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天才魔術師

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 レイヴン・プロメテウス。歳は二十一。
 エクレール学院の教師。担当科目は魔法学。


 魔法が使える者は、生まれながらにして魔力を持っている。
 だが、その力が開花するのは人それぞれ。
 遅くとも十四歳までには力に目覚める。


 俺は物心ついた頃から魔法が使え、史上最年少の魔法使いとなった。
『天才魔術師現る』なんて世間を騒がせた俺は、大きな魔力を持つ上に、雷と木の魔法が使えた。


 神からもらった力のお陰で、学院を卒業後は教師となり、校舎の横には専用の研究室が設けられた。
 自由気ままな生活だ。
 魔法の研究もできて、教師として生徒達の成長も見られる。


 御貴族様の生活よりも、俺にはずっと今の生活の方が向いている。


 ──コンコン
「失礼します」

 ドアをノックして入ってきた人物は、ステラグレイ公爵家の娘グラシアだ。


「突然悪いな。座ってくれ」


 小さな研究室の隅に、テーブルを挟んで向かい合って腰を下ろすと
「用件はなんでしょうか?」
 単刀直入に問いかけられた。


 融通が利かない生真面目さは父親譲りだ。
「まぁ、そう急かすな。こうして話をするのは久々だな。・・・もう、大丈夫なのか?」


 グラシアの肩が僅かに震えた瞬間を、俺は見逃さなかった。
「・・・はい。問題ありません」


 恐らく、彼女はまだ完全ではないだろう。
 あの頃より感情が顔に出るようにはなったが、しがらみから解放されたわけじゃない。
 メイドだけじゃなく、こちらも要観察か。


「今日呼んだのは、お前のメイドの件だ。動物と話せる力を持っているな。どうして黙っていた?」
「まあまあ、マスター。レディーにそんな怖い顔をするものじゃないよ」


 紅茶を持ってやってきたリオンが、カップをテーブルに置いて呆れたように言った。


「ありがとうございます」

 グラシアは真っ直ぐに俺を見て言った。
 リオンが魔法で姿を消している今、俺以外には見えない。
 当然、声も聞こえるはずがない。


「まだ断定できる状態ではなかったので。はっきりするまでは、誰にも相談しないつもりでした」
「もしもアイツが魔獣士まじゅうしだった場合は、お前だけの問題じゃない。勝手な判断をするな!」


 艶やかな長い髪が俯いた彼女の顔を隠した。
 軽やかな身のこなしでテーブルの上に飛び乗ったリオンが、不満げにこちらを見ている。


 ハァと、溜息を吐いて俺は渋々テーブルを指で二度叩いた。
 人前で会話ができないリオンに向けた、了承の合図だ。


 口調が厳しくならないよう気をつけつつ、先日の話を切り出した。
「そのメイドには既に会った。調べた結果、魔力反応はなかった」

 ハッと顔を上げたグラシアは
「魔獣士ではないという事ですか?」
 期待を滲ませた真剣な表情だった。

「まだ断定はできない。動物と話せる理由がはっきりしてない以上、魔獣士の可能性は否定できないからな」
「そうですか・・・」
 沈んだ声音で再び俯くグラシアを前に、何とも言えない複雑な感情が渦巻き俺は乱雑に頭を搔いた。


「話は最後まで聞いてから落ち込め。魔獣士である可能性はあるが、魔獣士でない可能性もある」

 澄んだ大きな瞳が、続く言葉を待ち更に大きく見開いた。

「そこで、当面の間アイツは俺が保護する」
「・・・何を企んでいるの?」

 敵意を抱いてる目だ。
 まぁ、当然か。


「警戒されるのは仕方がない。だがよく考えろ。万が一、あのメイドが魔獣士の力を発現させた場合、突然の魔力暴走を起こしかねない。その時、側にお前しかいなかったらどうする?魔力を抑え込めるのか?暴走した魔力は体内で膨らみ続け、人間もろとも爆発する。当然、知っていながら放置したステラグレイ公爵家の責任問題は回避できないだろうな。そうなる前に俺が監視役になる。心配するな。使用人を辞めさせるわけじゃない。お前がいない間の見張り役と考えればいい」


 ここまで話を聞いて、そこらの令嬢なら顔を真っ赤にして反論しただろう。
 慌てふためく素振りもなく、優雅に紅茶を飲む余裕は流石公爵家の娘といった所か。
 その姿にリオンも「へぇ~」と、興味を示した。


「お話は分かりました。但し、こちらからも一つ条件があります」
「条件だと?」
「ええ。その条件さえ飲んで頂ければ、あの子の事はお任せします」
「言ってみろ」


 静かにカップを置き、グラシアはゆっくりと口を開いた。
「今後、私やステラグレイ公爵家に何かあった時は、あの子を保護して護ってほしい」
「理由は?」
「ただの保険よ。あの子は私が孤児院から連れて来ただけだから、巻き込まれる理由がないわ」


「別にいいんじゃない?マスターに不利益はないわけだし。それに、これ以上レディーを問い詰めるのは無粋だよ、マスター」
 リオンの言葉に了承した。
 だが、俺には一つ言っておきたい事があった。
「分かった。それはいいが、馬鹿な考えはするんじゃねぇぞ。親を悲しませるような事はするな。後、あのメイドにもな」


「・・・用件は済んだようなので、これで失礼します」
 グラシアは話が纏まるとさっさと席を立ち、出口に向かい扉を開けた時だった──


「先生。一番悲しい事が何だか知っていて?」
 振り返った彼女は薄く微笑んで尋ねた。


 質問の真意が分からず、俺は眉間にしわを寄せ無言を貫いた。

「正解は、時間が経つ事。新しい記憶が古い記憶を埋めてしまう。それはとても悲しくて、残酷だと思うわ。・・・私はもう、あの子の声が思い出せないの」

 そう言って、グラシアは部屋を出て行った。


 俺はすっかり冷めた紅茶を口に運び、先程のグラシアの言葉を思い返し乾いた笑いを浮かべた。
「面倒だ。本当に子供って奴は面倒で仕方がない」

「だけどマスターは、それが人間らしいと思ってる癖に」
 茶化すように目を細めたリオンの額を突き
「敵わねぇな」
 立ち上がって凝り固まった体を解した。


 さて、面倒事は増えたが悪くはない。
 どうせ人生一度きりだ。
 思いのままやってやる。


 こうして俺は、魔力や魔獣士についての本を集め、新しく迎える補佐役の為に備品を新調する事にした。
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