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8日目 二人の距離は数センチ!?

16ー3

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「それなら──あ、すみません。ジョニーさんの話をしていたのに」

 昔の雪の話をする悠人に真剣な眼差しを向けて聞き入っていた晴哉だったが、途中でハッとした顔をして話を中断した。


「別にいいよ。晴哉くんは雪ちゃんの話も気になるよな。ある意味被害者だし」

 悠人は心底同情しているような暗い顔をして言った。 
 颯はぼんやりと何か弱みでもあればと思ったが、雪とは全く交流がなかったので教えられるような事がなかった。


「いえ、自業自得な部分が大きいので。って、また話が脱線しそうですね」

「翔は仕事で何かやらかしたりした?」


 翔は根は真面目だが、要領が良い方ではない。

 だけど、颯はそんな翔だからこそ信頼していた。


「いえ、全然!実は昨日、ジョニーさんが初めて同伴出勤をしていて。髪もしっかりセットされていたので、何か変わるきっかけでもあったのかなと思って」

「え、翔先輩が!?」


 昨日貴史の店に行った話を聞いていた二人は目を見開いて驚いた。

 颯は店に来てくれる女性を紹介してと言われていた位だ。

 短期間で翔を気に入った女性がいたのだろうかと、知識のない颯は悠人と顔を見合わせて首を傾げた。


 何も知らない晴哉は、明るい声で話を続ける。

「初めての同伴だったから、颯さん達にも連絡をしたのかなと思ったんです。僕も初めて指名をもらえた時は嬉しくて、バイトを紹介してくれた友人に報告したので、ジョニーさんもそうかなと思って」


