フォークロア・ゲート

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地の崖の妖精の村

19.リリア・フラウ

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開け放った扉の先が昼間に見た室内で無いことに、リリアは内心ホッとした自分に気がついた。話を聞かなければならない筈なのに、母親が魔女であると告げられてしまったリリアはマダムと話をするのに怖じ気づいてしまっている。そして、扉の先に広がった異世界の険しい山道に、逆に安堵すら感じてしまっていたのだ。

なんてこと、ここまで来て真実から目を背けようとしているなんて。

泣き出したくなる気持ちを胸に感じながら、リリアは先ずポケットを探る。やはり、異世界に来るとポケットには、金の林檎と針のない金の懐中時計が大事な物だと言いたげにしまいこまれていた。懐中時計を開くと秒針だけが、カチコチと音をたてて動いている。改めてポケットにそれをしまいこんで、リリアは険しい山道を見上げ先を伺った。橙色と赤に彩られた高い空に、山の頂から細く白い煙が立ち上っている。

誰か住んでいるのかしら。

リリアは煙の立ち上る先を眺め、決意したように険しい山を登り始めた。先を進まないことにはここが何処なのかも、何が待っているのかも知ることはできないのだ。
誰かが先に進むために打ち込んだ杭に繋がれた鎖が、険しい岩場を垂直に上がるために垂れ下がっている。鎖は誰かが何度も握りしめ登ったのだろう、錆びもなく磨かれたように滑らか。リリアが試しに鎖を掴んでも、杭はびくともしない程岩場に深く打ち込まれているようだ。
何とか鎖を手に岩肌を登りきると、岩場の間を細い板を渡した道が細く長く先に続いている。

『良く来たね、リリア・フラウ。』

視線をあげるといつの間に姿を現したのか、恭しい仕草でナール・ヴァンデラーが目の前で頭を下げた。リリアは微かに目を細めて、彼を見上げると溜め息を溢す。

「突然現れるのね、ナール。」
『道化だからね、脅かすのが好きなのさ、リリア・フラウ。』

おどけた仕草の道化を見上げて、リリアは思い出したように口を開いた。

「そう言えば、最初に会った時、あなたは私に久しぶりと言ったわよね。」
『そうだったかい?』
「とぼけないで、確かにそう言ったわ。あと、このリリアは初対面とも言ったわ。」

リリアの詰問にナールは口を真横に引いて、ヒヒと作り笑いを浮かべる。岩山の足場の悪い道の上だというのに、ナールはピョンピョン跳びはね続けて崖から飛び出してしまいそうだ。

「あなた、私と以前会ったことがあるのね?ナール。」
『おやおや、そんな事を誰に聞いたんだね?』

とぼけて答えをはぐらかそうとする様子にリリアは目を細めて、ナールの頭の頭巾を咄嗟に掴んで仮面を引き寄せる。

「答えて!ナール、会ったことがあるのね?!」
『乱暴はよしておくれよ、リリア・フラウ!答えるよ!ナールはリリア・フラウには初対面!』

鈴のついた頭巾をリリアに掴まれたナールが、憐れに悲鳴じみた声で叫ぶ。岩山にこだまする悲鳴に怯まずにリリアが詰め寄るとナールは更に言葉を続けた。

『でも、リリア・ロアッソとナールは友達!これが答えだよ!リリア・フラウ!』

思った通りのナールの言葉に、リリアはナールの頭巾から手を離した。ナール・ヴァンデラーは確かにリリア・フラウとは初対面だったが、最初からリリア・ロアッソの事を知っていたのだ。しかも、ナールが友達だと言うからには、幼いリリアとナールは何度か出会っているのだろう。

「ナール、友達ということは何度も会っているの?」
『イエスだね、リリア・ロアッソとは何度も会っているよ、話も沢山した。』

五歳前後の話だとはいえ、会話をした相手の事をこんなにも綺麗さっぱり忘れ去るものなのだろうか。友達と呼べるくらいに話をしたなら、何か思い出しても良さそうな筈だ。

「何で、私は覚えてないのかしら。」
『さあ、どうしてかね?私も理由が知りたい。』

その言葉は道化の仮面だというのに、心からの本心の呟きに聞こえてリリアは目を丸くする。ずっとおどけてばかりだと思いきや、目の前の道化者は本当にただの道化には見えない顔を浮かばせリリアを戸惑わせていく。

