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7日目 逃げられ追って辿り着いた先は!?

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 二人の家を出た晴哉は自宅の方向に向かったが、ズボンのポケットで震えるスマホに気がつき取り出すと、今日来店する予定の女性客からメッセージが届いていた。


 〝今日仕事終わったら行くね。セイヤに会えるの楽しみ!〟


 この女性は晴哉がバイトを初めて最初に担当した客で、その後も定期的に遊びに来てくれる。

 すぐに返事を返すと、晴哉は家の方向とは逆の商店街へと向かった。


 日頃の感謝を込めて、花を贈ろうと思ったからだ。


 賑やかな商店街は昼時を過ぎてもいい匂いが漂っていて、風に乗って流れてくるミストが気持ちよかった。


 和菓子屋の隣にある生花店の看板が見え、店先に並ぶ向日葵が遠くからでも目立っている。


 後少しだと思えば歩幅は大きくなり、和菓子屋を通り過ぎた時だった。


 自動ドアが開いて和菓子屋から出てきた男が、ブワッと甘い匂いを乗せて横を通り過ぎて行った。


 嗅いだ覚えのある匂いに振り返ると、オレンジ色の髪が印象的なスーツに身を包んだ男の背中が見える。


 スーツ姿なんて珍しくもない。
 だけど、この甘ったるい匂いは間違いなく翔だと確信があった。


 ホスト達はそれぞれ好みの香水をつけているが、加減が分からないのか翔は特に強い匂いがするからだ。

「あ、ジョニーさん!」

 晴哉の声は周りの音に掻き消されて届かない。

 翔への預かり物をしていた晴哉は、ちょうど良いと生花店は後回しにしてその背を追いかけた。


 商店街から横道に入ると、そこは人通りの少ない静かな細道。

 高い建物の影に覆われて、一日中太陽の光は届かない。

 母親の手を引いて歩く親子とすれ違い広い道に出た先は、カーテンがかかったように日差しが降り注ぎ、思わず晴哉は瞳を細めた。


 だんだんと目が慣れてきて一軒家が並ぶ住宅街、カントリー調の家に向かう翔の後ろ姿を見つけて、中に入る前にと急いで駆け出す。


 手に持つ紙袋の中身がガタゴトと揺れる音がしたが、焦っている晴哉は気にならなかった。


 そして、一気に距離を縮めて翔の肩を掴んだ。

「あの、ジョニーさん!」

 何とか間に合ったとホッと表情を和らげると、振り返った翔は目をまん丸くして驚いている。

 突然の出来事に声も出ないのか、口をパクパクとして晴哉を指差した。


「驚かせてすみません。実は、颯さんから預かり物をして──「お前は、セイヤ!?」

 片手に持っていた紙袋を差し出して颯から預かっていると伝える途中、翔の大声で晴哉の言葉は遮られた。

 沢山のホスト達が働く店で、バイトである自分の名前まで覚えていてくれたのかと喜んだのも束の間、次に飛び出した言葉は衝撃的なものだった。


「誰に頼まれて来たのかな?まさか、直接言いたくないからってバイトに頼んで俺を辞めさせようなんて企みか……?いや、ちょっと待ってくれよセイヤ。俺達の仲じゃないか。そんな事言ったりしないよな?上には上手く言っといてくれよ。な?頼むよ!じゃ、そういう事で頼んだぜ!」

 そこまで言うと、翔はどこかへ走り去ってしまった。

「違います!ジョニーさん!!」

 晴哉の声は見えなくなった翔には届かず、静かな町に溶けて消えた。

 誤解を生んでしまい、翔に不安を与えてしまっていたらどうしようかと頭の中には嫌な考えが浮かぶ。


 途方に暮れていたその時、カントリー調の家の扉が開いた。

「あらぁ~?お客さんかしらぁ~?」

 中から出てきたのは胸元がハートの形になったエプロンを引っ掛けて、日差しを受けた銀髪が眩しく、派手な化粧をした一度見たら忘れない印象の強い人物だった。


 身長の高い貴史は迫力があり、大抵の人は驚くだろう。

 しかし晴哉はそれよりも貴史の奥に見える店内の様子が気になり、チラチラと視線は店の中に向いてしまう。

 その様子に気付いた貴史は、店内が見えるよう扉側に寄ってもう一度声をかけた。


「お客さんだったらごめんなさいねぇ~。今日はお休みなの」


 暖かみのある綺麗な店内は照明が落ちていて、ブラインドから漏れる日差しが明かりの代わりに照らしていた。


 商店街はよく利用していたが、こんなにお洒落な美容室があるとは知らず、興味津々で中を覗き込んだ。


「素敵なお店ですね。隠れ家みたいだ」

「あら、嬉しい~!小さいながら自慢のお店よぉ~!」


 気に入っている自分の店を褒められた貴史はすっかり気を良くして、両手で頰を包むとクネクネと体を捻って喜んだ。


 独特な人だが、悪い人ではなさそうだと判断した晴哉は、この店に入ろうとしていた翔について聞いてみる事にした。


「あの、さっきこのお店に入ろうとしていた男性に声をかけたのですが、驚かせてしまったみたいで。どこかへ行ってしまったのですが、ジョニーさんという方をご存じありませんか?」

「勿論、知ってるわよぉ~!ジョニーのお友達?」

「バイト先の先輩なんです。実は颯さんから預かり物をしていて、たまたまジョニーさんを見かけたので声をかけたんです。でも、結局渡せないままで……。あ、すみません!こんな話をしてしまって。後でまた声をかけてみます」


 ついこれまでの経緯を話してしまった晴哉はハッとして謝罪した。

 きっとここはジョニー行きつけの美容室なのだろうと思った晴哉は、勝手に話してしまった罪悪感とたくさんいる客の内の一人であるジョニーの個人的な事情を聞かされた貴史は迷惑だったのではと困ったように笑った。


 丁寧に頭を下げて背を向けた時、貴史は片手を伸ばして呼び止めた。


「ちょっと待ってぇ~!」

「はい?」

「少し寄っていかない?そのうちジョニーも帰ってくるかもしれないし、ねぇ?」

「え?いいんですか?」

「ええ、いいわよぉ~。きっと戻ってくるはずだから。実はアタシ、颯くんとも顔見知りで、昨日お店に来てくれたばかりなのよぉ~!」


 貴史がジョニーだけではなく颯とも知り合いだったと聞いて、心底ホッとした。


 店でも渡せるが、出勤時間がズレると声をかけるタイミングがなかなか無いのだ。

 急ぎ必要なものなら早めの方がいいと思い、貴史の厚意に甘えて待たせてもらう事にした。

「さぁ、入って入ってぇ~!」

「お邪魔します」

 貴史に誘われるまま、綺麗な店内へと足を踏み入れた。
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