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二度目の5月

閑話86.土志田悌順

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正直に言うと自分でも少し前から、これはヤバいんじゃないかと自覚していた。だけど今度は自覚したら自覚したで、逆にあいつの事を意識する羽目になってドツボに嵌まったんだ。大体にしてな、俺だってロボットじゃない人間なんだからな。完全無欠な訳でもなきゃ、正直言えば普段装ってるのとは違って割合悲観的でネガティブ思考なんだよ。そんなことは、自分だって良くわかっている。
それに一応俺にだって初恋もあれば何度か恋愛だって経験があるわけで、基本的に俺は少し勝ち気で姉御肌な女がタイプだ。なにせ初恋の上原杏奈という少女からして、典型的な勝ち気の姉御肌。思い出せば上原は幼稚園の時から周囲の同じ年の子供の面倒をみるのを、かって出るような少女だった。まあ、初恋は実らない典型みたいに一応俺だって気持ちは伝えたが、「ごめんね、祥太が好きなの。」と申し訳なさそうに断られたのはここだけの話。小学二年生での失恋は、幼馴染み達にだって話していない。ああ、風間祥太と言えば、幼稚園での将来の夢は正義の味方、学生時代は小中高と生徒会長、司法関係の大学に進んでおいて、現在は弁護士とか検事ではなく刑事になっている。本気で正義の味方かよ!と突っ込んでやりたいのは俺だけだろうか。まあ、風間の事はさておき、色々な事情でおれ自身が恋だの愛だのとはスッカリ縁遠くなって、早六年以上。六年だぞ?その間一応気にかかった女性はいたが、恋人なんか作る暇ないだろ?教師だぞ?

「何であれ苦悩してんの?義人。」
「うん、仕出かしたらしいよ。」

あのな、全部聞こえてるからな、そこの二人。とは言え実際に自分が、今まで一度も踏み外したことのない事をやらかしたのは事実だ。

何でだ。

何でかなんて、正直なところ答は簡単だ。子供だからと今までの自分なら平静を装い流せることが、次第に流せなくなっていた。教師として一年間に接する生徒はおよそ千人、その内の自分のクラスは三十強、部活動だって多くても五十人、自分は生徒指導もしているから他の教師より尚更生徒に触れ合う機会は増える。
そんな中のほんの一人。
いや、本当に、ほんの一人だった筈なんだ。
入学して最初は目立つ生徒でもなかったのに、二年になった途端に素行が一気に悪くなり見た目が派手になった女子生徒。悪い噂は直ぐ耳に入ってきて、対応する前にあっという間に一番最悪の事態まで落ち込んだ。それこそバンジージャンプ並みの急降下、流石にあれには俺だって初めての速度で面食らった。
坂本真希のように相手と愛し合って結婚する気では全くない、最低最悪の男との愛のない行為。自業自得とは言え相手が最悪過ぎたのは確かだ。しかも言いなりになって府設楽な行為に怯えて震えている姿に、本当は馬鹿な事するなと怒鳴り付けてやりたかった。

何でそんな馬鹿なことを許したんだ?人間として扱われてないんだぞ?

今まで生徒の妊娠なんて出来事がなかった訳じゃない。何年もこうして教師をしていると、同じように考えなしにその事態に陥った生徒を見てきた。最初は呆れてこれをどうするつもりなんだと問い詰めたこともあるし、余りの事に呆れてものが言えなかったこともある。何しろ三年間の高校生活で、なんと三度妊娠騒動を起こした生徒も一人いたんだ。流石に三度目の妊娠の時は貧乏神も俺も呆れて説教する気も失せてしまった。あの生徒は退学して三度目の子供の父親である男と結婚して遠くに引っ越したらしいが、その後の連絡はないから詳細はわからない。だけど今回は全く話が違ったんだ。