「……ナール、私は以前は自由にこの世界をあなたみたいに歩き回っていたの?」
『答えは半分イエスだね。リリア・フラウ。』

ピョンピョンとナールは頭巾をまた掴まれないように手で押さえ、リリアから素早く距離を置いた。頭巾を掴まれるのがそれほど嫌だったのかと、リリアはほんの少しだけナールに申し訳ない気持ちになる。

「半分?」
『自由に歩き回っていたのは、まあイエスだけど。』

ナールは初めて表現に困ったように、顎に白い手を当てて飛び跳ねるのを一端止めた。

『人間のチビッ子ってもんは、始まりの森に何度かやって来るもんなのさ。ヘンキーと踊ったり、ピクシーと戯れたり、クー・シーに吠えられたりね。そりゃ毎日何処かしらのチビッ子が紛れ込んで、目覚めるとベットの上で目覚めるって仕組みさ。』

つまりは始まりの森に人間の子供が、訪れるのは珍しい事ではないと言うことだ。

「子供を全て稀人と呼ぶの?ナール。」
『いいや、リリア・フラウ。稀人は子供が紛れ込むのとは違う。扉を通るんだからね。』
「子供は扉を潜らないの?」

ナールはニイと笑顔を見せて、腰を折りリリアの顔を覗きこむとそうさと当然という風に告げる。リリアが意味が分からないと首をかしげると、腕を組んだナールはクルリとその場で回った。

『子供の魂は妖精に近い。だから眠るとフラッと体を離れて、妖精と同じ存在になって始まりの森で遊ぶわけさ。リリア・フラウ。』

それは初耳だ。でも、説明は理解できる気がした。しかも稀人は別と言うことは、今のリリアも子供とは違うということになる。つまり扉を通る事ができる人間が稀人と言うことか。

「半分ってどういうこと?ナール。」
『リリア・フラウ。さっきも言ったがね、子供が始まりの妖精の森に来ることはよくあることだよ。だがね、ブルンネンの扉やここにくるフォルトの扉を見つけて潜れるのは稀人にしか出来ないんだよ。』

ナールは更に深く腰を折り、リリアの顔にくっつきそうな程に覗きこむ。そして、腕組みの指先を順に扇のようにひらめかせ、顎に指を添えて仮面の顔を無表情なものに変える。そして、リリアに見えるように、ユックリ指を折り数えて見せた。

『扉を見つけて潜れるのは稀人と、稀人の従者。後は妖精と、半妖精。ああ、後は今言ったのと。』
「半妖精?」

聞きなれない言葉にリリアが声を溢すと、しまったとばかりにナールは口をジッパーを綴じるような仕草をして見せる。半妖精ってと問いかけてもナールは、ジッパーのかかった首をブルブルと左右に振る。

「なら、ナール、ここに私がきたのは初めてって事?」

その言葉にナールは口のジッパーを開いて、プハッと息を吹き出した。

『それはノーだな、君が来たのは恐らく一度きりだけどね。リリア・フラウ。』
「一度?」

突然ピョンとナールは高く飛び上がり、崖の上に跳ね上がったかと思うと腰を曲げてリリアを見下ろした。お喋りが過ぎたとでも言いたげなナールは、姿を消そうとしているのが分かる。

『一度きりさ、ロニと一緒にね。ハッグから逃げてたんじゃないかな?』

リリアが目を見開いたと同時に、ナールは更に上に跳ね上がって岩山の頂を飛び越え姿を消す。思わずナールの名前を叫んで追いかけようと駆け出したリリアは、足元の不安定さに板の上で体勢を崩して咄嗟に岩山にすがり付く。視線を再び岩山の頂にあげた時には、ナールの姿は影も形も見えなくなってしまっていた。

ロニと私が一緒に、ハッグから逃げていたですって?

リリアは橙の空を見上げたまま、ナールの言葉を頭の奈かで繰り返す。

ハッグはママじゃないの?私は友達と二人で自分のママから逃げたって言うの?