「帰りもその人と帰ったりしてた?」

 その女性と今も一緒にいて連絡がないのかと颯は考えた。

 押されると弱い翔の事だ。
 酔い潰れた女性を介抱してる可能性もある。

 それなら電話に出ない理由も納得が出来た。


 一度家に行ってみるべきだったかとモヤモヤしているうちに、待ち合わせ場所である神社が見えてきた。


 短い石段を上がった両脇には狛犬こまいぬがどっしりと構えていて、その先の鳥居の横には雪が立っていた。

「おーい。こっちこっちー!」

 三人に気付くと、片手を大きく振り声を張り上げて駆け寄ってきた。


 颯と悠人は周囲を見回したが、翔らしき姿は見当たらない。


 落ち着きがない二人の様子に、雪は首を横に振って言った。

「さっき親子連れが来てたけど、今は誰もいないよー?少なくとも、私がいる間には他に若いカップルしか来てないと思うけど」


 これは流石に相当な何かがあったと感じた颯は、スマホを出して翔に電話をかけた。


 プルルル プルルル──

 虚しくコールが鳴るだけだった。


「颯ちゃん。翔先輩の家に行ってみよう」

「だな。このまま祭りを楽しむ気にはなれねぇよな」

「えー!?ダブルデートは!?」

「雪さん、ちょっと静かにしててください!」


 悠人の発言を聞いた雪は、周りに響き渡る甲高い声を上げて颯に詰め寄った。


 元来た道を引き返す二人を追いかける雪の前に、両腕を広げた晴哉が立ち塞がった。

 その顔を真剣で、雪も足を止めた。


「それならせめて悠人くんは残ってよー……。私の漫画家生命がかかってるんだよ!?」

「ごめん、雪ちゃん。今それどころじゃないから」

「私だってそうだよ!」

「絵になりそうな人を僕が見つけてきますから、二人を行かせてあげて下さい」

「嫌!もう、題名まで決めてあるんだから!」

「晴哉くん、悪いけど雪ちゃんは頼む」

「はい。出来る限り足止めします!」


 このまま言い合いをしていてもらちがあかないと思った颯は、悪いがこの場は晴哉に任せる事にした。

 しかし、雪も必死に食い下がり何とか止めようとする。


 悠人が颯の腕を引いて強行突破を試みた時だった。


「なんで浴衣指定にするかな。おかげで大遅刻だぜ」

 聞き覚えのある声に雪以外の全員が固まった。


「翔?」

 信じられないようなものでも見たような颯の顔に、近付いてきた翔は首を傾げた。

「どう見ても俺だぜ?もしかして颯、もう呆けたのかな?」

「うるせぇ」

 何も変わりない普段通りの翔に安堵して、颯は肩に腕を回した。

「翔先輩があまりにも遅いから、これから迎えに行こうとしてたんですけど」

「悪い悪い。って、元はお前らが突然浴衣なんて言い出すからだって分かってる!?」


 口では文句を言いながら安心したのは悠人も同じようで、翔と力強く拳を付き合わせた。


「よかったですね、雪さん。中止にならなくて」

「フッ、フフフフ!この時がキタ。キタキタキター!!」

「「「!?」」」


 興奮気味の甲高い奇声に男達は驚き、雪は一気に注目の的だ。

 初対面の翔は訝しげな顔をしている。

 三人はあからさまに嫌な顔をして、颯が翔の後ろに回り盾代わりにすると、悠人と晴哉も後ろに並んだ。


 そんな男達を気にもせず、雪は大きなリュックサックからハシゴのような絵が描いてある紙を出して翔の顔に突きつけた。

「うわっ!?」

「さあ、どちらかを選んで君の運命を選択して!」


 翔は顔に張りついた紙を引き剥がし、その後ろから颯も一緒になって覗き込むと、それはあみだくじになっていた。


「今日の目的はダブルデート取材!悠人くんと颯くんの組み合わせは昨日たっぷり見せてもらって飽きたから、このあみだくじで!えっと、翔くん?と晴哉があみだくじを引く。それで悠人くんか颯くんのどちらかとペアになってもらうよー!今日は二組が別行動でデートしてもらうから!」

「颯、この人は誰かな?」

「悠人の親戚」

「あ、そうなんだ。じゃあ、俺はこっちの右側にするぜ」

「この状況をあっさり受け入れる翔先輩怖ッ!?」


「これが人生経験の違いだぜ!」

「ジョニーさんと颯さんは流石、落ち着いていますね」

「落ち着いてるよな?」

「颯ちゃんは脱力系ってだけでしょ?」


 一列に並んだ男達が盛り上がってる中、雪はさっさと翔が手に持つ紙を回収して結果を確認した。

 そして、雪が「コホンコホン」とわざとらしく咳払いをすると、片手を握りマイクに見立てて口元に近付けて言った。


「じじゃーん!結果発表ー!今回のあみだくじの結果、悠人くんのお相手は晴哉くん!そして、颯くんのお相手は翔くんに決定!!ここからはそれぞれのペアで回ってもらうよー!悠人くん達は大通り、颯くん達は裏道の方でデート。花火の前にはここに戻ってくる事!そして私は隠れて二組の様子を見てるから、ちゃんとデートらしい振る舞いをしないと後で罰ゲームだからね!じゃあ、いってらっしゃい!」


 言いたい事だけ言うと、雪は大きく手を振って賑やかな声がする祭り会場の方へ走り去ってしまった。

 翔は順応性が高いのか、颯の腕を引っ張って歩き出す。

「じゃ、俺達も行こうぜ!」

「待て待て。自分で歩けるって」

 仕方ないと諦めた颯は、大きな溜息を吐いて翔の腕を振り解き隣に並んだ。

 特に不満はないのか悠人も何も言わずに颯を見ているだけだった。


 その時、晴哉は悠人の手を握り、ふわりと優しく微笑んで言った。

「悠人さん、僕達も行きましょうか」

「えっ!?」

「なっ!?」


 目を見開き短く声を上げた悠人と颯だったが、反対方向に進む二人の距離はどんどん離れ、人混みに紛れて見えなくなった。


 こうして、雲行きの怪しいデートが始まったのだった。
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