何て事をするんだ?女相手に何を……。

連絡を受けてカラオケボックスで最悪の一歩手前と聞いたのに、俺には十分最悪の光景であの男を殴り殺さなかったのを褒めて貰いたい。マトモな神経なら自分より二周りも年下の非力な女子高生を這いつくばらせて、上に座るか?!しかも、その女子高生は男との行為で妊娠してて、しかもほぼ裸なんだぞ?!
あの時のあいつの安堵の瞳が、俺には信じられなかったし今も目に焼き付いている。あんな暴挙に出る男が平然と近郊に暮らしているなんて、本当に俺には信じられなかった。しかも相手は塾の講師だと言うじゃないか。雪が連絡をくれなかったら、あいつはあの後どんな酷い目に遇わされたのかと思うとゾッとする。あの男が以前にあいつの家にのうのうと顔を出したことがあると親から聞いて、正直あの後近くを出歩かないか不安で暫く密かにあいつの家を中心に夜回りしたくらいだ。そんな風に気にかけていたのに、あいつときたら俺の家の直ぐ傍であの男にまた襲われそうになっていたんだと言う。

驚いた、咄嗟に助けたからよ良かったけどさ、キモい男に詰め寄られててさ。

忠志の報告に俺が愕然としたのは言うまでもない。まさかそれまで俺の家の傍の公園で、あいつが一人で頻繁に時間を潰しているなんて思ってもみなかったんだ。事件のせいで家に居づらかったのかもしれないが、夕暮れの公園で女子高生が一人でだぞ?!説教しようにも怯えて泣きじゃくってる子供に、どうしろと言うんだ。だから義人に家庭教師を頼んで定期的に俺の家に無条件にいれることにして、公園で時間潰しなんてさせないようにした。それだって状況が落ち着いて、学力が安定したら直ぐ辞めるつもりだったんだ。なのに二年の学年末試験で大幅に学力アップも出来て、もう問題ないと俺にだって分かっているのに義人の家庭教師はまだ続いている。あいつ自身もスッカリ立ち直って、前向きに大人になろうとしているんだ。それなのに俺の方が、一体何をやってるんだ?あいつは生徒だぞ?

「なんだ?悌、なに頭抱えてるんだ?」
「あー、信哉、あのさぁ?聞いていい?入身投げの時さぁ?」
「今度一緒に鍛練してやる。今はあれ、どうしたんだ?」
「仁君はもう先に寝てますよ?今日はこっちに泊めますね。」
「悪いな、義人。予定より遅くなって。それで、悌は?」
「なー、信哉の彼女、いつ紹介してくれんの?」
「何で改めてお前に紹介しなきゃなんないんだ?もう、会っただろうが。いい加減、悌がなんで悶絶してるか教えろよ。」

……ん?ちょっと待て。その雑談なんだ?人が真剣に悩んでる最中に。信哉に彼女?なんだって?!いつの間に?!!

「あ、聞こえてた?」
「悌に聞かせたくて言っただろうが、お前はこれだからな。隠し事ゼロだな、ホントに。」

そう言われれば今日は仁を預けて出掛けてくるという話だった気がするが、理由はそれだったのか?そんな俺に呆れ顔の信哉と、既にその事は知っていたらしい二人の事をポカーンみてしまう。何で一番の幼馴染みに言わないんだよと言うと、お前最近それどころじゃないってこの間俺の話を打ち切ったろうがと返される。いや、確かに三年一組のことで何かと騒動だったが、それとこれとは話が違う。しかも既に入院中の雪まで知っているだなんて、正直俺だけのけ者にされている気分だ。どういうことだよ。

「だから、お前に一番に言おうとして話を断ち切られたんだ。仕方ないだろ?で、悌は何であんなに凹んでるんだ?義人。」
「自分でイエロー切ったんですよ。」
「えー!マジで香苗とチューしたのかよ?!先生!駄目じゃん!」

