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8日目 二人は急接近!?(悠人・晴哉編)

17ー1

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 宙に浮かぶ提灯の明かり、胸に響く太鼓の音、香ばしい匂いが漂う祭り会場は多くの人で溢れていた。


「晴哉くん、ちょっと!」

 手を握ったまま一歩先を歩いて人混みを進む晴哉に、戸惑いの声で呼びかけた。


 悠人の声が耳に届くと立ち止まり、振り向いた晴哉は気まずそうに俯いた。 

「すみません。嫌でしたよね……」

 そう言うと、晴哉はそっと手を離した。


「嫌とか、そういう事じゃなくて。なんか、雰囲気変わった気がしたから驚いただけ」


 晴哉はハッと顔を上げ、瞳を伏せると困ったように笑った。

「あ、はい。実は、ジョニーさんが颯さんの腕を引いた時に、何というか対抗心みたいなものが湧き上がってしまって……。同じホストだからかな。負けたくなかったのかもしれません」

「もしかして、負けず嫌いの人?」

「自分では気付いてなかったけど、実はそうなのかもしれませんね」


 柔らかな声に眩しい笑顔、その優しさで人を惹きつける晴哉は勝負事でも勝ちを譲るような人物だと思っていた悠人にとって、意外な一面だった。

 しかし、同時に親しみやすさも感じていた。


「取りあえず何か食べようか。あ、から揚げなんてどう?」

「いいですね。悠人さんは、ビールもあった方がいいですか?」

「ううん、いいよ。颯ちゃんと合流してからにする」

「二人は本当に仲がいいんですね」

「それなりにね。から揚げ二つ下さい」

「はいよー。二つで千円ね」


 紙コップに山になって入ったから揚げをつまみながら、広い大通りをのんびりと歩いた。

 車通りが多いこの道も、今日は人で溢れ両端にはずらりと露店が立ち並んでいる。


 毎年颯と一緒に来て二人並んで歩いたこの道に、今年隣にいるのは颯じゃない。
 悠人は知らない景色を見ているような不思議な感覚だった。


 晴哉はから揚げを一口で頬張ると、ふと首を傾げて問いかけた。

「そういえば、二人はどっちから告白したんですか?僕は勝手に颯さんかなと思っているんですけど。よかったら、二人の馴れ初めを聞かせてもらえませんか?」

「あれはなんて言うのかな……」


 悠人は懐かしい記憶を思い出していた。



 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 悠人の実家は、自動車の整備工場を営んでいる。

 従業員数人の小さな工場だったが、腕の良い父親と話し好きな明るい母親が二人三脚で築いたものだ。


 大学を卒業した悠人は、就職して営業マンになった。

 すぐに仕事を覚え、頑張った分だけ結果が出る喜びを覚えた悠人は、ずっと続けたいとやる気と希望に充ちていた。


 そんなある時、父親が突然倒れた。

 幸い命に別状はなく、疲れが溜まっていたのだろうと診断された父親は、退院するなりすぐに仕事に戻った。


 周りは心配したが、職人気質で頑固な父親は誰の言う事も聞かずに仕事を続けた。

 悠人はこの頃から、父親の後を継ぐべきなのか悩んでいた。


 そんな悠人の相談相手は颯だった。

 就職してからも連絡を取り続けていた二人は、度々会って遊びに出掛ける仲だった。


 この日は仕事が終わってから、一緒に夕飯を食べる約束をしていた。

 ファミレスの窓側の席で、悠人は半分ほど減ったビールジョッキを片手にポツリと呟いた。

「俺、そろそろ真剣に家の事考えなきゃかも」

「親父さんは相変わらず?」

「うん。周りは休めって言ってるんだけどさ」


 悠人には妹が一人いるが、大学進学を機に実家を出て戻ってくる気はないようだった。

 今の仕事が好きでやりがいも感じている悠人だったが、両親から継いでほしいと頼まれたら断れない。

 父親からは何も言われていないが、最近母親からよく電話がかかってくるようになり、いよいよかと感じていた。


 颯は枝豆をつまみ、冷えたビールを流し込んで言った。

「悠人はどうしたい?」

「俺は……今の仕事が好きだから続けたい。でも、親が大事にしてる工場だから、残したいとも思う」

「それって悠人じゃないとダメなのか?血縁がないと継がせたくないとか」

「うーん、どうなんだろう。聞いた事ないな……」

 颯は腕を組んで目を閉じてしまった。

 重い話だったかと、悠人はジョッキを置いて俯いた。


 沈黙は周りの声が大きく聞こえ、今颯が何を考えているのか気になって仕方がなかった。

 今まで一度でも颯が突き放すような言葉を言った事はない。
 それでも、誰にも打ち明けられなかった悩みを話した悠人にとっては不安でしかなかった。


 長い沈黙の後、颯は目を開けると「うし」と、自分の膝を叩いた。
 そして、真っ直ぐに見つめる颯の顔はいつになく真剣だった。


「なら、一回親父さんと話してみていい?」

「……え?何を話すの!?」

 予想もしていなかった言葉に、悠人は目を見開き大きな声を上げた。

 颯はテーブルの上で両手を絡めて冷静に続けた。

「もし誰でもいいなら、俺がやってみてもいい?」

「いや、でも颯さんだって仕事あるじゃん!」

「俺は悠人みたいにやりたいからやってるわけじゃねぇし。まあ、使いものになるかは分からないから、まずは見習いとして雇ってもらって、後は親父さんに判断してもらえたら」

「待って待って!別に自動車整備だって颯さんがやりたい事じゃないでしょ」

「今やりたい事になった」

 あまりにも急な展開に、悠人は激しく動揺していた。

 面倒見がいい颯でも、ここまでくると相当だ。

 自分のせいで颯の未来を変えてしまうと焦った悠人は、必死に説得を試みる。

「そんな簡単な話じゃねぇから!資格だっているし」

「働きながら勉強するよ」

「自分の時間だってなくなるじゃん!」

「暇つぶしを考える必要がなくなるのはいいよな」

「出会いもなくなるけど」

「その時は一緒に婚活して?」


 何を言っても颯の考えは変わらなかった。

 先に根を上げたのは悠人だった。


「本当に、いいの?」

「もちろん!」

「じゃあ、親に話してみるよ。……ありがとう、颯さん」


 この後、悠人が母親に電話をしてみると、二つ返事で颯の採用は決まった。

 勤めていた会社を辞めた颯は、面接を兼ねて悠人の両親と会い、その次の日から正式に従業員として働く事になった。
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