続・都市街下奇憚

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2冊目 『眠りたい姫』

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そこは白々と陽射しの射す光の帯が埃を反射して浮かぶ、騒がしい音のない静かな空間。それほど広大とは言えはないが溢れんばかりの膨大な書籍が壁の一面を埋め、それでも収まりきらない書籍は書架から溢れて至るところに堆く積まれていた。
甘いようにすら感じる日向めいた乾いた紙の匂いに包み込まれたその室内で部屋の主でもある勅使河原叡が、躊躇い勝ちにドアをノックして訪れた自分を逆光の陽射しを背にして穏やかな笑顔で迎え入れる。
待ってたよと言わんばかりに微笑む勅使河原は、当然のようにデスクの上から一冊の本を取り上げてこちらに歩み寄ってきていた。そうして頼んだわけでもないのに全く題名すら知らない……それどころか背表紙にも表表紙にすら題名のない古びた本を差し出され、何故か断ることもせずに自分はそれを受けとる。そうして言われたわけでもないのに、パラリとページを捲って…………



※※※



『いつからでしょうか、私、……………眠れないんです。』

随分話が始まるのが突然だなって?
すみません、好きに話していいって言われてたものですから。
え?誰にってそこは気にしないでくださいよ。大体にして、そこ必要ですか?別にいいですよね?そこに触れなくても。

話を戻しますけど、眠れないんですよ、私。
いえいえ、全くではなくてそりゃぁ少しは眠れますよ。
ええ、まるでゼロではないんです。
そんな化け物かって話しじゃありませんよ。
いやですね。
そういえば、何年も前に何処かで全く眠れないって男の人の物語が映画になってましたね。眠れなさすぎて痩せ細る男の人の話じゃなかったかなあ?まあ、見ての通り私はそれ程の状態ではないですけどね。

例えば一時間とかなら一応は眠れるんです。
なんだ寝れてるんじゃないかって?
でも、二十四時間のうちの一時間ですよ?
そう考えると一時間ってあっという間でしょ?
たかが六十分ってことですよ?
たった三千六百秒ってことですよ?
そう言えば短く感じるだろぅって、そうじゃありませんから。二十四時間は、千四百四十分ってことなんですよ?その内のたった……分かりましたよ、止めますけど。
そう言われてみると、一時間なんて本当にあっという間でしょ?

は?

昼寝ならもっと短いですって………いやいや、これはちょっとウトウトの昼寝の話ではないんですよ。
一日の睡眠時間がということなんですから。
話を戻しますけど、一時間しかねれないってことは例えば真夜中に眠りについても夜が明ける前に目が覚めるのが当たり前なんです。

普通の人ならそこからもう一眠り…………

それが普通でしょ?あなただって『朝まで後四時間眠れる』とか思ったら当然のごとく二度寝するでしょ?ね?
でも、それが私には出来ないんです。
ヌクヌクと暖かい布団で二度寝………なんてことが、自然にできたらどれだけ幸せでしょうといつも思います。

そうなんです、目が覚めたらもう眠れなくなるんですよ。

私の睡眠と言うやつは例えば一晩のうち細切れに何度も眠れるわけでもないんです。

……ほんとに一晩に一時間程度しか眠れない。

そうなんです、多くても一日一時間程度しか眠れない。
ああ、自己紹介も未だでしたね。
私、………………某と申します。
え?随分奇妙な名前ですって、はぁそりゃ仮名なので。
なんだそりゃ?ですって?
…………良いじゃないですか。
だって、自分の睡眠の話をするだけなんですよ?
それに本当に好きなように話していいって言われてるんですけど…………。
誰からって?随分そこにこだわりますよね。
どうしてもそこ言わないと駄目なんですかね?
え?喧嘩売ってるのかって?
いや、本当にそういわれて話にきたんですから。それと、こっちとしても…………余り詳細を明かしたいわけじゃないんですよね。
なのにあなたがそこに何でそこに固執してるのかなって…………
まあ、いいか。
某がダメなら『眠りたい姫』とでも名乗っておきましょうか。
ちょっと自分で名乗ったし!とか、そういう微妙にメンタルにくる突っ込みはやめてくださいよ。
自分でも…………内心では……姫は痛いかな?って……ちょっとは思ってるんですから。
………
…………
……………ちっ……
あ、いえ別に舌打ちなんかしてないですよ。
はぁ…………いい加減話をもとに戻しますね。
これを先ずは聞いて貰わないとならないんですから。