違うと力一杯言いたいが、現実は……した。そうなんだ、してしまった。
俺が雪のことで完全にナーバスになったのは事実だし、香苗は何故か俺が一番にナーバスになって撃沈しているのにタイミング悪く出くわすんだ。以前木﨑蒼子の手紙に泣いている時だって、何でかあいつはやって来て傍で黙って見守っていた。下手に慰めて来たりしたら逆にこっちが我に返るってのに、あいつと来たら黙って見守る上にちゃんと吐き出せる相手に吐き出せなんて大人びた事を言う。
そういうのに俺は本気で弱い。
自分でなくてもいいから、なんて分別のある台詞を言う癖に、密かにプレゼントを渡しに来てみたり当然みたいに陽気に家に居たりする。いつの間にか家に居るのにも違和感がないし、どんどん大人びていくのに俺には子供みたいに拗ねてみせたり、それでいて時に天然なのかドジを踏んだり。

「完全に悌のタイプだもんな、香苗ちゃんは。」

信哉に全力でうるさいと言いたいが、幼馴染みには言い返しようがない。普段は年寄り扱いで散々噛みついてくるジャジャ馬かと思えば、時々オズオズと名前で呼んで欲しいとかとんでもなくしおらしくなったりするんだぞ?

「あー、そう言うの弱いんだ?悌。ツンデレ?」
「昔から少し手のかかる感じの子に弱いんですよね、悌さんは。」
「それで、イエローか。学校でじゃないだろうな?」
「ダメじゃん!学校じゃ!!」

うるさい!そんなことは分かってる!
ナーバスになっていた俺を何も言わずに抱き締めたかと思うと、麻希子がいるから雪は大丈夫だなんて言うからだ。あいつがそう言わなかったら、実は俺だって心の底から雪は大丈夫だとは思えなかった。だから、あの言葉がグッと来たんだ。
子供だった筈のあいつをとっくの昔に子供として見ていない自分。このままではイカンとは思ったが、細くて軽い腰に手を回して引き寄せたのはこの自分だ。それに見下ろす潤んだ瞳に惹き寄せられたのも自分だし、柔らかな唇に触れたのも自分。
ただし直後に我に返った須藤香苗に、全力で突き飛ばされた。俺はどう考えたらいいんだ?いや、諸手を振って喜ぶとは思ってないが、全力で突き飛ばされたんだぞ?最悪とか思われたんじゃないか?

「ま、卒業迄は十ヶ月だな。」
「チューはセーフ?」
「少なくとも卒業しないと、悌さんが職を失いますからね。」
「今時三十前のプーはきついんじゃね?!」

………お前ら他人事だと思って、本当に全員で好き勝手言いやがって!!大体にして忠志は定職なしだろうが!!こっちの気持ちになれ!こっちの!



※※※



「で、何で俺まで呼び出した?」

宵闇の中で不思議そうにそう言う信哉に、俺の横には何でか教頭の福上が並んでいる。この状況を何でかと言われると少し説明が難しいのだが、発端はうちのクラスの馬鹿どもが修学旅行前の学年集会で暢気にチャレンジメニューの話で教頭を無視して盛り上がったせいだ。それにしても何が貧乏神……もとい福上教頭の対抗心に、そんなに火をつけたのか疑問ではある。

「チャレンジメニュー?仁が?」

俺が説明するとここら辺近郊のチャレンジメニュー荒らしの話は、実は信哉も初耳だったらしい。何しろチャレンジメニューを食った後に帰宅した仁は、夕食も普通に皆と同じく食うのだから信哉も義人も気がつく訳もない。俺だって若瀬にそれとなく聞き出さなかったら、全く知らなかったと思う。荒らしというほど無双をやっているのは澤江仁と香坂智美の二人だけで、他には荒らすというほどの範囲ではない。とは言え二人の容姿からでは破格の食いっぷりで、店舗の方もどうやら面白がって宣伝に利用している風な話だ。
で?それは兎も角何でこの三人?と言いたげな信哉に、福上は当然のように胸を張る。

「試しにいくのに二人じゃつまらんだろう?」
「び……先生、なんでチャレンジする気満々ですか……。」

高校時代は二人とも平気で貧乏神呼ばわりしていたのはさておき、なんで還暦の中年と三十目前の男二人がチャレンジメニューか。しかも俺と信哉の普段の食いっぷりを福上が知ってるから兎も角、ガリガリのギスギスの福上が何をどれくらい食うのか甚だ疑問だ。いや、もしこれで雪が入院してなきゃ、恐らく三人揃って呼び出されていたに違いないのか?

