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7日目 逃げられ追って辿り着いた先は!?

12ー2

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 余計なものが置いてないスッキリとした店内は休みでも人が迎えられるよう掃除が行き届いている。


「どうぞ、座って座って~!」

「ありがとうございます」

 ソファを勧められて、紙袋を胸に抱え腰を下ろした。

 貴史は店の奥に行ってしまい、一人残された晴哉はふと颯達の事が頭をよぎる。


 戻って来た雪に無茶を言われていないかと考えると、心は重く沈んだ。

 やはり自分が我慢してやるべきだったのかもしれないとスマホに手を伸ばした時。

「お待たせしちゃってごめんなさいねぇ~」


 貴史がトレーにグラスを乗せて戻って来た。


 グラスの中にはアイスコーヒーが入っていて、いっぱいに詰め込まれた氷がカランと音を立てて踊っている。


「気を遣わせてしまってすみません。ありがとうございます」

「アタシが誘ったんじゃな~い。気にしないで。それより、シロップはいるかしら~?」

「はい、いただきます。実は甘党で、ブラックは苦手なんです」

「あらぁ~!イケメンで甘党なんて格好良さと可愛さの両方を持ってるのねぇ~!さぞモテるんじゃな~い?」

「だったら嬉しいんですけど、生憎僕には縁がない話みたいです」


 周りからはモテるだろうと言われる晴哉だが、本人は全く自覚がなかった。

 それは環境の問題もあり、大学の女生徒達の間でアイドルのような存在の晴哉は、みんなのものだという暗黙のルールがあるからだ。


 無自覚とは恐ろしいもので、女性から人気がないと宣言している晴哉の人気は加速するばかりだった。



 貴史が用意してくれたシロップとミルクを入れて掻き混ぜると、薄い茶色に色を変えた。

 グラスを持ち上げた瞬間、カランと回る氷が涼やかな音を立てて、ゆっくりと口に含んだ。

 香ばしい匂いが鼻から抜けて、甘みの後にほろ苦さが口に残った。


 グラスを置いて前屈みになった瞬間、バサッと紙袋から何かが落ちた。


「あらあら~。大丈夫?」

「はい、平気です。すみません」

 晴哉は爽やかな笑顔を浮かべ、紙袋をテーブルに置いて足元に落ちた本を広い上げた。


「!?」

 そこでふと目に入ってきた本の表紙に絶句して動きは止まった。


「ちょっとぉ~。どうしたのよ~?」

 不思議そうに首を傾げた貴史が晴哉の目の前でヒラヒラと手を揺らして、視線を本の表紙に移した。


「うおっ!?」

 貴史の口からは野太い声が飛び出した。

 その本の表紙は、可愛い顔をした男が薄い布一枚を巻いて首輪に繋がれて、看守のような格好をしたクールそうな男に迫られている絵が描いてあったからだ。



「「……」」


 室内は静寂に包まれた。


 紙袋から出てきたこの本は、当然翔の所有物だという証。

 普段バイト先で見ている翔からは想像も出来ない趣向に、すぐには受け止められず項垂れた。


「どういう事なのかしらね……」

 貴史が天井を見上げ、気の抜けた声で言った。


「ジョニーさんに、そういう趣味があるとはご存知なかったんですか?」

「全然。実はまだ知り合って間もないから……」

「そうですか……」


 晴哉は漫画本をそっと紙袋に戻し、冷房のきいた室内で背中には冷たい汗が流れた。


 BL漫画本の表紙には作家の名前も記載されていて、それはよく知る人物だったのだ。


 ─下隙しもすき ユキ─

 悠人の親戚である雪のペンネームだ。


「ジョニーがこんな過激なものが好きだったなんて、知らなかったわぁ~」


 明らかにショックを受けている貴史を見て、ハッとした晴哉はすかさずフォローに入る。


「まだジョニーさんのものと決まったわけではありませんから」

「でもぉ、ジョニーの持ち物なんでしょ~?」


 貴史はグラスにストローをさして、ズズッと音を立ててアイスコーヒーを吸い込んだ。


 このままでは翔に良からぬ疑いがかかってしまうと懸念して、自分が雪の元でバイトをしていた事は伏せて話した。


「その漫画本の作家さんなんですが、実は悠人さんの親戚の方です。もしかしたら、ジョニーさんは売り上げに貢献しているだけかもしれませんよ」


 説明を受けた貴史は目力のある瞳で瞬きをして、安心したのか胸に手を当てて息を吐いた。


「そうよね。ジョニーがそんなはずないわぁ~!ジョニーはもっとノーマルよねぇ」


 笑顔になった貴史を見て晴哉もつられて笑い、緊迫した空気は穏やかに解けた。


 安心したせいか、零れそうになった欠伸をかみ殺して口元を手のひらで覆った。


「戻って来ないわねぇ~」

「そうですね。仕方ないので、諦めて帰ります。紙袋はバイトの時でも渡せますから」


 そう言って晴哉は袋を持って立ち上がる。


 翔を待ちたい気持ちはあるが、今はそれよりも眠気で体が怠くなる前に帰りたかったからだ。


 丁寧に挨拶をして扉に手を伸ばした時。

「ちょっと待って。その紙袋はアタシが預かりましょうか?」

「でも……」

「きっと来るわよ~。そんな気がするの。アタシに任せて、ねぇ?」


 晴哉の肩を軽く叩いてウインクをする貴史に、そう言ってくれるならと紙袋を任せる事にした。


「ご馳走様でした。よろしくお願いします」


「はいは~い!確かにお預かりしたわぁ~」


 店を出てやっと家路につけると安堵して大きな欠伸を漏らした。

 あの紙袋の中に他にも入っているようだったが、気にならないほど疲れきっていたのだ。


 生花店に寄る気力もなく、店に行く前に寄ろうと決めてぼんやりとした思考で今度こそ自宅を目指して帰った。

 早く眠りたいと、今頭の中にあるのはそれだけだった。
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