かのじょの物語

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30代から40代の話 Reborn

71.知らぬ間

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伯父の葬儀が終わった。
家に戻った父は暫く脱け殻のようにぼんやりと物思いにふけることが多くなった。ほんの一年の間に弟と母と兄が相次いで亡くなり、父は独りぼっちになってしまったのだ。残った血の繋がるのは我が子と従兄弟達だけだというのに、兄の子供達は自分の父親の葬儀の場で突然自分達には叔父である父を祭壇の前に呼びつける。そして、まるで親の仇とでもいうかのように、父から借りていた生活費のほんの一部を叩きつけた。

「借りていた七万円キッチリ耳を揃えてお返ししてあげます。」

葬儀の場で従兄弟にそう言われ七万円をそのまま投げるように渡された父の思いはいかばかりかと思う。
父は生活が苦しいから貸してほしいと伯母から言われ、兄の家庭のためと貸した。それなのに、こちらが守銭奴の高利貸しだとでも言いたげな口振りで遺影の前で突き返された。しかも貸したものの全てを返したわけでもなく、ほんの一部なのだ。そんな恩を仇で返すような彼らの背後で、椅子にふんぞり返って座った伯母がニヤニヤと気味悪く笑っている。
一緒に行っていた母が怒りに顔色を変えるが、父が何もいう気がないのに母も彼らを睨み付けて黙りこんだ。もう、この場に伯母と従兄弟達の暴挙を諌める父の血縁者がいないことを父は良く理解していた。弟の嫁である叔母ですら、従兄弟達の姿に眉を潜めるがここで苦言を呈すれば今住んでいる家の権利でまたもめかねない。叔母は仕事があるとそそくさと通夜の席から消えた。

今まで貸したモノは彼らの頭の中ではチャラになったのだろう、これ以上は彼らは返す気はないなと父は感じたのだと言う。実際はその倍以上も、従兄弟達が起業した時の保証人にも連帯でなっていた。過去にはその起業の失敗で補償金を払いそうになったが、それは兄自身が退職金や家を担保に必死に補填して一部を助ける形で方をつけた。彼らは恐らくそれを聞いたはずだ。まだその時は会話が成り立ち、助けられたことに感謝を述べることが出来たのだから。その記憶はだいぶ以前の事とはいえ作り話でなく、父だけでなく母の記憶にも残っている。でも、いつの間にか彼らはそれを忘れ去り、会話の成り立たないモノに変貌した。父は無言のまま彼らを眺め、義理の姉であるモノを見つめる。ニヤニヤ笑いは更に顔中に広がって、まるで口が裂けているように見えた。

兄貴の生命保険がおりる算段がついたんだな。だからこんな風に最後に借りた分だけ思い出して返して来たんだろ。これを返したら、もう文句は言わせないと言いたげだもんな。

葬儀が終わったらもうこの家族と交流は無くなるだろうと、その不気味な笑顔を見ながら心の中で呟く。父が何も言わなかったのに満足したのか、従兄弟達は別な部屋に用意した食事を食べるために姿を消した。通夜の場には父と母だけがひっそりと残る。
別人に見える以前のふくよかな姿の兄の遺影を眺めながら父はこんなんでよかったのかなと心の内で問いかける。少なくとも自分の子供達を連れてきていなかったのは幸いだと、小さな声で妻に言う。その言葉に自分の横で従兄弟達の仕打ちの悔しさもありながら、それでも一緒に兄を悼んで泣いてくれる妻で本当によかったと思う。伯父の通夜で一夜線香を手向けたのは、私も弟も参列しなかった為、私の両親だけだったそうだ。



そうして葬儀が終わり一ヶ月。
四十九日の法要を葬儀の時にしなかったのと納骨が何時なのか連絡がない。待てど暮らせど連絡がないことに痺れを切らし、父はその後の法要の予定を聞こうと伯母に連絡を取った。しかし、今度はどの電話番号もあの聞きなれた「現在使われておりません。」と言う言葉を繰り返すだけだった。携帯電話すら使われていないものと全くの別人が新しく番号を使っているのか、訝しげに違いますよと電話に出る始末だ。
父の実家にそのまま住んでいる叔母に確認を取ったが、結局父と同じく連絡がとれなかった。やむを得ず叔母は伯母と従兄弟達の家を訪ねたが、既にそこは引っ越した後だった。
叔母も伯母達がいつの間に引っ越したのか知らず、何処に越したのかも分からない。伯母からは、その後今になっても一度も連絡はない。
伯父の遺骨は祖父母と同じ墓に納骨されているのを、後日墓参りに行った父が気がついたのだ。祖父が亡くなった時に建てた墓に新しく刻まれた伯父の戒名に、そこに伯父もいると信じるしかない。そう父はいう。