ナールの言葉を心の中で改めて確認するように思い起こし、リリアはじっくりと思案した。もし本当に逃げるためにここに来たのなら、私とロニ・フリンは妖精の世界に逃げ込んだっていう事になる。それが何を意味しているのか、リリアは頭の中でまとめていく。

そうなると私と友達とママは妖精の世界にやってこれた稀人という事になるわ。

ふと、ナールが以前話したことを思い出して、リリアは眉を潜めた。扉がないと海の底から始まりの森には、リリアは行けないとナールは言った筈だ。今のリリアは夜の間しかこの世界にやってこれない。逃げ込むと言うことは、自由に入れなければ逃げ道として使いようがない。今の方法では、自由に妖精の世界にやってこれるとはいえないし逃げる場所としては辻褄が合わない。しかし、もしかしてもっと自由に出入りする方法が、何かあるのだとしたら。マダム・リューグナーが言っていた事が唐突に頭を掠める。ハッグという魔女はまだ島のどこかに隠れていて、魔女の名前はフェーリ・ロアッソ。

なら、ママが本当に生きててこの世界に隠れてる可能性はあるのかしら。

リリアは思案に耽りながら、もう一度険しい岩山に視線を上げた。もし死んだ筈の母親が隠れ住むとしたら、奇妙で不思議な常識の通じない妖精の世界はうってつけのような気がする。特定の人間しか入り込めない場所に、逃げ込み隠れる事ができたら十二年逃げ続けられはしないだろうか?でも、これにもやはり矛盾は存在する、何故ハッグがママなら自分のように島を離れず、何時までも島に隠れていなければならないのか。ここまでの島の状態を見ていれば一時隠れるには相応しくても、十二年は長すぎる。人がいない隙を見計らい島から逃げだすのは、きっと島に隠れ住むよりずっと容易い。

ママがハッグというのだって、おかしいのよ。

ハッグは二人を拐った上で一人の子供を殺したのに、一人は見逃したとマダムは言った。片方の子供が自分の娘だから見逃したのだとすれば、二人を拐わず一人だけを拐えばいいのではないだろうか。しかも、ナールが言うのが本当なら何故二人の子供は、二人一緒に逃げていたのだろう。二人が拐われたのであれば、ハッグと三人ではないのだろうか。もし、拐われたのを幼いリリアが助けに来たのだとしても、奥に逃げる必要性は無いのではないだろうか?逆に島に逃げて他の大人に助けを求める方が利に叶っているが、子供にはそんなことは関係ないのだろうか?思案しながら山の頂に向かって歩き出したリリアの足取りは、先程よりも酷く重く引きずるようなものに変わる。

『大層、足取りが疲れておるな?嬢ちゃんや。』

岩山の小道に響いた重く渋い声に、リリアは驚いたように辺りを見回した。リリアが視線を辺りに投げ掛けると、岩山の壁の一部が突然動き出し頭を動かす。岩そのもののように見える頭がヘルメットであるのに気がつくと、そこには土気色の岩と同じ色の肌をした老鉱夫が現れた。

『道化者には随分とからかわれておった様子、大変じゃな、嬢ちゃんや。』
「あなたは?」
『儂はノッカーじゃよ。』

ノッカーと名乗った老鉱夫は岩と同化するような、ゴワゴワした髭を端くれだった瘤の様な手で撫で付ける。リリアはおずおずと歩みより、リリアの腰ほどの背丈もなさそうなノッカーを見下ろす。

「私はリリア・フラウよ。」
『リリア・フラウ、いい名前じゃな、嬢ちゃんや。』
「ナールを知っているの?ミスター・ノッカー。」

リリアの問いにノッカーは髭を撫で付けながら、嗄れた声でカラカラと笑う。

『道化者も随分長い間さ迷い歩いておるからの。ミスターは不要じゃよ、嬢ちゃん。』
「ではノッカー。あなたずっとここに住んでるの?」

よっこらしょと腰を上げた老鉱夫は、リリアの腰までの背丈でトコトコと先導するように腰に手を組ながら歩き出す。リリアがそれに従うように歩き始めると、ノッカーは眺めるように岩山を見上げた。

