都市街下奇譚

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よく『耳』にはいるんですよ

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これまで幾つ目の前の男から話を聞いただろう

駅前の大きな通りを一つ曲がり、入り口は余り目立たない所謂純喫茶と言う佇まいの『茶樹』という一風変わった名前の喫茶店。深碧の木製のドアに古めかしいドアベル、そこを開けばフワリと芳しい焙煎された珈琲豆の匂いと厳選された紅茶の茶葉の香りが常に漂う。
ここは女性にスイーツの人気店だと耳に挟んだこともあるし、フードメニューもジャンルを厭わずランチもあるから近隣では人気だと学生達も知っている。それ程有名だというのに常々自分が通っている時間帯は大概客足がないか、あっても自分に話を聞かせようとする人物だったりしてきたのだ。

…………そう言えば最初はここを設計した方と知り合いだったと話されていましたね

定番のような灰色混じりの髪をキレイに撫で付けたマスターの久保田が、柔らかな声で口を開く。そう最初にここを訪れた理由は、ここが噂の人気店だからと言うわけではなかった。
実は別に理由があったのだ。
ここは自分の幼馴染みの親友がこの店を設計した店で、しかもこの店を作った時に彼がここに自分の夢だったものを作ったと自分に密かに話したからだった。



※※※



「ついに作ったんだ!!叡!!」

久々に前置きもなく訪れてキラキラと瞳を輝かせ、一応は仕事場だからと声を潜め身を乗り出したのは自分・勅使河原叡の幼馴染み・源川春仁。
言うまでもなくここは、春仁の言葉に眉を潜めている叡の研究室だ。叡は若くして助教授に上り詰めたばかりの文学研究者で、目下『文学流布に置ける地域特異性情報伝播』なんて分かるようで分からない文学と民俗学混じりの研究をしていたりする。そして目の前の相手・春仁は実は文学部とは全くの関係のない、既に個人的な経営を確立した人気の建築士だったりする。それでも幼い頃からの竹馬の友が忙しい合間に、こうして大学までやってくるのにもそれなりの理由があった。

「この間もそう言っていた。」
「いやいや、この間のとは規模が違う。」
「それも、この間も言った。」

叡と春仁が子供の頃から共通して興味を持っていたのは、所謂『秘密基地』というものだった。というか男だったら誰しも大なり小なり『秘密基地』を一度は作るだろうし、大人になっても家族の知らない秘密の場所、そういうものを密かに持ちたいと願うんじゃないだろうか。

自分だけの秘密の空間、自分が自由にできる一つの世界。

そんなものを誰しも持ちたいと願うのは本能的なものだと叡は思うし、自分や春仁のように両親との関係が余り上手くいっていないと尚更そんな場所を持つことに逃避してしまうのかもしれない。

「だから、今回は子供用の隠し小部屋なんて規模じゃないんだって。」

ただし興味と言っても二人の興味は、実は全く持って真逆の方向性。
春仁はそれを現実に自分の手で作りたがっていて、叡の方は科学的にそれを立証出来るかどうかを検証するのが楽しみだ。
大体にして春仁は昔からサンダーバードの地下施設を建てたがっているのだけれど、あれを現実として構築するには地盤となる基礎を作るために地面をどれだけ掘るのかと叡は思う。地下基地は割合多々2次元では用いられる手法だが、土地開発だけで空想の産物としか言えないのに、そこから何かを出すための機動性を考えても見てほしい。そういう意味では秘密基地は男の夢だが、あの規模のものは架空の夢物語だと叡は春仁を論破し続けてきた。叡が可能だと思うのはチャーリズ・エンジェルのような自宅外の事務所のような秘密基地くらいだ。

「子供が遊ぶような押し入れの秘密基地程度じゃないんだって。ちゃんとさ、秘密基地なんだよ?叡。」
「ハイハイ、この間が押し入れサイズで、今回はスケールアップなんだな。」
「本気で16平米、10畳弱の秘密基地なんだって。」

それは普通の一部屋だろと叡にすげなく返され、春仁は不満そうに頬を膨らませて違うんだってと言う。自宅の施工じゃなく所有物件の施工で正式に施工主の依頼があったのだと、春仁は否定的な叡に必死に説明する。それでも他社が介入した時点で、それは『秘密』ではなくなるのを叡が指摘すると、春仁はそこも抜かりがないんだよとブチブチと呟く。

「そんなことばっかりで、アニーに呆れられないか?春仁は夢見勝ち過ぎって。」

アニーとはアニエスの愛称で、春仁の妻。元々は叡の大学の文学部留学生で神社仏閣の建築に興味があったアニエスを、古典建築にも詳しい建築家になったばかりの春仁に引き合わせたのは説明するまでもなく叡だった。そして二人は出会ってあっという間に恋に堕ち、国籍の問題もスルーして結婚したわけだ。

