フォークロア・ゲート

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地の崖の妖精の村

21.リリア・フラウ

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『どうしたね?嬢ちゃん、大丈夫かね?』

老鉱夫の気遣う声にリリアは、我に帰って自分が立ち尽くしていたのに気がついた。岩をくり貫かれた道は立派で、リリアの背丈でも頭が頭上の岩に設置された電灯に擦れる様もない。

「ごめんなさい、一度に暗くなったから目が眩んでしまったみたいだわ、ノッカー。」

リリアの言葉にノッカーは疑う気配もなく髭を撫で付けながら、そうじゃのうと薄暗い電気を見上げてカラカラと笑う。再び歩き出したノッカーを追いかけながら、リリアは戸惑いながら声をかけた。

「以前もあなた、私達にここをこうして案内してくれたの?ノッカー。」
『ウム、鉱山の中は要り組んでてな。子供では簡単には通り抜けられんからと、頼まれたからのう。』
「誰に頼まれたの?」

ノッカーはリリアの言葉に気がついたように、歩きながら首を捻った。

『はて、あれは誰だったかのう?稀人じゃったと思ったが。』
「私達ではないの?」

てっきりリリアかロニ・フリンの名前が出て来るだろうと思ったのに、二人を覚えているノッカーは頼まれた相手を覚えていない様子だ。テクテクと歩き続けるノッカーは迷いもせずに、坑道の三叉路も四叉路も選ぶ様子もなく歩いていく。確かに歩きなれたノッカーの道案内がなければ、リリアは坑道の中をさ迷い歩く嵌めになっただろう。

『はて、歳じゃのう、思い出せんわい。』
『じいさん、道案内かい?』

老鉱夫よりは若く見える鉱夫が、坑道の奥から姿を現し鶴嘴を片手にヘルメットを上げる。背丈はノッカーによく似ているが、鷲鼻と大きな耳は何処かキルムーリを思わせる容貌でリリアは少し緊張した。しかし、相手はリリアを気にするようでもなく、壁際に作りつけられた樽に向かっていく。樽の上に置かれた銀のカップを取り上げると、樽の下にある栓を抜き取り中から流れ出した水を受け止める。栓を慌てて閉じたところを見ると、水はここでは運ぶのも大変だろうから貴重なのだろう。

『コブラナイ、いい石はあったかね。』
『じいさんが居ないと中々な。』

水分補給に出てきたらしいコブラナイが、ゴックゴックと水を飲み欲し大きなゲップを溢す。リリアが鶴嘴の小人が出てきた坑道を覗きこむと、先は広くくり貫かれ壁際に沢山のノッカーとコブラナイ達が鶴嘴やハンマーをふっている。活気のある様子にリリアは珍しそうに目を丸くした。

『あんまり、ガツガツやるなよ?ファハンが来るぞ。』
『分かってるよ、じいさん。』

銀のカップを元の場所に戻したコブラナイが、紳士的に頭のヘルメットを僅かに上げて二人に挨拶をして作業に戻っていく。

「道案内って、今回も誰かに頼まれたの?ノッカー?」

その言葉にノッカーがやっと思い出したように目を丸くして、シワだらけの顔をクシャッと満面の笑みで潰した。そして、スッキリした顔でリリアを振り返る。

『そうじゃった、前の時と同じマダムに頼まれての、嬢ちゃんをあそこでまっとったんだったわい。儂も耄碌じゃのう。』

マダムと聞いて誰かがリリアがここに来るのを知っていることに気がついたリリアは、誰が知る確率があるのかを頭に思い浮かべる。マダムと聞くと、真っ先にマダム・リューグナーを思い浮かべる。彼女は夕方に家に来るようにと言ったが、それがこの世界に繋がると知っていての行動なら道案内も理解できる。

「それは誰?」
『マダムはあんたより明るい金色の髪をした女性じゃよ、大分前からこの世界を放浪しとるようだがの。』

大分前から放浪しているという言葉で、次に頭に浮かんだのはマダム・リューグナーが島にいるはずと言ったリリアの母親だった。足の悪いマダムはこの世界をこんな山の上まで上がってこれそうにない。そうするとマダムより若い筈のリリアの母親はどうなのだろう、呼び出したのがリリアの母親ならここまで来るのは知っているかもしれない。しかし、そうなると余計話がこんがらがってくる。
ノッカーは昔と同じマダムが、道案内をするように言ったという。昔誰かから逃げていた二人の子供達を、迷わないよう頼んだのがハッグといわれたフェーリ・ロアッソだという事はあり得るのだろうか。再び歩き出したノッカーの背中を追いながら、リリアは先程の言葉で気になった事を思い出した。

「ノッカー、ファハンとは何のこと?」
『ファハンは一目と手足一本のでっかい山の化け物さ。嬢ちゃんや。音があんまり大きいとな、ファハンの奴が襲いかかってきよるでな、注意せんと。』

鉱山を掘るのでは音を潜めようにも上手くいかないこともあるのだろう。リリアは道を進むノッカーの背中を追いかけながら、老鉱夫が言った事をもう一度考え込む。

『さてここが終点じゃ、嬢ちゃんや。この先はまた一本道でな、昔の採掘場を抜けるとフォルトの扉がある。』

坑道の道の先には入った時と違い既に解放された扉が見えて、その先には橙色の空が見えている。リリアは恐る恐る扉に歩みより顔を出して辺りを見回すと、そこは採掘が終わった跡のようだ。幾つもの巨石が道の所々につき出しているが、進む道のりはほぼ平坦に真っ直ぐ続いている。

『気を付けての、嬢ちゃんや。また来た時はユックリお茶でも入れて昔話でもつきあっとくれ。』
「ありがとう、ノッカー。とても、助かったわ。」

リリアの微笑みに老鉱夫は満足げに頷くと、リリアを道に残して扉を閉じた。再び一人になったリリアは道を進み出しながら、もう一度何が引っ掛かるのか話を纏めようと見聞きしたことを順繰りに思い返す。



※※※



リリア・ロアッソはフェーリ・ロアッソとこの島で暮らしていた。リリア・ロアッソの友達は同じ年くらいのロニ・フリンだったのだろう。二人は教会に続く小道で菜の花畑の傍で、シロツメクサの花冠を作って遊びながら妖精が見えるおまじないを試したに違いない。どちらかだけなのか、どちらもなのか分からないが、リリアは試した側なのだろう。そして、リリアには妖精が見えるようになった。ナールと友達になったのはそのためで、リリアが今もピクシーが見えるのもそのせいだとすれば辻褄があう。
妖精が見えるようになったリリアは、どうにかして自由に妖精の世界に渡れる方法を手にいれたと仮定しよう。子供が来やすいのなら、リリアは友達のロニを誘うに違いない。そして、何故かハッグに二人は狙われた。二人はハッグから逃げて、この世界を通り先まで行ったのかもしれない。結果、最終的にハッグに捕まってロニは死んでしまったが、リリアは何故か生き残った。ロニの家族は既に全員死んでいて、リリアの母親はこの島の何処かで生きている可能性がある。理由はフェーリ・ロアッソが魔女ハッグでロニ・フリンを殺した上で、この世界を放浪して隠れているから。



※※※



何だかよくわからない。どちらにせよ、ハッグという恐ろしい魔女に会わないことには、本当の事なんて分からないじゃない。

溜め息混じりに考えた瞬間何か微かな振動を感じた気がして、リリアは思わず立ち止まった。気のせいか微かに足元が振動している気がするが、辺りを見回すと小さな小石が確かに振動で踊っている。嫌な予感がしてリリアは、僅かに陰った日の光に頭上を何気なく仰ぎ見た。

嘘でしょ?!

岩山の剣のような先に、片手で捕まっている大きな影がある。それが手を離し宙に飛び上がった瞬間、その大きな影が手足が一本ずつしかないのがハッキリと見えた。

嘘!あれがファハン?!

始まりの森で自我をなくして暴れまわったフェノゼリーよりは小さいが、それでもリリアよりは二周り以上も大きな影がミルミルこっちに近づいてくる。咄嗟にリリアは突き立った岩影に、相手が着地して視線を下げるのを見計らって滑り込んだ。ズズンと着地の音で足元が揺れるのに、リリアは息を飲んで様子を伺う。ファハンはユックリ立ち上がると、リリアを見失ったのに気づいて辺りを見回し始めた。

何てこと、私のことを追ってる!

と言うことはファハンも、何かリリアの忘れ物を何処かに持っているのかもしれない。岩に背を張り付けながら、リリアはファハンの隙をついて他の岩の裏に駆け込む。つい今迄リリアがいた岩の裏を覗きこんでいるファンは、手で体を握り潰すのくらい容易そうな盛り上がった筋肉をしている。

どうしたらいいの?

岩の裏を伝いながら必死になって考えるが、リリアにはいい案が浮かばない。その時不意に視界に岩の影から、白い花を咲かせた枝が自分を手招いているのに気がついた。小さな林檎の木が、岩影からしきりにリリアを手招いている。ファハンの視線がそれたのを見て、リリアは一気にその岩影まで一直線に駆け込んだ。

『リリア上手。』

林檎の木がファハンの様子を伺いながら、小さな声で言う。荒れた岩地だと言うのに、この林檎の木は今迄の木達より随分と大きい枝を張っている。青葉に隠されて一目ではリリアの姿は、探し出せないだろう。

「助かったわ、林檎の木。」
『ファハン、リリアを狙ってる。見つけるまでここ離れない。やっつけるしかないね。』

林檎の木の囁きにやっぱりと思うと同時に、どうやってと愕然とする。フェノゼリーの様に忘れ物を取り返したら、小さくなるとも思えない。林檎の木は屈みこんでリリアの体を隠しながら、まだ固く青い実が鈴なりになった枝を差しのべる。

『リリア、この実沢山採って、少しだけ残して全部。』

その枝は見事なほどに青い硬い実が、数えきれないほどになっていてリリアは言われた通り摘み取ろうとして手を止めた。

「折角こんなになったのに、林檎の木。摘んでしまったら勿体ないわ。」

その言葉に林檎の木は穏やかに葉を震わせ、他の青い実のなった枝を更に下ろす。

『気にしなくていい、枝実がなりすぎると、林檎上手く育たない。逆に私も助かる、リリア。』

そう告げる林檎の木に促されるままにリリアは山のように林檎の実を摘み取る。林檎の木はリリアの体を枝で隠しながら、その実をファハンの背後に投げるように指示した。

コン!

硬い実の落ちる音にファハンが、勢いよく振り返り音の場所にドスドスと駆けてくる。林檎の木はそれを見るとまた、ファハンの背後に林檎を投げるように指示した。

コン!クルリ!ドスドスドス!コン!クルリ!ドスドス

その奇妙な音が飽きることなく繰り返され、ファハンは音のした方に一人で延々と駆けずり回る。暫くその一人芝居が続けられていたが、次第にファハンの動きが遅くなりやがてファハンは天を仰いだかと思うとその場に大の字に倒れこんだ。

『リリア、ファハン目を回した。これで大丈夫。』
「ありがとう、林檎の木、本当に助かったわ。」
『いいや、リリアの方が先に私達に林檎を運んでくれた。リリアに礼をしなきゃいけないのは私。しかも、今は余分な林檎を間引きしてもらえた、助かった。ありがとう。』

成長すると農園の主の様に話しも段々スムーズになっていくらしい林檎の木は、腰を折るとリリアの目の前に紐の様に細い鎖のついた石を差し出した。

「これは?林檎の木。」
『私からのお礼。ここに来た時最初に拾ったが、私ネックレスする首ない。持っていても役に立たない。』

手に置かれたのはネックレスに加工された水晶のようなものに見える。確かに林檎の木にネックレスをかける場所はなさそうだと、リリアは微笑んで受けとると首を通した。先の水晶は橙色の空のせいか、赤く透き通って光って見える。

「ありがとう、林檎の木。」
『こちらこそ、リリア。また来たら是非実った林檎を食べてもらいたい。』

丁寧に林檎の木に礼を言うと、リリアは大の字になって目を回しているファハンにそっと歩み寄った。遠くから光るものが頭に有るのに気がついて、ファハンの髪のない頭を覗き混むとそこには針が肌に突き刺さっている。

この針のせいで暴れてたのかしら?

戸惑いながらそれを抜き取るが、ファハンは起き上がる気配もない。手の中の金の針を指で摘まみ日に翳して見たリリアは、思い出したように金の懐中時計を取り出す。パチンと音をたてて時計の蓋を開けたリリアは、文字盤のネジを巻き上げ、針を嵌め込む。金の針は何事もなかったかの様に、秒針と共に収まってカチカチと時を刻み始めた。

あと、長針があれば元通りね。

手の中の短針と秒針だけの時計を見下ろし、リリアは溜め息を突きながら時計の蓋を閉じる。林檎の木に手をふりファハンから離れたリリアは、道の先を急いで歩き出した。ハッグともう一度会わないと本当のことが分からないなら、ハッグのことを知っていてもう一度話がしたいと告げていたマダム・リューグナーに会うべきだ。そう思い直したリリアは道をかけるようにして通り抜け、道の先の岩に嵌め込まれた扉を見つけると足早に駆け寄った。

まずはマダムによく話を聞きに行かなくちゃ。

そう心の中でもう一度呟くと、リリアは思いきったように扉をあけた。


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