名前だけ刻んで伯父の骨だけ持ち歩く家族とは思えないからな。

別段その点では、父も私達も、墓にをみてくれている叔母も困ってはいない。ただ、連絡先も分からなくなったので、今後の法要の連絡もとれない。

「まあ、困るものでもないけど、なぁ……。」
「また、後になって連絡くるかもよ?」

私は内心そんなことは恐らくないだろうと思いながら、父の気持ちを軽くする為にもそう告げてみる。
父は暫く黙り混んでいたが、ポツリと溢した。
ここ最近、習慣のように父との日帰り温泉ドライブが続いていたのは、父が一人では抱えきれないことが多い証拠だった。

「信じる訳じゃないけどな。」
「うん。」
「お前のひい祖父さんも祖父さんも、兄貴も64歳で死んだんだなぁ……、まあ、弟は54だったけどな。」

ピクと私の表情が険しくなる。それでも、父はポツリポツリと言葉を話続けた。

「信じてる訳じゃないけど、何かあるのかな?ホントに。」

ふわりと脳裏にまたあの時の情景が浮かぶ。
暗がりの小山のような影。
のし掛かり這いずり回る手の感触。
叔母の告げた呪いの言葉。
畳に立つ裸の踵の向こうに見える伯母の苦悩の寝顔。
しかし、今日は私はそれを無理に打ち消した。

「お祖母ちゃんは92歳でポックリ大往生だよ。父さんは祖母ちゃんに似てるから、64では逝かないよ。」
「憎まれっ子世に憚るのか。それもなぁ。」

祖母の口癖に僅かに父の表情が緩む。
頃は秋口。
父は早生まれなので、後四ヶ月もすれば一つ年を取り、伯父と同じ64歳になろうとしている。

「大体にして、三人同じならもう打ち止めでしょ、64。」

父はこの時私にはそれ以上話さなかった。
本当は三人だけでなく、曾祖父の兄弟も祖父の兄弟も皆64迄に亡くなっているのを父は知っていたらしい。やっとそれを教えてくれたのは、父が65の誕生日を過ぎた数日後のことだ。兎も角、今の私の言葉で少しだけ緩んだ表情で、父は車窓から少し覗く青空を見上げた。

「なんだかな、兄貴もあの人と結婚してからおかしなことになったもんだよ。」
「伯父さん達は恋愛結婚なの?」
「さあなぁ、どうだったかな。気がついたら結婚してたんだ。」

一つしか違わない兄弟が知らない間に結婚するなんてあるのかと、横の父を見ると本当に知らないのであろう風に首を捻る。

「もともと、兄貴には彼女がいたからその人と結婚すると思ってたのに、何であの人だったんだか……見合いでもしたのか、なんなんだか。」

ずいぶん曖昧な話に眉を潜める。
母方の兄弟は上の兄と母まで15も年の差があった。だから、上の兄は戦後すぐ近くの人の紹介で結婚した。母の姉も近隣の人を紹介されて嫁に出た。しかし、母が成人する頃には恋愛結婚が普通で、父と母は恋愛結婚だった。勿論その頃もお見合いはあったが、その少し前よりは数を減らしつつあったはすだ。
父と一つしか年の違わない伯父は、公務員だったから見合いの確率はあるだろう。だが、離れて暮らしていた父が彼女がいたと知っているのに、伯母と結婚する経緯を知らないのは何故だろう。父自身も今それに気がついたらしく、しきりに首を捻っている。

「兄貴の彼女にも何度か会ったことあるんだ、きれいな人だったんだよ……、この人と結婚するんだなと思ってたのに、いつの間にかあの人がいたんだよなぁ。」

狐につままれたような父の様子に、私は不意に肌が粟立つような思いに包まれた。記憶と記憶が噛み合わないのに、その理由は父の中には思い当たらないのだ。もしかしたら、40年近く前のことだから、本当にただ忘れてしまっただけかもしれない。でも、もし本当に突然現れたあの人が突然伯父の妻になったのだとしたら。自分そっくりの子供を産んで育てて、伯父の生命保険と一緒にふっつりと消えてしまったのなら?
そこまで考えてばかくさいと私は頭を降った。
40年もかけてそんな事するほど価値がある・何かがある家とは思えない。

そう思いながらふっと幼い私に、呪いがあると語ったあの暗い狂信的にも見える伯母の瞳を思い出す。

「まあ、向こうから連絡が来たらその時はその時だな。」
「うん。」

父も深く考えるのをやめたようだ。

「父さんには、母さんも私達もいるからきっと長生きするよ。」
「自信満々だな。」
「そりゃそうだよ。」

父が一時停止とほぼ同時だった私の言葉に、ハンドルを握ったまま私の顔を見る。私は助手席側の窓に額をつけて、青空を覗きながら眼を細めた。

「だって、私が生きてるんだもん、父さんはまだまだだよ。」

その言葉に不意に運転席から大きな手が延びてきて、ポンポンと頭を撫でる。
死にぞこなった私ですらこうして元気に生きてるから、父はまだまだ大丈夫。暗に私がそう言っていることに気がついたらしく、父は穏やかな表情で再びゆっくりと車を走らせる。

故郷の山並みは夏の青さから、もう既に秋の気配をにじませて青空が高く澄みわたっていた。

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