「アニーも同好の志だよ?分かってんだろ?」

三人でつるんでいた時には、実は『秘密基地』の話で盛り上がったものだった。アニエスは日本の古典建築にある所謂『秘密の小部屋』や『秘密の通路』なんてものにも興味津々で、日本建築の外壁からでは分からない手法を讚美している変わり者でもある。

「全く…………。」

一級建築士の春仁は既に多種多様な建築に携わっているけれど、相変わらず夢の『秘密基地』を作ろうとしていた。そしてアニエスもそれに関しては割合受け入れがよくて、施工主さえ承諾してるなら問題ないのスタンスなのだろう。
その春仁が関わった施工主が本当に『秘密基地』を欲しがっていて、完璧な秘密基地を遂にこうして作ったというのだ。

「詳しくは言えないけど、表からだとまるで存在が分からないんだ。」

流石に守秘義務だから、何処にどんな風に作ったかは説明できない。けれど、念願の知らなければ全く分からない『秘密基地』を作り上げたのだという。
入り口を知らなければ、そこに何があるのか気がつかない完璧な『秘密基地』。
しかも表の部屋とは全く様式が異なり、入り口の扉を開ければ別世界。春仁が好むタイプであれば恐らくベースは古式ゆかしいテイストの建物で、基地の方は恐らく近代的か近未来的な設備だろう。

「そんでさ?施工主に一つ頼んで…………。」

子供のように笑い、そして悪戯っ子のように春仁がそう口にする。



※※※



その完璧な『秘密基地』の中に春仁は、自分の印を残しておいた。

それを聞いた時には、別段それがどうこうという気持ちは全くなかったのだ。けれど、その後仕事が増えた春仁とは、偶々だろうが少しずつ疎遠になって行った。春仁に子供が出来て暫くして遂に春仁は仕事の拠点を妻アニエスの母国にする事になり、次第に叡と連絡がとれなくなっていったのだ。

密かに今まで作ったもので最高の『秘密基地』

そんな話を笑いながらしていた春仁のことを時々思い出しはするものの、自分の研究に忙しくてそれを思い出すことはそれ程無いまま時が過ぎていく。そんな矢先とある公共施設を訪れた叡は、偶然そこが春仁の設計した建築物の一つなのだと知ったのだった。

「資料の閲覧は二時間になります。終わりましたら、お声かけていただけますか?」
「すみません、お手数かけます。」

叡を閲覧室まで案内してきた司書は申し訳なさそうに他に仕事があると説明して、颯爽と叡をその場に残して立ち去っていく。古式ゆかしい落ち着いた佇まいの公共施設ではあるが出入り口はキチンと管理されているし、叡が見たい資料はある意味でマニアックとも言えるから閲覧規制は少ない。価値が低いわけではないが資料としては盗んでも需要がないというやつだし、ここらか持ち出すには保管も面倒な資料だ。

…………ん?

そうして保存されていた資料を閲覧するためそこを訪れていた叡は、偶々廊下に嵌め込まれた着工記念パネルを見て初めて建物の設計者が春仁だと知った。モダンな作りだけど機能的でシンプル。それでいて何処か落ち着く居心地もいい空間に、叡は目を細めて何気なく辺りを見渡す。

そっか…………こんな建物作ってたのか…………アイツ………………。

資料の閲覧の合間に他の図書管理をしている施設や、中庭の大きな樅木を据え置く庭園を窓から眺める。子供の頃から知ってる春仁が設計士として有能なのは疑うまでもなかったけれど、実際に建てた建築物を叡が見たのは初めてで何故か酷く心を揺さぶられる。

春仁…………どうしてるかな…………

既に年単位で連絡を取り合っていない。こんな風に偶々とはいえ春仁の建てた建物に接して、それが何故か胸に刺さるように心に響く。近代的なようでノスタルジックな気分にさせる穏やかな静けさの中に、叡は何処かから微かに春仁とアニエスの声を聞いたような気がした。

………………非現実的だな…………感傷か?

この勅使河原叡という男は文学部で叙情的な文章の講義は散々してきたが、現実世界の話となると現実主義のリアリストで叙情的なものを客観的に分析するような人間なのだ。文章の表現としてはノスタルジーを生み出す手法があっても、現実にこの場にいない人間の声なんか電話でもなければ聞こえる筈もない。
そんな風に考えを振りきってもう一度資料の閲覧に戻った叡が運命なのか、そこに秘密の小部屋を春仁が作っていたのを見つけてしまったのだ。書籍や紙媒体を保管するための部屋は、基本陽射しが直に当たらないように設計されている。それなのに保管資料を見ていた叡の視線の先に、その部屋の壁にではあるが光が射し当たっているのを見つけてしまったのだ。そっと歩み寄り壁に指を滑らせると、それは僅かに緩み小さな扉を浮き上がらせていた。

…………まさか、アイツ…………公共施設だぞ?しかも、保管庫だぞ?!

