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8日目 二人は急接近!?(悠人・晴哉編)
17ー2
しおりを挟むまるで知識のない颯だったが、手先は器用な方だったのが幸いして、上達は早かった。
悠人の両親の計らいで、勉強にも励めるよう時間調整もしてもらい、資格取得も順調だった。
そんな颯をずっと近くで見ていた悠人は、知らず知らずのうちに惹かれていた。
仕事が終わると真っ直ぐ一人暮らしのアパートに戻っていたが、この頃は工場に顔を出す回数も増えた。
そこには普段見られない真剣な顔をした颯がいて、そのギャップに悠人の心は掴まれてしまった。
それが恋心だと気付くまでに、時間はかからなかった。
「颯ちゃん、お疲れ様!差し入れ持ってきたよ」
「マジ?すげー嬉しい!」
こうして密かに芽吹いた恋心は、言葉にしなければ苦しくなるほどに大きく育っていった──
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「──それで、俺から颯ちゃんに告白したってわけ」
「意外です。絶対颯さんからだと思っていました」
長い話にも嫌な顔一つせず耳を傾けていた晴哉は、二人の馴れ初めを聞いて柔らかな笑顔を零した。
「お互い言葉にしなくても分かっているところや尊重し合える部分も、二人は僕の憧れです。僕も、そんな風に想い合える人に出会いたいな……」
眉を落として笑う晴哉の横顔は切なさが漂い、今も忘れられない人を想っているのかと思うと、何とか元気にさせたい悠人は頭を捻った。
すっかり空になったカップを晴哉の手から抜き取り自分のものと重ねて道端のゴミ箱に捨てると、悠人は悪戯に口角を上げて帯の間に忍ばせていた保冷剤を晴哉の頬に押しつけた。
「隙あり!」
「冷たっ!!」
溶けかけた保冷剤は結露して頬を濡らし、不意打ちを受けた晴哉は顔をしかめて手の甲で拭い不満げな声で言った。
「ズルいですよ!お返しです」
「ちょッ!?ごめんごめんって!」
濡れた手を悠人の浴衣に擦りつけた晴哉の表情は明るく、暗い気持ちまで一緒に拭えたようだった。
妹が一人いる悠人は、もしも弟がいたらこんな感じなのかと思った。
「晴哉くんなら、きっと大丈夫だよ。相手の事、ちゃんと考えてくれそうだし。愛情表現だって」
「いえ……。そんな事もないんです」
晴哉はふと立ち止まり、露店から立ち上る白い煙を追いかけ夜空を見上げ、ぼんやりと遠くに見える星々を瞳の奥に閉じ込めた。
「大事な人ほど伝えられなくて、嫌われたくなくて、何も言えなくなる。後悔ばかりして、僕はダメな奴ですよ」
ゆっくりと瞼を持ち上げて柔らかく笑う晴哉は、どこか大人びていた。
だけど、自分を無理やり納得させているように感じた悠人は不満げな顔をして晴哉の袖を引いて歩き出す。
「は、悠人さん!?」
引っ張られるまま歩く晴哉は困惑した声音を上げるが、先を行く悠人は笑っていた。
射的屋の前で止まると、悠人は手を離して店に近付きどっしりと椅子に腰掛けている店主に声をかけた。
「二人で」
「じゃあ、これね。完全に落とさないとダメだから」
器に入ったコルク玉を受け取り、一つは晴哉に渡して言った。
「すっきりするから、やってみない?」
「初めてで下手だと思うけど、笑わないで下さいね?」
「その時は、颯ちゃん達と合流してからネタとして使わせてもらうよ」
「悠人さんは意地悪なんですね」
コルク玉は全部で五つ。
悠人は銃に弾を詰めて、無謀なゲーム機の箱に狙いを定めた。
パーンと乾いた音が響き、コルク玉は箱の角に当たったがピクリとも動かない。
「コツは調べてきたんだけど、やっぱりあれはダメかぁ」
パーンッ──
「悠人さん、一つ聞いてもいいですか?」
パーンッ──
「なに?」
パーンッ──
「悠人さんにとって愛って何ですか?」
パーンッ──
「それ今聞く事?晴哉くんも相当意地悪いよね」
パーンッ──
「さっきのお返しです」
パーンッ──
「人生の先輩として言わせてもらうなら、それを人から聞いても面白くないと思うよ」
パーンッ──
「そういうものですか。……実は僕、悠人さんの事が少し気になってます」
「え?」
バーンッ!!──
最後に二人が同時に撃った一発は、耳を塞ぎたくなるような発砲音を立てて勢いよく飛び出した。
風を切って真っ直ぐに飛んだコルク玉は、ゲーム機の箱に命中して見事倒れた。
「晴哉くん、今なんて……」
「ゲーム機、倒れましたね」
「え!?」
まさか倒れると思っていなかった悠人は夢でも見ているようで、何度も瞬きをして晴哉と顔を見合わせた。
「やった!」
「悠人さん、流石ですね」
喜びは遅れて込み上げ拳を突き合わせていた時、目を吊り上げた店主が立ち上がり、二人の前に立ち塞がった。
強面の店主はよく見れば頬に真新しい傷があり、悠人は固唾を呑んだ。
「兄ちゃん達……なかなかやるな。残念ながらゲーム機はやれないが、これは俺から特別賞だ!!」
そう言うと、店主は台の下から水鉄砲を取り出して笑った。
「あ、ありがとうございます」
「すみません」
「特別に水入りだ!祭りは羽目を外す奴も多いから、護身用に持っていきな!」
水鉄砲を受け取り射的屋を後にした二人は、そのまま元来た道を引き返す事にした。
温かな明かりで照らす提灯は一直線に並んでいて、広い大通りは人で溢れている。
集合場所である神社を目指して、はぐれないよう流れに合わせて進んだ。
「射的屋の店主さん、顔は怖かったけどいい人だったな」
「そうですね。水鉄砲を水入りでもらったのは初めてです」
悠人はトリガーに指を引っかけクルクルと回して帯に挟んだ。
晴哉もそれに習い水鉄砲を帯の間に押し込んで、人を避けてさり気なく悠人の反対側に回り込んだ。
忍ばせていた保冷剤はすっかり溶けて、夜でも気温が下がらない蒸し暑さと人々の熱気で、首筋からは汗が流れ落ちる。
だんだんと口数が減ってきた頃、パタンと何かが落ちた物音に気付いた晴哉はふと足止めて振り返った。
「どうした?」
「落とし物みたいです」
地面には飾り気のないシンプルなパスケースが落ちていて、踏まれる前に素早く拾い上げると、それを精一杯高く上げて声を張り上げた。
「すみません!パスケース落としましたよ!」
大勢の人が行き交う中で、誰の物かなんて分からない。
悠人は見逃さないよう周囲を見回した。
すると数人が足を止めて、その中の一人が「あっ!」と、声を漏らして急いでこちらに駆け寄ってきた。
顔を和らげたのも束の間、近付いてきた人物の顔がはっきりと見えた途端、晴哉は目を見開き、一瞬時が止まったように硬直した。
「蒼空……」
「晴哉……?」
隣で見ていた悠人は、二人が顔見知りだと察し首を傾げて声をかけた。
「知り合い?」
「僕の、……以前、付き合っていた人です」
それは、あまりにも突然の再会だった。
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