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8日目 二人は急接近!?(悠人・晴哉編)

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 艶のある漆黒の前髪、間から覗く切れ長の目は戸惑いの色を滲ませて、オーバーサイズのカットソーに細身のパンツを合わせた控えめな男性は、話に聞いていた晴哉の元カレだった。


 晴哉は気まずそうに後頭部を搔いて言葉を詰まらせた。

 立ち止まった三人を避けて歩く人々は、何も見えていないかのように通り過ぎていく。


 見かねた悠人は、パスケースを渡すよう晴哉の背を軽く叩いて視線で合図を送った。


 晴哉はハッと顔を上げておずおずとパスケースを差し出した。

「これ、落としたよ」

「……ありがとう」

 蒼空は受け取ったパスケースをポケットに押し込んだ。


 重い空気が流れても、二人は動こうとしなかった。

 ここで別れたらもう二度と会えないと、互いに感じているかのようだった。


 後ろで見ている悠人は、ただ待つしか出来なかった。

 時間だけが虚しく過ぎていく。


 そんな中、沈黙を破ったのは蒼空だった。


「晴哉、俺はあの時……」

「気にしてないから!」

 言いかけた言葉を消し去るように、晴哉は声を大きくして言った。

「…………」

「僕はもう、全然気にしてない。蒼空が気にする必要もないよ」

「……そっか。分かった」


 晴哉の強い口調に、蒼空は肩を落として何かを言いたげに薄く唇を開いたが、苦痛の表情を浮かべてそのまま人混みの中へ消えていってしまった。


 その背中が見えなくなっても見つめている晴哉の顔も、蒼空と同じように苦しげな表情をしていた。

 晴哉は拳を握り唇を噛み締めて、溢れそうな感情を押し込めているように見えた。


 ゆっくりと息を吸い込み長く吐き出すと、晴哉いつも通りの優しい笑顔で振り返る。


「すみません、悠人さん──」

 ピシャ──


「な、なにを!?」

 振り返った顔を目掛けて悠人が水鉄砲のトリガーを引くと、狙い通り噴射した水は顔面に命中して、晴哉は驚きの声をあげた。


「逃げるな意気地なし」

「……」

 悠人の鋭い口調に、晴哉は目を合わせられずに俯いた。


 どんな想いをかかえているのか、それは晴哉にしか分からない。


 それでも今も心に引っ掛かっている何かがある事は悠人にも伝わっていた。


「もし偶然会えた時は、今度こそちゃんと伝えようと思っていたのに、本人を前にすると何も言えないものなんですね……」

「そうやってまた後悔するの?」

「今更追いかけて何かが変わるんでしょうか……」

「分かんないから行動するんでしょ」

 晴哉は大きな選択を迫られていた。


 顔にかかった水を手のひらで拭い、前髪を掻き上げると思い詰めた顔をした晴哉は、蒼空が消えていった方向を見て言った。

「悠人さん、一緒について来てもらってもいいですか?僕がダメそうだったら、また背中を押してほしいんです」


 晴哉の顔に、もう迷いは感じられなかった。

 柔らかな優しい声にも力がこもっている。

 悠人は大きく頷いて、晴哉の背を叩くと走り出した。

「追いかけよう。早くしないと見失うよ」

「はい!ありがとうございます」


 人混みを搔き分けて、蒼空を探した。

 多くの人が行き交う中で、もう一度見つけられるか不安はある。

 それでもまだ近くにいると信じて辺りを見回した。


 これが最後のチャンスかもしれないからこそ、悠人は探し出したいと思っていた。


「蒼空!!」


 晴哉が人混みに向かって声を張り上げた時、先を歩く人物が足を止めて振り返った。

 それは二人が必死に探していた、たった一人の人だった。


「晴哉?」

「蒼空、さっきは──」

「ちょっと待った!!」

 晴哉が切羽詰まった顔をして切り出したところで、悠人は二人の間に両腕を広げて止めに入った。

「ここじゃ落ち着いて話せないし、場所を移そう」


 悠人は二人を連れて露店の裏に回り、シャッターが閉じているビルの出入口まで移動した。

 裏側を通る人は少なく、薄暗いその場所は時折風が通り、暑さは幾分和らいだ。


 呼吸が楽になったせいか場の緊張も解けて、晴哉は落ち着いた声で言った。

「さっきはごめんね。突然だったから驚いた」

「うん」

「それから……」


 何から話そうか迷っているような晴哉は、視線を落としてまた口籠もってしまう。

 そんな晴哉を見て「相変わらずだ」と、蒼空は困ったように笑った。


「雪さんと話してた甚平の事で怒ったんだろ?晴哉があんなに嫌がると思ってなかった。こちらこそ、ごめん。」

「「甚平!?」」

 思わず飛び出した二人の声は重なり、顔を見合わせた。

 どういう意味だと問いかける悠人の鋭い視線に、晴哉は必死に首を横に振った。


 その時──

 ピコンと音が鳴って悠人がスマホを確認すると、みるみる顔色が悪くなり、晴哉は心配して顔を覗き込んだ。

「悠人さん、大丈夫ですか?」

「多分、大丈夫じゃない……」

 悠人は手で目元を覆い、スマホの画面を晴哉に見せた。

 ──至急戻れ、花火の時間と危機迫る  颯 ──


「こ、これは確かに大丈夫じゃないですね。急いで戻りましょう!」

「いや、でも話の途中だし……」

 悠人は蒼空の事が気掛かりだった。

 勝手に連れて来て、ここで解散とはいかないだろうと思っていても、これ以上長引かせて遅れては、雪にどんな罰ゲームを言い渡されるか分からない。


 悠人が頭を抱えていると、晴哉が二人の腕を引いて走り出す。

「!?」

「晴哉くん!?」

「とにかく今は少しでも早く戻らないと、僕達の精神的ダメージが大きいです。蒼空には走りながら説明するから、嫌だった時は手を振り払って」

「……分かった」


 晴哉に引っ張られるまま細い道を抜けた三人は、地元の人間だけが知る近道を使って最短距離で神社を目指した。


 自分達が向かっている先に雪が待ち受けていると聞いても、蒼空は手を離さず着いてきた。

 晴哉は口元を緩めて真っ直ぐ前を見て、人を避けながら走り続ける。


 そんな二人を隣で見ていた悠人は、きっと大丈夫だろうと微笑ましく見守り、ふと堪らなく颯に会いたくなった。


 逸る気持ちを抑えてスマホを握り締めたその時。


 ヒュルルルルル~~ パーンッ


 夜空には大輪の花火が美しく彩り、花火開始の合図を告げた。
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