GATEKEEPERS  四神奇譚

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外伝 はじまりの光

第一幕 鳥飼澪十六歳 孤独

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言葉通りの天涯孤独というものが現実にあり得る事だとは、実際にそうなってみないと分からないものだ、と鳥飼澪は思う。色々調べては見たものの、彼女には本当に誰一人として血縁者がいなかった。
ドラマではよくそんな身の上の人間が出てくるが、自分がそうなる事は想像もした事がない。両親の親族を探しても、住所録を辿れば全てが行き詰まる。つまりは、血縁が途切れてしまうのに、唖然とするばかりだった。元々家系図をみても嫡男一人の場合が多く、娘に婿をとっている事もあったようだ。どれだけ調べても答えは変わらない。そんなドラマみたいなことがあるとは思いもしない。それが普通に生活している者という傲慢さなのだろうか。
未成年の彼女の後見人となってくれたのは、結局父と旧知の間柄だった真見塚成孝だった。それには恐らく様々な手続きを要したものだろう。彼女には分からなかったが、彼が相当に苦労してくれた事だけは分かった。
真見塚成孝は彼女の生家と同じ都市の中で、元は鳥飼家から分家した流派ではあるが古武術と合気道の道場を開いている。何時分家したかまでは分からないが、元々受け継いできた道場というから成り立ちは彼女の生家と大して変わらない。澪の生家に一時入門したのは恐らく源流の流派と言うものとの交流というあたりだろうか。成孝の父親も既に亡くなっていたが、成孝は道場を引き継ぎ門下生も多い。鳥飼道場に通っていた半数程が真見塚道場に通うようになり、残りの半数は同じく鳥飼家から分家した宮内道場に通うよう手配したのも成孝だった。
「何故そこまでしてくれるのか」と澪が問いかけると、彼は何も言わずただ曖昧に微笑んだだけだった。そして、そのまま質問はやり過ごされてしまう。



※※※



あの哀しい小雨の中で抱き合った寂しい日から約一ヶ月。
桜は既に散り、新芽が庭では芽吹き始めていた。春の柔らかい暖かな陽射しという光が、室内には静かに暖かく差し込んでいた。
縁側に開いた障子戸から吹き込む芳しい春の香りと畳の穏やかな香りを感じながら、澪は背筋をピンと伸ばしそこに正座している。あれから、たった一ヶ月しかたっていないというのに、高校二年生になった彼女は驚くほどに成長して見えた。澪は一ヶ月という短い期間で憂いを湛えたたおやかな透き通るような美しさを身につけ、外見的にも急に大人びて見える。それは一際彼女の母親に似た美しさを際立たせた。その急激な変化はまるで光り輝いている様にも感じられ、少し眩しそうに目を細めながら成孝は、困惑の色を隠せず彼女を見つめる。

「今…なんと…?」

成孝の困惑の声に彼女は一つの大きな決断をした、サッパリとした表情で成孝を見つめ返す。
両親の生前の蓄えと残してくれた遺産で都立の高校に通う事には何の問題もなかった。勿論その後に何か学校に通う事も資産を考えれば可能だろう。幼い頃からの日課であった日舞と古武術の鍛錬に関しても、真見塚家の道場が便宜を図ってくれるので今までと同様に続ける事が出来ていた。しかし、厳しくも優しかった父のいない道場、そして淑やかで美しい母の去った日本舞踊の教室のどちらも澪が学生の身の上で維持できるものではない。澪がどちらの資質を過分に受け継いでいるとはいえ、彼女は高校生に過ぎず指南を行い維持し続ける事が出来るものではなかった。
結果として、彼女は一つの結論に行きついたのだ。

