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忍び寄る影

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 朝から花火の音で賑やかな今日は、待ちに待ったビッグイベント体育祭だ。
 多忙を極めていた私は、日課の早朝トレーニングにメイド仲間とのキャッキャウフフなお茶の時間、更にはグラシアやジャスミーナを監視する時間さえなかったのだ。


 そう、その原因が──

「お前は今日からメイド兼俺の補佐だ」

 突然やって来て私を手籠めにした、あの怖ろしいレイヴン・プロメテウスのせいだ!(※されていません)


 だけど今日の私はただのメイド。当然体育祭にも参加できる。
 エクレール学院は、体育祭と文化祭を毎年交互に行う。


 文化祭は学院外の貴族達も来場できるが、体育祭は来年入学する成績優秀な生徒数名のみとなっている。


 体育祭はスポーツだ。スポーツと言えば怪我も付きもの。
 大事に育てられた令息令嬢達の参加に異を唱える声も多く、代理として使用人の参加が認められている。


 私はグラシアに頼まれたわけではないが、押して押して押しまくりで何とか参加の権利を手に入れたのだ。
 勿論、体育祭に出たい欲求だけで動いたわけじゃない。
 クリスイベントも発生するから、それを阻止する為でもある。


「クローネ、そろそろ時間よ。ハチマキを巻いてあげるから貸しなさい」
 この日の為に何着もドレスを選んだ甲斐あって、いつも以上に美しいグラシアの登場だ。
 クリスとジャスミーナが急接近するかもしれないから、念には念を入れて準備を進めた。


「お嬢様、絶対勝ってきます!見守ってくださいね!」
「勿論よ。最後までちゃんと見ているわ」


 白いハチマキを巻いてもらい、私は大きく手を振り校庭を駆け出した。
 何でも、ハチマキを結んでもらうと怪我なく過ごせるというジンクスがあるらしいのだ。


 校庭の中央に集まり、軽くストレッチをしていると
「やっぱりお前が出るのか」
 声をかけてきたのはカイン。その隣にいるのは、今回のイベント本命クリスである。
「クローネもグラシアにハチマキを巻いてもらったようですね。体育祭に女性は少ないですから、くれぐれも無理はしないように」
「お気遣いありがとうございます、殿下」
 和やかな雰囲気に私の心は解れ、今までの忙しさを忘れられる時間だった。


「ところでクローネ。実はまだカインがハチマキをつけていないのです。素直じゃない捻くれた性格なので他に頼める令嬢もいなく、クローネに頼んでもいいですか?」
「なッ!?そんなんじゃねぇ!!」
 顔を真っ赤にしているカインの肩を引き寄せ、耳元で囁くクリスの笑顔はどこか圧を感じる。
 気のせいだろうか。カインの顔は引き攣っているように見える。


 深く関わらないでおこうと、カインの手からハチマキを取り
「カイン様、後ろを向いてください」
 と、さっさと終わらせる事にした。


「お、おう」
「まったく、困った友人を持つと苦労します」
「うるせぇ!」


 昔ながらの付き合いもあって、第二王子であるクリスにこんな軽口を叩けるのはカインくらいだ。


 ハチマキを巻いていると
「あ、次は俺だ!」
 どこで見ていたのか、カインの後に並んだのはフランソワだ。


「なんだコイツ?」
 不機嫌さを全面に出して睨むカインに、
「ここに並ぶと、クローネがハチマキを巻いてくれるんだろ?俺もやってもらおうと思って。いいよね?クローネ」
 ニコニコと返すフランソワ。


 この状況では断れないと知って聞いてる顔だ。
 私は盛大な溜息を零して
「一人も二人も同じですから」
 フランソワのハチマキも巻く事になった。


「思わぬライバル出現ですね」
 ポツリと呟くクリスに
「コイツと同じ括りにされるのは気に入らねぇ」
「ライバルか~!君じゃ役不足だけど、まぁ宜しくね。カイン・ロクサーヌ!」
 私だけ理解が追いつかないまま、勝手に話が進んでいく。


 面倒事に巻き込まれる前に退散すべく、私は体を丸めこっそりと忍び足で三人から離れた。


 人の輪から外れ、何とか攻略対象達の目を盗み逃げられ安堵してホッと息を吐いた。
 後方の観客席で、観客の視線を独占するグラシアに手を振ると、柔らかく微笑み手を振り返してくれた。


 よーし!体育祭の優勝もクリスのハートもグラシアに献上してみせる!!


 胸の前で握り拳を作り、気合いを入れた所で
「随分張り切ってるじゃねぇか」
 いつの間に現れたレイヴンが隣に立っていた。


 学校行事となると、攻略対象との接触は避けられないらしい。


「勿論です!机に向かっているより、こっちの方が性に合っているので!」
「ほぅ。まさかとは思うが、この間頼んだ課題の確認は終わっているんだろうな?」

 ヤバい!体育祭が楽しみすぎて忘れてた。
 今夜は徹夜決定だな・・・。


「ももも勿論でござる!」
「誰だ、お前は」
『これより体育祭を開催します。生徒及び代理の方々は、校庭中央にお集まりください』

 レイヴンから鋭い視線を向けられ、蛇に睨まれたカエルのようになっていた私に救いのアナウンスが流れた。た、助かった~・・・!


 競技が始まる前の長い挨拶は、この世界でも同様のようだ。
 前世の年齢+現在の年齢の私でも退屈な時間なのに、周りの生徒や使用人達は姿勢正しく話に耳を傾けている。


 そんな時、突然ざわめきが起こった。
 それは来年度入学候補生の挨拶で、一人の少女が壇上に上がった時だった。


 腰まで伸びた金色の髪は太陽に照らされキラキラと輝いて、鼻から上まで顔半分を覆う仮面をつけたその少女は、圧倒的な存在感を放ってる。


「レイヴン様、あの方は?」
 私が尋ねると、真っ直ぐ前を見据えたまま腕を組みレイヴンは口を開いた。
「ルイーズ伯爵家の養女、ダチュラ・ルイーズ。幼い頃に患った伝染病で顔に跡が残り、ああして仮面をつけているそうだ。この前行われた入学テストは全科目満点。教員の中で今最も注目を集めている人物だ」
「へぇ・・・」


 堂々と挨拶をする少女は、仮面で顔を隠していても気品溢れていて、まるで御伽話のお姫様のようだった。
 だけど、何故なぜだろう。私の心は妙にざわついていた。
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