「奢ってやるから、ついてこい。」
「先生、胸焼けしても知りませんよ?」
「若い者には負けん。」

いやいや、チャレンジメニューですよ?と二人で何とか納めようにも福上が俄然やる気満々なのに、思わず二人とも呆れてしまう。こうなったら福上と一緒に食べるしかないんだろうけども、噂のラーメン屋がこれまた昔からある店なものだから、当然のように俺も信哉も行ったことはあるし福上も行ったことがあるのが何とも居心地が悪い。思わず俺はカウンター越しに、店主に頭を下げる。

「親父さん、うちの生徒が迷惑かけてすみません。」
「あー、あの坊主ども今度十玉だけどなぁ、ありゃどっちも食うなー。」

何だと?あいつら一回でなく二度もチャレンジしてやがったかと、俺は思わず眉をつり上げる。親父さんがこの間は新面子が来て、六玉チャレンジで失敗して凹んでたと笑いながらいう。新面子?誰だ?そういえば今日誰かがペース配分がとか……、あれは五十嵐か。なんでモデルで俳優してる奴がチャレンジメニューなんかやってるんだよと、俺は思わず脱力してしまう。四月から五十嵐が妙に浮いてるのに散々気を使ってやっていたのに、なんでチャレンジメニューなんぞで交流を深めるか……。

「先生、本気でやるんですか?」
「なんだ、自信がないか?最初から白旗でやめとくか?鳥飼。」

いや、なんでそこで挑発してるんだ、還暦の親父。しかも信哉まで生来の負けず嫌いで反応するなって。
正直教師としての福上には信哉や雪は親のこともあって高校からかなり世話になっていて、俺自身も在学中だけでなく色々と世話になってきた。つまりは恩師だけど、ある意味では俺達には父親がわりみたいなもんなのだ。しかも俺が教師になったせいもあるのか、更にチョクチョク交流が長く続いてもいる。しかも公私混同しない福上が、ざっくばらんに話している辺り本気で挑発にかかっているのが見え見えだ。

「土志田、お前はどうする?」
「はいはい、やればいいんでしょ、六玉ですね?」

俺が素直に横に座りながらそう言うと、何でか自信満々で福上が貧相な胸を張った。

「生徒に負けてどうする?親父さん特例で十玉はありかな。」
「いや!貧乏神!それは無しだろ!なんで、還暦が十玉喰うんだよ!?」
「何、十代に張り合ってんだ?!貧乏神、もうおっさんだろ?!」

久々に素で貧乏神呼ばわりされているのに福上は慣れたもので平然としているし、ラーメン屋の親父まで面白がって了承する始末。なんで還暦が十玉も食うんだ?一玉150グラムとして1.5キロだぞ?麺だけで。しかも何か生徒がチャーシューと味玉トッピングだったと親父さんが余計なことを言うから、俺達までトッピングか。呆れ返る俺と信哉に、また福上は辞めてもいいぞ?六玉で押さえとくか?等と更に挑発にかかる始末だ。

「全部、貧乏神の奢りだからな。」
「……吠え面かかせてやる。」

ああ、挑発されたから、乗ったさ、十玉。
大体にして俺も信哉も元から普通の人間に比べりゃかなり食う方だし、悪いが十玉なら食べきるのは問題ない。













うん、確かに問題はなかった、勿論食べきったし。
そう、三人ともだ。
大食いレースじゃ二十杯も食うらしいから、十玉ってことはラーメン十杯ってことだろ?まあ、それならたまには完食できる人間が、ポツリポツリといてもおかしくない範囲だ……とは思う。とは言え親父さんが口を開けて呆気にとられるのは仕方ない。俺ですらチャーシュー増しのお陰で少し胸焼けを感じながら、呆れたように口を開く。