「全て売る事にしました。」

そこは鳥飼澪にとって思い出がありすぎた。
広大な敷地の何処にも、澪の幼い頃からの記憶が重なる。倉も庭園のような庭も、古く広大な座敷や長い縁側の廊下、道場の格子戸。何もかもが彼女の記憶の中で、自分や両親や祖父との大切な思い出に溢れすぎている。余りにも思い出が溢れすぎて、自分の体の内側がチリチリと炙られるような痛みすら感じた。それは思えば思うほど、澪の体内で大きく膨れ上がり身の内を焦がす。
思い出がありすぎるからその痛みは堪えようがなかった。だから、彼女は広大な土地を持つ自分の生家の全てを手放す事にしたのだ。広大な土地の一部は既に都市計画の一貫で緑地公園として、都市に買い上げられる予定地となっているし、残りの土地もマンションの建設予定地として売るつもりだ。やがて彼女の思い出の家は、更地になり高級マンションへと変わるのだろう。『鳥飼家』は血脈こそ乏しいが土地ではかなりの旧家だったのだから、都内の一等地は直ぐ買い手がつくのは想像に難くない。その資産を彼女がどう運用するかは兎も角、澪が権利を持つとは言え彼女はまだ未成年なのだ。

「だから申し訳ないのですが、保証人になっていただきたくて。」

大人びた美しい花のように艶やかに笑顔を浮かべる彼女を、呆然と見つめていた成孝はハッとした様に春風に我に返った。我に返った成孝は、目の前で大輪の花の様な美しい笑顔を浮かべてサラリと大きな決断をしてみせる澪を見つめ返す。

「し、しかし、澪さん、道場だけでも。」

それはここ一ヶ月の彼女の鍛錬の姿を見た成孝の正直な感想だった。



※※※



鳥飼澪の祖父は、澪を天才と評した。それは祖父の欲目ではけしてなく、彼女は確かに天才。十六歳でしかも女性でありながら、既に完璧に彼女の生家に伝わる古武術の型の全てを身に付けていた。それが幼い頃からの鍛錬の賜物なのか、天武の才なのかは分からない。しかし、今では流派は違うとはいえ彼女の舞いにも似た演武は、真見塚成孝を絶句させるには十分なものだった。
いくら生家の伝承とは言え、古武術迄十六歳の少女が容易く習得できるものではない。自分ですら彼女より一回りも長い年月を鍛練に費やして自家の伝承を完全に習得したとは言い切れないと成孝は思っている。しかし、目の前の艶やかな黒髪をした美少女は、腰辺りまである長い髪をキリリと一つに結いあげて彼に請われる演武を舞った。
成孝が本気で手合わせしても彼女と五分になるのではないかという気すらする。美しい滑らかな演武は彼女の父親よりも、もしかすれば長じているかもしれないとすら思う。それを知っているからこそ、口をついた言葉に彼女はあっさりと首を横に振った。

「父は私に全てを教えてくれましたが。」

ふと彼女の瞳が思い出に曇る。
彼女は年若い女性でありながら、今や『鳥飼流』という自家の古武術の最後の継承者になってしまった事を的確に理解しているのだ。それを思うのか、彼女は微かに自嘲めいた微笑みを浮かべる。

「人に教える術までは、教わりませんでしたから。」

その冷静な思考と言葉は凛とした強い意志を感じさせ、澪の父親を彷彿とさせる。
成孝にとって兄弟子にも当たるかの人は、酷く清廉で研ぎ澄まされた知性を持ちながら、それでいて優しく頑ななまでに律儀で融通の利かない人だった。その一人娘の彼女は、父親に似た思考で納得が出来ない教えをするくらいなら道場ごと流派を封印する道を選んだのだ。潔いと言えば聞こえは良いが、成孝にはそうそう出来そうにない行動である。

