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8日目 親友は何でもお見通し!?(颯・翔編)

18ー2

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 ホストを辞めたと聞いても無反応だった颯に、どうせすぐ辞めると思っていたのだろうと不貞腐れて唇を尖らせた。

 そんな翔に目を向ける事もなく、颯は真っ直ぐ前を見て言った。

「体調でも悪くしたか?」

「いいや。俺がいると周りがかわいそうだろ?俺が目立ちすぎて!」

 本当の事は言えなかった。

 親友だからこそ、同情されたくなかったからだ。


 翔は串に刺さったたこ焼きに手を伸ばし、口に放り込んで咀嚼そしゃくすると、トロッとした生地の中にあるはずのものがなく眉を寄せた。

「ハズレ引いた。タコなしじゃん!」

 話の流れを変えようと大袈裟に声を大きくして言ったが、颯はそれを許さない。

 翔が颯の気持ちを分かるように、颯もまた同じなのだろう。


「翔……本当に、もういいのか?」

「あったり前だ!」

「そっか。俺も翔はホストじゃもったいねぇと思う。真面目なお前には、もっとお堅い仕事の方が合ってるよ」


 翔は頭を殴られたような衝撃が走った。

 いい歳してホストなんてと思われていると感じていたからだ。

 夢を追いかけ続けた結果、何も残せなかった自分に親友とはいえ同情しているだろうと劣等感もあった。


 翔は熱くなった顔を背けて言った。

「……颯が言うなら、そっち方向で探してみようかな」

「ダメだった時は悠人の親父さんに頼んで来れば?」

「嫌だよ。昔、剣道の試合に来てたけど顔怖くない!?」

「まあ、悠人とは似てないよな」


 颯は望んでいないだろうと思っていても、翔にとって親友と過ごすこの時間は優しさに包まれて心地が良かった。

 昨日までの自分は偽りだったのか遠い存在で、ふわふわと現実離れしたような心持ちがした。


 翔が空になったパックを片付け始めた時、何気なく視界に入った颯に違和感を覚えて顔を上げた。

 何かを振り払うように首を振る颯のこんな姿は珍しい。


「どうした?」

 心配になった翔は顔を覗き込むと、颯は手のひらを向けて、「大丈夫だ」と言い力なく笑った。


 そして、胸に手をあてフーッと長い呼吸音が聞こえた後で、姿勢を正して真剣な表情で翔と向き合った。


「なぁ、翔?」

「ん?」

 飲み足りなさを感じて、空のカップを傾けた翔は緊張感のない返事をした。

 颯は思い詰めたように顔をしかめ、膝の上で握った拳には青筋が立っている。


「──タカさんの事、どう思ってるんだ?」

 翔は一瞬驚いた顔をして、もう全部知っているのだろうと悟ると困ったように笑った。

「……強い人だと思うかな」


 それは、翔の本心だった。


「俺が聞いてる意味とは違うって、分かってるよな?」


 上手くはぐらかされたと思ったのか、颯は表情を崩さないまま低い声で言った。


「俺は思ったままを言ったまでだぜ。……俺は、あの人が弱くて誰かが守らなければいけない繊細な人だと思ってたんだ。だけど、実際そんな必要はなかった。最初から、助けなんていらなかったんだ」


 そう言って翔は夜空を見上げ、ゆっくりと語り始めた。
 その声は、落ち着きのある中に切なさが混じる声音だった。


「俺、昔から笑われる事はあっても頼られる事ってなかったから、素直に嬉しかったんだぜ。でも、怖い顔をして迫るあの人を間近で見た時、そこには俺が想像してた弱くて繊細な人はいなかった。勝手な言い訳にしか聞こえないかもしれないけど、あの人が俺に向けていた特別な気持ちや、自分より強いんだって分かったら、急に怖くなったんだ。俺はそこまで人を好きになった事がないから」


 貴史に再び男を信じられるようになってほしいと思った気持ちに嘘はない。

 だけど、それが恋心なのかと聞かれると分からなくなってしまった。

 貴史の思いを知ったからこそ、中途半端な気持ちのまま傍にいてはいけないと思った翔は悩んでいた。


「タカさんは暴走気味な所があるけど、翔が言うほど強くもないと思うよ。昨日、お前に嫌われたって泣いてたし。タカさんの気持ちが嘘じゃない事は翔も気付いてるんだろ?」


 颯は残りの空いたパックを纏めながら、他愛のない話のように軽く言った。


 貴史が颯の家にまで行って泣いていたと聞いて驚きはしたが、それだけで自分の気持ちが変わるわけがなく、颯の手元を見つめずっと秘めていた思いを吐露した。


「好きって、何なのかな……」

「ん?」


「好きって、何だろう。二人で出掛けたいと思ったら好きなのか?心臓が高鳴ったら好きでいいのか?一緒にいて楽しいと思ったら好きって事になる?俺があの人に思っていた好きって、どんな好きだったんだろう。教えてくれてよ、颯」

「翔……」


 突然店に行っても貴史は笑顔で出迎えてくれて、翔の話を楽しそうに聞いていた。

 翔もそんな貴史と話をするのが楽しくて、当初の目的も忘れてしまうほどだった。

 このままこんな時間が続いてほしいと本気で思っていたが、それが恋をしているのかと聞かれると答えは出ない。


 貴史の気持ちを知っているのに、曖昧にして一緒にいるのは結局傷付けてしまう。

 そもそも、世間的に負け組である自分のどこに惹かれたのかすら分からない。

 翔もまた、苦しんでいた。


 何が正しいのか分からなくなった翔は、互いに苦しむくらいなら何もなかった時に戻った方がマシだと思った。

 だから、もう貴史には会わないと顔を上げて颯に伝えようとした時、神社の前の道を歩いてくる騒がしい二人組の女性の影が見えて口をつぐんだ。


「ねぇ~、全然レイから連絡来ないんだけど~」

「最近連絡ないから、ちょっと妬かせてやろうって言ってたのにダメだったの?」

「全然ダメ。どうしてかな~。あんな好みでもないホストと同伴して指名までしたのにさ~」

「アハッ、ウケる!時間もお金も無駄にしたね」


 女達は酔っているのか、石段に座る二人には気付かず前を横切っていってしまった。

 颯は気にも留めていないのかチラリとも見なかったが、翔は違った。


 暗闇の中はっきりと顔は見えなかったが、それは間違いなく美愛の声だったからだ。
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