※※※



ええとですね。
私って、幼少の頃からとても寝付きの悪い子供だったんです。
記憶に残っているだけでも、物心ついてからずっとこの調子。
昔から布団に入ってもまるで眠れなくて、寝付くまでに一時間とか二時間もかかる子供でした。
そこらのお子さんのように、遊んでいて電池切れ→バタン→グーなんて一度も経験したことがありません。
私って物心ついた時には、
お布団に入ってから『どうやったら自分は眠れるのか』を常に考えていたんです。
これで親もそうなら諦めがついたでしょうが、
家は両親も兄弟も親戚まで
ほぼ瞬間的に眠ってしまうことが可能な家系なものですから。
まさに、どこぞの未来型猫型ロボットのオトモダチの◯太君のごとくですよ。
話していて次の瞬間、寝ている親の姿なんて当然の事過ぎて。しかも、兄弟や親戚が話していて寝落ちなんて事も当たり前なんです。
そんな親の子供なのに私一人だけが、どうやってもまるで眠ることが出来ないのです。
ショートスリーパーと言えばカッコいいですけど、本人は寝たい訳ですから本末転倒な話ですよね。

勿論子供の頃から寝起きの良い子供だと親からは思われておりました。
そりゃそうです。
ほぼほぼ寝てませんから。
そんな私の子供の頃の睡眠の平均は、まだ長くて三時間程度。それでもまだその程度は眠れていたわけですが。
でも睡眠時間がそれで十分だったわけではなくて、

ああ、熟睡したい、沢山寝てみたい。の◯太君になりたい

そう日々考えて過ごしていたんです。
アニメを見てあんな風にどうやったら眠れるのか、本当に真剣に考えたものですよ。
子供心にそんなことを考える日々。
間抜けな話ですよね、眠れない私の夢が心行くまで寝ることだなんて……。

え…………話を聞いてたら眠くなってきた?
もう眠い?
……羨ましいなぁ…………寝たら殴ってやろぅ………
ああ、いや、少し本音が。
さて、そんなわけで私は大人になってから何とか眠るための手段を探し始めたわけです。
は?何?そんなの聞かなくてもいい?
グチャグチャ言ってないで聞くだけ聞きなさいよ。
まあ、兎も角この眠りたい姫が一番最初に試したのは……



※※※



そういう訳で私は眠りたいがために、様々な物や方法を試し続けてきたんですよ。
どんなものかって?………ひかないでくださいね。
ハーブティーとかホットミルク、アロマも試しました。
はたまたストレッチやツボ押し。
勿論羊を数えたり、哲学書を読んだり。
呼吸法をしてみたり。
寝具も変えましたし、枕を変えてみたりましたよ。
眠れる音楽や波の音なんかも試してみたんです。
そんなに試したんだから、一つくらい身体にあったものがあったろうって?
そりゃ幾分は寝付きがよかったり、少しの期間は睡眠時間が延びたように感じたことくらいはありました。
でもね、結局は長く効果はでなかったし、最初の効果から効果が上がったものもなくて。結果的に眠れなくて………(溜め息)
でも、ある時少しだけ熟睡感を感じたことがあったんですよ。それはなんなのかって?

話すことです、そう、こうやって。

何言ってんだって?私もそう思いますけど、こういうことをしてこうしてこうして、なんて話を全く関係ない人にした日は眠れる気がするんです。気分の問題だって言われるとそうかもしれないですけどね。
ただ、これには一つおまけがありまして、
何故かこの話を聞いた相手からこう言われる事が多いんですよね。

『眠れなくなった。』

そうなんですよ、この話をした相手が軒並み不眠症になったって私に言ってくるようになったんです。
困りますよね。
聞いてもらったら私は少し眠れた感じがするのに、
相手が眠れなくなるんですって。
お陰で友達にはこの話を出来なくなってしまって………
こうしてワザワザ話し相手を探して話す羽目になってるんです。
そうあなたみたいに何となく話に付き合ってくれる人を探して。
え?広めてるのかって?何をですか?あぁ、不眠症を?
ああ、そう言われたらそうなのかもしれませんね。
何せ『不眠症』だなんて病としてあるものですもんね。そうか、不眠症って病なんですね、今気がつきました。
ああ、ならもし今夜あなたが私みたいに一時間しか眠れなかったら、私みたいに誰かを探して話してみるといいかもしれませんね。



※※※



これは…………

思わず問いかける自分の戸惑いに満ちた声に、勅使河原は別段答えることもなく微笑みながら自分の手から本を受けとる。
不眠症が風邪のようにうつるなんて聞いたことがない。それでも次第に何を試しても眠れなかったらのに、人に話したら眠れるなんて言われたら。物語の主には意図的に不眠症を伝播しているようにすらも思えてしまった。

面白いものですよね?文字1つで表現は様々ですから

そう意味深に勅使河原が笑うのを、自分は何故か予期せぬ病を押し付けられたような気分で見つめていたのだった。
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