【完結】おっさんはエロいだけの生き物だと思ってた?これでも一途に絶賛トキメキ探し中!!

天羽 華月

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8日目 一歩進んで二歩下がる!?

19ー2

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 颯と悠人が駆けていく後ろ姿が見えなくなり、翔は振り返って肩を竦めた。

「やれやれ、世話が焼ける二人だぜ。待たせて悪いな、雪ちゃん」

「んー……」

 翔の後ろで意識がぼんやりしているのか、眠そうに瞼を擦っていた雪が突然四つん這いになった。


「おーい、雪ちゃん。帰ろうぜ」

 どうしたのかと翔は雪の顔の前で手をヒラヒラと振って声をかけた時。

「よーい、ドンッ!」

「ええっ!?」

 華麗なるクラウチングスタートで走り出した雪に驚き目を丸くした。

「噴水公園まで競争ー!イエーイ!」


 酒の力は恐ろしいと身に染みて感じて雪の後を追いかけるが、なかなか追いつけない。

 缶ビール一本しか飲んでいない翔は、手を抜いても余裕で追い越せると思っていた。


 徐々に、けれど確実に距離は離れていく。


「待ってくれよ、雪ちゃん!!」

 ここで負けるわけにはいかないと、翔も意地になって走り出した。



「うっ、年下相手に本気なんて大人げなーい!余裕なーい!股間もなーーい!!」


 互いに全力を出した結果、勝利を飾ったのは翔だった。

 ベンチに座り大声で不満を零す雪をそのままに、公園の入口横に設置されている自動販売機で飲み物を買って戻ると、翔はペットボトルの水を差し出した。

「はい、お疲れさん。雪ちゃん早いな。びっくりしたぜ」

 雪は冷えたペットボトルを受け取りキャップを回して開けると勢いよく水を煽り、ジタバタと足踏みをして悔しがった。

「あーもう!ここで勝って、新しいネタをゲットするつもりだったのにー!インスピレーションを刺激して、突いて!奥まで突いて!!ツボを突いてほしいの!!」


 酔っていても雪は相変わらずで、好きなものを好きだと貫く姿が眩しく見えた。

 酒を飲んで更に饒舌じょうぜつになった雪の話に相づちを打って隣に腰掛けると、翔はふとした疑問が頭によぎる。


「雪ちゃんは、どうしてそんなにBLにこだわるの?実際に取材をして描くなら、男女のカップルの方が探しやすいんじゃないかな」


 目を閉じてペットボトルを額に当てていた雪がゆっくりと瞼を持ち上げて、横目で翔を見てふわりと笑った。

「それ、楽しい?」

「え……?」


 思いもよらぬ言葉に翔は動揺した。


「メンズの鍛え上げられたたくましい肉体がぶつかり合うのは最高!!……でも、それだけじゃないよ」


「他の理由を聞いてもいいのかな?」


「翔くんはさ、人を好きになるのに壁を感じた事はある?」

「壁?いや、それは……」


 翔には言葉の意味が分からなかった。

 質問の意図を探るようにじっと見つめる翔に、雪は困ったように肩を竦めた。


「じゃあ、質問を変えるね。好きな事を好きって言うのは、いけない事だと思う?例えば、私が下ネタ大好きだって言うのはダメ?」

 翔は口をへの字に曲げて考え込む。 

「うーん」と低く唸り腕を組んで答えが出ない翔を見て、雪は笑いをこらえて口元を手で押さえた。


「そんなに悩むのー?」

「……好きな事を好きって言うのはいいと思うけど、下ネタバンバン言われるのは好き嫌いがあるんじゃないかな。あ、でも俺は気にしないから大丈夫だぜ!」

「じゃあ、これからもこの調子でいくからよろしく!」

 親指を立てて爽やかな笑顔を見せる翔を見て、雪もグッと親指を立てた。


「私はさ、好きになるのに壁なんてないと思ってるんだー!だって、好きになろうと思って好きになるわけじゃないでしょ?好きになった人がその人だったってだけ。だから、誰が誰を好きでもいいんだよって、もっとみんなに伝えたい!好きな事を好きって言っていいんだよって、私は作品を通して伝えたい!BLも下ネタも大好きだって私は胸を張って言える。だって好きなんだから仕方ないもん。私はそういう残念な人間だって自分が一番分かってるから!」


 雪は胸の前で拳を握り締めて語ると、そのままその手を天高く突き上げて、夜空に煌めく星に手を伸ばした。


 どんなに好きなものでも、好きだと貫くのは容易くはない。
 時に迷い、逃げ出したくなる時だってある。

 翔は自分には出来ないと眉を下げて、雪が伸ばした手を見つめ瞳を細めた。

 雪の細い指の間から覗く星は、優しい光を放っていた。


「一つ、聞いてもいいかな」

「一つだけだよ」

 翔は、颯にした質問を雪にも聞いてみる事にした。

「好きって何なのかな。色んな好きがあるのに、みんなどうやって特別な好きを区別してるのか、俺には分からないんだ……」

 言いながら翔の胸は痛んだ。


 周りが当たり前に理解している事が自分には分からない。

 それはダメな人間だと烙印を押されているようで苦しくなる。


 雪の言葉を待っている間、翔の心臓はバクバクと音を立てて、周りに聞こえそうなほど大きく高鳴っていた。


 しかし、予想に反して雪の答えは意外なものだった。


「好きは好きじゃない?」


 きょとんとした顔をする雪に、やはり自分はおかしな人間なのだと痛感して俯いた。


 すっかり意気消沈してしまった翔の隣で、雪は気にせず続ける。


「好きだと感じて、それがどんな好きかなんて私は考えないなぁー。それって疲れそうだし、考えると余計に分からなくなるんじゃないかなー?」

「それなら、雪ちゃんが特別な意味で好きだと感じる瞬間を教えてくれないかな?」 

「それは教えなーい!」

「どうして?」

「翔くんは人の意見を聞いた方が悩むと思うよ。そんなに深く考えなくても大丈夫!愛の形が人それぞれみたいに、恋の仕方だって人それぞれだよ。翔くんだって、その時がきたら考えてる余裕なんてなくなるはず!恋愛漫画家が言うんだから間違いなーい!!」

 あっけらかんと言う雪の声は明るかったが、言葉には説得力があった。

「……そっか、ありがとう。それより雪ちゃん、酒抜けるの早いね。もう顔の赤みも引いてるし、回復の早さに驚いたぜ」

「全力で走って汗かいたらアルコールも一緒に出たみたい!もう全然大丈夫!一人でも走って帰れるよー!」

「悠人に怒られそうだから、それはやめてほしいかな」


 結局疑問は解消されないままだったが、心は軽くなった気がした。

 何を基準に好きで、どこからが愛なのかは分からない。

 それでも自分はこのままでいいのだと思え、少しだけ普通の人間に近付いた気がしたんだ。

「帰ろうぜ!」

「うん。お腹空いたから帰るー!」


 公園を出て優しい月明かりが照らす夜道を二人並んで歩き、煩わしい蝉のに背中を押され、翔はまた一歩踏み出した。



 40歳無職の実家暮らし。まだまだ半人前のおっさんは、何もかもが中途半端だ。
 それでも進む。

 幼い頃に憧れたヒーローにはなれなくても、登場する脇役くらいにはなれるかもしれないと、翔の心は晴れやかだった。


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