「………可笑しいだろ、貧乏神。あんたの胃、ブラックホールかよ。」
「うん、まだまだ若いもんには負けんな。」

何処に入るとこの速度でラーメン十玉が消えるんだか、一番先に食いきったのがその福上なのに親父さんがまだポカーンとしている。福上と来たら痩せの大食いつうのはこういうことを言うんだとケロリとしているが、少なくとも信哉より五分は早く食い終わっている。いや、三人で速度を競ってた訳じゃないぞ?ただ単に福上の食う速度が早すぎて、俺達二人がつられて早くなっただけだ。二十分でどうやると十玉のラーメンが食えるんだか、どうにも理解できない

「いやぁ先生早いし、余裕だなぁ。」
「いえいえ、美味しかったのであっという間になくなりましたな。」

流石に十玉は胃にきたのか信哉がテーブルで頭を抱えているのも何のそので、福上はそんなことを笑いながら親父さんと話している。しかも親父さん曰く、智美も似たようなことを言って平然としていたという。なんとまぁブラックホールがもう一人いるのかと呆れるばかりだ。
あ?智美が八玉のラーメンを食って炒飯を食っていった?それで三十五分位だった?いや、親父さん、頼むからその話しは今はしないで欲しかった。ほら見ろ何でか再び対抗心が燃え上がったらしい福上が、炒飯と餃子を頼んでいる。

馬鹿じゃないか?!何で張り合う?!四十以上も下の若造だぞ?

流石にそこからは俺達にはついていけないのに、貧乏神というのがピッタリな風貌の還暦の親父は大盛りの炒飯と十個もの餃子をペロリと十分で綺麗に完食したのだ。いや、噛んでいない訳ではない。見ていたがキチンと咀嚼しているが、一口が半端なく大きいんだ。

「何なんだ……それ何処に入ってくんだよ、貧乏神……。」
「昔よりは食べれなくなったんだぞ、だいぶ年を取ったなぁ。」
「いや、満腹中枢イカれてんだろ?貧乏神。」

ここに来てとんでもない伏兵を面白がってる親父さんを横に、流石に福上も綺麗に食って満足したらしい。チャレンジメニューは食ったら全てキャッシュバックなんだよと言う親父さんに、こちらが無理を言ってやらせてもらったんだからと福上はキチンと支払いを済ますとそれじゃあなと帰途についたのだった。そんな訳で颯爽と足取りも軽やかに去っていく漢な福上を見送りながら、俺と信哉は呆れたように呟く。

「くそ……可笑しいだろ、還暦。……化け物め。」
「貧乏神の癖に……もう、沖縄で土鍋ソーキソバ食ってろ。」

俺の言葉に何だそりゃと言う信哉に、事の発端のチャレンジメニューの話を教えてやるとあからさまに苦い顔をする。今、土鍋にソーキソバなんて話、聞くだけで十玉のラーメンが腹にきつい。

「暫く麺類はみたくない………吐きそうだ。」
「同感………どうする?…真っ直ぐ帰るか?」
「胃が重い……少し歩くか………。」
「じゃ、雪のこと冷やかしに行くか?」

そんなわけで見舞いに行くことにして腹ごなしに歩くことにしたはいいのだが、病院に辿り着いた矢先こっちはこっちで人目も気にせず玄関ホールの物陰でイチャついているわけで。ガラス越しに丸見えだと言うのに暫く目の前で見ていても、完全に二人の世界らしくてこっちには気がつく気配もない。

「若いなぁ…。」
「いや、一人同い年だしな?片方、生徒だしな?」
「うん、悌、その言葉お前にそっくりそのまま返してやるよ。」

自分で言ったことがツボに嵌まって馬鹿笑いし始めた信哉を一発殴ってやろうとするのに、相変わらず身の軽い信哉は腹がこなれたのかアッサリと身をかわして逃げる。しかもこの騒ぎでもガラス越しとはいえ、雪も麻希子も一向に気がつく気配もない。俺は若干イラッとしながら、目の前の二人の世界を一先ず壊すことにしていた。
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