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運命は自分で手で

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 前世の記憶が戻ったのは五歳の時、第二王子殿下の肖像画を見た瞬間だった。


 前世の私は地下アイドル。
 いつか大きな会場をファンでいっぱいにして、自分達だけでライブをする事が夢。


 その為だったら何でもできる。
 恋だってしなくていい。
 だって、私に恋してるファンの人達がいるじゃない。
 愛するより愛された方が幸せだって聞いたし。


 ・・・だけど、現実はなかなか厳しい。
 結成当初八人いたメンバーも、今では半分に減り四人になった。
 このまま芽が出ないなら辞めたいと愚痴を零すメンバーもいる。


 そんな現状に追い込まれている時だった。
 ほしかったCDを買って出口に向かう途中、偶々ゲームソフトの棚が目に入った。
 普段ゲームはやらないけど、気になるパッケージのソフトを手に取った。


 綺麗な金髪に優しい笑顔。まさに理想の王子様がそこにいた。
 これがクリスとの運命の出会いだった。


 それから私は今まで以上に頑張った。
 アイドルと推し活を両立した毎日はとても充実していた。


 そんな日々の努力が認められ、遂にデビューが決まり私は浮かれていた。
 早く帰って私の王子様に報告したいと急いでいた帰り道、飛び出してきた車に跳ねられ人生の幕を閉じた。


 ゲームのヒロインとして転生した私は、何もしなくても攻略対象達と結ばれる。そう思ってた。
 ゲーム通りに進めばいい。
 分かっているけど、私にそんなつもりはない。


 実は私は、ジャスミーナの事はあまり好きじゃなかった。
 だって考えてもみなさいよ。
 婚約者がいるのに音楽室でこそこそ会っていたり、何かとすぐ泣いて攻略対象達の気を引いているのよ。
 だから決めたの。
 弱々しいお姫様じゃなくて、私は自分らしくヒロインになろうって。


 こうして私はエクレール学院に入学して、漸く運命の人に出会う。
 ・・・それなのに、出会いイベントが発生しないってどういう事なの?
 それだけじゃない。その後のイベントもゲーム通りにならなかった。


 偶然街で会ったカインにクリスの事を色々と聞いてみても、特に有力な情報は得られないし、おまけにグラシアにはおかしなメイドまでいる。


 恐らく転生者。
 他の攻略対象とも関わっているし、ヒロインに取って代わろうとでもしているの?
 だけど、そんな事はどうでもよかった。
 私はクリスと結ばれる為に、ここにいるんだから。



 体育祭当日。化粧室の鏡の前で、私は念入りにチェックをしていた。

「女は外見で舐められたら終わりよ、ジャスミーナ。どんな時でも完璧な状態じゃないと、いつどこで見られているか分からない。よく肝に銘じておきなさい」
 鏡に映る自分に言い聞かせ、頰を叩いた。


 今日の最終競技で私はクリスにバトン渡す。
 誰にも邪魔されない最大のチャンスだから、最高に可愛い私でなくちゃダメなの。
 前髪を整え、薄くリップを塗れば完璧だ。



 体育祭は順調に進み、いよいよ最終競技。
 実はクリスが一人で練習していた事を私は知っている。
 早朝、誰よりも早く登校して基礎練習と走り込みをしてる姿を、私は毎日こっそりと見てたから。


 ただの学院行事なのに。
 クリスは幼少期から影で努力する人だと、ファンブックで読んだ。
 そんな所も含めて、私はクリスが大好きだ。


 赤チームは一位をキープしたまま、私にバトンが回ってきた。
 ただ前だけを見て走った。
 ゲームでは転んで泣きべそをかくジャスミーナだけど、私はそんな下手な芝居は打たない。


 だってそれは、好きな人の努力を無駄にするって事よ。
 それだけは嫌。私は絶対に転んだりしない。


 二位のチームに抜かれたが、二位のままクリスにバトンが繋げそうだ。


 その時──
「痛ッ!」
 一瞬電流が駆け抜けるような痛みが走り、私は倒れた。


 けれど、不思議な事に体の痛みはすぐに消え、地面に打った膝だけが痛む。
 今の痛みは何だったの・・・?


 ううん、今は考えてる場合じゃない。
 私は立ち上がり、すぐに駆け出した。


 走りなさい、ジャスミーナ。
 私の人生を明るくしてくれた人の努力を無駄にしない為にも!


 クリスまで後少し、このまま繋いでみせる。
 息が苦しい。膝も痛いけど、後少し。


「お願いします!」
 バトンを受け取りクリスは走り出す。
 綺麗な金の髪が眩しくて、私は目を細めた。


 凄い追い上げでカインを抜き、クリスが両手を上げてゴールテープを切った瞬間、客席からはどっと歓声が上がった。


「優勝しちゃった・・・」
 ポツリと呟き、漸く実感が沸いてきた。


 その後、保健医の案内で救護室に行き膝の手当てをしてもらうと、すぐに校庭に戻った。
 閉会式に出る為に。


「優勝は、赤チーム~~!」
 壇上に上がり大きな拍手を受けて優勝トロフィーを受け取ったクリスが、マイクを片手に
「この優勝は、チームメイト全員の努力と協力があったからこそです。心から感謝しています」
 そう言うと、進行役にマイクを渡し隣に並んだ。


 ざわつく人々に向かいマイクを受け取った生徒が
「ここで、特別賞の発表です。今回活躍した印象に残る選手に贈られる賞です!」
 それを聞いた選手達は一気に盛り上がり、顔を見合わせ予想をしているようだった。


「今回最も活躍した選手は・・・ハプニングにも負けず、最後まで走り抜き勝利の架け橋となったジャスミーナ様です!!!それでは、壇上に上がっていただきましょう!!」

 ──どういう事?私が?

 呆然とたたずんでいると、近くにいた選手達に促され戸惑いながら歩き出す。
 大きな拍手の中壇上に上がり、一礼した私に
「功績を称え、殿下より表彰状を授与します」
 進行役が一歩下がり、代わりにクリスが私の目の前に立ち賞状を差し出した。


 私はそっと両手を伸ばして受け取り、深く頭を下げた時──


「ありがとう。君が諦めない人でよかった」
 歓声と拍手に包まれた会場で囁く声は私だけに届き、胸が熱くなった。


『ありがとう』それは私の台詞よ。
 貴方に出会えたから過去も、そして今も私は諦めないで走り続けているの。
 これからも諦めないわ。
 必ず貴方を振り向かせてみせるから、覚悟してください。
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