それは恐らく日照時間や角度、しかも叡がしたように壁に向かって真正面に長時間座って見ていないと絶対に見つけられない。そんな綿密な計算で作り上げられた小さな秘密の空間。それを見つけたのが自分なのは偶々なのか、それとも必然なのか。まるでここにこうして叡が座るのを知っていたように、こんな場所にあり得ないものを作ってしまった幼馴染みの悪戯っ子のような瞳が脳裏に浮かぶ。

叡、秘密基地に置くなら何置く?

不意に脳裏に春仁の声が響いた気がして、叡は思わず振り返り誰もいない筈の背後を見渡す。今も海外で活躍している筈の春仁の声が何故こんなにも鮮明に脳裏に響くのか、それが非現実的なのに酷く悲しく寂しく感じるのは何故なのかと辺りを見渡しながら叡は眉を潜める。

…………長く連絡を取り合っていない…………から…………だよな?

そう自分にもいい聞かせるように壁に向き直り、もう一度なぞるとそこに意図も容易く空間が開いていた。そうしてそこに入っていたのは



※※※



それで、秘密基地………………

久保田は初めて本心から可笑しそうに笑って、真正面の自分の顔を眺める。あの公共施設で自分が偶然に秘密の空間を見つけた時、実は春仁は既に故人となっていた。それ知ったのは、大分前の話で源川春仁は海外に渡って数年したあたりに、交通事故で妻・アニーと共に無くなっていたのだった。

…………そこには何が入っていたんですか?

久保田の言葉に、我に返って自分は視線をあげていた。あの秘密の空間にあれを見つけてから、自分は春仁の設計した建物を何個も探して、可能な時は春仁の残した『秘密基地』を一つずつ探していく。
春仁が海外で活躍していて海外の建物にも『秘密基地』を作っている可能性はあるけれど、春仁が残したものを見た限り春仁は自分が見つけられない場所には残していない気がする。だから自分が探すのは春仁が日本で建てたモノで、そしてこの喫茶店もその建築物の一つなのだった。

……あいつからの…………手紙…………です。

過去からの手紙。春仁からの手紙は自分が探し出せるとは限らないのに、奇妙に今の自分を見透かすように語りかけてきて心が揺れる。読み手の受け取りかた一つで言葉は大きく変化するし、人は須らく自分が受けとりたいように言葉を受けとるものだ。文学に傾倒してきた自分だってそんなことは分かっているのに、春仁の手紙はまるで彼岸の岸の向こうから今の自分を見つめながら書かれているみたいで戸惑う。けれど、同時にそれはどうしても自分が見つける必要がある気がするのだ。きっとそれは自分がそれを放置して、何時か他の誰かに見つけられるのが自分だって嫌だからかもしれない。

………………不思議ですよね、15年も前に春仁は死んでるのに

手紙はまるで見つけられる順番が決まっているようにキチンと書いた順を追って見つかり、内容も奇妙なほど自分の現状を見抜いている様に感じた。自分が今どんなことをして、何を迷い、誰に出逢っているかまで。

………文学部の教授が他の学部でも講義をしているなんて、…………どうやったら15年も前で手紙に書けるんですかね?どう思います?

戸惑い苦笑いしながら自分がそう口にすると、目の前に立つ久保田は穏やかな顔で笑うとそういうこともありますよねと呟くように言う。その顔は今まで見たことの無い表情で、自分は思わず引き込まれて見つめ返していた。

私もね…………聞こうとしてなくても…………よく『耳』に入るんですよ…………

それは今までしてきた話の行方について濁すような気配ではなくて、まるで直に自分が知り得ることを言葉で説明しようとしているように見える。
聞こうとしていないのに『耳』に入ってしまう。つまり聞きたくないことが嫌でも勝手に『耳』に入ってくるのだとしたら、それは何なのだろうか?そう思うと久保田から沢山聞いてきた話が、ただ『耳』に入ったと言っていたのは誤魔化しではなかったのかもしれない。あの公共施設の中で鮮明に聞いた気がした春仁の声のように、目の前の久保田には様々な声が経験した出来事を語りかけに来るなんて事はあり得るのだろうか。でも、それならそれを自分にこんな風に久保田が語り聞かせてきたのは、何故なのだろうとも自分は思う。

たまに、そんな人間はいますよ……………………わりとね、…………同じように

聞こえるだけでなく見えたり、知ったりすることもあるかもしれませんねと呟いた久保田はほんの微かに微笑む。そうして僅かに考え込んでから珍しく自分という客の前で、レコードを取り替えるためにカウンターの中からユックリと歩きだしていた。
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