「だから、そう決めました。」

その淀みのない言葉には、美しい淑やかな鳥飼の妻女の姿まで併せ持つ。目の前の澪の姿の儚げに透き通る美しさに、成孝は思わず目を奪われる。しかし、それでいて強い意志を秘めた美しい瞳は引く事も知らない様に彼を真正面から見つめていた。ハッと成孝は自分がその姿に見とれていた事に気がつき、微かに頬を染めた。
暫くして彼は気持ちを切り替えつつ、諦めにも似た溜め息をつく。目の前の澪はこうと決めたら、例え後見人の自分の意見でも考えを変える事はないだろう。何より彼女はもうその準備をほとんど終えて、彼に保証人になって欲しいと言いだしたに違いない。
それに彼女の言う事は実際は正論でもあった。夢だけでは道場や流派を守れるわけではない。何よりその本質を受け継ぐ彼女がここにいるのであれば、全てが完全に絶えるのでもないのだ。

「分かりました、仕方がないことでしょう。ですが。」

もっと強い成孝の反論を予測していたのだろう、成孝の意外な反応に澪は驚きつつも彼の最後の言葉に彼女の表情が少し硬くなる。道場や土地に関しては彼女の考えは的確すぎて覆す術はない。最大限の譲歩の言葉を述べるしか、成孝にはもう道は無いのだ。

「土地の売却は澪さんの希望に沿うようにしましょう。」
「はい、お願いします。」
「ただし。」

成孝が口にした言葉に、澪の表情が緊張する。道場や家屋の廃棄は費用がかかるのは理解していたし、古い古美術品も倉や家屋の中に数多い。それを売却すれば更地にするくらいの費用にはなると踏んでいたが、成孝には通じないかもしれない。澪の考えていた言葉とは全く違うものだった。

「アパートは駄目です。」

澪の表情がキョトンとした年相応のモノに見える。アパートは駄目とはどういう意図なのか、自宅を処分するなと言う意味なのだろうか。
その言動が、本心から予想外だったのだろうその表情に、成孝は溜息交じりに言葉を続けた。

「高校はこのままこの家から通いなさい。それだけは絶対に譲れません。」
「何故ですか?」

澪のその反応に、澪が今後アパートで暮らすつもりだったのは明らかだ。恐らく保証人にはそのアパートの保証人も含まれていたのだろう。
今度は逆に成孝の表情が一瞬唖然としたものに変わるが、すぐ我に返ったように彼女を見つめる。ついこの間まで、本当に幼い少女にしか見えなかった。そんな彼女には自分の羽化するような変化が見えないものなのだろうか、と成孝は一瞬真剣に悩む。彼女は全く意味が分からないという様に、春の光を眩いその姿に浴びながら真剣な瞳で彼を見つめている。

これだから箱入り娘は…。

思わず春の光の中で自分を見つめる彼女に見とれつつ、かの人に心の中で成孝は独りごちていた。彼女の美しくもキョトンとした表情に見とれていた事に気がつきながら成孝は、改めて春の光を眩いその身に受ける彼女を見つめる。まるで少し時代から一足遅れた様なその自覚の無さは彼女の内面がまだ幼いのか、彼女自身が自分の変化に気が付いていないからか、はたまた古式ゆかしい旧家に育ったためだとしか思えない。成孝は、一つ深い溜め息をついて彼女を見つめなおした。

「澪さん、あなたは女性で、一人で生活するには危険だからです。」

諭すようなその言葉を不思議そうに見つめる彼女は、今まさに何がですか?とでも問い返しそうな勢いだ。しかし、成孝の真剣な瞳に有無を言わさぬ気配を感じ取ったのか、思わず素直に「はい」と頷く。その言葉に成孝はホッと息をついた。
全くもって、自分がどれだけ人目を引く容姿なのか自覚がないというのも凄い事だ。あれほど、『真見塚道場』の門下生にファンを作るほど騒がれている事も、きっと気が付いていないのだろう。
そんな困惑と安著の表情を浮かべる成孝を、まじまじと見つめながらクスリと彼女は笑みを零した。

まるで、兄でもできたみたい。

その澪の微笑みの意味が分からず、成孝は不思議そうに彼女の可愛らしい笑顔を見下ろしていた。
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