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454.西洋柊

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十二月ともなれば将来の見通しもたてなきゃならない高校三年生達にとっては決戦の時期。既に来月はセンター試験もあるし、早い子達は既に推薦入学を決めた面子も出てきている最中なのでなおのこと全員の意識もピリピリするのが通年の事。それに関わる教師だってピリピリするのは当然のことで、都立第三高校体育教師・土志田悌順は担任教諭として忙しい日々…………の筈なのだが

「トッシー、今年のクリスマスさー。」

ここは都立第三高校校舎一階の生徒指導室。この時期生徒指導室には大概進路に思い悩む高校三年生のために、大学の資料やら試験対策の簡易的問題集やらを準備してもっとも忙しいハズなのだが。目の前には数人の三年一組生徒。

「クリスマスパーティしたい!センセ。」

今年の三年一組は開校してから一番破天荒の規格外。そう言われるのが良いことなのか悪いことなのかは兎も角、既に3分の1が進学を決めた辺りは教頭の福上だって文句の言いようがないのだけど、この時期にクリスマスを楽しもうなんて皆で言える辺りは大物揃いだと思う。まあ、今年の文化祭で例年の記録を大幅に塗り替える収益をあげて、ぶっちぎり歴代トップを記録に残しもしたし、この勢いではセンター試験迄に半数以上が自分の進学先に推薦入学で通るだろうとも言われている。しかも殆んど担任である自分は、手助け程度にしか動いていない。

「お前ら、余裕だな-……。」
「えー、余裕じゃないからこそ遊ぶんじゃん。トッシー。」

うん、それは良い考えかただとは思うが、世の中の受験生は今頃血眼で勉強している。そして目の前にいるのは言うまでもないが、これからセンター試験を受け大学受験もある香坂智美と木村勇、志賀早紀と八幡瑠璃、それに宮井麻希子だ。

「まぁ良いけどよ、羽目外し過ぎるなよ?で、なんでここでその話だ?」
「決まってるでしょートッシー!」

クリスマスパーティをするのは、まぁ羽目を外しすぎない程度なら拒絶する意味なんかないし、悌順としても気晴らし程度なら必要だとも思う。それにしたって生徒指導室にドヤドヤやって来て、この話題とは呑気なものだと思われても仕方がない訳だが。

「家の叔母の持っている場所を提供して貰うんです。」

そう口にしたのは志賀早紀で、志賀早紀の叔母は大通りの『茶樹』の経営者の妻・久保田松理の事だし、悌順も彼女とは知りあいでもある。確か目下7ヶ月を間近にした妊婦で、親友で幼馴染みの鳥飼信哉の妻・梨央も8ヶ月の妊婦なため二人は妊婦談義で交流を深めているところだとか。それはさておき、姪に場所提供だけと言いそうがないのは、『茶樹』にはこちらも知りあいの鈴徳良二という調理に関しては神様みたいな人間がいるわけで。そこに、三年一組だけでなくこれまた調理に関しては、今年の文化祭で麻希子がいたからと言われた宮井が加わるわけだ。

「そりゃすごい。」
「他人事みたいに言わないでよ、センセ。」
「他人事だろ?」

呆れるくらい呑気な話題だなと言うと、何故かムゥと宮井が頬を栗鼠のように膨らませている。つつきたい膨らみように、何故かウズウズするのは悌順だけではないようで、結局八幡瑠璃にプスと頬をつつかれた麻希子が瑠璃に文句をいっているけど。なんでまたここでその話なんだと呆れたように口にした自分に、麻希子が何故か手にしていたミニカードを差し出してくる。

「はい、センセの分。」
「あ?」
「センセも来てってことだよ、トッシー。」

つまりは自分達だけでなく教師迄巻き込んでクリスマスパーティをしようと画策していた訳だ。いや、本当にこいつら余裕だよな。しかも小規模のパーティでなく、参加はクラスの殆んどで家族旅行とかでない面子は集まるらしい。ほんと文化祭ってのは各クラスの団結力を格上げするもんだから、今年も去年の宮井マジックが再来したらしいのは気がついていた。それまでは遠巻きだったり、話の輪に加わろうとしなかった奴までいつの間にか巻き込まれ、気がついた時にはそう言えばさと自分から口を開くように変わっている。

「悌さんが来たら、保護者も納得。」
「…………お前ら、そっちが本音か。」

香坂が言うのはこの時期に多人数で集まるのにはやはり問題がありそうだから、教師を巻き込めば保護者も文句がでないだろうってことだ。それに自分は担任でもあるが学校の生徒指導でもあるから、その教師が参加するなら保護者としても申し分ないわけで。スススと瑠璃が寄ってきて、ニヤリと悪どい顔をしたのが見える。

「…………香苗だって来るんだし。」

ニヤリの意味が分からんが、言いたいことは『卒業まで内緒だけど、学生のパーティに担任なら公然と参加しても問題ないわけだよ?彼氏』。何人かは既に悌順と須藤香苗との関係には気がついているのは、香苗からも聞いている。例えば香苗の親友である麻希子や早紀なんかがそうだし、瑠璃も知っているの側の一人だ。瑠璃の母親・八幡万智が柔道を習った時の先輩でもあって昔からの知人なのと、万智が花街と呼ばれる繁華街の顔役でもあって夜回りの関係で情報交換もする間柄。兎も角、間違いが起こらないよう神を信じるだけでは不安もあることだし、仕方がないとカードを受けとる。

「午前中は仕事してるからな。あんまり羽目外しすぎるなよ?」



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