『この岩山が生まれた辺りから住んでおるよ、嬢ちゃんや。』

ポンポンと岩肌を節くれだった手が叩き、眺める視線は家族でもみるように優しげだ。ノッカーの視線は笑みを湛えながら、自分の肩越しにリリアにも向けられた。

『そういや、以前お前さん達が通った時もこうして道案内をしてやったの。嬢ちゃん。』
「あなた私の事を知っているの?ノッカー。」

ヘルメットを手で少し押し上げてノッカーは、振り返りながら髭の中の口の端をニヤリと持ち上げる。

『ついこの間、会ったばかりと思うたがの。』

そして、感慨深いように目を細めてリリアを見上げると、フンフンと頷き髭を撫で上げた。

『儂らのように長く見た目が変わらん生き物とは随分時の流れが違うもんじゃな、嬢ちゃん。』

あの時は儂とまだ背丈も同じ位じゃったがのうと、ノッカーは肩を揺らしながら笑った。リリアは驚いたように目を丸くして、その老鉱夫の背中を見つめる。岩山の壁から昇る煙に、微かに硫黄のような臭いが混じりリリアは目を細めた。

「ナールには、ロニと二人だったと聞いたわ。」
『おお、そんな名前だったのう、嬢ちゃんは別な名前じゃったな。』

老鉱夫はそうだったとまるで電球がついたように、思い出したようにウンウンと頭を振る。リリアがロアッソだった事も知っている様子のノッカーは、確かに幼い頃の彼女とであっているのだろう。

「逃げていた様子だった?」
『そうじゃのう、そういわれれば先を急いでおったかもしれん。』

ノンビリと老鉱夫が髭を撫でながら遠い目をして、その当時を思い出そうとする様子だ。だが、老人にしてみれば、子供二人の緊張感や切迫感は伝わっていなかったかもしれない。リリアは恐る恐る背後から、ノッカーに問いかける。

「ハッグに追われているとは?」
『ハッグ?これまた物騒な名前を持ち出したもんだな、嬢ちゃんや。』

ハッグの存在は老鉱夫のノッカーにとっても、緊張する存在のようだ。先程よりも遥かに近づいた岩山の頂を見上げて、ノッカーはトントンと腰を拳で叩く。

『ハッグのう、そんな話はしとらんかったがなぁ?』
「そう。」

それをどう理解しておくのが正しいか、リリアは思わず考え込む。ただリリア達がノッカーに話さなかったという可能性もあるが、ハッグが追いかけていたのではない可能性も捨てきれない。

「ノッカー、ここにハッグはいるの?」
『こんな浅いとこにゃおらんだろう。ハッグならもっと奥にいるだろうさ、嬢ちゃん。』

頂に上りきる前にノッカーが、節くれだった指でノブを握り岩肌に作りつけられた扉を潜る。一瞬扉を潜ると考えた瞬間リリアは躊躇いを感じたが、ノッカーが開けたまま待っていてくれる姿に恐る恐る扉を潜った。


※※※


ノッカーに連れられて岩山の内部に入った瞬間、目の前に子供が二人手を繋いで立っていた。シロツメクサの花冠を被ったプラチナブロンドの一人を、ブロンドの子供が奥へ行こうと手を引いている。菜の花畑では二人とも同じシロツメクサの冠を被っていたが、今花冠を被っているのは片方だけ。花冠を被ったままのプラチナブロンドが戸惑いながら辺りを見渡し、手を引く子供の顔を不安げに見つめた。

早く行こう、先に行かなきゃ

手を引いている方が急かすようにノッカーの後を追いながら、もう一人の手を必死に引いている。その声に戸惑う花冠の子供が、岩をくり貫いた辺りの光景に怯えたように立ち竦む。

大丈夫、行こう。

元気付けるように手を引く子供が言うと、怯えながらも花冠の子供は戸惑いながらそれに従う。ノッカーの後に慎重な足取りで続く二人の子供の背中は、髪の色が違うだけで本当にそっくりに見える。
双子みたいと心の中で呟くリリアの視界が、一瞬で真っ白に塗り変わっていた。







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