置いて「ああ」と小刻みに何度も頷きながら零すと明るい声で言った。
「なんだ、知ってたんだ。周りからは程々にしろって言われるんだけど、やめられないくらいハマってて大好きなんだぜ!」
「そんなぁ!?」
事前に知っていても本人の口から聞くと衝撃的でハサミを落とした。
真っ直ぐに落ちたハサミは床に弾かれ翔の方へと転がっていく。
貴史の驚きように翔は不思議そうに首を傾げたが、足元で止まったハサミに手を伸ばす。
「待って!!!」
店内に響き渡る大きな声に翔の肩はビクッと跳ねて、前屈みになったまま動きは止まった。
特殊性癖だったという事実が現実味を帯びて混乱する。
だけど愛する人がそれを好み、もしもそうしたいと望むなら応えたいとも思う。
貴史の中で葛藤が繰り広げられていたが、もし本当に自分だから打ち明けてくれたのだとしたら、ここで突き放すわけにはいかないと前向きに考えてしまった。
そして、優しい翔が夜のみ変貌する姿を想像しては、それもまた一つの愛の形であるとあっさり受け入れる決意をした。
何も知らない翔は体勢が苦しくなったのかハサミを拾って起き上がり、刃を持って差し出した。
ハサミを受け取った貴史の顔から笑顔は消えて、最後の仕上げに全体を整え始める。
このまま話を続けていたら、カットどころではなくなりそうだと思ったからだ。
鏡越しに見える翔は、自分の気など知らず呑気に鼻歌を歌っていて、貴史は妙にそわそわとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる