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二度目の5月
369.アリウム・ギガンチューム
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5月12日 金曜日
これは夢だと分かっている。
何故なら雪ちゃんが高校生の姿で、何もないあの草原になってしまった土地で何かを見つめて立っているから。高校生の雪ちゃんの背中には無限の悲しみが幾つも幾つも沸きだしていて、雪ちゃんが必死にしていた正しい主張は子供だからと何一つ聞き入れてもらえない。それに雪ちゃんは泣くこともできずに、ひっそりと独りで拳を握り立ち尽くしている。
麻希子
不意に背後から柔らかい雪ちゃんの声がして、私は驚いて振り返った。振り返った先にはまだ赤ちゃんの衛を抱きかかえた大人の雪ちゃんが宇野さんと並んで立っていて。少しだけその姿に胸が痛むのは、雪ちゃんが宇野さんと結婚したのを私も知っているから。雪ちゃんが私を真っ直ぐに見つめながら、口を開く。
麻希子、僕は間違ってたよ。
何が間違っているの?と問いかけようにも私の声はどうしても言葉にならない。一体何が間違っていたって言うの?雪ちゃん。大人になった雪ちゃんが宇野さんの隣を離れてユックリと私に向かって歩いてくると、微笑んでいた宇野さんは霞のように消えて腕の中の衛はいつの間にか横に立って雪ちゃんと手を繋いで歩き出している。雪ちゃんが衛と手を繋いだまま穏やかに私の横に立って、高校生の時の雪ちゃんを私と一緒に眺めている不思議な時間。
俺が間違ってたんだ、やっとわかった。
何が間違っていたの?そう心の中で問いかけるけど、雪ちゃんは微笑んだまま私の横で真っ直ぐに自分の背中を見つめている。高校生の時の雪ちゃんがなにか間違っていたの?そう感じもするけど、本当の事が分からない私は戸惑う。私が雪ちゃんの横顔を一度見上げて、視線を返すとそこにいた筈の高校生の雪ちゃんはまるで雪が溶けて消えてしまったみたいに掻き消している。
雪のこと、お願いね?麻希ちゃん
何処からか微かに宇野さんの柔らかな声が響いて、私が思わずあの土地に視線を向けるとそこには苣木が大きく枝を繁らせて静かに佇んでいる。
苣木。
雪ちゃんのお父さん達の喫茶店の名前と同じ、白い椿に似た花が冬頃に咲く、そう雪ちゃんから聞いていた。そしてそこには確かに静かに佇む枝の途中の葉の根本から、一つずつの真っ白な花が咲き誇り揺れている。短い柄でぶら下がるように下を向いた綺麗な白い花冠、椿のような花は丸く柔らかく揺れていた。まるでその花が宇野さんの言葉を届けたみたいに音もなく静かに風に揺れているのに、何故か訳もなく涙が溢れてくる。
麻希子
そう雪ちゃんが私を呼んでから何時ものように手を差しのべてきて、私は大きなその手を確りと自分から握りしめる。暖かくて大きな雪ちゃんのいつもと変わらない手。今まで恥ずかしいから言えなかったけど、この大きな手が私は大好きだよ。何時も頬を撫でてくれたり頭を撫でてくれたり、凄く暖かくて安心するんだよ?雪ちゃん。だからね?
早く帰ってきてね。絶対だよ?
私は夢の中で、そう雪ちゃんに向かって心の中で心の底からのお願いをする。それが手から伝わるみたいに雪ちゃんは少し困ったように笑いながら、それでもちゃんと私に向かって答えてくれたんだ。
※※※
気がつくと手術室の前の長椅子で、私は転た寝をしていたみたい。私の膝には衛が確りと縋りついたまま、涙でグショグショの顔で泣きつかれてしまって眠っている。パパもママも横で険しい顔のまま俯き、時計の針を睨み付けて、見続ければ時間が早く過ぎると信じているみたいに見えてしまう。私が時計を見上げると、雪ちゃんが手術室に入ってから四時間位が経っていたようだ。これが長いのか短いのか、私には分からない。私達から少し離れた場所にはいつの間にか鳥飼さんとセンセの姿があったのに気がついた。私が立ち尽くしている二人に視線を向けたのに、センセが気がつくとセンセの目が雪ちゃんは大丈夫だと言っている気がする。
私もそう思う。
私は無言だったけど、そうセンセに向けて微かに微笑んで見せた。私の顔は読み取りやすいから、きっと鳥飼さんにもセンセにも私の考えてることは伝わったと思う。
早くここに帰ってきて。
そう夢の中だけど、ちゃんと手を繋いで私は雪ちゃんに言った。雪ちゃんだもん、絶対に約束したんだからと頭の中で繰り返す。雪ちゃんは絶対って私が言ったから、約束を守ってくれる。そう私は信じてる。
雪ちゃんの手術は全部で六時間位の時間がかかった。三浦のナイフは雪ちゃんの腎臓の片っ方を傷つけていて、凄く大量に出血していたんだ。輸血もしながら傷つけられた場所を縫い合わせたり、片っ方の腎臓はもう役に立たないから切り取らなきゃいけなくなった。それでもあまりにも出血したから、手術が上手くいっても命をとりとめられるかは五分五分だとお医者さんは話したって。
私は衛を抱き締めたままガウンとマスクと紙の帽子を身につけて、人工呼吸器のチューブのつけられたままの雪ちゃんの手を握る。
「約束したよ?ね?絶対、だよ?」
そう小さな声で囁きかけていた。
これは夢だと分かっている。
何故なら雪ちゃんが高校生の姿で、何もないあの草原になってしまった土地で何かを見つめて立っているから。高校生の雪ちゃんの背中には無限の悲しみが幾つも幾つも沸きだしていて、雪ちゃんが必死にしていた正しい主張は子供だからと何一つ聞き入れてもらえない。それに雪ちゃんは泣くこともできずに、ひっそりと独りで拳を握り立ち尽くしている。
麻希子
不意に背後から柔らかい雪ちゃんの声がして、私は驚いて振り返った。振り返った先にはまだ赤ちゃんの衛を抱きかかえた大人の雪ちゃんが宇野さんと並んで立っていて。少しだけその姿に胸が痛むのは、雪ちゃんが宇野さんと結婚したのを私も知っているから。雪ちゃんが私を真っ直ぐに見つめながら、口を開く。
麻希子、僕は間違ってたよ。
何が間違っているの?と問いかけようにも私の声はどうしても言葉にならない。一体何が間違っていたって言うの?雪ちゃん。大人になった雪ちゃんが宇野さんの隣を離れてユックリと私に向かって歩いてくると、微笑んでいた宇野さんは霞のように消えて腕の中の衛はいつの間にか横に立って雪ちゃんと手を繋いで歩き出している。雪ちゃんが衛と手を繋いだまま穏やかに私の横に立って、高校生の時の雪ちゃんを私と一緒に眺めている不思議な時間。
俺が間違ってたんだ、やっとわかった。
何が間違っていたの?そう心の中で問いかけるけど、雪ちゃんは微笑んだまま私の横で真っ直ぐに自分の背中を見つめている。高校生の時の雪ちゃんがなにか間違っていたの?そう感じもするけど、本当の事が分からない私は戸惑う。私が雪ちゃんの横顔を一度見上げて、視線を返すとそこにいた筈の高校生の雪ちゃんはまるで雪が溶けて消えてしまったみたいに掻き消している。
雪のこと、お願いね?麻希ちゃん
何処からか微かに宇野さんの柔らかな声が響いて、私が思わずあの土地に視線を向けるとそこには苣木が大きく枝を繁らせて静かに佇んでいる。
苣木。
雪ちゃんのお父さん達の喫茶店の名前と同じ、白い椿に似た花が冬頃に咲く、そう雪ちゃんから聞いていた。そしてそこには確かに静かに佇む枝の途中の葉の根本から、一つずつの真っ白な花が咲き誇り揺れている。短い柄でぶら下がるように下を向いた綺麗な白い花冠、椿のような花は丸く柔らかく揺れていた。まるでその花が宇野さんの言葉を届けたみたいに音もなく静かに風に揺れているのに、何故か訳もなく涙が溢れてくる。
麻希子
そう雪ちゃんが私を呼んでから何時ものように手を差しのべてきて、私は大きなその手を確りと自分から握りしめる。暖かくて大きな雪ちゃんのいつもと変わらない手。今まで恥ずかしいから言えなかったけど、この大きな手が私は大好きだよ。何時も頬を撫でてくれたり頭を撫でてくれたり、凄く暖かくて安心するんだよ?雪ちゃん。だからね?
早く帰ってきてね。絶対だよ?
私は夢の中で、そう雪ちゃんに向かって心の中で心の底からのお願いをする。それが手から伝わるみたいに雪ちゃんは少し困ったように笑いながら、それでもちゃんと私に向かって答えてくれたんだ。
※※※
気がつくと手術室の前の長椅子で、私は転た寝をしていたみたい。私の膝には衛が確りと縋りついたまま、涙でグショグショの顔で泣きつかれてしまって眠っている。パパもママも横で険しい顔のまま俯き、時計の針を睨み付けて、見続ければ時間が早く過ぎると信じているみたいに見えてしまう。私が時計を見上げると、雪ちゃんが手術室に入ってから四時間位が経っていたようだ。これが長いのか短いのか、私には分からない。私達から少し離れた場所にはいつの間にか鳥飼さんとセンセの姿があったのに気がついた。私が立ち尽くしている二人に視線を向けたのに、センセが気がつくとセンセの目が雪ちゃんは大丈夫だと言っている気がする。
私もそう思う。
私は無言だったけど、そうセンセに向けて微かに微笑んで見せた。私の顔は読み取りやすいから、きっと鳥飼さんにもセンセにも私の考えてることは伝わったと思う。
早くここに帰ってきて。
そう夢の中だけど、ちゃんと手を繋いで私は雪ちゃんに言った。雪ちゃんだもん、絶対に約束したんだからと頭の中で繰り返す。雪ちゃんは絶対って私が言ったから、約束を守ってくれる。そう私は信じてる。
雪ちゃんの手術は全部で六時間位の時間がかかった。三浦のナイフは雪ちゃんの腎臓の片っ方を傷つけていて、凄く大量に出血していたんだ。輸血もしながら傷つけられた場所を縫い合わせたり、片っ方の腎臓はもう役に立たないから切り取らなきゃいけなくなった。それでもあまりにも出血したから、手術が上手くいっても命をとりとめられるかは五分五分だとお医者さんは話したって。
私は衛を抱き締めたままガウンとマスクと紙の帽子を身につけて、人工呼吸器のチューブのつけられたままの雪ちゃんの手を握る。
「約束したよ?ね?絶対、だよ?」
そう小さな声で囁きかけていた。
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